「スフレ」 


「こんな柔らかいのって、美味いか?」
「・・?なっちの作るスフレ美味しいよ!」

ぱくりと口の中に仕舞い込まれた菓子にほのかが笑みを浮かべる。
こんな柔らかすぎる食べ物はどうなんだとオレは内心で突っ込んだ。
綿菓子とかもそうだ。こんなのはほぼ空気じゃねぇか。腹の足しにもならん。
・・食えるし、作れるようになった。(ほのかの作る爆発物に耐えかねて)
けどこんなふわふわしたもの、あっという間に口の中からも消えてしまう。
味はオレが付けてるから不味くない。耐え切れないのはこの軽さなのだ。
頼りなさ過ぎる。むかっとくるくらいだ。マシュマロの方がまだマシだぜ。

「やわらかいのキライなの?」
「なんか・・忌々しい。」
「ほのかは?ほのかもキライ?」
「は・・?」

何故だか悲しそうな顔をして、ほのかがオレをじっと見つめていた。
一体どうしたんだ。美味そうに食っていたのに・・オレのせいか?

「オマエとスフレと何の関係があるんだよ。」
「だって・・なっちよくほのかのこと”やわらかい”って言う。」
「!?っ・・そ、それは・・」
「ほのか結構しょっくだ。」
「イヤ待て。今そんなことを言ったわけじゃねぇ!」
「どう違うの?」
「おっオマエはすぐに融けたりぺしゃんこになったりしないだろ!?」
「そりゃ・・そうだけど。」
「一緒じゃねぇよ。っていうか一緒にすんな。」
「なっちほのかのこと”美味しい”って言うし・・一緒みたいじゃないか。」
「オマエ・・それ・・」

ほのかの言っていることに思い当ると顔がカッと熱くなった。
まさかそんな・・食い物とほのかといっしょくたになんかしてない、オレは。
しかしあーゆーときのそーゆー・・正直なアレは口走っておいてなんだが・・
冷静になったとき思い返したりすると、とてつもなく・・恥ずかしい!!
ウソでもなんでもないんだ。けど・・うああああああっやっぱ言うんじゃなかった!

「なっち、顔おかしい。赤くなったと思ったら・・今度は青いかも。」
「うるせぇ!アホなこと言ってんじゃねぇよ。」
「む〜・・まぎらわしいじょ・・」
「・・ったく。もう言わん。」
「言わないの?」
「食い物とごっちゃにするようなヤツにはな。」
「え〜・・」
「文句言ったのは誰だよ!なにがっかりしてんだ!?」
「じゃあさ、スフレよりほのかのが美味しい?」
「拘るなオマエ・・・ああそうだよっ!」
「そっか。ならいいや!」
「いいって・・」
「こんな美味しいスフレよりほのかのが美味しいならウレシイ。」
「・・・比べてんなって・・わかってねぇな・・」
「ふへへvなっちの大好物なのだね、ほのかって。」
「食い物と同列で喜ぶってどうなんだ。オマエ、いかんぞ、それは。」
「なんで?」

きょとんとしたほのかの目は不思議そうにくるんと輝いた。こっちが訊きたい。
こんなお子様なヤツだと・・わかっていてしてきたとするならオレって・・・
ものすごく早まったことをしたというか、罪の意識がもたげてきて眩暈がしそうだ。
どうする!?夏。でもって困ったことにこんなアホでお子ちゃまなほのかがまた
可愛いとか思ってるあたり、オレはお終いって気もするぞ。え、どうなんだよ!?
内心で孤独な突っ込みに悶々としていると、ほのかは明るい声で

「オヤツが終わったら、なっちはほのかを食べてね!」

っておい、何その明るい宣言。食えって?美味しく。そう・・そうですか・・

「・・残さず食っていい、と言ってんだ?」
「ウン。美味しく味わってください。」
「オマエ、あんまり考えないよな、そういうこと。」
「どういうこと?うん、考えるの苦手。」
「あのな、あまり上品とは言えないし、オマエわかってないから言うけどな?」
「ウンウンなんですか?」
「それはな、その・・・」
「なんだろう!?ワクワクしてきたじょ・・」
「そんなに期待されると言い辛いんだが・・」
「もったいぶらずに早く教えてよう!」
「・・・もう・・いい。」
「え〜!?」
「味わっとくから。」
「?」


わかってるんだ。ほのかが言ってるのはいつものキスの話だってことくらい。
誓ってもいい、「抱いてくれ」と言ってるつもりはコイツにはこれっぽっちもない。
勝手に焦ってるオレが・・疚しいわけで。はは・・落ち着けよ、夏。
なのでNGな言い回しだと説明するのは止めた。本人にそんなつもりはないのだから。
無邪気なほのかを軽く抱き寄せると、いつもの挨拶のような口付けをおくる。
ゆっくりと味わった後、ほのかは赤く上気した頬で満足そうにオレに微笑んだ。

「・・おいしい?」
「あぁ、スフレなんか目じぇねぇな。」

甘ったるくて歯が浮きそうな台詞でほのかは照れて赤くなっている。しょうがねぇ・・
・・まんま事実だし。恥ずかしくて蒸し返されたくない台詞ばっかり増えていく。
頼むから他の誰かに言わないでくれよと念を押したいところだが、無駄な気もして言えない。
嬉しげな赤い顔でオレに擦り寄るほのかをほんの少しキツク抱きしめるときゅっと喉を鳴らした。

「・・何喜んでんだよ、ほのかさんは。」
「”さん”って気持ち悪いー!ばかなつー!」
「ハイ、お仕置き。ばかって言うな。」
「イタイ〜!鼻つまむなあっ!ばかばかーっ!」
「また言ったな。懲りないヤツだ。もっと痛くされたいのか。」
「ウン、ぎゅーってして。痛いけど気持ちイイから。」
「・・オマエなぁ・・いい加減にしとけよ、その口・・」
「んみゅ・・んんん〜!」
「・・でないとホントに食うぞ。」
「・・・お口じゃなくて?どこ食べたいの?」
「全部。」
「ええっ!?・・どうやって?」
「それはまぁ・・そのうち。」
「はふ・・お口だけでもこんなにドキドキなのにタイヘンだね、それは。」
「そう、タイヘンだぞ。だからあんまり・・」
「あんまり?」
「いや、言っても無駄だったな。いい。」
「いっつも途中で止める!なっちの悪いクセだじょ!」
「え?!」
「ちゃんと最後まで言いなさい。それに食べるなら残しちゃいけないんだよ!」
「・・残すつもりはない。最高に美味い時を待ってるんだ。」
「ん?ほのかまだダメなの?」
「もうちょいかかりそうだな。」
「お口は?お口は食べるじゃないか!」
「そんくらい味見していいだろ。確かめてんだよ、食べ頃を。」
「ふ〜ん・・そうかぁ。」

こんなに後ろめたいのっていつまでだろう。可愛くてもう一度唇を啄ばみ、重ねた。
ホントウはもっと・・深く味わいたいんだが仕方無い。抱きしめる体も手加減してる。
柔らかさも味もこんな少し味わうだけでクラクラするほど美味そうでたまらない。
どんな甘い菓子だって太刀打ちできるはずがない。ほのかにはまだわかってないんだ。
もっともっと貴重で大切なものだと。どうすれば自覚してくれるんだともどかしい。
比べるものなんか何もない。伝えるのは難しい。けど諦めないから、ずっとこれからも。

抱きしめていた体が僅かに抵抗したので唇を離すと同時に腕の力を緩めた。

「・・なっち今日の長い。」
「すまん。ぎゅってしろって言うから力入った。」
「ウン・・力抜けちゃった・・スフレみたいにふわふわ・・」
「それじゃあまだまだって感じだな。」
「ほのかはしぼんだりしないよ。それならいいんでしょ?!」
「ん、オマエはスフレじゃないから大丈夫だ。」
「ほのか元気になるよ。ふにゃってなっても復活するからね!」
「そだな。心配要らないな。」
「ウン。なっちに何度も食べてもらうんだ。」
「・・・・そりゃ・・どーも・・」
「?」

ほのかの作る料理はよく爆発したみたいな物体になる。お菓子もそうだ。
けど、もしかすると作ってる本人が爆発物みたいなもんなんじゃないか?
黙らせたいが、それもつまらない。驚かされて焦らされて、虜になってる。
食うのが怖ろしいが、少しワクワクする。久しぶりにあの料理が食いたくなった。
とんでもない味だったり、意外に美味かったり、スリリングなところはほのかそのもの。
初めて食わされたとき、全部平らげたオレにほのかはとても喜んだ。
もっと作ると言うのはさすがに止めたのだが・・・嬉しかったのも本当のことで。
オレのためだけに作った世界でたった一つだったから。そんな幸福を再び味わえるとは
あの頃のオレには思ってもみないことだった。ほのかに出会って知ったのだ。

「ごちそうさん。」
「あっそれ聞くの久しぶり。ねぇ、また何か作ってあげようか?」
「そうだな・・久しぶりに作ってもらうか。」
「なっちに”ごちそうさん”って言ってもらうのダイスキなんだ!」
「そんなに嬉しいもんか?」
「ウン、生きててヨカッターって思うよ。」
「そうか・・」
「えへへ・・」
「オレも・・そうだな。」
「え!?ほのかが作るとウレシイ!?」
「・・オマエが居てくれてうれしい。」
「!?」

ほのかは感激してオレの首にしがみついた。締めワザも混ざってて苦しい。

「なっち大好き!」

苦しかったが、なんだか幸せだったのでされるがままになって抱かれていた。
柔らかいだけじゃない。ほのか、オマエはいつだって力一杯の優しさでオレを救ってくれる。

美味しかったからだけで言うんじゃないんだな、”ごちそうさま”って。
そこには目一杯の感謝が詰まってる。ありがとう、教えてくれるのはいつもオマエだ。
抱きしめ返した体はやっぱりお菓子よりずっと温かくて上等の甘い香りがした。








”ごちそうさま”って美しい言葉ですよね〜!?作った人はそれが最高にウレシイ☆
ところで抱きしめてもらって(首しまってるのに)嬉しそうな夏さんが目に浮かびません?