Strawberry


「谷本クンvご苦労様ぁ〜!助かったわ、またいつでもバイトに来てね?待ってるわー!」
「あ、そうそう、あそこで拗ねてる妹さんにこれサービスしとくわ。さっどうぞっ!?」
「・・・はぁ・・ありがとうございます。」

カフェのウェイター、或いはイタリアンならバリスタ風の制服に身を包んだ谷本夏は肩を落とした。
お姐様な言葉使いの店長は見た目どちらかというと強面な顔を崩してすっかり気に入った夏を労った。
彼は見た目も身のこなしも申し分ない上に天性のオーラでも出ているのか男女を問わず人が寄ってくる。
わずか2時間ほどの急なバイトにも拘らず、彼が入った途端に店は客で溢れかえってしまったのである。
彼には思いも寄らない労働だった。連れていたほのかは憮然としたまま店の奥の片隅で彼を待っていた。
(営業妨害になりそうな仏頂面で夏の労働が終わるまで待つと聞かないため店から移動させられたのだ)
何はともあれ労働から解放された夏は着替えも済まさないままほっとかれていたほのかの処へ急いだ。

「終わったぞ。これ店長からだ。オマエの好きなイチゴで良かったな。」
「・・・・」
「いつまで拗ねてんだよ。それ食ったら帰るぞ。」
「・・・なんだい、愛想振りまいちゃって。あんななっつんキライだ!」
「見てたのかよ。しょうがねぇだろ、一応仕事を引き受けたんだから。」
「ツマンナイ!どういうことなの?ほのかが一体何したっていうのさ!?」
「怒るなよ。悪かったっつっただろ!?」
「なっつんだって悪くないよ!悪いのはアイツじゃんかぁ・・!!」
「オレが殴ってのびた奴か?・・ま、仕方ねぇな。」
「ううう・・・せっかくのデートが台無しだよっ!」
「・・とにかくこれ食わないと溶けるぞ?」
「・・じゃあなっつん食べさせて。」
「はぁっ!?バカ言ってんなよ、オマエは赤ん坊か!?」
「むー・・じゃないと食べない。なっつん食べたらいいじゃん!」
「イチゴ味の氷、好きだろうが。」
「なっつんちにシロップ常備してるから帰って食べる!」
「わかんねぇこと言うな、だったら今これ食えばいいだろ?!」
「・・・じゃあ、あーん!」
「・・・ちっ・・しょうがねぇなぁ・・」

口を開けて催促するほのかに夏は諦めの境地で一さじすくい、その口にかき氷を放り込んだ。
怒っていたくせに、一瞬”おいしい!”と瞳が耀き、はっと我に返ってまた憮然とした。
その様子が面白くて、夏はもう一さじ、さらにもう一さじと食べさせ続けた。
いつの間にか行儀良く、手を膝に乗せて、彼にタイミングを合わせてぱかりと口が開かれる。

”鳥の雛とかに餌やってるみてぇだな”夏は内心そう思うと微笑みが漏れそうになる。
終いにはすっかり怒りを忘れて彼の手のさじが自分に向かうのを真剣に待っているほのか。
夏はそんなほのかへの『餌付け』或いは子育て的な快感にいつのまにか夢中になっていた。
大分平らげた頃、ほのかはもういらないから交替しようと言い出すと、さすがに途惑う。
断っても「遠慮しないで一口だけでも。美味しいよ?」としつこく迫るのにとうとう負けて
食べさせてもらいながら”あれ?なんでオレも食わされてるんだ?!”と自分に突っ込んだ。



「店長さん、ごちそうさまでした!」
「あら、ご機嫌直ったみたいね?!良かったわ。そいじゃまた来てね。お兄さんとv」
「お兄?・・なっつんはお兄ちゃんじゃないよ!」
「あら、じゃあ親戚?そう言われればあんまり似てないわね?」
「似てるわけないじょ・・」
「そうねぇ、夏くん美型ですものね?あら、失礼!」
「・・・恋人同士だって言ったら?」
「あぁ、それは無いわね!ちっともそんな風に見えないわ。」
「・・・あっ・・そお・・」
「え?まさか・・そおなの!?アラヤダ信じらんない!」
「もうこんなとこ二度と来ないっ!」


夏が着替えから戻ると、機嫌を直したはずのほのかが店長に噛み付きそうな勢いだった。
また何かやらかしたのかと急いで傍へ駆けつけると、ほのかは夏の腕にぴたりと張り付いた。

「・・谷本クン?そのこって・・アナタのその・・妹さんって言ってなかった!?」
「え?・・ああ、否定はしませんでしたけど・・」
「まぁ!私カン違いしちゃって、ごめんなさい?ご機嫌また悪くしちゃった〜!」

気まずそうにする店長に向かって、ほのかは思いっきり顔を顰めてあかんべーっとした。
ばつの悪い夏は得意の愛想笑いでやり過ごし、その店をやっとの思いで後にした。

「はーーーーっ!今日は厄日だ・・」
「なっつんのバカ!なんでちゃんと言ってくれないんだよう!!」
「めんどくせぇ・・別にもう顔合わすこともないから一々説明しなくていいだろ?」
「ううう・・目の前でキスしてやればよかった!」
「・・怖いこと言うな・・オマエそれだけはやめてくれよ・・?」
「痴漢じゃなくたって店員のあいつがしつこかったのはホントだし、なんで謝らなきゃいけないの!?」
「・・しつけーな・・オレがカン違いで殴っちまったんだからこっちが悪いんだよ。」
「自業自得だもん、あんな奴。フンだ!」
「代わりにバイトしたし、もう終わりだ。いい加減にしろ、もう。」
「カキ氷一杯じゃ割に合わないじょ。今日の一日どうしてくれるんだい!?」
「どうすりゃいんだよ?」
「もう今日はお泊りする!」
「はぁ・・・とりあえず・・帰ってシャワー浴びるか・・」
「ほのかもー!」
「・・一緒にとか言うのはナシだぞ!」
「ケチ!」
「普通そういうこと嫌がるのは女の方じゃねーのか・・?」
「ほのか普通じゃなくてもいいよ?」
「ハイハイ、そのまんまでいーですよ・・」
「投げやりな言い方だなぁ?!そういうのはくどき文句にもなる台詞じゃない?」
「オマエくどいてもなぁ・・」
「なにおーー!?たまにはなっつんから迫ってくれたっていいじゃんか!?」
「こんな色気の無いガキくどく趣味ない。」
「むかっ!もう怒った。絶対お泊りして迫ってやるじょ・・!ふっふっふ覚悟するのだ!」
「だからオマエの台詞もオカシイって・・・!」


谷本夏はほのかと行動を共にすると様々なハプニングに見舞われることも多い。
トラブルメーカー的なキャラなのは昔からの付き合いで最早諦めの境地に至る。
素直で可愛いところもあるのだが、世間の常識から外れた部分も有り過ぎるのだ。

「そういえばなっつんはなんで最近イチゴ味の氷あんまり食べないの!?キライ?」
「キライじゃねーけど・・飽きたっつーか・・・」
「食べないのになんで飽きるのさ?!オカシイじゃん。」
「オマエがいつもイチゴ味食ってるからだ。」
「ほのかが?・・・・??」
「だからイチゴ食べなくてもその後オマエ味わってるから。」
「ふぎゃっ!!??」
「うわ、スゲー顔!・・笑える。」
「は、恥ずかしいこと言うんじゃないよ、このこは・・!」
「タコだ、ゆでだこ。」
「はっ!ちょっと待ってなっつん!?さっき飽きたって言ったよね!?」
「は?あぁ、イチゴ味な。」
「ほのかとその、ちうするのが飽きたの!?それともほのかに飽きたってことおっ!?」
「おお、そうとも取れるな。オマエ時々頭いいな。」
「なっなななっつん・・・そんなまさか・・ヒドイじょ〜・・・うう・・」
「怒ったり泣いたり、ホント忙しいヤツだな。飽きるわけねーだろ、オマエには。」
「ほっほんとに!?」
「おもしれーもん。」
「何が!?ちょっと、なっつん!どういう意味っ!?」
「どうって・・そのまんま。」
「・・・よっ喜んでいいのかなんかよくわかんないじょ・・・!?」
「とりあえず泣くな、じゃまくせぇ。」
「なんか・・なっつんほのかのことなんだと思ってんの・・?」
「面倒だけど、面白いヤツ。」
「・・可愛いとか、すき・・とかは?」
「んー・・・そっちはあんまり・・」
「ひ・・ひどひ・・・そんな・・もうそんななら・・ちうさせないじょ・・!」
「それは困る。してるときは可愛いから。」
「むきゃっ!?!?ななな・・・」
「ぷっ!!・・・くくく・・苦しい・・」
「なっつんの笑う顔見るのはいいけど・・ほのかちょっと複雑・・」

とうとうお腹を抱えて笑出だした夏の横でほのかが難しい顔をしていた。
その顔がなきべそになりそうな頃、夏はなんとか落ち着けて彼女の機嫌を直すのだった。
手のかかるコほど・・というとやはり子育て論のようになってしまうのだが、
彼にとってはこの手のかかる彼女がことのほかお気に入りなのは間違いなかった。
長い間男女の境界線のない二人がようやく意識し始めて数ヶ月、まだまだ初々しい。
どちらかというと先走るほのかを夏が引き止める、というバターンができつつある。
まだ店長のような部外者からは恋人同士に見えなかったりするのがほのかには悩みらしい。
夏はどちらかというと、今のままの方が悪い虫の登場が少なくて良いかもと思っていた。
たまたま出かけた先で起こしたトラブルであったが、いつかまた行ってみるのもいい。
夏は心の中でそう思った。その頃はどこから見てもそれらしく見えるようになっているだろうか?
どっちでもいい、楽しみがまた増えたと夏は微笑んだ。彼が手に入れたものは「彼女」だけではない。
何もかもをひっくるめた未来なのだろう。迷いない瞳は語られなくても彼女への想いが溢れている。
”すっかり骨抜きになっている”とも言えるかもしれなかったが、それすら認めてしまえるほどに。







もう付き合ってしまってる話を書いてみました。初めてでもないけど・・
まだキス程度ですね。付き合い出して数ヶ月後くらい?かと思いつつ書きました。
知り合ってから苦労を重ねて、付き合ったら付き合ったでまた苦労してそうな夏くん・・
でも彼は幸せいっぱいなんですよ、これでも。苦労も幸せのうちvってことで。^^