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いっそ呆れるほどの好天。日差しは容赦ない。
そしてうんざりするほどの暑さは気力を奪う。
普通ならば。つまり俺の相棒はフツウではない。
ほのかは照りつける太陽に対抗するかのように
不思議なくらいのご機嫌の元にはしゃいでいた。

「なっちー!そろそろ期待のウォータースライダー行こうぜ!?」
「俺は期待なんぞしてない。昇るだけでも一苦労しそうだぞ?!」
「ここの目玉をほのかに教えた張本人が何を言ってるんだい!?」
「実際に見たら相当高いぞ?おまえ大丈夫か?」
「平気だよ、ほのか子供じゃないんだからね!」
「・・・それは子供の台詞だろう・・?」

夏はどうせ諦めないであろうほのかにふぅと長い溜息を落とし、
「おら、行くぞ」と少々自棄気味ではあるが目的の場所へと向う。
わーいと大喜びで夏の腕にほのかは擦り寄って自分の腕を絡ませた。

「おいっ!・・当てんなって・・」
「え?当ててないよ!ちみは意識しすぎじゃないかね!?」
「当たったから言ってんだ!ったく」

夏はほのかに思い切り不機嫌な顔を向けたがいつものごとくスルーだ。
何度注意しても成長途上のお子様はお子様モードが抜けないのだった。
傍目には最早カップル以外に見る方が不自然になってきたというのに。
相変わらずなほのかに首を振り、だめだこりゃと夏は仕方なく諦める。
この羽目を外すのに絶好の季節であっても彼にメリットは皆無だった。

「ねぇねぇ、二人で繋がって降りようぜい!」
「・・まさかよく見かける・・あんなのか?」
「そうそう、アレアレ!」
「・・・・・・・却下。」
「何故に!?」

楽しそうにはしゃぐカップルを眺めて夏は顔には出さず身震いする。
見たところそれは一人でかなり怖ろしげなアトラクションのようで、
体重の軽いほのかなど弾き飛ばされそうな急勾配やカーブが目に映る。
下調べをしたものの、甘かったようだ。夏は眉を顰めたがもう遅い。
ほのかはすっかりその気であり、二人で滑り降りる気満々だからである。
験しにアイスなどで気を反らそうとしてみたが失敗。ほのかは頑固者だ。
根負けするのは常に自分という暗黒な歴史を思い浮かべ、夏は覚悟する。

「・・・おまえが・・後ろな。」
「なんでなんで!?ほのか前がいい!」
「・・・やっぱりか。しかし・・・」
「じゃあ交代で二回行こう!ねっ!?」
「く・・どうしてもひっつかないとダメか?」
「せっかくおっぱい引っ付けてあげようかと」
「要らん!そういう気遣いは無用だ。」
「ちぇ〜!ちみはポジションに拘るヒトなの?」
「うるせぇ。とっとと行って終わらせるっきゃねぇな。」
「はっは〜ぁん・・・!」
「なんだよ、その目は?」
「ほのかわかっちゃったけど、可哀想だから黙っておいてあげるさ。」
「絶対勘違いだ。言ってみろ、怒らねぇから!」
「もう怒ってるし。えへん、ズバリ!ちみは怖いのだなあああっ!?」
「ほらな。怖い訳あるかよ、こんなもんが!」
「?・・そういや怖いなら引っ付いて降りたいか・・じゃあなんで?」
「考えるな。そうすると怖いのはほのかちゃんってことでいいのか?」
「ぎょ!ちゃんって・・か、かゆ〜!怖かったらするわけないじゃん」
「・・・だなぁ・・おまえ怖いものってあるのか?」
「あるじょ・・・ブルブル・・テストとかごきぶりとか数学とか・・」

本当に思い浮かべて顔色を悪くしているほのかに夏はフンと鼻を鳴らす。
怖いもの・・ほのかと長い付き合いになるが確かに本人が認める以外に
思い当ることがなく、夏は心密かに感心した。

人気のアトラクションなのだろうが、高さやスリルなどから
身長や年齢の制限が設けられていた。そのおかげか人数もそれほど多くない。
それでも多少は列が出来ている。夏とほのかはその列に加わり長い階段を昇る。

「よかったな、チビだがギリセーフで。」
「余裕だったよ!?失礼しちゃうなぁ!」

などとのんびりやっていた二人だが、ふと気付くとカップルに挟まれていた。
そのどちらもが怖い〜!と男性側にアピールしつつびったりとくっついている。
年齢はさほど変わりないがが見比べるとほのかは成長したとはいえ随分幼く見える。
べたべたする男女というのは傍目にはあまりキモチの良い見世物ではないもの。
ご機嫌だったほのかは段々と無口になり、逆に不機嫌そうな様子に変わってきた。

「・・どうした、そんな顔してっと益々ガキっぽいぜ?」
「フォローになっとらんよ、ちみ。ったく嘆かわしい世の中だねぇ・・」
「手でも繋ぐか?あー・・それだと完璧に兄妹って感じになるか・・!」
「なっちが一番感じ悪い。フンだ!いいよ、ほのかどうせお子様さ!?」

ぷくっと頬を膨らませ夏との距離を態と空ける。確かに子供っぽい行動だ。
そんなほのかに気付かれないように夏はこっそりと笑いを噛み殺している。
劣等感は意外にも強いほのかだ。対抗心もあるのだが、プライドも高い。
なので同じようにいちゃつくこともできない。ほのかは複雑な心境らしい。
素直なので一々顔に出る。夏は笑わずにはいられない。可愛くて堪らないので。
ここで肩でも抱き寄せて前後の輩に見せ付けるという手段も考えられるのだが
夏はそこは堪えた。どうせほのかは照れて嫌がるに違いないと踏んだのだ。
まだ二人は彼らのようなぶっちゃけた関係にはなっていない。そのせいもある。
夏はにやついてしまいそうな頬筋を抑え、お得意のポーカーフェイスを決め込む。
だが内心はほのかの可愛さにパレード状態だ。見せられないのが残念なほどだ。

「・・ほら、次の次だ。楽しみにしてたんだろ?」
「うん、やる気がみなぎってきたよ。」
「そうそう、いつもみたいに楽しめよ。もったいないだろ。」
「なっちもたまに気の利いたこと言うじゃないか!」
「たまには余計だ。」

ほのかの機嫌が上向いたとき前の二人の順番が来たのだが、女が悲鳴を上げる。
どうやら高さに怖気づいたらしい。急に止めると言い出し、二人はもめ始めた。
それなりに並んで長い階段を昇ってきたので、男はその発言に切れたらしい。
口げんかが始まって係員に注意されていた。結局二人はそこで別行動になった。
それをもったいない!とか、なんでまた!?と小声で呟くほのかだった。

「さー!行くよ、なっちぃ!?」
「ハイハイ」

最初はほのかが前ということで話は付いていた。二人は高みから滑り降りる。
盛大な水飛沫とほのかの悲鳴が長く尾を引いた。勿論怖さからの悲鳴でなく

「ぎゃあああああっ!たっのすいいいいいい〜!!!」
「黙ってろ、舌噛むぞ?」
「これが黙っていられるかってんだああああああっ!」
「しょうがねぇな・・結構スリルある方だぞ、これ。」
「なっち怖かったらほのかにもっと掴ればいいよっ!」
「フン・・怖いからしがみつくもんじゃねぇよ、男は」
「え〜っなんて言ったのっ!?聞えなかったじょー!」
「なんでもねぇ!」

夏はこっそりと大はしゃぎのほのかの細い腰を抱き寄せた。
全く動じないのは意識していないからだ。そのことに落胆する。
相変わらず楽しそうな声を出しながら、何度も急カーブを曲がる。
腕にほのかを抱え、それなりに楽しいものだなと夏も感じていた。
ラストはかなり大きなすり鉢状の場所に出て、渦に巻き込まれる。
二人して抱き合うようにしてラスト放り出されることになった。

「オモシロかったーっ!!なっち、もう一回いこっ!」
「おまえが前で正解だったな。逆だとおまえ手を離してるに決まってる。」
「そうかもだけどなっちはちょっとしがみつきすぎ。そんなに怖かった?」
「アホか。べたべたしてたヤツらに対抗してみただけだ。」
「ほえ?!」

夏はうっかり本音を滑らせた。それを聞いたほのかが真っ赤に染まる。
態と抱いていたのがバレたわけだ。夏はしまった!と思ったが後の祭り。
それにしてもだ。夏はほのかの反応に途惑う。顔を赤らめ困った様子に
幼さは感じられず、はっきり意識されていると思えた。釣られて頬が熱い。

「いや・・その・・・なんだよ、悪ぃかよ!」

夏は開き直ってそう言い放つ。プールの波は静まりつつあったが新たな波が来る。
それに気付いて夏はほのかの位置が危険だと判断し、腕を取って場を移動させた。
ほのかはそれに大人しく従って付いてきた。借りてきた猫状態になっている。

「嫌だったんなら謝る。次は一人で・・」
「だっダメっ次もおんなじようにして!」

夏に慌てて訴えたほのかがどこからどう見ても恋人に甘える女に見えてしまう。
ほのかもほのかで、”なんでこのヒト急に・・焦るじゃないか!”と思いつつも
嬉しさで体や頬の熱を抑えきれず俯いてしまう。動悸のする胸に片手を当てた。

「・・あのね、ほのかなっちの・・彼女に見えるかな?」
「今なら多分・・べたべたしてなくたって見えるだろ!」
「そっか・・そうなんだぁ・・へへ・・」
「んな嬉しそうなカオしたら俺だって勘違いするぞ!?」
「カン違い・・じゃないもん!なっちのおばか!」

俯いていたほのかがそう言って夏を睨んだ。夏とほのかに水飛沫が掛かる。
次々と降りてくる親子や男女の立てる波に押されるが二人は気付かずに立ち竦んだ。
掴んでいたほのかの片腕を夏がようやく気づいて離すと今度はほのかが手を伸ばし
夏の手を取る。そして指を絡ませた。照れたように夏を見上げて微笑むほのか。
眩しさに射られた夏は目を眇める。そして初めて夏の暑さを心地良く感じた。







夏と言えばプールだろ!と思いましたが、私はもう数年行っておりません。
若いうちに行っておいた方がいいですよ。子供連れはかなり疲れますしね。
珍しく年相応なカップルで書いてみました。ソレっぽく書くの恥ずかしいです!
けど夏ほのは特別なので、この羞恥に耐えてまた書きまーすv