スープを煮込む間に(後) 


会いたかったヒトが空から降ってきて、迷わず捕まえた。
ホノカにとって至極幸せなシチュエイションだったのだが
肝心の愛しいヒトは心ここにあらずで怖い顔を前に向けて
抱き上げていた腕を下ろし、ホノカの腕をも外してしまった。

ナツの射るような視線は固定されたままだ。ターゲットの
ナオキもまた、負けじとナツと向かい合い睨み合いが続く。
嬉しさはホノカの表情から、次に体全体からも霧散してしまう。
そんなことを気にも留めず、男共は緊張を漂わせている。

「お会いしたかったです、ナツさん!自分はナオキと申します。」

闘志を漲らせたナオキは言葉だけは丁寧だが声を荒げて名乗った。
身構えるナツに次に突きつけたのは論拠を略して結論からである。

「あなたにホノカさんは相応しくない!勝負しましょう!」

この際彼らに理由は不要だった。人が野次馬と集ってくる街中で
彼らは周囲を見ていないのか、互いの間合いを探り合っているようだ。
”どうした、ケンカか?”などのざわめきも彼らには届いていない。
それまでじっと二人のやり取りを傍観していたホノカだったが
ふーっと大きな息を吐き、同じだけ大きく吸うと

「キミたちっ!いい加減にしなさい!!ホノカ知らないっ!帰るっ!」

大声は周囲は勿論ナツとナオキにも届き、同時に大きく目を瞠る。
我に返るとホノカは彼らに背を向けて全速で立ち去るところだった。

追いかけようとした彼らは目の前でホノカの姿がかき消えるのを見た。

     シャン 

ナツは聞き覚えのある音でそれを悟った。ナオキの方は狼狽している。
それはホノカが消えてしまったことに対してだ。魔法に不慣れらしい。

「よ・・お!・・元気そう・・だ・ねえ?」

ジャパニーズくのいちのようなスタイルの美女がそこに忽然と立っていた。
ホノカの師であるシグレだ。ナツはバツの悪そうな顔を浮かべ会釈する。

「中々・・面白・い場面・・だった・のに・・残念だ・・な。」

独特の間でのんびりと語り、シグレは背中に抱えた長刀の柄を鞘に収める。
先程の音は刀を抜いた際のもの。魔力はその時表れ、チンと今音立てて閉じた。
初めて目の当たりにしたらしいナオキは言葉をなくして見詰めていた。

「それじゃ・・また・・ね。」

妖艶な笑みを若い男二人に投げた後、シグレはホノカと同様に姿を消す。
一瞬で空間を切り裂き、閉じたことはナツのほかは誰にも理解できなかった。
取り残された男達に同情のような非難のような視線が投げられる。

「おい、オマエ。ちょっと付き合え。」ナツがナオキに囁いた。
「・・・ハイ。」ナオキはナツに促されるまま街をすり抜けて行った。



一方、ホノカはというと一瞬で城の中へ戻ってきた。魔法を使ってはいない。
だが魔力で運ばれたことも、そうした人物のこともちゃんとわかっている。
きゅっと口を結んでいたホノカは何かを耐えるようにその場に佇んでいたが、
しばらくして彼女の背後に現れた師匠に勢い良く振り向くと飛びついた。

「うわああああん!シグレえ〜〜!」
「ホノカ・・ひさしぶ・り・・」

よしよしとホノカを撫でるシグレは師というよりも優しい母か姉のようだ。
ホノカが落ち着いた後、二人は城の台所に移動し温かいスープを味見していた。

「美味・い。腕・・あげ・た・・な・!」

えへへと舌を出し、ホノカは泣いたことの照れ隠しも含めて肩を竦める。

「ホノカってば・・置いてけぼりで寂しかったからかな?」
「そう・・だ・ね。それ・に・・口惜しかっ・・た・・?」
「あ、うん。ナッチはそうじゃないのかって思った。」
「男・・ってバカ・だ・から。しょうが・・ない・・」
「男ぜんぶ?みんなおばかさんなの!?」
「そ・・ホノカ・も・・女・・になった・・ね・・」
「え?そお・・なのかな。」

こくりと頷くシグレにホノカはピンと来ないようだ。そんなホノカにシグレは

「あっち・・はあれ・でも・・会いた・かったの・・さ。」
「だったらどうしてすぐに抱き締めてくれないのかなあ!?」
「ほかの・男に・・奪われ・・たら・・大変・・だ・から。」
「ナオキと今頃ケンカしてるのかな?ほんとにばかみたい。」
「美味しい・・スープ・でも・飲め・ば・・反省・・する・よ。」
「そっか!シグレ、ありがとう。一緒にご飯食べて行ってね!?」


ホノカがいつもの笑顔を取り戻すまでの間、ナツとナオキの二人はというと
案の定、愚かな闘いを繰り広げていたのだが、決着はわりとすぐについた。
魔法抜きでもナツの方が腕は上だったのだ。ナオキは口惜しげに唇を噛んだ。

「・・勝負には負けました。けどホノカさんを想う気持ちは負けてない。」
「・・そう思うなら城まで一緒に来い。ホノカを泣かせたことは同罪だ。」
「え?!ホノカさんに頭を下げるのはわかりますが・・」
「俺はオマエとは違う。だが・・同じ女に惚れた好だ。」

ナオキにはナツの真意が理解できないまま従った。ホノカに詫びたかったのだ。
先走った行動だとかそもそも自分が横恋慕したこと、考えれば罪深いと感じる。
それでもホノカに対する想いに曇りはなく、自信があった。ナツにもそう告げた。
ところがナツは彼に与えられた拳こそ重かったが、想いを否定したりしなかった。
惚れた女を口説いた罰、与えられたのはそれだけだ。今は妙な同情すら感じられた。
険悪そうだった二人が首を揃えて城に戻ったのをシグレは驚かず、ホノカは

「おかえり。頭冷えたかい?一緒にごはん食べようか。」とにっこり微笑んだ。

意外そうなナオキと決まり悪そうなナツにホノカは煮込んだスープを振舞った。
シグレも何も言わず、同じ食卓で変わった面々が温かく優しい匂いに包まれた。

「・・・美味い。」
「美味しいです!ホノカさん!」
「でしょ!?へへ・・たくさん食べてね!?」

スープは大きな寸胴なべに大量に用意されていた。煮込み時間も掛かっただろう。
ホノカの手には調理の格闘の痕も残されていることにナツとナオキは気付いた。
食べ終わってから、ずっと押し黙っていたナオキは意を決したように口を開く。

「ご馳走になりました。ありがとうございます。」
「いいえ、どういたしまして。食べてくれてありがとう!」
「自分は・・勝手でした。ホノカさんの気持ちもわからずに・・」
「ん、ナオキどうしちゃったの?」
「お邪魔しました。どうか・・お幸せに。」

涙ぐむナオキにホノカは慌てた。「いつでもご馳走するからまた来てね!」
そう言ってナオキを送るホノカの手を大事そうに握ると「ハイ」と頭を下げた。
その横でナツも「またな」と告げた。わだかまりない言葉にナオキは
やっと笑顔を取り戻すとナツに「ホノカさんを寂しがらせちゃダメですよ。」
そう言って城を出て行った。シグレもまた「ごちそうさん・・また・・な。」
とだけ残してさっと消えてしまい、残されたナツとホノカの二人きりになった。

「さてとー・・後片付けは明日でもいい?ナッチー!」
「ああ、それは俺がする。残りはまた明日も食うぞ。」
「たくさん作ったもんね。ホノカエライでしょっ!?」
「あ・あのな・・美味いスープ煮込んでるあいだ・・」
「うん?そりゃあもう、ナッチのこと考えてたよっ!」
「う・・うん・・悪かった。その・・けど俺も・・俺もだからな!?」

ナツは頬を赤く染めながらかなり言い難そうに、しかし必死に言葉を繋いだ。
ホノカがふっふっと笑いを堪えるのがわかっても怒らずに黙って抱き寄せる。
耳元にこっそりと甘い言葉を落とすとホノカはくすぐったそうに身を捩った。

「あと・・ただいま。ホノカ」
「おかえり、ナッチ・・」

煮込まれて蕩けた想いと一緒にナツとホノカもしっかり抱き合って溶ける。
確かめるような口付けは思った以上に美味でスープに負けてはいなかった。

数日後のハロウィンには二人が仲睦まじくお揃いでお菓子を配り歩くのを
街の者達もほっとして眺め、ナオキは少々悔しそうに持参のお菓子と交換した。

「ホノカさん、ナツさんに飽きたら自分待ってますから!」
「あはは・・わかった。覚えとくよ!」
「てめえ・・もう一発食らいたいか?」
「ホノカさんに言ったんです。アナタはホノカさんには逆らえないでしょ?」
「んん?どーゆこと!?」
「うっせえよ!オレはなあ・・」
「ホノカさんが全てなんですよね!ええ、賭けるなんてとんでもないです。」
「てめっ・・やっぱりもう一発!」

「しょうがないなあ!・・だいすきだよ、ナッチ。ナオキも大事なトモダチさ。」

ホノカはナツとナオキの両方の頬にキスをした。喜ぶナオキと複雑なナツ。
二人はホノカを挟んでまたもや睨み合った。けれど今回はホノカは怒らない。
道行く子供たちにお菓子を振り撒き、通りを練り歩く。「ハッピー!ハロウィーン!!」
甘い香りは青空の下、ホノカたちの街全体に広がっていった。








皆さんもハッピー☆ハロウィーン!^^