スープを煮込む間に(前) 


コトコトと軽快な音は期待を膨らませる演じていた。
材料が煮立つと香ってくる匂いもそれに負けてはいない。
台所の下準備の残骸にとりあえず目を瞑ってしまえば
順調な料理の出来具合に調理人は微笑まずにいられない。

「あちっ!」

演出効果に屈して未だ早い段階の味見を試みた調理人が
舌を襲った予想以上の熱さに顔を顰めた。少し涙目になる。

「うん、これは大成功間違いなしだね!」

そして彼女は失敗を華麗にスルーして感嘆の声を漏らした。
調理人としては未熟だが、短期間にしてはかなりの上達ぶり。
魔法を使えばあっという間だがこれは手間が美味しさの秘訣だ。
調理人である魔女のホノカはそう確信を持って頷いた。
このスープが成功したら帰ってきたあのヒトは驚くだろう。
想像しただけで顔中がゆるんでしまう。行き過ぎた想像力で

”これなら王様の料理人にだってなれるぞ!”

「いや〜!まさかそこまではね!ナッチってば誉めすぎ!」

独り言は少々ジェスチャー付きで大げさだった。ふと我に返り
コホンと小さく咳払い。居住まいを正すがまたすぐ顔は弛んだ。
ホノカの相棒はもう一週間ばかり仕事で城を留守にしていた。なので
広い城内にたった一人。無用心だがあちこちに魔法でセキュリティは
整えてある。それくらいは魔力も大した消費することもないのだ。


魔女のホノカは魔力を控えて目下花嫁修業に驀進中なのだ。
お相手は2年程前に知り合って弟子にしたナツという若者。
彼は元々魔法使いではなかったが素質は備えていたらしく
修行によって才能を開花、簡単な仕事くらいはこなせるに至った。
独立するには足りないが、結婚相手が魔力強大な魔女だった為に
ホノカと二人で修行しつつ夫婦で魔法取り扱い業に就くことにした。
とはいえまだ結婚の許可は出ていない。お許しはホノカの師匠次第だ。
一人前と師が判断を下すまでは無理らしい。どうもその辺はいい加減で
根拠に乏しい。だがホノカは気にするでもなく婚約期間を楽しんでいた。

ナツの方もホノカが少々幼いこともあって急いではいなかった。
心配症でついつい将来の誓いは焦ったものの、未だ手も出していない。
さすがにキスくらいはするようになったのだがそれも軽い挨拶程度だった。
勿論そっちに関してもホノカはまるで気にせずのんびりとしたものだ。
天然の誘惑に日々耐えながらもすっかり骨抜き状態のナツなのだった。

スープはある程度煮込む時間が必要。二人の仲もそういったところだ。
花嫁修業でなんとか及第点をもらえたスープを一旦寝かせることにして
ホノカは城下へおりる支度をした。台所の後始末は見ない振りらしい。
それでも一応ナツにしつこく注意を受けている刃物はきちんと片付け、
火の始末もしっかりチェックした。指差し確認まで仕込まれ済みである。
そうしてちょっとした買い物と散歩を兼ねたお出かけに行くホノカだった。


鼻歌交じりでホノカはお天気の良い城下をぐるりと歩いて廻る。
数々の店が通りに立ち並び、活気の良い売り手達の呼び込みが迎える。
ホノカに気付くと皆挨拶をし、「これもってきな」と持たせたりもする。
「わあ!おいしそうだー!ありがとー!!」とホノカも遠慮などしない。
小さなリンゴだったりすればお行儀悪くその場で噛り付いたりもする。
いつもの街の平和な光景。そんな通りを歩くのが楽しいホノカだった。


「ホノカさん!こんにちはっ!」
「・・・コンニチハ、ナオキ。」
「はいっ!今日もお会いできて嬉しいです!」

人懐こい顔で少年は頭を下げた。ホノカよりも頭二つ以上大きいが
それは小柄なホノカに比べて成育が良いからで、歳は2歳くらい下だ。
きちんと敬語で礼儀正しい。態度も気持ちも真っ直ぐそうな若者である。
例えるなら主人に忠実な犬というと云い過ぎか、しかしそんな風なのだ。
ナツが仕事に出た日、偶々通りがかったホノカが難儀から救ってやって以来、
彼はホノカを見つけ出してはどこまでもしつこく付いてくるのだった。

「ホノカさん、これ一緒に食べませんか?」
「美味しそうだね。これもキミが作ったのかい?」
「はい、自分はこういうのわりと得意なんです。」
「すごいね。ホノカはどっちかっていうと苦手。」
「毎日貴女の為に拵えますよ!?」
「いやいや・・いいよ、そんなことしなくても。」

ナオキと呼ばれる少年が懐から取り出したのは手作りの菓子だった。
器用らしく山育ちなのでそこで採れる材料を元にして干した果物だの
それらの食材を工夫した砂糖漬けだったりと独自のものを携えてくる。
そしてそれをホノカに味わえと言うのだ。珍しさもあって最初は口にした。
甘くて美味しかった。日替わりで違うものを持ってくるから感心もした。
しかし、花嫁修業のうち料理があまり得意ではないホノカは複雑だった。
要するに劣等感を刺激するのだ。お返ししたくても出来ないのも口惜しい。
遠慮と取るナオキだが、こう毎日では申し訳ないとホノカは思っていた。
好意を持たれるのは嬉しい。だがナオキは度を越しているように感じた。

「それで・・ナツさんて方はまだ戻られないんですか?」
「うん・・不便だよ、声が聞きたくても魔法が使えないとさぁ・・」
「ホノカさんを寂しがらせるなんて・・自分だったら絶対にしません。」
「へ?いやナッチは仕事でね・・ん?なんかそれって・・」
「ホノカさん・・自分は・・」

普通なら一週間も顔を合わせていればナオキの行動の意味は瞭然だろう。
街中で目撃している商人達も然りで実はハラハラしながら見守っていたりする。
ナオキはホノカに惚れて、なんとか婚約者の留守中に誘惑しようとしていた。
しかし相手がホノカだったのでさっぱり通じない。そこで意を決したナオキは
突然ホノカの両手を握り、「好きです!」と往来で告白してしまったのである。

びっくりしたホノカは上背のあるナオキの勢いで後ろに転びそうになった。
しかしそこは両手を握られていたおかげもあってとどまると目をぱちぱち瞬いた。

「ホノカさん!ナツさんじゃなくて自分と結婚してください。」
「いやそれはダメ。できないよ。」

即答である。ところがナオキは予想していたらしく怯まなかった。

「いくら魔法があったってホノカさんを一週間も放っておくなんて許せない!」
「ナツさんが戻ったら自分は彼に挑戦します。ホノカさんをかけて勝負です!」

「ヒトを勝手に賭けないでよ。諦めて?ホノカはナッチがいいんだからさ!?」
「・・・それでも闘わせてください。でないと自分は諦めきれませんから。」
「はぁ・・そうなの?・・そんならしょうがないかなあ・・・」
「ありがとうございます!ホノカさん!」
「ちょっ・・近いよ!顔がくっついちゃいそ・・」


昼日中であったが、そのとき往来に影が浮かんだ。周囲もあっと息を呑む。
影は大きく広がったマントのそれで小さな夜が出現して空から降ったようだ。
音はなく静かだった。布擦れの音だけがした。影が現れてほんの数秒のこと。

ホノカは目の前がふっと暗くなったが、直ぐ事の次第を理解した。
嬉しくて現れた影の中身に抱きつく。いつの間にか抱かかえられていた。

「・・てめえ、ヒトの女になにしてやがる!」

ナオキとホノカの真上に出現した影はあっという間に二人を引き離した。
ホノカは「ナッチ」とその者の首にしがみつき、男はナオキを睨んでいた。
隣の国まで出張していたナツがホノカの元へと帰ってきたのだった。





   〜 To be continued 〜








申し訳ないですが改稿しました。(10/26)