「卒業」 


春にお別れする日本でよかった。
桜の花が舞い散る頃だから、泣いていいんだ。
お別れを惜しんだって今だけは誰も咎めない。
新しい生活へと旅立つ前に泣いておかなけりゃ。
胸に支えたままじゃさびしすぎるでしょう?
強い風が桜を運ぶのと一緒に制服の裾を翻す。
ねぇ、お別れは春でよかったね。
零れ落ちる花びらと涙は風に運ばれるから。



「ほのかちゃんご卒業おめでとうございますですわ。」
「ありがと。この制服も卒業式で終わりかと思ってたよ。」
「まだ春休み中ですから制服でもおかしくないですわよ。」
「不思議だよね、制服・・もう着ないんだよ!?」
「そうですわね。僅かな間だったと思いますわ。」
「そう思った?卒業したとき。おんなじだね。」
「ええ、おんなじです。ほのかちゃんと。」
「でもまぁ・・これからもよろしくね。」
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いいたしますわ。」
「普通さぁ、6月だよね?花嫁さんが憧れるのって。」
「ここは日本ですから、いいんじゃありません?」
「そうだね、春は桜が綺麗だし・・花嫁さんもすごく綺麗・・」
「ほのかちゃん・・・」
「お嫁さんは泣いちゃだめだよ。お兄ちゃんがおろおろするよ。」
「ありがとう・・ほのかちゃんありがとうございますですわ。」
「やだねぇ、いつまでも他人行儀なんだから。お義姉ちゃん?」
「うっう・・」
「うわわ・・どうしよ!?これってほのかのせい?怒られちゃうよう!」

雪の精みたいに白い花嫁さんを泣かせてしまった。
『天敵』なんて思ってたときもあるんだけどね。
今はお兄ちゃんの大切なひと。ほのかのおねえさんになるひと。
お嫁さんはお化粧直しに行って、ほのかはぽつんと一人になった。
泣かないよ。っていうか別に悲しくないんだけど、そのはずなのに。
なぜだか胸が締め付けられる感じがずっとしたまんまでいる。
卒業式を思い出したからかな、この制服のせいだ!きっとそうだよ。
ぼんやりとしていたら、ドアが静かに開いた。

「・・おい、ちょっと来い。」
「なっつん。・・どしたの?」
「いいから。」

長い付き合いの相棒に手を引かれて、神社の隅の桜の木の下に来た。
今日の相棒はなんだか不機嫌そうで、連れて来られる間ずっと黙っていた。
ちょっと周囲の様子を窺ってから、手を離してほのかと向き合った。

「ねぇねぇなっつん花嫁さん見た?綺麗だったでしょお!?」
「・・まぁ・・今日の主役だからな。」
「お芝居みたいじゃない、そんな言い方じゃ。」
「オマエこそ、その芝居みたいな態度どうにかしろよ。」
「え?ほのか・・なんか変?!」
「ったく・・無理すんなよ・・・」
「あいたたたたっ!!なにすんのっ!?」

突然ほっぺを抓られて悲鳴を上げた。かなりの痛さで涙が出そう。

「もうちょい強めに抓ってやろうか?」
「嫌だよ!なんなのさ・・!?」
「泣いとけ、無理しねぇで。」
「泣けって、そんな;」
「オレが泣かしたことにしていいから。」
「・・格好付けちゃって・・・・でも・・・・ここ誰にも見えない?」
「あぁ見えない。オレが見せないから心配するな。」
「えへへ・・ホントだ。なっつんが泣かせたぁ・・・」

やさしい言葉で急に涙腺が緩んだ。なんだろうね、この安心感。
相棒は泣き顔を見えないように包んでくれた。その大きな胸で。
頭を少し乱暴に撫でる手も優しくて、遠慮しないで身体を預けた。
泣きたくなかったんだけど、どうも無理だったみたい・・・
わかってたことなのに。こんなにさびしいなんて予想外だったの。
桜の木の下でワタシは泣いた。今なら桜となっつんしかいないから。
大好きだよ、お兄ちゃん。昔も今も変わらない。
これから先もずっと大好きだよ、ありがとう、さようなら。


神様の前で誓い合う二人をちゃんと泣かずに見守れた。
少し目元が赤かったかもしれないけど、ダイジョウブ。
お嫁さんの瞳も潤んでいたしね。お兄ちゃんもだけど・・
けどさすがはほのかのお兄ちゃん。泣かなかったし、とっても男らしかったよ。
式の後で、なっつんがやれやれとため息を吐いた。

「なんだい?ほのかもう大丈夫だよ!」
「そうじゃなくて、オマエが今度嫁になるときのこと思うとな・・」
「はい?」
「兼一の奴がどんだけ泣くかと想像したらうんざりしたんだ。」
「お兄ちゃん・・泣くかな?」
「決まってるだろ、マジにうざいくらい泣くぜ、アイツは。」
「あはは・・でもさ、奥さんが慰めてくれるからいいじゃん。」
「当たり前だ。オマエ慰めに行ったりするなよ?!行かせねぇぞ。」
「うふふ・・楽しみになってきた。なっつん、ありがとう!ダイスキv」
「・・いつまで”兄貴の次”なんだよ?」
「えー・・・そんなの・・・教えなーい。」

ほのかが笑うと頭をこつんと突付かれた。
なんだかすっかり慰められちゃったなぁ・・
卒業式のときも、お兄ちゃんはこっそり泣いてたんだって教えてくれた。
まぁ、お父さんなんか号泣してお母さんかなり困ってたんだけどね。
お兄ちゃんのことを教えてくれたなっつんはそのときもこんな顔してた。
眉間に少し皺を寄せて、不機嫌そうに、口をへの字に曲げて。
そしてうんざりしたような顔でほのかに言うの。

「オマエのことよろしく頼むとか言っておいてあのヤロウ・・」
「お兄ちゃんが?」
「やっぱりまだ高校卒業したばっかりだからとか言い出しやがって。」
「・・なんのこと?」
「まだやれねぇとかごねだしたんだよ!ったく・・」
「あはは!そうなの!?」
「オマエも嬉しそうな顔すんなよ、むかつく。」
「えへへ・・だって嬉しいもん。」
「ほんっとにむかつく兄妹だぜ。いつまでたっても。」
「まぁまぁ・・こんな季節だし名残惜しいのは皆同じさ。」
「・・卒業しろよ?兄貴からもそろそろ・・」
「ウン。でも名残を惜しんでからね。」
「ちっ・・いつまでだ、それ。」
「うーん・・そうだ、桜次第かな・・!?」
「桜?」
「桜の花が散ってしまったらお終いにするよ。」
「・・・・」


ほのかもお嫁さんになる。そしたらお兄ちゃんも泣いてくれる。
そう言ってくれたのはなっつんで、卒業を惜しんでいると伝えてくれたのも。
やさしいね・・・そういうところが大好きだよ。ほのかのためなんでしょう?
お兄ちゃんがほのかから離れていくことを怖がっていたワタシ。
そんなワタシを元気付けてくれる。とても悔しそうに、うらやましそうに。

「なっつんだってさ、楓ちゃんのときは泣くに決まってるよ。」
「うるせぇな。聞こえねえぞ。」
「そんななっつんが好きだってば。楓ちゃんもそう思ってるよ。」
「フン・・」

そっぽ向く顔はちっとも嬉しさを隠せていないよ。
お兄ちゃんだね、どっちもね。卒業してもやっぱり・・・
ううん、卒業したら今度はほのかが元気付けてあげられるようになる。
楓ちゃんの分も大切にしてくれるなっつんにいっぱいお返ししたい。
綺麗に・・なりたいな。今日のお嫁さんに負けないくらい。
幸せになるよ、絶対に。そしてなろうね、一緒に。

「なにいつまでもにやけてんだよ?」
「えー?なっつんもお兄ちゃんだなぁって思うとうれしいのさ。」
「オマエの兄貴じゃねぇのに?」
「お兄ちゃんならもういるもん。なっつんはお兄ちゃんじゃないでしょ?」
「当たり前だ。オレは奪う方だからな。」
「うわあ!もしかしてお兄ちゃんを泣かす気満々!?」
「思いっ切り泣かしてやる。」
「・・どっちを応援するべきなのかな?」
「アイツを応援するつもりかよ!?」
「困ったなあ・・」
「困るなよ!」
「・・・そだね、泣かしちゃうか?ほのかなっつんの応援する。」
「!?・・・よ、よーし・・ホントだな?!」
「おう!ほのかうそ吐かないよ!」

嬉しい顔をちっとも隠せていない相棒に感謝の気持ちを込めてキスをした。









実際はほのかと夏くんの方が早いような気がしますが、
今回は兼一が先だった場合を仮定して書いてみました。^^