「S・O・S」 


毎度毎度オレの邪魔ばっかりするチビを懲らしめたかった。
ただ、そんだけだった、はずだ。他意はなかったのだ。
ほのかの反応が意外で焦ったのはそのせいでもあると思う。

「このっ!」
「ひゃっ!」
「!?」

オレは普段からよく背中に飛びつかれる、ほのかにだ。
締め技みたいな真似をするので、つい「締めるならこうだ。」
なんてバカなことを教えてしまったのが運のつきだった。
いつでも攻撃してきていいとまで師匠気取りで請け負った。
・・恥ずかしい話だが、のせられたのだ。ほのかの煽てに。
それ以来、オレが何かしているときに不意に飛び掛られる。
まぁ大概どうってことない。くすぐったいくらいの力なんだし。
一番イカンなと思うのはほのかの柔らかさなんだが、それは置いといて・・
つまり、オレが怒るのはおかしな話だ。作業が中断したり失敗するのは
全てオレの責任だ。動揺するからいけない。不覚悟なのだ。
それでも敢えて言わせてもらうなら、胸の辺りが・・いや、やっぱパス・・
とにかく、卑怯なのは承知だがオレは書き損じた書類が恨めしかった。
だからほんの少し懲らしめ・・みたいなことがしたかったんだ。
いつもほのかがオレにするように、後ろから不意を突いて腕を廻した。
そんなことくらいでほのかが固まるとか、ましてや悲鳴を上げるとは
予想外だった。だからその・・どうすりゃいい?

「べ、別に痛くもないだろ?そんな驚いたのか・?」
「う、ウン。ごめん、びっくりした・・」
「オマエがいっつもしてることじゃねぇかよ・・」
「あ、なっちが悪いんじゃなくってね、その〜;」
「?」
「こ、声がさ・・」
「は?声!?」
「なっちの声が耳に近くてすんごく・・」
「??」
「一瞬背中がぞくーってなったの。えへへ、変なの!」
「・・・オマエって耳・・」  ”弱いっつうことか!?”
「あー、びっくりした。んでなっち、何?締め技じゃないでしょ?これ。」
「あー・・そうだな。そうじゃなく・・」
「ひゃうっ!ちょっ!なっちヤメ・・」

オレはほのかを後ろから抱き込んだまま、耳元に顔を近づけた。
予想外の反応がオレ自身にも不測の結果を引き起こしてしまった。
初めは他意はなかった。けど・・そういう反応されるとだな・・
余計というか、ヤバイというか、どうしようもないというべきか、
今度はさっきと違って、目的を持って行動してしまったわけだ。
ほのかの反応が見たくて、ワザと耳元に抑えた声を落としてみた。
そしたら思った以上の結果になっちまって、収拾がつかない。
動悸はするし、頭は妙にぼうっとなるし、ほのかは真っ赤になっている。

「やっ・はっはなっ・・してぇ・・」

ほのかは停止を要求するのだが、いつもと正反対の弱弱しい声だ。
ぎゅっと瞑った目と僅かな抵抗が更に後ろめたい気分を連れてくる。

「・・ほのか」

思い切り耳の傍で囁いたら、パニックだ。いやいやする顔は一層赤い。
おいおい、どうしてくれんだよ!・・したくなるだろうが、キスとか・・

「・・なっちぃ・・」
「ん?」
「の、バカーーーーーっ!!!」

でかい声で反撃された。これが結構効いたぜ、やるな、ほのか。

「なんだいなんだい!?ヤらしいぞ!ちみっ!!」
「や、・・オマエこそ。」
「なんでほのかがっ!?」
「めちゃめちゃ喜んで・・」
「ナイよッ!キライ!離せーっ!」
「んだよ、まだ何も・・」
「まだって何!?何するつもりだったのさぁっ!?」
「あー・・悪い!ホラっ離したぜ、なっ!?」

離してしまうのはかなり残念だったのだが、ほのかの必死さに負けた。
本気で怒らせてしまっただろうかと不安を感じて、渋々離したのだ。
顔を赤くして目元に涙までにじませて、荒い息で胸を弾ませるほのか。
それはそれで・・かなり可愛くてマズイなどと思ってるオレが相当ヤバイ。

「なっちのくせに!ほのかちゃんをからかうなんて許せないのだぞ!?」
「からかったわけじゃ・・オマエが思ったより・・好い反応すっから。」
「ほのかの秘密なのに!美容院でもしゃんぷーのとき辛いんだじょ・・」
「そんなにその辺が弱いのか。」
「なんでそんなに嬉しそうなの!?もう触っちゃダメだからね!」
「え・・!?」
「ダメなの!ホントに力抜けちゃって大変なんだから!お願いだよ!」
「・・・努力する。」
「頼りない返事をするなっ!!」
「わかった。わかったから、泣くな。」
「んもう・・たまに意地悪なんだから・・」
「触るなって方が・・意地悪くねぇ・・?」
「なに!?」
「いや、なんでもない。」
「はーっ・・やっとどきどきが治まってきたよ。」
「そんなにどきどきしたのか?」
「ウン・・ってなんだい?顔近いよ!」
「まぁ、当初の目的は達したからいいか。」
「なんだい、それって。」
「オマエが飛び掛ったとき書類が駄目になったんで、懲らしめるつもりだった。」
「そんなのほのか悪くないじゃん!なっちがいつでもいいって言ったんだよ!?」
「・・そうだな。悪かった。」
「なんかむかついてきたのだ・・なっち!」
「勝負か?いいぜ。」
「オセロしたいってわかったの?」
「そんなに動揺してていいのか?」
「手加減できないから覚悟してよね。」
「!?・・・マジかよ・・・」

ほのかはお得意のポーズでオレに完璧に勝つ!と高らかに宣言した。
それはいつもどおりの子供っぽい仕草だったが、頬はまだ染まったまま。
あんまり可愛いと思ったから、とうとう我慢しきれなくなってしまった。
ひょいと頤をつまんで、温かな頬に唇を乗せた。柔らかくて甘い。

「・・・・したかったのってこれ?」
「当たり。」
「どうしちゃったのさ、なっち・・」
「たまには・・許せよ。」
「そりゃ・・悪いことは・・ないよ?」
「そうなのか?じゃあもっとしていいか?」
「へっ!?・・だっダメっ!じゃっ・・オセロに勝ったら!?」
「なら今日は勝つ。」
「・・変なの・・最近のなっちって。でもってほのかも・・変だね。」
「そうだよな、オレも同意見だ。」
「さてはなっち・・ほのかのこと好きになったんでしょお!?」
「はぁ?今頃なに言ってんだよ?」
「あっあれ・・?!」
「気付いてなかったんだな、やっぱ。まぁいい。」
「あの、えっと・・だからぁ・・ほのかはぁ・・」
「オマエは?」
「すき・・だけど・・」
「けど、なんだよ?」
「なっちよりほのかの方がいっぱいすきなんだからね!」
「どうしてそうとわかるんだよ?」
「だって・・だってさぁ!?」
「言っとくが、その勝負なら絶対負けてないからな!?」
「・・・そ・おなの?」
「自信あるぞ。」
「やっぱ変だよ、なっちぃ・・」
「そうだな・・開き直っちまった。」
「うー・・わかんなくなっちゃったから・・よしよしして。」

ほのかは力が入らないという身体をやんわりと預けてきた。
飛び掛られるのもいいが、これもまた悪くない。っていうかいい。
怖がらないようにそうっと背中に手を回したが、抵抗はされずほっとする。
クセのある髪を片手で撫でると猫のように目を細めて平和な表情を浮かべた。

「なっちぃ・・」
「なんだよ?」
「ほのかね、嬉しいのに胸がまたどきどきする。ピンチだよ。」
「そっか。かなりヤバイか?」
「ウン、どうしよう・・」
「そうだな、オレも・・かなりヤバイな。」
「え!?・・どうする!?」
「困ったなぁ。」
「困ったねぇ。」

顔を上げてオレを見つめるほのかは困っていても可愛くて。
オレは途方にくれた。こんな危機は誰も救ってはくれない。
なので目の前の困っている奴に救いを求めてみるしかない。

「どうすりゃいい?」
「どうしたら治まるかなぁ?」
「もっと酷くするなら簡単だが・・」
「ヤダ!じゃあ困ったままでいい。」
「なに!?このまま?」
「そうなの。二人で困っていよう!」

ほのかがそう言って笑ったから、オレはそれでよしとする。
ホントに救われたような気分だった。ほのかはやはりとんでもない。
オマエにこうして救われることがオレの真の望みなのかもしれない。

「けど、このままだとピンチはピンチだよねぇ・・?」
「そうだな、オマエなんか特にそうだぞ。」
「え、ほのかの方が危ないの?!」
「そりゃそうだろ?」
「そんなことないよ。だってなっちと一緒だもん。」

ほのかから疑いもなくきっぱりと言われて、呼吸困難に陥った。
それはオマエ・・なんて大技だ。再起不能の決め技じゃねぇかよ・・
そしてそんな敗北感に打ちのめされつつ、オレはそれに満足している。
オレをこんな風な窮地に追い込むのも、オマエだけなんだよな。

オレを救ってくれ、それができるのはオマエただ一人なんだから。