「空の飛び方」 


「ほらほら、あそこだよ!?なっつん!見て見て?」
「どこだよ?・・っておい、動くな!落ちる。」
「なっつんが落とすはずないでしょ!?」
「落とさなくたって・・はぁ・・」


ほのかはオレのことなどお構いなしに遠くばかり見ていて
少し不機嫌になる。鳥の巣や雛が居たからってそれがどうした?
偉そうに命令して人をなんだと思ってんだとオレは一人ごちた。
それを口に出さないのは、ほのかに遠慮をしたからではない。
落ち着かない自分を誤魔化すために吐いた嘘だったからだ。

オレたちが遊園地に来たときはいつも最後に観覧車と決まっている。
ほのかが好きなのだ。その窮屈な箱から覗く世界にいつも釘付けになっている。
遊園地に隣接した公園は広く緑が多く植えられ、散策には良さそうな所だった。
「あそこに行こうよ!」と眺めていたほのかの一言で寄り道することになった。
そこは人間たちが憩うだけでなく、鳥たちの住処としてもよく出来た場所らしい。
意外に物知りなほのかが数種類の鳥を教えたりして、少しばかり感心させられた。
林道を歩いているうちにほのかが目ざとく見つけたのは鳥の巣と雛たちだ。
その発見のせいで、オレはほのかを抱き上げる羽目に陥ったのだった。
小さくて軽いほのかの身体は鳥のように腕の中から飛び立ちそうに思えた。
夢中になってはしゃいでいる腕の中の生き物は鳥でないことは明白なのだが。
それは厄介な感覚と共に確かめられた。持ち上げた脚の滑らかな肌などから。

”おい、こら・・胸も当たってる!!まったく・・”
オレの頭と顔にやんわりと押し付けられる例えようも無い柔らかさと弾力。
頭を空にし、思考回路を遮断する。何も考えないようにするために。

「あっ今お母さんが餌を!!なっつん、カワイイよー!うわーい!!」

雛を見つけたほのかがはしゃいで動くからオレはタイヘンなことになる。
動くなと言っても無駄なこと、落とすわけにはいかず、急いで下ろせばスカートが捲れる。
ほのかを抱えながら短すぎるスカートを恨み、オレは困窮に耐えるしかなかった。

「なっつん、もういいよ、下ろしても。」

その言葉を待っていた。慌てず力を入れずにそっと下ろすと、つい溜息が出た。

「・・ほのか重かった?」
「まさか。軽すぎだろ、オマエは。」
「じゃあなんでそんなほっとしたの?」
「抱き上げてんのが辛かったんだよ。」
「軽いって言ったのに。」
「冷や冷やしたんだよ、悪いか!?」
「ヒヤヒヤ?」
「オマエの今日のスカートは短かすぎると今日最初に言っただろ!」
「ウン・・それがどうしたの?」
「抱き上げたら捲れたりするかもしれないだろ・・」
「そんなのいいよ、ちょっとくらいは。」
「いいわけあるか!」
「誰も見てないよ?鳥くらいしか・・」
「オレは!?鳥なんか知るか!」
「なっつんって鳥嫌いだっけ?・・ちょっとくらい見えてもなっつんなら・・」
「よくねぇっ!それに生足は持ちあげにくいんだぞ、あと・・」
「文句が多いよ。抱き上げておいて今更なに言ってんの。」
「オマエが命令したんじゃねーか!」
「それはそうだね。」
「だったら・・」
「ほのか長いスカート嫌いなんだよ、動きにくくて。」
「とにかくもうしないからな。」
「あんなに鳥たちってば可愛いのに、感度が良くないねぇ・・」
「感度ってなんだ?!」
「喜怒哀楽?ってヤツのだよ。」
「人を鈍いみたいに言いやがって。」
「あはは、失礼!ねぇ、次はあっちに水飲み場があったよね?」
「・・・あぁ、よく覚えてるな。」
「観覧車からじっくり見ておいたもんね。」
「外ばっか見てたな、オマエ・・」
「えっなっつんは見てなかったの?!他に何見るの?観覧車で。」
「・・っそっそれは・・」

”オマエを見てた・・とは言えるわけがねぇ。どうするオレ!”
不思議そうな大きな黒い目はオレをじっと見つめていて心臓の辺りが痛い。
言われてみればほのかのことばかり見ていたと気付いて気恥ずかしい。

「別にぼんやりとは外を見てた・・それと・・」
「考え事でもしてたの?」
「まぁそんなとこだな。」
「ふぅん。まぁいいや。行こうよ、水飲み場にベンチあったから休憩しよ。」
「わかった。」

ほのかの視線から解放され、オレは安堵で深呼吸したかった。
いつものようにオレの腕に細い腕を絡め、横にくっついて歩き出す。
離れているとつまづいて転びそうになるのでそれを許してしまっている。
どこかへふらっと行ってしまいそうな気もするといったら云い過ぎか・・
結局オレはほのかを捉まえておきたいんだろうと思う。それはわかっていた。
抱き上げて困ったことよりも、飛び立ってしまいそうな不安の方が大きかった。
観覧車の窓の外を眺める横顔は好奇心や未来への期待に満ちた子供の目。
狭い箱の中は窮屈でも、このまま閉じ込めておきたいような気さえした。
どうしてこんなにオレはほのかを離したくなくなったのかということは考えない。
答えがあるわけでなく、キリがないからだ。あれもこれもが当てはまるようで。

「あー、ほのかも鳥みたいに空が飛びたいなぁ!」
「・・・飛べたらオマエどこへ行きたいんだよ?」
「んーとね、なっつんのおうちとか。」
「はぁ?そんなのいつでも来てるだろ?!」
「飛んで行って窓から起こすとか、なっつんがそのとき何してるか見に行くの。」
「なんだよ、オレのとこばっかりかよ?」
「言われてみればそうだねぇ!?あはは・・」
「・・・オマエってさぁ・・飛んで行きそうだけどな、いつでも。」
「ほのか?飛んでくって・・どこへ?」
「どこか。オレんちとかじゃなくてもっと外。」
「行かないよ。」
「どうしてだ?」
「なっつんの居ないところに行ってもしょうがないもん。」
「なんでオレなんだ・・・?いっつも不思議に思うんだが・・」
「なんでって・・むー・・なっつんてデリカシーがないじょ。」
「どうしてここにデリカシーが出てくんだ?」
「ヤになっちゃう。教えないよ、そんなこと。」
「何が面白くてオレにひっついてんだかなぁって・・」

オレが珍しく正直に本音を漏らしていると、ほのかが突然立ち止まった。
眉間に少し皺を寄せ、ほのかがいつもの大きな目でオレを見上げていた。

「なっつん、ほのか空は飛べなくてもいいよ。」
「は?」
「どっちかっていうと飛んでどっかへ行っちゃいそうなのはなっつんだよ。」
「オレ?・・・もう黙ってどこへも行かないって言ったろ、前に。」
「ウン、それは嬉しかった。覚えてるよ。そうじゃなくて・・もし飛び方を教わるならね、」
「鳥にか?飛べなくていいんじゃ・・」
「なっつんじゃないと。」
「オレが飛び方なんか知ってるわけないだろ?」
「だからもしどこへでも行ける羽なら要らない。欲しいのはなっつんのとこに行ける羽だよ。」
「・・・・・」
「それしか要らない。」

ほのかの例えは難しかった。要するに・・なんだ・・もしかすると・・

「ホントになっつんてニブイよねっ!知らないっもう。」
「・・いきなりそんなこと言われてもピンとこねぇよ!」
「ヒドイ・・ちみ女の子にもてるなんてウソだよ、絶対。」
「オマエさ、もしかして今オレに・・・」
「うわわ・・ダメ、言っちゃ!!」
「言うなって・・」
「そういうのはえっと・・察するものなの!だよ、多分。だって・・」

ほのかは顔を紅く染めてオレの腕の陰に隠れるように身を縮めた。
都合の良い解釈をするなら、今オレはほのかに告白・・されたのか?
オレが捉まえていいと聞こえた。鳥になって飛ぶならオレのところへ来たいのだと。
顔は隠してもほのかの耳や項はいつもよりも確かに色づいて見えた。
さっきからやかましいオレ自身の鼓動と腕に感じる温かさは繋がっている。

「オマエ観覧車で外ばっか見てたろ?」
「え・・?ウン・・見てたよ。」
「さっきだって鳥ばっか気にしてオレのこと見てなかった。」
「・・・ぅ・ウン・・?」
「飛んで行ってしまいそうだった。だから・・」
「・・寂しかった・・?」
「空を飛べるなら、オレが・・捉まえたかったんだよ。」

ほのかは腕から離れると、オレに向かい合うように目の前に飛び出した。

「なっつん、じゃあ捉まえて!お願い・・」

ほのかの声は尻すぼみで最後のお願いは消えそうなほど小さかった。
恥ずかしそうにうつむいたからだ。胸が潰れそうなほどの愛しさに耐え
ゆっくりとほのかの身体を包み込む。震えながら伸ばされた手が嬉しかった。

「・・どこにも行かないよ、ここがいい・・・」

ほのかの安心した声が身体越しに届くと、抱いていた腕に力を込めた。
多分それで伝わったんだろう、オレがもう離さないと思ったことを。
嬉しそうな笑い声が零れて耳を打った。それは鳥の声よりも甘くオレに愛を強請る。
飛び方を教わったのはオレの方だ。一緒にならば飛び立つのも簡単に違いない。