「空の彼方から」 


少し遅くなって、夜空を向こうに歩いた。
二人で夜の路をゆっくりと歩くのがとても好き。
なんとなく暗い方が素直でいてくれる気がして。
素直というか、自然?なんとなくなんだけれど。

この星が宇宙に浮かんでいると気付かせてくれる夜。
遥か彼方までも広がっている世界。そのほんの一部と知って。
小さなことがどうでもよく感じられるせいかもしれない。
時折、大切な人を思い出しているような横顔は遠いけれど、
そこに孤独がないと確かめ、ほっとする自分にも気付く。
ここに今こうしていてくれる。そのことが嬉しくて顔が綻ぶ。
空を駆けてどこかへ行ってしまいそうな気がずっとしていたから。
きっとそれは間違ってなくて、行けるけれど、行かないでくれているのだ。
私を無事に送り届け、”じゃあな”と別れを告げる顔には安堵が浮かぶ。
そして見送る背中は振り向くことなく夜に融けていってしまう。
するといつもおいてけぼりにされてしまったように思えてならない。
私だけがそう思ってるんだ、多分。だから余計寂しいんだろう。
追いかけていって、”やっぱり私も連れて行って?”と言ってみたい。
驚く顔がみたい。嫌がったとしても付いて行く私をきっと許してくれる。
そう思う。ううん、思いたい。私はどれだけ一緒にいたいんだろうな。
夜空を見上げると、どこまでもついて行きたい気持ちが募った。




予定外に遅くなってしまうと、送り路は夜の帳に包まれる。
急いだ方がいいのだろうが、なんとなくそうしない。
もう遅くなってしまったのだからと、開き直って焦りを誤魔化す。
夜は色んな事を覆い隠してくれるからだろうか、好きな時間だ。
ぼんやりと月明かりに浮かび上がる傍らの存在。その様子を確かめる。
不思議なことに、夜見る顔は昼のそれとはどこか違って見える。
優しく穏やかな光のせいだろうか。それとも別れを拒む寂しさを
その横顔に見つけるからかもしれない。このときを惜しむかのような。
空に語りかけると無言の瞬き。浮かぶ妹の顔はただ微笑んでいるだけ。
寂しいなんて、どうして思ってしまうのだろう?そんなはずはないのに。
ほのかには帰りを待つ家族があって、そこには温かい居場所があるのだ。
けれど確かめる横顔には、置いていくなと描いてある。そうとしか見えない。
だから振り向かずに行く。どういうわけか置いていくのが・・ひどく辛いから。
そんなことアイツは思ってやしない。置いていきたくないのはオレなのだ。
振り返り、手を伸ばし、抱き上げてこの夜を駆けて行ってしまうことは容易い。
そんな想像をする自分を笑う。そんなこと望んでいるのはやっぱりオレだけだ。
自分を莫迦だなと思う。そして空を見上げるのが怖くなる、笑われそうで。
それでも夜空は降り注ぐ光でオレを照らす。見透かされ、心途惑う。





七夕の夜、ほのかが突然夜の帰り路で独り言のように尋ねた。

「一年に一度だけなんてさ、少な過ぎるよね?寂しくないのかなあ?」
「・・なんだよ、いきなり。考えたこともないぞ、そんな事。」
「ほのかだったら待ってられないよ。冗談じゃないって感じ。」
「そうだろうな、オマエなら。」
「なっつんならどうする?」
「どうって・・なんでオレだ?」
「一年に一度でもいいの!?」
「知るかよ、そんなこと。」
「・・もういいよ。」
「何ふくれてんだ?」
「ふくれてないし、なんでもないよー!」

べーっと舌を出し、ほのかは話を打ち切った。
何て言って欲しかったのかわからんが、どうやら・・外したらしい。
ほのかがじっと待ってるようなヤツじゃないのはわかりきったことで。
会いにくればいい、そう思った。きっとどんなことをしても会いにくる。
もし会いたいのに会えないとしたらと、そういう意味だったのか。
ひょっとして”オレから会いに行く”と言ってほしかったとか・・?
そんなこと・・・まさかな。オレにはとても言えない台詞だ。
現実にもしそんなことが起こったとしたら、オレはどうするだろう。
離れていれば、ほのかはオレを忘れるだろうか。どうでもよくなって、
二人が出会う前のように、オレのいない日々を送るようになるのか。
今まで足繁く通ってきていたからって、明日からもそうとは言えない。
けれどそれはほのかが”会わなくてもいい”と選択した場合だ。
もしオレのところへ来たいのに、来れなくて、それでも会いたいと願うなら・・


「・・・来れない場合はオレに迎えに来いって言ってんのか?」
「えっ!?・・・迎えに来てくれるの?!なっつん。」
「なんだ、やっぱそういうことなのかよ・・・めんどくせぇな。」
「何おー!?来てくれるのかと喜んだのに!」
「そうじゃなくて、そんなこと聞くな。アホらしい。」
「なんでさ?」
「第一、オマエがじっと待ってるだけなんて、考えられねぇし?!」
「・・そりゃ・・そうかな?」
「待たなきゃいいんだ。ただそれを邪魔するヤツがいるっていうのなら・・」
「いたとしたら?」
「そいつをぶっとばしてやればいいんだろ?」
「!?・・ウ、ウン。」
「ややこしいこときくなよ。」
「じゃあさあ、なっつんが会いたくないならもう来ない、って言ったら?」
「へ?・・なんだよ・・会いたくないのなら・・来なきゃいい・・だろ。」
「そうじゃなくて。ほのかはいつだって会いたいって思うけど、なっつんは?」
「・・・・オレ・・・は・・」
「そんなに答えるのに困ること?ほのかに会わなくても平気ってことだよ?」
「会いたいんなら・・そんでいいじゃねーかよ。」


ほのかは「ややこしいこときいてごめん。」と謝った。
もう気にしていないのか夜空を見上げ、「綺麗なお星様だねー!」と呑気に言った。
言うべきだったのか、けど、どう言っても何か違うような気がするんだよ。
”会いたい”とも”会いに来ないと困る”とも、言うのが怖い・・んだ。
そんなこと言ったら、オレはオレでなくなるような気さえしてしまう。
同じ空を見上げても、少しも星が綺麗だなどと思えなかった。心が騒いでしまう。
そんなオレの横で、空を見上げたままのほのかが明るく宣言した。

「ほのかね、会いたいから会うよ!なっつんに。なっつんが嫌でもいいや!」
「っ!?・・・別に・・嫌とは・・言ってない、だろ。」
「そうか!そうだね。嬉しいな。ありがと、なっつん。」
「・・・・」

星ばかり見ていたほのかがそのときやっとオレを見てそう言うと微笑んだ。
オレはどう答えていいのかわからず、ただその顔を見つめてしまっていた。

「ん?どしたの!?」
「あ、いや・・その・・」
「それにほのかの邪魔する人をぽいってしてくれるんでしょ?へへ・・」
「ああ、オマエの邪魔はさせねぇよ。」
「ふっふう〜!それってなっつんも結構会いたいんだとも思えるのだぞ。違う?!」
「偉そうにすんじゃねーよ!会いたいなんて・・そんなことは・・」
「言うのが嫌なの?無理に言わなくてもいいけど。」
「・・・オマエはどうしてそんなにオレに会いたいって思うんだよ?」
「えっ・・だって、会いたいんだもん。なんでか・・いつも。」
「ふぅ・・ん・・」
「おかしい?」
「いや、それならなんとなく・・わかる・・かも?」
「んーと、理由はともかく、会うのは嫌じゃない。ってことだよね?!」
「そ、そういうことかな。」
「なるほど。よかった!会いたくないって言わないでくれて。」
「!?」

そう言われて気付いた。会いたくないと以前ならあっさり口に出していた。
どうして言わなくなったのだろう?おれほど、以前は関わるなと伝えたはずだったのに。
夜空を越えて、連れ去りたいなんて馬鹿なこと考えるようになるなんて思わなかった。
ぼうっとしていると、耳に小さな囁きが届いた。聞き間違えたかと一瞬悩んだ。

「・・やっぱり・・すき・・だからかなぁ・・ほのかの場合。」

はっとしてオレを見た後、顔を赤くして空を見た。「ああ、いい星空だよね!?まったく!」
オレは・・どうしようもなく、嬉しかった。だからうっかりと口にしてしまったんだ。

「オマエの邪魔する奴は・・ぶっとばしてやる。」

ほのかが驚いた顔をしてオレを見た。立ち止まり二人でぼんやりとお互いを見つめた。

「・・・うん。なっつん、お願いね?」
「ああ、だから・・・会いに来いよ。」

ほのかの願いを叶えると誓った。星たちが一斉に降るような気がした。
彼方から押し寄せ、オレたちと同じように喜んでいるようにも思えた。









七夕に更新予定だったものです・・^^;