「そんな顔」 


普段は優しい人なんだけれど、ときどき凶暴になる。
っていうか、いじめ?いじめっ子みたいになるんだ。

「いたい!いたいいたいーー!!」
「・・・・マジで?」
「マジでいたいよっ!なんなの!?もうっ!」
「・・すまん。」
「口だけだし!」

全く反省の色のない顔で、それも目線を外して言う。
謝るつもりなんかこれっぽっちもない。そんな顔だ。
私の頬はつねられてヒリヒリとジンジンが同時に襲ってる。
頭をぐしゃぐしゃにされるのもわりと困るんだけれども、
つねられるのは本気で痛いときもあって、やめてほしい。
どうしてそんなことするのかと尋ねてみると、真面目な声で

「・・イラっとするから。」
「なにそれ!?」

理不尽だ。八つ当たりだ。その上私に責任があるかのように

「つねりたくなるような顔するからだ。」
「どんな顔なのさ、それ!?」

なんなんだろう、胸がざわざわする。痛い場所は他にもある。
つねられた場所はもちろんだけど、このざわざわする辺りだ。
たまに後ろから抱き寄せられて、肩に頭をのっけられるときも。
何か悲しいことがあって、慰めてほしいかのような格好だ。

「どうしたの?」
「・・なんでもない。」

答えはいつもそんななので、この頃は訊かない。
黙ってじっとしていてあげる。ほっと溜息が耳元に届く。
するとどきどきとするけれど、同時に私もほっとさせられるの。
甘えてくれているのかなって、そう思えて嬉しいから。
そんなとき、彼は顔を見せない。照れてしまうからだろうか?
だけどそれでいいとも思う。私もなんだか・・恥ずかしいから。
どんな顔してるの?・・心の中では訊いているのだけど。

キスがしたいときの顔なら・・大分わかってきた。
いつでもどきんとなる。身構えてしまう。嫌じゃないのに。
目を閉じるタイミングがいつまでたってもつかめなかったりする。
別に怒られたりしないし、そのときはとても優しいからいいんだ。
ただ、目を開けるときが恥ずかしい。中々あけられなかったり。
困って顔を胸に押し付けたりすると、くすくすと笑われる。

「笑うことないでしょ!?」
「・・・わりぃ・・」

そのときもちっとも悪いなんて思ってなさそうなんだ。
そのかわり嬉しそうに感じられてくすぐったくなってしまう。
悔しいけど、嬉しい。甘えるように手を伸ばして抱きしめる。
抱きしめ返してくれる腕は強くて、くらくらと目が回る。
そういえば、ちょっとだけ顔を見てしまったことがあった。

私を見ていたらしく、初めは何か用があるのかと思って訊いた。

「ん?なぁに!?」
「なっなんでもねぇ!」

さっと持っていた本に目を落とした。まるで誤魔化してるみたいに。
変なの?って思ってた。初めのうちはそれほど気に留めなかった。
何度かそういうことがあると、気になってきて近づいてみた。
表情は普通を保とうとしているように見えた。だけど・・・

「ねぇ、なっちー?」
「なんだよ?」
「なんで見てたの?」
「うるせぇな。見てねぇよ。」
「え〜?見てたじゃん。」
「・・・・」

私は意地悪な顔してたんだろう、そのときは鼻をつままれた。
睨まれてしまった。だけどその上目遣いがとっても可愛くて。

「なっち、構って、寂しいから。」
「オレは別に・・寂しいってわけじゃ・・」
「ほのか寂しい。」
「フン・・!」

素直じゃないんだから。だけどそんなとこも好き。
代わりに私が寂しいって言ってあげたのに、それが悔しいんだね。
包むように抱きしめると、腰を引き寄せて顔を埋めてくれた。
柔らかな感覚が胸をくすぐる。長い睫毛が鎖骨の辺りに触れる。
ぞくっとして身を震わせてしまう。そしたらすぐに気付かれて。
鎖骨の少し下にキスされた。

「んー!」
「なんだよ、その顔。」
「くすぐったい・・」
「そうか?違うだろ?」
「違わないよ。」
「へぇ・・?」

さっきまでばつの悪そうな様子だったくせに、今度は得意気。
どうしてそんなに自信たっぷりなの?憎たらしいくらい。

「構ってほしいんだろ?」
「う・・ん。だけど、」
「こういうんじゃないってのか?」
「やーらしい顔。なっち・・」
「オマエには負けるぜ。」
「うそぉ・・!ほのかは・・」
「そんな顔・・誰にも見せるなよ。」

抱き合うと、何もかもが変わる。二人だけになってしまう、世界が。
イヤらしい顔してるのかな?そういうときは。違うように思うけれど。
だってアナタはとても素直な顔になる。泣き出しそうに私を求めて。
私はどんな顔してるんだろう。アナタにしか見せない、それは約束。
見せたくないから、アナタだけが知っていてね。どんな顔してたって、
愛してるってそれだけは書いてあるはず。それしかないと思ってほしい。




「いたいっ!なんでなんで!?何でつねるの?!」
「そんな顔するからだ。」
「どんなのよ!?」
「あんな顔してたかと思ったら・・」
「・・?」
「ころっといつもの無邪気な顔に戻るだろ!?信じらんねぇ。」
「・・ほのか、やっぱりヤラシイ顔してたってこと・・?」
「オレのことだけって顔してたくせして・・今は違う。」
「・・・・えっと・・今だって・・好きだよ?」
「ホントかよ!?」
「あの・・その・・ホントだってば。」

私はものすごく照れくさくてきっと顔が真っ赤になってたと思う。
だってだって・・拗ねてたなんて知らなかったの。ホントに!?
”ホントにオレのこと好きなのか!?”って、いじけていたらしい。
一生懸命抱きしめて、ホントだよ、信じて!とお願いした。
私を抱きしめて?甘えて?拗ねてもっととねだって?・・嬉しいよ。
その見せないようにしていた彼の瞳には、私だけが映っていたの。
”愛してる”って伝えようとしてくれていた。不器用に、彼らしく。
ああ、なんて愛しいの。そんな顔で見つめていたなんて知らなかった。
アナタのことをもっと好きになる。だからこれからも私だけを見つめていてね。