「しようよ!」 


「オセロしようぜ、なっちー!いざしょうぶー!」
「待てコラ・・なにしてんだ・・」

ほのかはきょとんとした顔で夏の顔を見た。
いつものようにごく普通に話しかけただけだというのに
さっきまでリラックスしていたはずの夏が顔を顰める。
わからないと描かれたほのかの顔から僅かに視線がそれた。
その先をたどると、ほのかの右手に向う。多分そうだ。
不思議そうにほのかは右手をきゅっと握ってみたりした。

途端にざわりと猫が逆毛を立てるような感覚。
慌てて夏を見ると、ヘンだ。明らかに動揺している。

「なっちーどうかした?もしかしてくすぐったい?!」

握られたほのかの右手には夏の右手も挟まっている。
それはほのかがソファの背もたれにあった夏の右腕を
ヨイショと持ち上げて自らの肩にかけた。そして更に
浮き上がった右手に己の右手を這わせ絡ませたのだ。

「ほのかもちょびっとくすぐったいけどね。」
「・・・はなせ。」
「ヤダ。なんで?」

心なしか夏の頬に赤味が差している気がしたがほのかはスルー。
それよりも嫌がられたのかと感じて多少気分を悪くしていた。
今度は態とぐっと力を込めて握った。夏が解かないよう牽制だ。
ほのかにしてみれば普段からスキンシップには躊躇ない方で
極端に嫌がるわけでもないが苦手そうな夏には特に意欲的だ。
何故なら友達がいなかったり身内がいなかったりで慣れていない
と、思い込んでいるからだ。ならば馴れ馴れしいくらいでいいと
家でも兄に嫌がられるスキンシップを挑む。実は親にも窘められる。
しかし何がいけないというのだろう。ほのかには理解できない。
親しい仲で遠慮などする方がおかしい、ほのか自身がされたくない。
という訳で今回もごくごく当たり前のごとく指を絡ませたのである。

「おかしいだろ、その・・なんなんだよコレ。」
「コレってこれ!?」

ほのかは繋がった手と手を少し持ち上げてみた。重いが可能だった。
というより肩に置いた腕も重いことは重いが夏が持ち上げている。
でなければもっと重みを感じているはずだ。そこは間違いなかった。

「手を繋いだのだよ?」
「いきなり!理由もなく!するか!?」
「するよ。手なら繋いだこと何度もあるじゃないか。それに」
「それはお前が外でちょろちょろして危ない時とかだろ!?」
「危ないときだけ繋ぐなんて決まりはないじょ!」
「いやしかし・・いい加減離せよ・・」
「そんなに嫌がるなんて・・ほのか悲しい・・・」
「嫌がってるわけじゃ・・っ・・〜〜〜〜っ!!」
「ぐぎゃっ!!」

文句を言いたいのに出て来ないといった風の夏は言葉を諦め、
逆襲した。つまりほのかがしたように自ら強く握り返したのだ。
ほのかは思わず悲鳴を上げた。加減はしたのであろうが夏の握力だ。
かなりの強さで痛みが走り、結果ほのかの目から星が飛び散った。

「イタイ痛い痛いイイイい〜〜〜!!!」

反撃は功を奏した。力を弛めるとほのかの手は逃げ出したのだ。
手の指を広げてふうふうと息を吹きかける。目元は涙が滲んでいた。

「なんてことすんの!?なっちじゃないけどなんなのさ!」
「言っておくからよーく聞いとけ。男にそういうことするな。」
「へ・・?」
「意味がわからなくてもいいから素直に飲み込め。」
「はぁ・・」
「それからもし男がこんなことしてきたらソイツから全力で逃げろ。」
「・・・そういやされたことはないか・・」
「頼むから言うこと聞け。痴漢なら前も言ったが足の甲を思い切り踏め。」
「痴漢・・は手じゃなくって足だよ、ほのかは太腿撫でられたことある。」
「何処でだ。いつ、すぐ逃げたのか!?」
「そんな怖い顔しなくても・・忘れたよ、5年生くらいだったかなぁ・・」
「お前どうせ短いスカートだったんだろ。」
「長いの持ってないもん。楽だし、好きなんだからしょうがないでしょ。」
「ちょっとは・・ああもう・・言っても言ってもお前だからキリがねぇ!」

夏は苛々したのか、自分の頭を振りつつぐしゃぐしゃと指で掻き混ぜた。
心配してくれていることはわかったが、そうすると自分は夏に痴漢行為を
働いたということなのかとほのかも頭を抱えた。或いはセクハラというものか。

「ねぇねぇ、そんなにやらしいこと?手を繋いだだけなのに?」
「・・・お前はな。けど指は組まないだろ、普通友達となら。」
「そうかな?う〜ん・・とにかくもうしちゃダメなのか・・・」
「そんなに悲しいか!?泣きそうになるほど!?おい、ほのか、」
「だってもうできないのなんてヤダな・・なっちだけでもダメ?」
「・・・・・・う・・ぐ・・そんな顔・・するとか・・くそっ!」

そんな顔とはほのかの悲しむ顔だ。夏はそれにことのほか弱かった。
悪いことをしたつもりはないのに自らがしたことでほのかを悲しませた
という現実がキツイ。夏はそんな理由で今まで何度も苦渋を舐めてきた。
で、今回はというと

「・・・オセロ。するんだろ、それで俺を負かせたら・・いい。」
「!?ホント?!わーい!じゃあしよう、なっち。ほのか勝つよ。」
「勝手に決めるな。勝負だからな、俺が勝つ場合も」
「ないよ。今回は手加減しないからね。」
「・・・・むっかつく・・・ぜぇえ〜!」

向き直った夏はかなり怖い顔になっていたが、ほのかは笑顔が戻っていた。
その顔に夏も一瞬だが気が弛む。悲しい顔は見たくないが笑顔はその逆だ。
だがこの笑顔に絆されることもしばしば。夏は経験上ここで気を引き締める。

「とにかく勝負だ。やってみねぇことには始まらん。」
「おうよ!負けないよっ!でもって手を繋いでもらうんだ。」
「・・いや違うだろ?最初はそれじゃなくてなんか目的があったんじゃ」
「そう、遊びに行くの。そこでなっちに手を繋いでもらうことにした。」
「げっ・・外であの繋ぎ方!?おいおい・・俺が一方的に困るだろ、それ。」
「なんでよ・・あっそか。・・そういうことしたらなっちヤラシイひと?!」
「というか・・(どう見てもロリの変態じゃね?)・・・・負けねえ!」
「うん、それでもほのか勝つよ。それにさぁ、なっちー!」
「ん、なんだ。」
「恋人同士ならおかしくないはずだよ!確かそんなこと友達が言ってた。」
「いやだから・・俺とお前はそう見えないだろうが・・!」
「地味にしょっく・・そうか・・そうだったのかぁ・・!」
「んなもん・・あと2、3年くらいすりゃ見えなくは・・」

夏はついうっかり滑らせた口を封じたが遅かった。ほのかの目が輝く。

「そうかあ!なっちとほのかはあと2、3年で何してもおっけーなのだ!」
「誰がそんなこと言っとるんだ!アホッ!!」
「違うの・・?」

思い切り違うと怒号が飛んだ。ほのかが勢いで肩を竦めてしまう程の。
びっくりしているほのかは気付かなかった。誤魔化しは成功したのだ。
夏は明らかに紅潮した顔を見られないうちにと、ソファから立ち上がった。
オセロの準備だと言い訳して、ほのかから大きく体ごと反らしてしまう。
2、3年と言ったことにも気付かないでくれと心の中で念じる。それは
日頃そう自分に言い聞かせていることだ。ほのかの邪気のないスキンシップに
喜んだり耐えたりの連続の自分に。握り締めていた右手を夏はそっと見た。
そこに重なっていたほのかの手。柔らかくて小さな彼が求めてやまないもの。

「なっちー!ほのかも準備するよー!駒一個ここにあるんだよー!」
「ああ・・知ってる。勝負が着いたらお茶淹れる。」
「らじゃっ!さーしようぜー!?」

振り向くと思い描くまでもないほのかの笑顔があった。夏はふと頬笑む。
笑顔だけでこんなになるのだ。これ以上は身がもたないかもしれない。
知らないだろう、知らなくていい。触れることがどんなに怖ろしいか。
夏は知っている。殴る、殴られる痛み。優しい手と真反対の使い道ならば
けれどわかる。拳はそのためだけにあるのじゃない。切り拓くためにある。
躊躇うことなく伸ばしてくれるこの手を護るために在るのだということを。

「なっちー掴まえたっ!おわっ!?」

後ろから追いかけて夏の腰にしがみついたほのかを夏が抱えた。
荷物のように持ち上げたままゲーム盤のテーブルへと移動する。

「乱暴だよ、相変わらず。ちみはもっとじぇんとるまんになり給え。」
「俺は紳士だ。お前に言われたくないぜ、ガキ。」
「れでぃーの扱いはぁ?!それもあと3年くらいかい〜?!」
「そうだなぁ・・お前次第だろ、そいつは。」
「じゃあほのか急いでれでぃーになるよ!」
「ばーか・・急いだからってなれるもんじゃねぇっての。」
「そうなの?わかんないじゃないか。」
「そうだな、わからないから楽しみなんだろ?」
「そっか!楽しみにしててね、なっち。」
「ああ、待ってるぜ。」

夏は気負うことなく告げてほのかを椅子に下ろした。
勝負に気合充分なほのかは無邪気な目を勝気に煌かす。
二人の日常が今日もまた新たなスタートを切る。







勢いで書いたのですが満足。