「しのぶれど」 


周囲に遠慮することなく感情を表す者もいる。
密やかに目立たない、それでいて隠さない者も。
恋敵にのみほのめかして牽制する場合もある。
表に出せない苦しい想いだって多々あるだろう。
隠しても隠し切れないというのもよく聞く話で。
人それぞれだ。それぞれが抱えるものだから。
オレは・・元から何もかも隠したい質だ。
しかしそれがなんの役にも立たないと知っている。
思い知らされたから。オレとはまるで違うソイツに。

「な〜っち!」

明るい声が休日の晴れた空に良く似合っている。
オレは庭に面したテラスで読書をしていた。
声の主は庭を子犬のようにウロウロしていた。
そして何かを思いついたような顔をしてやってきた。

「なにムツカシイ顔して難しい本読んでおるのかね?」

オレの膝の上の本を繁々と眺め、「・・何語だね、こりは?」
とかなんとかぶつぶつ文句を言っている。オレこそが知りたい。
オマエの頭ン中にはオレと共通する言語がどこまで入っているのかと。

「ハイ、栞しといたよ!あそぼ!?」

なんでオレの読書をオマエが区切る?まるで当然のごとく。
思っている間に本はテーブルに追いやられ、予定の半分も進まなかった。

「なっちはぁ・・運動してるとき以外はわりとおしとやかだよね!」

”おしとやか”って意味わかってんのかな、コイツ・・わかってないな。
わかっていたとしてもコイツの辞書に書き込まれてはいないんだろう。
ぐいぐいと人の腕を掴んでほのかはオレを庭へと引きずり出した。

「なわとびしよう!ハイ、なっち回して。ほのか入るからね。」
「・・・なわとび・・・?」
「向かい合って飛ぶの!仲良くv」
「そんなの嫌だ。身長差を考えろ。」
「わがママ言わない。そこはなっちが回すことでクリアできるよ。」
「我侭はオマエだ。縄の長さが・・・足りるな・・ちっ・・」
「二人でエックスは無理かなあ?そーだ、ものすごく早く回して!」
「聞いてねぇな、相変わらず。」


「ひゃ〜・・疲れた!面白かったぁ!次はねぇ・・」
「はぁ・・」
「む、じじくさい溜息をキャッチ!罰としてほのかのチューだぞよ!」

先回りして唇を塞いだら、案の定怒ってやがる。勝手なヤツだ。
ついでじゃねぇがオマケで下唇を軽く咥えて引っ張ってやった。

「なっなにをしゅるのかねちみはっ!!人の唇をおもちゃみたいにっ!?」

無視して縄を放り投げ、庭から屋内へ移動する。後ろで吠える声。
ほのかはオレが好きだとうんざりするほど口に出す。押し売りのように。
遠慮なく甘えてくるのはいい。信頼はされていると思う。だが・・・
オレはほのかに女として愛されてる気がほとんどしないのはどういうわけだ。
どんなにポーカーフェイスに徹していてもバレていくオレと対照的だと感じる。
空しくなって溜息も出るというもんだ。秋の空が高いな・・どうでもいいが。

「わかったじょ!ちみは欲求不満だね!?そうなのだねっ!」
「へーそうなのか?そうでもないぞ。”オマエもその気なんかねぇだろうが!”」
「あれっ・・じゃあなんで元気ないの?もしや・・」

また微妙に外してくるに違いないとオレは覚悟する。わかりきったことだ。
そうだな、欲求不満というと聞えが悪いが、似たようなもんかもしれない。
勘違いしてんじゃないかと疑ってしまう。ほのかはまだ出会った頃のままで
オレのことなど、友達以上に想ってなどいないのではないかなどと。

「まりっじぶるーっ!!そうでしょおっ!?」
「・・・・いつ結婚なんかするんだよっ!?」
「あ、そうか。あれはお嫁さんになる前か!」
「オマエはなりそうにもないけどな。」
「決め付けないでよ!ほのかだってなるかもだよっ!?」
「そんないじいじしたとこなんて一度は見てみたいもんだ。」
「なんだと〜!?そういやちみはたまにいじいじしとるのう!」
「悪かったなっ!」

オレだって自分が嫌になる。ほのかに無邪気でいて欲しいくせに。
何をされても勝手で我侭でも、そこは別にどうってことないんだ。
他人に突っ込まれてしまうほど、オレはオマエに参ってんだ。そこだよ!

どうしたいんだ、オレはこれ以上。望むものなどないはずなのに。
ほのかの言う通りだ。もっと・・愛されたいといじけてオレはバカか。

「なっちー・・元気出して。」
「あぁ・・元気な。オマエに預けとく。」
「・・どうやって?」
「オレの分も元気でいろ。そしたらオレもそのうち元気出る。」
「ふ〜ん・・ほのか銀行とか郵便局みたいだね?」
「オレのは全部預けた。好きに使ってくれ。」
「わかった。いっぱいになったらなっちに返すんだよね!?」
「別に返さなくても・・」
「ダメだよ!ちゃんと受け取らなきゃ。そ−だ、なっちちょっとこっちこっち!」
「あー?」

ほのかはオレを庭へと再び引っ張り出した。ここを見ろと一角を示す。
そこはほのかが先日拵えた小さな花壇があって、そこから芽が出ていた。

「来年の春に咲くんだよ!楽しみだねっ!?」
「へぇ、なんの花だ?」
「内緒。たくさん咲くようにほのかガンバッてお世話するね。」
「・・水をやりすぎるなよ?」
「ちゃんと本見たり、お兄ちゃんが詳しいから聞いたりする。」
「きっと咲くだろ、そんなに一所懸命なら。」
「ウン。なっちのお庭をこれからもっともっと綺麗にするから!」
「・・そんな計画してたのか。」
「思いついたのはこの前だけど、ず〜っと咲かせたいからガンバル。」
「気合が入ってんだな。」
「なっちといつまでも一緒に見られるようにってお願いも入ってるんだもん。」
「・・・・・・ちょ・・」
「ちょ?・・どしたの!?」
「・・んでもねぇよ・・」
「だって・・泣いてる?元気出してもらおうと思ったんだけどなぁ・・」
「返してもらった。間違ってないぞ・・」
「なんだ、そうか!へへっ・・」

オレはほのかを抱きしめて顔を肩に埋めていたから、泣いてるみたいに思ったらしい。
よしよしとオレの背中を叩いたり摩ったりしてくれるほのかの手はいつも通り優しい。
泣きそうだったんだが泣いてなんかいない。「ごめん」と小さく呟いた。聞えない程。
疑って悪かった。オレは大事なことを忘れてた。オマエに全部もらってたんだっけな。
オレの心はすっからかんで、僻む以外にすることもなかった。そんなオレに
ほのかは全財産と言っていい、ありったけの想いを込めてオレに手を差し出してくれた。
もらいっぱなしでオレは返すことも忘れてた。思い上がっててスマンと頭を下げたのだ。

「なっちー・・おもーい・・」
「悪かったな。」
「ぷぷっ!本日二度目。いじけなっちー!」
「うるせぇんだよ。」
「開き直りなっちーの逆襲。元気出たんなら良かったね。」
「まぁな。言っただろ、オマエが元気ならなんとかなるんだよ。」
「わー、ほのかってエライねぇ!」
「だから抓らせろ。」
「イヤッ!わかんないことするなーっ!」
「イヤだ。好きだ。このアホウ!」
「あっアホウは余計でしょうよ!」
「腹立つくらい好きだ。ちったぁ思い知れ、このバカもん。」
「にゃにおーっ!ほのかだってスキだじょっ!疑うかね、このこのっ!」
「ちっとも痛くない。もっと叩け。気合が足りんぞ。」
「なっち硬いんだもん!ほのか不利です。手がイタイよ〜!」
「ちょっとオマエも顔に出せばいいんだ!顔に。」
「出してるよっ!?何がわかんないっていうのさ!」
「オレが好きだって描いておけよ。もっとわかりやすく。」
「・・描いてないかい?・・おかしいなぁ?!」
「オレはどんなに隠しても隠せないってのに不公平だろ!」
「隠さなきゃいいじゃん。そんなのほのか悪くない。」
「悪くない。けど悔しいんだ。どうしてくれんだよ!」
「ホントにワガママなんだから・・!」
「そうだよ、我侭なんだよ!悪いなっ!」
「本日三度目だ。悪くないよ、なっち。ほのかがヨシヨシしてあげるね。」

ほのかにぐずって頭を撫でてもらった。オレは幾つのガキなんだろう。
甘えたくて困らせたくて、まるで気を引こうとする小学生だなと思う。

「オマエとオレって似たもの同士か、ひょっとして。」
「ん?わかった!子供みたいなとこ!?はははっ・・」

庭よりも先に花が咲いた。ほのかが笑えばオレは幸せだ。
子供だな、だけどこんな風にいられることを知らなかった。
幸せな子供だ。これからもいつも腹が立つほど好きでいよう。







いじけるなっつん。ほのかとのバカっぷるぶりもここまできましたか・・
って感じ。(誰のせい?)イヤ私はそれほどは・・悪くありませんよ!
二人がらぶらぶなのが幸せなんですから、そこはお約束ですの、おほほv