死神 


 誰にも明かしたことはないが、暗い夜に紛れる衣装は
とあるイメージからだ。ソイツは大きな鎌をその手に携え
死を刈り入れる者。死神という呼称が一番有名だろうか。
俺は殺しを生業にはしていない。そんなつもりもない。
人と深く関わりたくないだけだ。亡くすのが辛いから。
昔、妹を亡くしたとき確かに俺の一部分は死んだのだ。
もう二度と愛さない。愛せはしない。そのことは枷ではない。
己への赦しだった。妹にだけ赦されたいと願った結果なのだ。

 うまくやってきた。誰も愛さずに深く関わらずにこれた。
しかしその間もほんの少し踏み込んできた男もいた。そのうち
幾人かは命を落とした。翼の名を持った男、アイツもそうだ。
およそ殺してもしなないと思っていたので知らせに酷く驚いた。
その男との関わりを振り返っていると、疑念が俺を呼び覚ました。
己に関わったせいかもしれないということ。封印した想い。
だが確かに俺はその男を嫌っていなかった。

 疑念に執り付かれた俺はとあることにも気が付いた。それは
死なれたくない者を悪し様に云うことだ。無意識にそうしていた。
不良な師父も、憎らしい好敵手も友人を気取る輩もすべてを厭う。
それは失いたくないからなのかもしれない。いつからだろう?
隠者の衣装を選んだときも曖昧だが既に死の使いを意識していた。
だが俺は口では「死ね」と唱えながらも殺したいとは思わなかった。
ただ、俺と関わると死に近づくのだと思っていたことは否めない。


「なっち!」
「なっちってば。疲れてんの?働き過ぎじゃないかい?!」
「仕事してんだよ。もう来たのか、ちょっと待ってろよ。」
 

 今、俺と一番深く関わっているに違いない者の顔を見詰めた。 
追っ払っても全く気にしないあたり最近死んだアイツとも似ているが
アイツとは違う。俺にとっては妹に最も近い、大切にすべき存在だ。
できる限り距離を置いてきたつもりだが不安は思えば思うほど強まる。
自ら敷いた禁忌に背いてまでも、ほのかはこうして自らの傍らにいる。
”死の使い”たる己から一番遠ざけたい相手であるにも関わらず。

 離れたほうがいい。一刻でも早く。しかし遅いのだと心が叫ぶ。
今ここで放り出して、俺との係わり合いからほのかに危害が及んだら
なんとする。無策のまま離れることはできない。そう心から思うのだ。
この先にほのかを巻き込む事態にならないよう手を打たない限りは
離れてはならない。その選択が愚行だとわかっていたとしても。


 失いたくないならば なぜ手のうちに呼び込んだのか


 今度失えば俺は正気を保つことすら適わない。全てを失くしてしまう。
それなのに手放すことができないとは・・メビウスのような問答の環だ。


「なっちぃしゅきしゅき!えへへv」
「なにしてる。甘えてんじゃねえ。」
「つれないのう、ちみもたまにはデレたまえよ。」
「阿呆。」
「むごっ・・バカより厳しい気がするじょっ!?」
「今日も元気そうだが・・夜更かししてねえか?」
「チェックも厳しい。ちょびっとだけね。平気さ。」
「云うこときかねえなら来るな。」
「ヤダ!来る。なっちと遊ぶの。」
「・・・友達ならほかにもあるだろ・・」
「そんな寂しい顔するひとのことほっとけないよ。」
「寂しかねえ。俺は忙しいんだって云ってんだろ。」
「ほのかの顔見ないと寂しいでしょ!キリキリ白状しなさい。」
「お前は俺の顔見ないと寂しいのか?」

 ほのかはびっくりした顔になり「もちろんだよ」と言って俺に縋った。
甘くて柔らかな体がまとわりつく。この身を少しも怖れない魂と一緒に。
ほんの少し抱き寄せて頬刷りすると、さっきより驚いた顔を見せた。

「素直になったらなったで・・びっくりだじょ!」
「なに顔赤くしてんだよ。お前だってするだろ。」
「ほのかからはいつもしてるからさ。ちみからは珍しい。」
「そうだな。すまん・・お前は妹じゃなかった。」
「妹さん以外には優しくしないって決めてるの?」

 一瞬言葉に詰まった。見通した目が俺を突く。認めていいのだろうか。

「心配しいだねえ、ほのかは死なないよ!約束したげる。」
「あ・あたりまえだ。不吉なこというな。」
「なっちも護ってくれるんでしょ。ならもっと大丈夫だ。」

 俺は色々と言い訳は浮かんだがそれを飲み込みほのかを抱きしめた。
何も打ち明けたつもりはない。それなのに筒抜けだったらしいほのかに
赦しを請うように顔を埋めた。柔らかな胸元は温かく涙が出そうになるが
泣けはしなかった。抱いた胸から早鐘が響いてきた。体も熱く感じる。
動揺は丸分かりだ。それでも離さない俺をほのかも抱き返してくれた。
俺の髪に頬を埋め、愛しそうに抱く。幸せで目が舞う。失いたくない。
もう遅いんだ。何もかも。愛している。愛してしまったのだから戻れない。

「すまん・・すまない。俺は・・関わるべきじゃなかった。」
「ほのかが見つけたの。離さないよ、もう二度と。わかった?」
「わからねえ・・俺が死神でも?お前の兄貴だって危ない。」
「お兄ちゃんのこともそんなに好きだったの?それはよろしい。」
「だけどお兄ちゃんにだってあげないもん。なっちはほのかのだもん。」
「・・・阿呆め・・・死なせたりしねえ。」
「うん、なっちより長生きしてあげるさ。」
「ああ、それがいい。そうでないと俺は・」
「寂しくって死んじゃう!?もう・・困ったさんだね。」
「そんなんじゃねえ。」

 ”死の使い”なのだと反論しかけた俺の額にほのかの口付けが落ちてきた。

「死神さんでもないよ、なっちはなっち。気のせいさ、そんなの。」
「・・どうしてそんなことがわかる。」
「う〜んとねえ・・”女のカン”なのだ!百発百中なのだじょっ!」

 ほのかは片目を瞑って一指し指でツンと口付けの跡を消すように小突いた。
その指にふっと息を吹きかける。「今、死神さんはほのかがやっつけたのだ。」
「ちゅーもしたし、ほのか弾でバキューンと撃ち抜いてやったのだからね!?」

「俺は死んだのか?」
「ノンノン、なっちの怖いキモチを消したの。」
「同じことだ。そうか・・その手があったか。」
「ほのかエライ?お手柄でしょ!?誉めてっ!」

「ああ、お前ならどんな悪魔だって打ち負かすに違いないな。」
「おお、なんと素直な!とても嬉しいじょ。ほめてつかわす。」

 満面の笑みとともにほのかは俺を撫でた。不遜で尊大な王者然として。
奥底に沈めてあった想いが解き放たれ愛しさが噴出す。封印は千切れたのだ。
あとからあとから押し上げる想いは溢れ、海となって俺を波に溺れさせた。
封を切った狙撃主は不遜に胸を反らし、神々しく笑みを湛えて立っていた。

「なっちーって見た目は天使みたいなのに中身はふつーだよね。」
「お前だってそうじゃねえか。かわいい顔し・・て・」
「どうしてそこで詰まるの?かわいいんじゃないの!?」
「かっかわいくないこともないが、そのなんだ!・・」
「かわいいってことじゃん!?」
「それほどかわいくはないって言ってんだ。」
「ほのかも金髪にしてカラコン入れて髪伸ばそうかな。あと胸になんかつめて」
「なっ・ダメだ!やめろ!絶対にするな。お前はそのまんまでいいんだよ!!」

 俺の剣幕にほのかが後ずさった。真剣過ぎて引いたのかもしれない。

「いやだから・・そんなことする必要ないってんだよ。とにかく俺は否だ。」
「ふ〜ん、なっちがそういうの嫌いならしない。ちょびっと安心したじょ。」
「ん・・まぁ・・安心しとけ。」
「美羽みたいな美女よりほのかのほうがいいってことでしょ!?わーい!!」
「何故風林寺だ・・皆ああいうのが好きだな。俺はどうもよくわからんが。」
「そこはちみの好みが普通でなくてとってもありがたいと思うぞよ。」
「喜んでいいとこか?」
「うむ。ほのかは喜んでおるよ。なっち愛してる。大好きだじょっ!」
「・・・おう・・」

 軽すぎる告白と感じたせいか、不満交じりの俺を見てほのかは愉快そうだ。
俺は告白しなかった。というかできなかった。言葉にするのは意外に困難だ。
それを知ってか知らずか、ほのかは一人ごちた。「いつかなっちも言えるといいな。」

「まあいいや。なっちがあんまりべたべたしたこと言ってもキモチ悪いしね。」
「キモチ悪いってどうなんだよ!お前俺のことを相当バカにしてるだろう!?」

 悔し紛れにほのかに復讐した。額でなく頬にだ。柔らかくて一瞬途惑った。
そしてもう一度腕に抱き寄せると悲鳴。怯える程のことはしていないはずなのに。

「そんな声上げるなよ、なんもしねえよ、これ以上は。」
「これ以上って!?なっちのちゅーって心臓に良くないのだ。」
「お前のとどう違うってんだ。」
「えっと・なんか・・どきどきするし・・体がかあって熱くなるしぃ・・」
「お前・・それ・」

 夢を見ているのかと疑った。頬を染めて身を捩る俺の腕の中に知らない女がいる。
ほのかはもっと子供で無邪気なままに豪胆で、そんな奴ではなかっただろうか。
無遠慮にほのかを見詰めていたので、上目遣いで拗ねた顔になった。どうすればいい。
大切な少女だ。俺にとっては神のごとき存在だ。それなのに・・

「ほのか、また俺を撃ち抜いてくれないか・・?」
「どうして!?また怖いこと考えちゃったの?!」
「ああ、どうしてくれんだよ。今まで抑えてたせいか?!」
「何がどうしちゃったの?なっち困ってるみたいだけど。」
「どうしようもねえ。なあ、俺は・・」

 ほのかが己の者という所有の証が欲しい。とりあえず今は口付けたくて堪らない。
これは隠すべきなのかもわからない。鎮め方を知らない。ほのか、俺を救ってくれ。







死神から処女の生血をすすりたい吸血鬼に転向したいそうです。(><)