「しまった!?」 


気付かれないように話を反らしたり、或いは
他のことで興味を引いたりしてうやむやにする、
そういう工作をするのは卑怯なのかもしれない。
しかしそれらは、止むに止まれずしていることで
その度にヒヤヒヤさせられているのだからなどと
我ながら情けないことに言い訳ばかりが募っていく。

「痛いーっ!!なっつん、タスケテェ、痛いよおーっ!!」

唐突にほのかが悲鳴を上げてどきりとした。オレは何もしてないぞ!?
とまぁ先ずそんなことを思い浮かべるあたり、自分でもちょっと・・痛い。

「目が開けらんないよう!うえーん!!」
「なんだ、ゴミでも入ったのか?また睫でも抜けたか!?」
「わかんない、助けてっ!」
「どっちだよ、両方瞑ってるけど・・」
「右!あ、なっつんからだと反対か。」
「涙出たんならもう取れてないか?」
「目が開かないし、まだ痛いよう・・」

ほのかの顔を覗きこむと意外に長い睫が涙で湿り、震えている。
両手で包んで上向かせる。何度かこんなことになったことあるが、
一向に慣れない。やましさなどなくても妙な気分になってしまう。

「ふえっ・・いたい・・なっつん・・」
「ちょっと落ち着け!」

自分にも言い聞かせた。そんな切ない声で言うなと心で突っ込む。
ややこしい・・いつからだろう、なんでこんなに動揺してんだ、
平常心を保とうと努力するオレにほのかの小さな手が縋ってきた。
なるだけ反応しないようにしたつもりだが、心臓はかなりヤバイ音を立てた。

「何も見えねェし・・まだ治まらないか?」
「・・まだ痛いけど・・ちょっとマシになったかもしんない・・」

なるだけ邪険にならないようにほのかの柔らかい両頬から手を外す。
そっと身体を離すとほのかの手もまた自然に離れていった。

「擦るなよ?ホラ、ハンカチ。」
「ありがと・・大分治まってきた・・!よかったぁ。」

どうやら涙で異物は流れ落ちたらしい。オレも心からほっとした。
こっそりと吐いたはずの溜息だったが、目を薄く開いたほのかに映ったらしい。
む、と少し眉を寄せて、オレのことをじとりとした目で見た。

「なぁに、今の溜息・・」
「治ったと思ってほっとしたんだよ。」
「そお?なんか・・そんな風に見えなかったけど。」
「何言ってんだ、気のせいだろ。」
「・・・そっか。ならいいけどさ。」

素直で単純、こんなときはそういう部分に感謝してしまう。
こんな情けない自分に気付かれたくない。そう思うことすらみじめなのだが。

「目薬注しとくか?」
「ウウン、いい。はぁ〜・・痛かった。何が入ったんだろね?」
「さぁな。」
「あのさ、なっつんが顔を持ち上げるときね、どきっとするんだよ。」
「!?・・そんなに・・怖いか?」
「怖いんじゃなくて、なんか顔熱くなっちゃうの、顔近くで見られるのって。」
「・・恥ずかしいのか?」
「変な顔してない?ほのか。」
「してねェよ。ってかオマエの顔見るためにしてんじゃないだろ。」
「そうなんだけどさ。」

ほのかが少し照れたように笑ってそう言った。なんで照れるんだよ・・
思わず顔を反らした。つられてオレまで顔が熱くなりそうで。
柔らかな頬の感触が思い出されると余計に気まずい想いが頭を擡げた。
胸の奥から広がる波がやかましい動悸を連れて来るのを阻止しなければ。
何もしてはいない。触れはしたが、様子を窺って、そして離したのだから。
縋ってきた手にどきりとしたのも、どうってことないんだ、慣れないだけ。
なのに・・・この居た堪れなさはどうなんだ。オレはおかしい、明らかに。

「なっつんなんか元気なくなってない?どうしたの、急に。」
「あ?いや、どうもしねェよ。」
「・・・」

ほのかはオレの傍にやってきて、じっと見上げるようにオレを見た。

「?・・なんだよ、何してんだ?」
「ちょっとなっつん、顔貸して。」
「か?なんだと!?」

ほのかの両手が伸びてきたかと思うと、オレの顔を捕らえた。
じっと見つめたまま、ほのかの顔がオレに迫ったので焦った。
無理に振りほどくのも変か?とオレは対処に迷ってしまった。
だから目の前に迫ったほのかに慌てて、その両手首を握って止めた。

「なんだってんだよ!?」
「なっつんもちょっとどきっとした?」
「しねェよ・・」
「じゃあなんで慌てて止めたの?」
「なんでって・・何するつもりかと・・」
「チューでもされると思った?」
「ばっ馬鹿言うな!」
「顔紅くなった。」
「気のせいだよ!」
「違うもん。じゃあちゃんとほのかの目を見て言ってごらんよ。」
「うっせぇ。アホなことに付き合ってらんねぇし・・」
「じゃあやっぱりどきっとしたんでしょ!」
「違うって言ってるだろ!!」

オレはほのかの細い両手首を掴んだまま思わず引き寄せていた。
さっきと違って瞳は開いていて、真直ぐにオレを見ている。
引き込まれそうに大きい、そう感じた。勢いで触れてしまいそうだった。
うかつなことをした、そう思った。一瞬見惚れてしまったのだ。
至近距離で見詰め合っていることに気付いて「しまった!」と思った。
しかし、どうすればいい?この不自然な行動に説明のしようもなく。
ほのかも驚いて更に大きくなった瞳が不思議そうに揺れていた。

「・・やっぱりどきどきするけどな、ほのかは・・」
「・・・そうかよ・・」
「なんでだろ、なんか期待しちゃうのかな?」
「期待?・・何を・・」
「・・・なんだろね?」

さっきみたいに照れたりはしなかった。ほのかはやんわりと微笑んだのだ。
その微笑はオレを待っているように見えて、誘っているようにも思えた。
掴んでいた手を離すきっかけが欲しいと強く願った。でなければ・・・
離した途端にほのかのあの柔らかい両頬を手繰り寄せてしまうかもしれない。
しかしいい加減に離さないと、不自然どころの話じゃなくなってきている。
ほのかは珍しく口を閉じたままオレの次の行動を待っている風だった。

「・・なっつん、なんか遠慮してる?」

ほのかの呟きが聞えると、魔法が解けたようにオレは手を離すことができた。
そのことにほっとしてしまい、オレは取り繕えないほどの失態を晒した。

「遠慮じゃねーよ・・困ってんだ・・」
「何に困るの?」
「期待するからだろ、そりゃ・・」
「?・・なんだ、なっつんもほのかと一緒ってこと!?」

そこで口を滑らせたとわかり、血が勢いよく引いていく音が聞えた。

「おんなじだねー!?」
「おっおんなじじゃ・・」

・・ないと否定することが出来なかった。馬鹿にも程がある。
ほのかがそれは嬉しそうに笑った。憎らしいまでに幸せそうに。
そして「困らなくていいのに。」と呟いた。

「オマエはちょっとは困れよ!」棚上げして怒鳴る。
「ほのかは困らないもん。」
「じゃあ何しても文句ないんだな!?」
「モチロン!チューだろうがなんでも来いだよ!?」

悔しくて堪らなかったから、困らせてやりたかったんだ、だから・・・
しかしほのかは困るどころか、また嬉しそうに微笑むだけだった。
どこから間違ったんだろう?オレは敗北感に打ちひしがれた。
それはとことんオレを打ちのめした、極上の甘さを伴なって。



まさか・・全部ほのかの仕掛けた罠だったんじゃないだろうな・・?









どっちでも結果オーライv