「ショットガン・マリッジ」とはいわゆる「でき婚」
(「できちゃった婚」)を指す言葉である。その由来は
妊娠した娘の父親が相手の男性にショットガンを突きつけ
強制的に結婚させた、というエピソードからきているらしい。

谷本夏は自分自身にそんな単語は無縁だと思っていた。




Shotgun marriage (前編)




「ほのか・・」

あ、なっちが呼んでる。はぁい、ほのかはここだよ。
おかしいな?体が動かない。どうしてだろう・・・
そうか眠っちゃったんだ。いつのまにかよく覚えてないや。
すごく甘くて融けちゃいそうなキスをしてたはずなのに夢だった?。
ウウンちがう。その後どうしたのか思い出せないよ。夢だから?!
なっち、ほのかをちゃんと起こして。そしてもういちど抱きしめて。


谷本夏の大きな邸宅の居間で白浜ほのかはすやすやと眠っていた。
大きめのソファは小柄なほのかにとってはベッドのようなもの。
頭の下には本人のお気に入りのクッション。寒くないように上掛け。
谷本邸では珍しい光景ではない。ほのかはここの主の特別な存在だ。
夏とほのかは兄妹に似た関係のまま大人になっても変わらずにいた

・・・のはつい先日までのこと。二人はようやく一歩進んだ関係になった。
数年前から夏には自覚があった。そしてほのかのことをずっと待っていた。
幼い彼女の中に自分への恋心を見つけてその気持ちが育つのをただひたすら。
同じ想いを抱えていながら、長い間友達のような兄妹のようなままの二人。

やっとお互いに認め合って始まった新たな関係もさほど変わってはいない。
例えば口付けであっても、どちらからも思うまま求め合うこともできない。
結局いつまで経ってももどかしいような付き合いが続いていた。


「なっち・・?」

ほのかが深い眠りから覚めたとき、居間に主の姿はなかった。
まだはっきりしない頭でほのかはどこにいるのかと夏の居場所を思い描いた。
するとまるでほのかの起きたことを知っているかのように扉が開き夏が現われた。

「起きたか。ちょうどいい、オレも一汗かいてきたからこれ飲もう。」
「お疲れ様ー!とれーにんぐしてたんだね。ほのか起きたとこだよ。」

夏の用意してくれた飲み物を美味しそうに飲むほのか。それを眺めて嬉しそうな夏。
いつものごくありきたりな二人だった。その後に起きることを特に夏は予想だにしていない。
喉を潤して満足気なほのかは一息吐くと、夏に向かって話を始めた。
他愛ないほのかの話を聞き役に慣れている夏は黙って飲み干したグラスを置いた。
ほのかの様子には変わったところは一つもなかった。なんの身構えもなく夏はソレを耳にした。

「なっち、聞いてくれるかな・・?」
「なんだよ、改まって。」
「・・・ほのか・・お母さんになったみたいなの。」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
「なっち、お父さんになってくれる?」


その何気なく発せられた言葉を夏が飲み込むのには、かなりの時間を要した。
まだ少し長い口付けをしただけでも怖がるほのかが、今なんと言ったのか・・
当然夏の身になんの覚えもない。その告白はあまりにも唐突なものだった。

「・・・だめ・・かなぁ・・?」

夏が眼の前で石のように固まってしまったので、ほのかの顔には不安が浮かんだ。
その無邪気で可愛い顔が曇って泣きそうな表情へ変わるのを夏は見ていた。
そのことに急かされて彼は慌てて口を開いた。まだ頭の中は真っ白なままで。

「オマエがオレでいいんなら・・なる。」
「ほんと!?よかった!・・ごめんね、驚かせちゃった。」
「・・確かなのか?・・その・・」
「・・まだ確かめたわけじゃないんだけど、なっちに一番に言いたくて。」
「・・・・そうか。」
「ウン。」

ほのかの様子はあまりにも変わりなく、夏は混乱していた。
色々と尋ねたいのにほのかがほっとして頬を染めるのを見ていると言えなくなった。
表面的には落ち着いて見える夏だが、それは彼が”隠す”事を得意としていたからだった。
喜んでいるほのかを悲しませたくなくて彼はその場では深く追及しなかったのだ。
頭の中が整理されていないからでもあった。何故こんなことになっているのか理解できないのだ。

”ほのかはふざけてるようでもオレをからかってるようにも見えない。どういうことだ!?”
”しかしそのことが事実なら、ほのかは他の誰かに子どもができるようなことをされたことになる”
”思い込みという可能性もあるが・・ほのかだってもう二十歳になろうという年齢なのに・・・?”

夏はほのかの思い込みであって欲しかった。その他は想像したくもない。
浮気して子どもができてしまったから別れるという話ではないようで、それだけはほっとしていた。
仮にほのかが他の誰かの子を宿したとしても、父親にオレがなるというなら・・・それでもいい。
夏はほのかと別れるという選択だけはしたくない一心でそんなことも考えた。父親が誰かは知りたくない。
殺さずにいる自信がないのだ。夏は自分がどれほど冷酷になれるかを知っているから尚更だった。


「・・ほのか。親にはそのこと話したのか?」
「あ、ウウンまだ。今日なっちがいいって言ってくれたから話すよ。」
「それならオレも行くから一緒に話そう。親父さんに謝らないと・・」
「え!?どうして?」
「約束してたんだ。結婚するまでは・・こういうことにならないようにって。」
「そうなの!?知らなかった。なんでお父さんそんなこと・・?」
「そりゃ娘が大事だからだろ。その気持ちわかるからオレもわかったと・・言ったんだ。」
「待って、それじゃあお父さんなっちのこと怒る!?どうしよう!」
「・・まだそんな話はずっと先だと思ってたからな・・結婚とか。」
「けっこん・・!!」
「そうだ、ほのか。いいのか?父親になれって先に言われると思ってなかったが・・」
「あ・あ・・そうか。結婚しなくちゃいけないよね!?お父さんとお母さんになるんだもの。」
「ゆるしてもらうしかないな。オマエ学校は休学するんだな?」
「うわわ・・そうだね。なんだかタイヘンだね!?」
「オレはいつだって構わないが・・・結婚してくれるんだな、ほのか。」
「は・はいっ!します。なっちとじゃなきゃいやだよ。」
「・・そっか・・それならいい。あ、それと・・その前にオマエの母親と話したい。」
「お母さんと?・・じゃあ今から家に行く?お父さんはまだ仕事中だと思うから。」
「わかった。行こう。」



その夜はほのかの両親、特に父親にとっても大変な夜になった。
ほのかの父である元次はクレー射撃では有名な人物だ。自宅には猟銃を何丁も保持している。
激しやすい性格で事ある毎に銃を構えて出す癖があり、妻にいつも窘められている。
そのことを良く知っていた夏はある程度は覚悟して訪問していた。何せ話の内容が内容だ。
自分自身もまだ気持ちの整理が着きかねているのだ。しかしじっとしてもいられなかった。

夏は父親と対面する前にほのかの母親と話がしたかった。
ほのかの母親は父親とは逆に思慮深く、父親の手綱をしっかりと握っている。
着替えでほのかが外した際に夏は母の沙織に心配事を明かした。

「・・ほのかがそんなことを・・驚いたでしょうね。」
「すみません。本人にどう確かめて良いかわからずに押しかけてしまいました。」
「そうねぇ・・多分心配しなくてもあの子の思い違いでしょう。」
「わかるんですか!?」
「ふふ・・二人も生んでますからね、わかりますよ。」
「それなら・・お願いがあります。」


夏は母親に一つの頼み事をした。そして沙織は喜んでそれを引き受けた。

「でも、いいの?なるだけ私もフォローするけれど・・」
「構いません。過ぎれば笑い話にでもなるでしょう。」
「わかりました。初めて”息子”として頼られて嬉しいわ。」
「ありがとうございます。」
「お礼を言うのはこちらの方よ。夏くん、ほのかのためにありがとう。」

夏はその言葉に何も言えず深々と頭を下げた。


「あれっお母さん、なっちに先に聞いちゃったの!?」
「ええ、聞いたわよ。」
「そ、そうかぁ・・あの・・ね?」
「謝らなくていいわ。もうすぐお父さんが帰ってくるから覚悟しときなさい。」
「お父さんとなっちの約束のことほのか知らなかったの。」
「そうそうほのか。お父さんと夏くんの話が終わったら、お母さんとほのかでお話しましょう。」
「え・・はい。」
「お説教じゃないからそんなに心配しなくていいわ。」
「・・・?」

父親の帰宅数分前、白浜家はかつてなかったような緊張に包まれた。




つづく


リクエストの「でき婚」を夏ほのでがんばってみました☆
改稿を重ね、前後編に収めましたので次回後編でエンドです。
若干リクエストと違う点もあるかもしれませんが、夏ほのらしさを
追求して結果こうなりました。お許しいただければ幸いです。

※背景画像は猟銃ではありません。