しーくれっと・らぶ 


 ”この手もダメか・・!”ほのかは眉を顰め腕を組む。

 一方何事かを企んでいるのは丸わかりの夏も眉を顰める。
ほのかは思い立ったならやってみなければ気が済まないので
夏も一応の気構えはしているつもりだ。少なくともほのかよりは
修羅場も潜り人生経験は豊富な年長者・・・のはずなのである。

「なっちーの悪口も底を尽いたじょ・・なんかないかなあ・・」
「唐突な奴だな、相変わらず。結局何がしたんだよ、お前は。」
「ちっちっそんなこと口が裂けても言えないの。とっぷしーくれっとさ!」

 秘密だと暴露した時点でかなりの失敗ではなかろうかと夏は思う。
しかし表情は変えぬまま、ほのかの様子を観察することを継続した。
あからさまな挙動不審を気にとめず、ほのかはうんうんと考えている。

 ほのかの考えていることというのは『夏を嫌いになる方法』だ。
それは言い換えると『これ以上好きにならずに済む方法』とも言える。
どうもこのところ好き度が増していてそれが口惜しくてならないのだ。

 ”ほのかばっかり!ずるいのだ!不公平だじょ!なんとかせねば・・!”

 悪口を言ってみるのは失敗に終わった。我侭もなんなくクリアされ、
オヤツも申し分のない出来栄えで思わず天才だと褒め称えてしまった。
ことごとくうまい具合に運ばない。ほのかはそれで一層口惜しかった。

 ”もっと困らせることってないかなあ・・?う〜ん・・うう〜ん・・”

 呻り声を不審に感じた夏がいつの間にか目の前に来ていて額に触れた。
はっとして見上げると心配そうにほのかの熱を測っているらしい夏がいる。
もちろん熱などない。ほのかは今日も健康で絶好調だ。思わず口を曲げた。

 ”そうだ!変な顔してみよう!しゃげ〜は飽きたみたいだから・・!”

 夏の目が丸くなった。ほのかが妙なあかんべをして見せたからである。
しかし笑ってくれればそれはそれで嬉しい夏の貴重な笑顔は浮かばない。
余計に不審そうな表情になった。それはそれで成功なのかとも思うのだが
困らせるまでには到っていない。そう思ったほのかはそこではたと気付く。

 ”これってほのかが嫌われることしてるんじゃない!?そうじゃないよ!”

 嫌われたくてしているのではない。逆だ。自分が夏を少しそうなりたい。
でなければ一方的に好きなばかりで結果は逆に悪化してしまうではないか。
自分のしたことにショックを受けたほのかはがっくりと肩を落としてしまう。
くるくると変わる表情と行動によってそんなほのかの気持ちは筒抜けである。

「・・宿題でも出たんなら手伝うから出せ。それとも・・」
「ダメえっ!やさしくしないで。もう・・ちっともうまくいかないじょ・・!」
「俺は元から優しくなんかねえ。お前がさっきから鬱陶しいから言ってんだ。」
「うっうっ・・そうだよね!ほのかもそーおもうじょ・・なっちのばかあ!!」
「嫌われたいのか?そんなら嫌ってやるぞ、お前変過ぎ。バカじゃねえの!?」
「ひっ・・ひどいじょ!?きらわれたいなんて思ってないもん!ふええええ・」

 見る間に泣き顔に崩れていくほのかを見詰め、夏はふうと重い息を吐いた。
少し躊躇していた手を伸ばすとほのかの頭に置く。そしてガシガシと撫でた。

「あーだこーだと慣れねえ頭を使うからだ。なんでも俺に言え、聞いてやる!」
「ふひっ・・ふぐぅ・・・くやしいのだ。ほのかくやしいの〜〜〜っ!!!?」
「泣ーくーなっ!!何が口惜しいってんだ。誰かになんか言われたのかよ!?」

「ちがう・・ほのかなっちがすきなんだ・・」

「・・・・・・・・・あ・?」

 夏の表情が固まる。不審そのままで鼻に皺が寄ってあまり美しくない顔だ。
それでも元が良いせいか不快ではなく、それすらも羨ましくてほのかは溜息だ。
見てくれに関してはしょうがない。だからそれ以外で嫌いになる要素を探すが
ほのかには一つも見当たらない。困ったことならある。素直じゃないところとか
口が悪いこと、頑固で意見を変えない、多々あるがそれらも嫌いになることはなく
夏の特性だと捉えているため、マイナスにはならないのだ。寧ろ可愛いと思う。

「どーしてこう好きになってばっかりかなって思ったらくやしいんだじょ!?」

「・・・・・すると何か?お前さっきから・・俺を嫌おうと努力してたのか?」

 ほのかはこっくりと頷いた。そしてそれらは悉く無駄に終わったのだと嘆く。
夏の顔はもうすっかり毒気を抜かれていた。というよりも困っている状態である。
明後日方面に顔を背けたのは頬の赤みを覚られない為。ほのかはなんなく騙される。

「・・・あー・・俺を嫌いになりたいってんなら・・そうしてやろうか?」
「?・・・そんなのどうやって?!」

 好奇心を含んだ瞳は未だ湿っていたが夏の顔を窺うべく俯きから前を向く。
そこをすかさず捉えた。夏の手はほのかの顎をそのまま更に上へと向けさせた。

「なぁに?まつげ今日はささってないじょ?」
「そうだな、ささってねえな。」

 以前睫騒動で夏がそうしたことを指して言っていると解った夏はそう答えた。
ほのかは不思議そうな眼差しのまま夏を見上げていて、大きな瞳に夏が映っている。
嫌われるというよりそんなことをしたら、大変なことになるだろうとは予想できた。
殊に兄の兼一に殴られるくらいで済めば良いが命の一つくらいは覚悟が必要だろう。
しかし誰にでも簡単に奪われる訳にはいかない。奪って良いのはほのかしかいない。

「ねえなっちぃ・・首痛いんだけど・・;」
「そうか。う〜ん・・どうするかなあ・・」
「なっちもほのかを嫌おうとがんばっているの?やめてよ、嫌いにならないで!」
「阿呆」
「ほのか諦めるから。嫌いにならないからさあ・・」
「そんなに俺のことが?」
「うん・・すき。むかーってするくらい。」
「なるほど。そいつは俺も理解できるぜ。」
「そんでね、なっちもっとほのかをすきになれーーーっ!!って思う。」
「そう・・か。ふんふん・・」
「わかる?ほんとにわかっとるかね!?ちみ!」
「腹が立つくらいにわかるな。」
「なん・??!」

 顎の手が離れたと思った途端に両頬を包み込まれ、ほのかは言葉を飲み込んだ。
睫じゃないならなんだろう、と思いながら瞼を下ろす。その閉じられた瞼が熱い。
夏が触れたからだ。両手は塞がっているのだから・・・唇に間違いはないだろう。

 ”あれ?やっぱり睫抜けてた?!でも閉じてたら取れないよね・・!?”

 ほのかは狼狽した。だが体は動かない。やんわりと押さえられた頬のせいだ。
そこから熱さが伝わるが、自分自身の熱だ。夏の手はどちらかというと冷たい。
何故か力が抜けて身動きならず、瞼も閉じたまま開けることさえままならなかった。

 熱かった瞼から熱は移っていった。額と頬へ。そして次に離れた瞬間・・・

  「くっしゅん!!」


 いきなりくしゃみをしたほのかはそれで封印が解けたようで目を開けた。
するとそこに居た夏が思いがけない顔をしていて・・釣り込まれて首を傾げ乍、

「なっち、もしかしてうけた!?へへっ・・くしゃみ出ちゃった!?」

 ほのかは夏が笑いを堪えていると思ったのだ。それで自分も可笑しくなった。
ふっと力も抜けてほのかが笑うと、夏がいきなり抱きついたのでびっくりだ。

「ええっ!?なになに・・あ、やっぱしうけたんだね!?」
「・・・・・くく・・・・・はははは!!??」

 抱きついた夏の顔は肩に乗っていたとき見えなかったが、僅かに震えていた。
そして思った通り顔を上げた夏は珍しく声を上げて笑った。一緒にほのかも笑う。

「ふへへ・・なんかうけてよかったのだ。なっちがそんなに笑うとは。」
「・・・・くく・・・・・お前さ、狙い清ましてたんじゃねえよな!?」
「え?狙いって?タイミングよかったの?!」
「そりゃもうナイスなタイミングだったぜ。あぶねえあぶねえ!!」
「危ない!?危険なことが迫ってたのかね?」
「ああ、お前って危機感ねえから覚えさせようと思ったが・・失敗だ。」
「どのへんが危なかったの?で、何が危険!?」
「さぁな。自分で気付け。」
「なっちって意地悪いよね。けど嫌いになれないんだなあ・・それが。」
「その悩みは抱えとけ。俺にはどうしようもねえし、危険が増すしな。」
「え?ほのかがなっちをすきすぎると危険なの!?」
「おお、かしこいかしこい!やれやれだ・・」
「???ちみは時々わかりにくいのう!まぁいいや・・こうなったらだねえ」
「こうなったら?」
「どこまですきになるかいくだけいっちゃえっ!!って思うのだ。どお?!」

 夏はふふっと微笑んだ。今日最高に綺麗な笑顔だとほのかは思う。すると
やっぱり好きだなと体中が叫ぶようだ。返事をくれない代わりに得をしたようだ。
成り行き任せなんていけないかなと思っていたが、どうなるのか楽しみでもある。

「う〜ん・・とりあえず一年後とか二年後・・いっそ10年後が知りたいじょ。」
「どうなってるかってことか?」
「そう!なっちだってもしかしてほのかのこと大好きになってるかもだよ!?」
「さぁな・・・」

 夏は嬉しそうに見えた。だから口惜しさはあるがほのかは許すことにした。
好きですきでどうしようもない気持ちなんて知らなかった。だけどもしかして
夏だってほのかをそんな風に思う未来があるかもしれない。期待していたい。
心の中で誓ってみた。内緒で秘密。実はほのかはそういうのが大の苦手なのだが


 ”ようし!なっちがほのかをこんな風にすきになるまであきらめないからね!”

 決意はありありと表れていてそれを見て夏は思う。叶えられるものならば
想う相手に想われるこの幸福を少しでも長く感じていたい。そう胸に刻み込んで。







ちゅーは未遂でありました。リベンジはあると思いますよ。でも失敗もまた然り!