It's a secret.  


もそもそとほのかが起き上がり目を擦った。
眠っている間もぐりこんでいたシーツが滑り落ち、
何も身に着けていない頼りない肩が露わになった。

「なっちー?・・どこぉ〜!?ほのか起きたよー!」

きょろきょろと周囲を窺う様子は小動物のようだが
実際はお年頃の女の子であり、そこはベッドの上。
見方によれば実にプライベートでデリケートな場面だ。
座り込んでしばらくぼーっとしていたほのかだったが
シーツを体に巻きつけると大きなベッドから降り立った。

「はぁ〜!やっぱしなっちのベッドは大きくて快適だ。」

などと一人で呟きながら部屋のドアを開け、長い廊下へ出た。
その頃、その家主であるなっちこと谷本夏は居間にいた。
一人ではなく勝手知ったりと寛ぐ新島と武田、宇喜田、そして
先ほどのほのかの兄、兼一という新白のメンバーたちだった。

「・・とにかく帰ってくれ。オレは今忙しいと言ってるだろ!」
「とてもそんな風に見えないぞ?寝起きだろう、その様子からして。」
「君が昼寝なんてするとは、意外だね〜!仕事でお疲れなのかい?!」
「それはそうとほのかは?今日夏くんちだって聞いてたんだけど・・」

Tシャツ一枚にスウェットというかなり寝巻きに近い格好の夏は
起き掛けと新島に察せられたように髪がいつになく纏まっていない。
そして普段のクールというよりはイライラとした感じが寝起きっぽい。
その寝覚めの良くない風の夏の表情が更に不機嫌な方へ傾いたとき、
居間からひょこっと顔を出したのはシーツに包まったほのかだった。

「なっちー・・!あれっ皆来てたの?!」

のんびりしたほのかの驚きに対して、メンバーは声を発することも忘れた。
一番痛い顔をしたのは夏だ。”なんてタイミングで起きてくるんだ・・”
顔にはそうアリアリと描かれ、それを自らの手で隠すように覆った。

「・・ほっほのかっ・・・!そ、その格好・・まさかまさかっ・・・!」
「お兄ちゃん、顔真っ青だよ!大丈夫?気分悪いなら座ったら?!」

わななく兄を気遣う妹とのやり取りはどうもすれ違っているようだ。
しかしそれよりもこの状況に第三者はどうすべきかと他は固まっている。
ところが眼の前の大事件に弱っているのは主に二人だけだったようで

「よう、ほのか。お目覚めみたいだな。お邪魔さん。」
「こんにちは、会長さん。」

あまり動じていなかった新島とほのかの会話は始まりかけてすぐ遮られた。
夏がほのかを隠すようにして立ち塞がり、ドアの方へ押しのける格好だ。
怖い顔でほのかに「とっとと服着て来い!なんでそんな格好のままなんだ!?」
と小声で囁くとドアを開け、ほのかを廊下の外へと追い出してしまった。
はのかは「服どこ〜!?」などと言っているのを「乾燥機っ!」と指示する夏。
背中でバタンと扉を閉じると、呆然とする男達に向かって静かに言った。

「・・掃除していて服を濡らしたから乾かしてる間昼寝させてたんだ。」

一言でそう説明すると皆に向かって挑むように腕を組み黙り込む。

「そんな取ってつけたような説明で納得できるわけないだろっ!?」

その開き直った態度に真っ向から怒鳴ったのは当然ながら兼一だった。
夏は身構えていたらしく、眉一つ動かさなかった。いきり立つ兼一と対照的だ。
怒りやら何やら複雑な感情で興奮している兼一に新島がぽんと肩に手を置いた。

「落ち着け、兼一。あれは谷本の言った通りだ。心配することないぜ?」
「なんでそんなことがわかるんだよ!?新島!おまえはエスパーか!?」
「いやいや〜、エスパーより質悪いんじゃな〜い?」
「おい、おまえそこに拘るなよ・・兄キにはそれどころじゃないぞ!?」

「ケケッ・・ほのかがいくら天然だからってアレはない。考えすぎだ。」
「・・・・夏くん、本当に君が言った通りで他には何もないんだね!?」

自らの感情を抑え付けるように兼一は一息吐くと夏に尋ねた。

「あるわけないだろ。」
「・・・良かった。それならうちの妹が迷惑掛けたことになるね。すまない。」
「ハイハイ、面白い見世物だった。で、さっきの話なんだが〜・・」
「おい、新島!出直そうぜ。ほのかちゃんもいるんならその方がいいだろ?!」
「ん〜・・・それもそうだな。出直すか・・」
「ははっ・・宇喜田ぁ、キサラちゃんいなくて良かったね。鼻血拭きなよ〜!」
「う・・すまん。キサラには内緒にしといてくれ。」
「結構想像とかしちゃったよね〜?!ごめんよ、後輩君。んじゃまたね〜!?」

最後に部屋に残った兼一は夏にもう一度だけ確かめるように

「また明日。夏くん、逃げないでよ。」と言った。明日また確かめるつもりだ。
「・・あぁ、わかった。」珍しくそれを受け入れる返事をして夏は彼らを見送った。
全員が家から遠のくのを窓から視認し、完全に姿が見えなくなると夏は肩を落とし、
かなり大げさな溜息を零した。そこへほのかがけろっとした様子で舞い戻った。

「・・着替えて来たのに、皆帰っちゃったの!?」ほのかは残念そうな口調だ。

ぎろりと一瞥を食らってもほのかはまるでその気を無効にするかのような流し方。
そもそもほのかに対して気当たりなどしない夏だが、薄々わかっていることだ。
どんな達人に対しようがほのかは怯まない。彼女を無敵にする要因の一つである。
気を感じないのか、はたまた受け流す能力に天才を持っているのかはわからないが。

「なっちー!お腹空いた。皆ともうオヤツ食べちゃった?」
「アイツらと和やかにお茶する趣味はない。用意するから待ってろ。」
「おやぁ?なんだかお疲れっぽいね?それに・・寝ぐせ!可愛い!!」

ほのかはいつの間にか夏に接近して飛び上がるようにして夏の肩に乗る。
よじ登るようにして夏の髪の一部の跳ねを抓んだ後くしゃっと撫でた。
それのどこが面白いのか、笑い声を立てて夏の頭を抱えて頬を摺り寄せた。
肩に乗って頭を好きにされている夏は、諦めの境地か慣れなのか黙っていた。

「それにしても一緒にお昼寝してたのに先に起きるのはナシだよ。」
「オレは寝てない。巻き込むな。」
「二人で寝た方がいいじゃないか。ひとりにしないでよ。」
「・・何度も言ってるが、オレはぬいぐるみでも抱き枕でもない。」
「なっちーだよ。そんなのわかってるさ!」
「今日は服も着てなかったってのに・・恥ずかしくないのかよ?!」
「何か借りようかとも思ったけど・・たまにはいいかと思って。」
「いいわけあるか!バカもんが。」
「なっちも裸で寝てみたら?気持ちいいんだよ!」
「はは・・・独りのときならな。」
「一緒だったらもっといいかもだよ!?あたためあおうよ!」
「ほのか・・」
「ん?なぁに・・イタッ!」
「明日兄キによーく言っておく。」
「お兄ちゃんに?そういや具合悪そうだったけど大丈夫かな・・」
「おまえのせいだぞ。オレだって妹が裸で男の家にいたら・・お、怖ろしい;」
「なんで?なにがこわいの!?ねぇねぇ!」
「・・アホすぎて話にならんな・・」
「むーっ・・まぁ今日のところは可愛い寝起きなっちで許してあげる。」
「寝起きじゃねぇって。おまえが寝るときいじってたからだ!」
「あっそうか。そういえば・・なるほど。そんでなっちもちょびっと寝た?」
「寝られるわけないだろう。」
「寝ればいいのに・・・ヘンなの。」
「おまえ・・・はぁ・・虚しい・・」

わかっていないほのかに夏はいつものようにぐっと言いたいことを飲み込んだ。
教えられるものでもないし、わからないままで助かることだってあるのだ。
小さな指が髪を弄ぶ心地良さと、温かい肌を寄せられる幸福を思い浮かべる。
不埒なことも少しはあるのだが、大半はほのかの存在そのものが彼の癒しで、
愛しくてならない想いを更新する貴重なひと時なのは言い訳しようの無いこと。

いつまでも肩に乗っているほのかを下ろすと、夏はついでのように額に口付けた。
ほのかはくすぐったそうな笑いを漏らすと夏の腕にしがみついて嬉しそうに言った。

「なっち、いつか一緒に寝ようね!」
「・・・ま、随分先だろうけどな?」

ほのかの頭にぽんと手を置き、さっきのお返しとばかり髪をくしゃりと撫でる。
何年か経った後、こんなやりとりは笑い話になっているのかなと夏は苦笑した。











ほのか成長待ち中だけど、それなりに楽しんでる夏さん。
兼一には翌日慎みのない妹に注意するように言うつもりです。
ほのかはやめないだろうと予想済みですがね・・(確信犯)