Say"love me".


 


「聞いて聞いて!なっつん!!」

どたばたといつものように駆け込んでくる興奮した声。
今日はまたなんだとあからさまにうんざりしたオレを無視して
ほのかは昨日スゴイ夢を見たから是非聞いて欲しいと言った。

「・・・でね、ちっちゃいなっつんがそれはそれは可愛くて!」
「ほのかのこと好き好き言ってさぁ!ああ思い出したら笑いが!?」

「言っとくがそれはオマエの頭ん中のことだ、オレは関係ないからな!」

「えー!?愛してるって抱きしめてくれたじゃないのさ!?」
「そっ・そんなことオレが言うわけないだろうが!?アホ!!」
「う〜ん・・ほのかの隠れた願望とかかな・・?」

オレは真面目に考え込むほのかを見て腹の辺りがむずむずしてしまった。
あからさまというか、何にも考えてないというか・・・ちょっと感心もする。

「そんなしょうもない話はもう終わりにしろ。なんかいらいらする。」
「・・・顔赤いけどさ、実際に言ってなくても恥ずかしいの?」
「う・る・せー!」
「いやとにかくいい夢だったよ。続きが見たいな〜!」

ほのかはうっとりとした目つきで両手を重ね、頬を紅潮させながら言った。
女ってのはどうしてこういうくだらない甘ったるい台詞が好きなんだろう?
オレは一生そんなこと言わんぞ、と誓いたいくらいだ。想像したくもない。
この目の前の子供みたいにちびっちゃいガキもまた女なのか、と思うと、
なんだか割り切れないような、妙に寂しいような、忌々しい気分だった。

「・・・そういうこと言われたら嬉しいのか、オマエでも。」

つい思っていることを口に出してしまったらしい。ほのかとオレが目を合わす。
慌てて目を反らしてしまった。醜態を演じたような気がして面白くない。

「それもだけど、ちいちゃななっつんに会えたのが嬉しかったんだよ。」

ほのかは笑顔でそう答えた。思わず顔を見たが、やはりまだ笑っていた。

「子供の頃のなっつんてこんなのだったかなぁって思ったり・・」
「なっつんの子供もこんなだったらいいなって思ったんだ。」

ほのかが楽しかった思い出や計画を話すように語る口調は穏やかだった。
オレはというと、少しも穏やかな気持ちにはなれず全身が火照るようで。
なんと表現していいかわからない感覚に包まれた。不快ではないが、途惑いは大きい。

「何バカなこと言ってんだ・・」とようやく言えたものの、声は泳いでしまった。

ほのかは揚げ足を取るでもなく、話したことに満足してしまっているようだった。
そうだ宿題があったんだ、教えてと話題を変えてくれたことにほっと胸を撫で下ろした。
ノートを真剣に見つめるほのかの意外に長い睫毛にぼんやりと視線を落とした。
子供の頃、オレは妹によく「好きだよ」と言っていたことを思い出していた。
楓もよく「お兄ちゃんが大好き」と言ってくれていたから、その返事がほとんどだ。
当たり前だが抵抗も照れも無い。心底オレは妹を愛していたのだから。
そしてその大切な妹を失い、そんな言葉も感情も捨てた。必要がなくなったから。

「・・・オマエって誰にでも気軽に『好き』だと言ってそうだよな・・?」

再び零してしまった呟きを拾って、ほのかはゆっくりと顔を上げた。
そしてどう思ったのか、オレの頭に手を伸ばし、よしよしと撫でた。
オレは頬杖をついたまま、目を見開いて抵抗もせずにそうされていた。

「好きだよ、大好き。」

その言い方が妹と重なって、うっかり”オレも・・”と返事をしそうになった。
頬杖をついていたおかげでなんとかそう言わずに済んだことにほっとした。

「・・そんなこと言って欲しいなんて思ってないぞ?」
「ほのかが言いたかっただけさ。いいじゃん!」
「オレは言いたくない。」
「いいよ、無理に言わなくたって。」
「別にオマエのことなんて・・好きでもねぇし。」
「そお?なのにいつも優しいね?」
「気のせいだ。」
「そっか。」

ほのかは何も気に留めないように笑って、ノートにまた視線を戻してしまった。
オレはなんだか置いてけぼりをくらった気分だった。”どうでもいいのかよ?”と
問い詰めたいような気がした。”オレがどう思ってようが、お構いなしなのか!?”
けれどそんなことを言ってしまえば、オレは・・・言って欲しかったことになる。
ほのかが誰にでも気軽に口にするその言葉をオレが待っていたみたいだろう?
オレがオマエを・・好きだとか、そんな風に思ってるみたいでおかしいじゃないか。

「・・・できた!見てみて?」
「あっあぁ・・どれ・・」

差し出されたノートには何度か間違えてやっとたどり着いた回答が待っていた。
正解だと告げると万歳とほのかは素直に喜び、さっきのことなどどこ吹く風だ。
波打ったままの自分を悟られたくなくて、オレは努めて冷静を装った。

「そうそう、ほのか誰にでも気軽になんて言わないよ?」

付け加えられたおまけの答えがオレの耳にやけに響いた。

「でもなっつんよりは正直だからね、ほのかって。」

胸が締め付けられる。なんだろう、この気持ちは・・
昔愛しくてたまらなかった妹の微笑み、今、毎日のように向けられる微笑と
何が違うというのだろう?同じようにそこに幸せな想いを感じてるんじゃないのか。
受け取っていいのかと疑いながら、オレだけじゃないんだろと拗ねたりしながら、
微笑んで欲しいと、オレのことが好きだと言って欲しいんじゃないのか。

「あ、それとね、素直ななっつんも今のなっつんも好きだからね!」
「・・・だから、なんでそうオマエは・・・そんなこと簡単に・・」
「えー?結構緊張してるよ?でもさ、言わずにいられないんだもん。へへ・・」
「あんまり言うなよ、そういうこと。」
「言わせてよ、なんでダメ?」
「うっかり・・返事しちまったらどうすんだよ・・?」
「えっそうなの!?いいこと聞いちゃったなぁ!」
「や、だからその・・昔妹に言ってたなと思い出してだな・・」
「なっつんて優しいお兄ちゃんだったんだよねぇ?!楓ちゃん幸せだね!」
「・・・オマエだって兄貴のこと・・好きだろ?」
「ウン!もちろんだよ。でもなっつんの好きとはちょっと違う。」
「・・・違う・・?」
「そうだ、うっかり返事したら楓ちゃんと間違えたってことにしたげるよ。」
「なんで・・」
「ほのかのことは『好きじゃない』でしょ?わかってるよ。」
「言わなくていいとか、そんなんでいいとか・・オマエって変じゃねぇ?」
「おかしくないよ。言いたくないのならそれはそれでいいじゃないか。」

ほのかは返事が欲しいんじゃないらしい。そして好きだと言って欲しいのでもない。
どうして期待もせず、失望もせずにいられるんだ?オレにはわからない。

「それになっつんが優しいのはちゃんとわかるしね、不満ないよ。」
「オレが一生”好きだ”なんて言わないと宣言してもいいってのか?」
「一生!?うーんそれは・・・一回くらいは聞きたいかなぁ・・?」
「へぇ・・」
「それって一生ほのかに”好きじゃない”って言い続けたいってこと?」
「あ?・・・いや、それは・・」
「面白いねぇ、なっつんたら。聞かせてよ、それなら聞いていたいよ。」
「やっぱ・・変なヤツ。」
「そうかなぁ?!」
「照れるとこじゃねぇし。」
「なっつん、大好きだよっ!」
「オマエなんか好きじゃねぇよ!」

ほのかの不意を突いたかのような告白にオレが咄嗟にそう言い返した。
しばらく二人は呆然として・・・こらえきれず。ほぼ同時に吹き出した。

「あーおかし!・・今息ぴったりだったねっ!?」
「アホらしい・・・何させんだよ、まったく・・」
「楽しいじゃん!ふふ・・」
「オマエなんか・・・ホントに好きじゃねぇ。」
「なんか照れくさくなってきちゃった・・わかったよ、もういいって。」
「なんで照れるんだよ、好きじゃねぇって言ってんのに・・」
「だって・・・なっつん笑ってるもん。嬉しそうだよ?」
「!?嬉しくなんかねぇっ!・・・・気のせいだからな!」

はははとほのかはお腹を抱えて笑い転げた。あやされてはしゃぐ子供みたいに。
オレもあやされた子供みたいだ。ほのかに好き勝手言われて調子に乗って。
不思議にも胸の痛みは遠のき、知らないうちに波は穏やかに鎮まっていた。
明日も笑顔が見れるだろうか、好きだとオレに言ってくれるのか?
やっぱり聞きたかったのかもしれない。顔を綻ばせ、オレが好きだと。
ほのかは知っているのか、それとも・・・

「言うなよ?」
「ん?言うよ。」
「じゃなくて、オレ以外のヤツには言うなよ?」
「・・・ウン・・」
「何顔赤くしてんだよ?」
「なっつんて・・天然?!ウン、言わないよ、なっつんだけ。」

オレがヨシ、と頭を乱暴に撫でると、ほのかはオレに抱きついてきた。

「何甘えてんだよ・・」
「えへへ・・嬉しいんだもん。」

嬉しい・・そう、嬉しいんだとようやく一つの答えを知った。
オレはほのかがこうして甘えてくれることが嬉しかったんだ。
忘れていた。そして思い出した。オレはオマエのことがこんなにも愛しいんだと。
一生言わないかもしれない台詞をいつか言わずにいられなくなる、そんな気がした。








なんて無自覚な!って感じです。夏くんほのか相手だとだだ漏れ!(笑)
まだ恋になる前のこんなときって貴重だよなぁと思いつつ書きましたv