提案  


 彼は悩んだり、傷を癒すときいつも独りを好む。
元はといえば周囲に援けを求めるという選択肢がなく、
そんな彼を頼る小さな妹に弱みを見せる訳にもいかない。
そういう風に好まざるを別として育ってきたのだった。

 私はといえば、彼とは好対照で生まれたときから
援助の手は満ち足りていて、これも好悪など関係なしに
弱さはごく当たり前のものだった。だから彼が隠そうと
すればするほど、手を差し伸べたくなるのも道理なのだ。

 
 以前からよくふっと行方をくらますことはあった。
約束したことは律儀に守ってくれた彼なのに、ある日突然、
いなくなってしまった。一度あった簡単な置手紙すら残さずにだ。
その時とは比べ物にならない言い知れない不安と胸騒ぎが襲った。
また独りで何かを抱え、私にすら何も告げず行ってしまったのか。
口惜しくて不甲斐なくて、泣くまいと堪えても無駄に終わった。
しかし、待ち続けたその日、彼はぼろぼろに傷ついて帰宅した。

 無闇に大きな邸宅の薄暗い居間に彼はいた。

 鍵をかけないなんて有り得ないので、多分私の来ることを
承知して開けていたのだ。ソファに横たわった姿は包帯だらけで
熱もあるのかもしれない、息も苦しげな様子に涙が自然込み上げた。
そうっと近付いて跪いた。額に触れるとやはり熱を持っていた。

 「おかえり。なっち・・・」

 私の呟きはぽつんと広い部屋に落ちた。彼は思ったより重いのか
急いで救急車を呼ぶべきかと悩んでいたとき返事がのろのろと返った。

 「・・きたのか・・ほのか」

 「毎日来てたって知ってるんでしょ?そりゃ来るさ。」
 「・・・だろうな・・おまえは・・とんでもなく・・」
 「ん?なんて?・・それよりなっち、病院行こう!」
 「要らん・・俺は大丈夫だ。ちゃんと・・・帰ってきたぞ。」
 「鍵をわざと開けてたんじゃないなら無事とは言えないよ。」
 「熱・・なんざ朝までに下がる。おまえは・・安心したら帰れ。」
 「おばか。安心できないでしょうが、こんなんじゃ!」
 「ホントに・・もう・・いいんだ。おまえの声聞けたしな。」
 「ほ〜らおかしい。なっちがそんな素直なこと言うなんて。」

 声でばれてしまったらしく、頬を伝っていた涙を指ですくわれた。
言葉だけでなく態度まで甘い。これはますます重症だと身を引き締めた。
熱のせいか私を見る視線まで熱い。居心地が悪いくらいで妙に胸が騒ぐ。

 「そんなにほのかに会いたかったの?たまには甘いなっちもいいけど。」
 「あまい・・べつに・・・俺はおまえにはいつだってこんなもんだろ?」
 「ふふ・・明日になったらきっと言うよ『そんなこと言ってない』って」
 「・・賭けるか?」
 「絶対ほのかの勝ちさ。なにしてもらおうかな。」
 「・・・・おまえに・・心配かけるなだと・・お節介どもがこぞって。」
 「もしかして友達?助けてもらったの?いや、心配かけていいんだよ。」
 「俺も・・余計だと言った。俺とおまえのことにほかは口出すなって。」
 「おう・・やっぱ熱のせいじゃないの?!なっち、しっかりしてよ!?」
 「してる。そうだろ、おまえを幸せにするのは俺じゃない。」
 「!?・・うん、知ってる・・けどさ。」
 
 幸せにしないと言われたのに私の胸が大きく跳ねた。視線は変わらず熱い。
負けるまいと私は提案をしてみた。ずっとそうしようと決めていたことだ。

 「なっちに幸せにしてほしいなんて思わないから安心して。」
 「・・ああ」
 「ほのかはいつだって幸せだから必要ないもんね?だからなっち、」

 「ほのかがなっちを幸せにしてあげる。それならいいでしょう?!」


 まるで私の提案を知っていたかのように驚きもせずに見つめ続けていた。
どきどきしたけれど、わくわくもしていた。なぜなら返事は決まってるのだ。
どうしてって、彼は私を裏切らない。それだけはないと信じていたからだ。

 「・・・その代わり、おまえのことを俺は全力で護る。いいな?!」

 ほうらね!私と彼は同時ににやっと笑った。共謀が出来上がったのだ。
悪くない提案だと思ってたと告げると笑われた。だけど否定もしなかった。

 「あ、言っとくけど一生だからね!逃げないでよね!?なっち!」
 「おまえこそ。面倒見切れないっつって放り出すなよ、俺のこと。」
 「女の子みたいな心配しなさんな。ほのかをなめたらいかんぞよ!」
 「ああ、疑っちゃいねえよ。おまえくらい男前な女もいないしな。」
 「ふふふ〜!素直でとてもいいね。熱下がったら忘れたとかもナシだじょ!」
 「忘れるもんか。っつ・・」

 重い身体を起こすと苦しそうだったので慌てて支えた。平気だと嘯く。

 「ちみはもっと身を労わらねばいかんね、ほのかのものなんだからさ。」
 「へえへえ・・仰せのままに。」
 「かわいくないなあ!」

 私の頬の涙を今度はすくった後抓った。痛いと今度は私が悲鳴をあげた。

 「いつまでも泣いてんじゃねえ。俺は死なない。おまえがいるんだから。」
 「そうかあ・・!うん。じゃあ約束して。心配させて、私にだけずっと。」
 「それも提案なのか?のむしかねえな。」
 「受け入れてもらえたのなら握手する?」
 「ばっか・・知らないのか?こういうときはだな・・」

 そういえばそういうものかもしれない。唇が重なると同時に思い当たった。
うっかりまぶたを下ろすのを忘れて、唇を離さないまま視線で教えられた。
ぎこちなく目を閉じると、いつのまにか私は丸ごと腕の中だ。痛くないのかと
気になったけれど、それどころではなくなった。初心者にどうかと思える長さ、
腕の中で私は苦しさのあまり暴れた。息しろって言われたってどうすればいいの!
私は怒って無理やり腕から抜け出した。ぺしりと両頬を平手でひっぱたいた。

 「手加減してよ!なっちは知らないけどほのか初心者なんだからっ!」
 「俺だって熟練してるわけねえだろ!?おまえそんくらい察しろよ!」
 「責任転嫁!ほのか苦しかったんだから!へたっぴいっ!」
 「んなっ・・んだとう〜!?」

 言葉を間違えたらしい。彼はとても傷ついたようで、私が白旗を揚げるまで
執拗にキスをした。とんでもない話だ。でもおかげでずいぶん上手になった・・
ような気にはなれた。お互いに、だ。


 「・・ほのかからもういっこ提案があるのだけど、いい?」
 「なんだよ。泊まってくってのは無しだぞ。」
 「・・ちぇ・・」
 「キスでぴーぴー喚いておいて・・危険を感じないのか?」
 「熱ある人がなに言っておるのか。」
 「加減が効かなくなるかもしれん。」
 「ええええ・・・・なっちって・・」
 「なんだよ、いまさら・・」
 「男の子だったんだねえ!」
 「どこをみていってる!?」

 乱暴に頭を捕まれて髪をぐしゃぐしゃにされてしまった。誤算だった。
馬鹿にしていたんじゃないし、知らなかったわけでも見てなかったんでもない。
ただ・・そんな余裕ないと思ってた。これも言うと怒るだろうから言わない。
男だろうが女だろうがどっちだっていい。私にとっての彼は特別なのだから。
一生というのはそういう意味だったのだけど、世間ではそれを「ぷろぽーず」と
呼ぶらしい。普通は男から女にするものだとか。私と彼との間では逆になったけど。

 
 「死ぬまではなさないから覚悟してよ。」
 「わかったわかった・・お手上げだから好きにしろ。」
 「素直なんだけど・・おかしいなあ?なんかちがう。」
 「一体全体どうしてほしいんだ。ああ?」
 「う〜ん・・もっとこう・・ほのかがいないとダメとか言ってみない?」
 「思ってるだけじゃだめなのかよ?」
 「あ、思ってはいるんだね。そうだなあ、なにが足りないのかねえ〜?」

 「俺とおまえがいて何が不足だってんだよ。」
 「あっわかった!わかったよ、なっちい!!」
 
 私がいきなり顔を上げたので頭が彼の顎にヒットした。痛そうだ・ごめ・・;

 「あいしてるよvなっちー!」
 「・・・それが足りなかったことか?」
 「言った言った。満足まんぞく!ふ〜・・達成感だじょ。」
 「ちょい待て。俺は?俺からは何も言わなくていいのか?」
 「言いたければ言えば?」
 「ひどくないか、それ・・」
 「だってなっちが甘いと気持ち悪いし・・言わなくていいや。」
 「気持ち悪いとか、いいとか・・おまえって・・勝手なやつ!」
 「そんでもちみに愛されておるから幸せじゃよ!?えっへん!」

 胸を張ると、まだ少し熱を帯びたキスを追加された。でももう大丈夫みたい。
ほっとしたら腹が減ったと言ったから。どうやら私達はこれからもうまくやれそうだ。







ほのかの「提案」(propose)でした。夏くんの「帰結」(conclusion)へ続きます。