「春きたりなば」〜ぷろじぇくとH数年後〜 


「まだキスもしとらんのか!?呆れた奴らだな。」
「なんで!?そんなこと言ってないのにどうしてわかったの?」

新島の手に掛かればほのかの隠し事など赤子の手を捻るようなもの。
以前焚きつけたときは失敗に終わった”ぷろじぇくとH”であるが
今回は新島の助言をほのか自ら遠ざけた。そして密かな発動とする。
あれから約束通り2年は経過しようとしているのだ。遠慮しない。

ほのか自身による”ぷろじぇくとH”が開始されたのである。

「谷本隊長って・・相当我慢強いんすねぇ!?」
「俺様は今回無関係だからな、オマエらも見守っとけよ。」
「とばっちり食いますよ。あんなこと言い当てちゃって。」
「なんで俺様が!?冗談じゃないぜ、もう付き合ってられるか!」
「思えば長いですねぇ・・あの二人も。幸せそうなままですが。」
「・・・アホらしいぜ全く。だがもうそろそろ潮時だろうな・・」

新島の予想に松井も横で頷き、健気な谷本に心からエールを送った。


以前この計画を立てたときの友人はとっくの昔に彼氏代わりしている。
元から可愛い子だったから、失恋してもすぐに次の彼氏ができたのだ。
そんな話は日常茶飯事。ところがほのかといえば、相変わらずだった。
すっかり友人たちからは変人扱いされている夏に内心悔しくて堪らない。
ほのかだって少しくらい彼女らしいことを望む権利は大いにあるはずだ。

「なっちー!どこー!?・・今日は早いって言ってたのに・・」
「台所に居たぞ。オマエが早すぎなんだよ!」
「おっ!?イイニオイv新作だ!」
「食え。今回のも結構イケルぞ。」
「モチロンさ!食べるとも!」
「機嫌がいいな。何か企んでるか?」

ほのかはぎくりとしたが、なんとかそれを誤魔化した(つもりだ)。
鋭いな、相変わらす・・と感心もしたが、口に出さずに受け流す。
美味しいスイーツに舌鼓を打った後、計画に移すべく身構えた。

「ね、なっち。もうそろそろいいんじゃない?」
「何が。あぁ・・またそれか。」
「コホン・・今回はほのか考えてきましたぞ。」
「なんか計画したってか。まぁいい。言ってみろ。」
「ほのか友達と賭けをしてきたのであります。」
「ふーん・・それで?」
「なっちがしてくれないとほのか罰ゲームなの。」
「あ、そう。なら慰めてやるから罰受けて来い。」
「ぶっぶーっ!ダメなんだよ。罰ってのがねぇ・・」
「何なんだ。」
「ほのかなっちと別れたくないです。」
「よくそんなしょうもないことを思いつくな。」
「えっダメ!?」
「そんなことオマエが承知するわけない。バカも休み休み言え。」
「・・なんだ、これもダメか。つまんないの・・」
「はぁ・・いつまで続くんだ、このガキの遊び。」
「ほのかってそんなに成長してない?・・みたいだね。」

ちらりと窺った夏の顔はどちらかというと呆れ顔だ。
怒るよりマシだが、はっきりいって面白くない。あっさりと負けだ。

「もうあれから2年になるよ。それでも?」
「オマエ自身が変わりないからな。」
「キスくらい・・してくれたっていいじゃないか。」

ほのかは心底思いつめた表情で訴えてみた。これも計画の内だ。

「・・芝居するな。オレも何度か試みたんだが気付いてないだろ?」
「ええっ!?いつ!いつそんなこと・・ほのか試されてたのっ!?」
「今のリアクションは本物だな。そういうことでまだだってこと。」
「ヒントは!?ねぇ、お仕置きでもいいからさぁ・・!」
「は〜っ・・そもそもなんでそういうことしたいんだ?」
「・・なっちのこと好きだからに決まってるじゃない。」
「それも嘘じゃない、と・・・なら・・・」
「・・?」

夏が立ち上がったかと思うともう眼の前だ。驚いて目を見開く。
顔が近付いて、ほのかは思い切り身構えた。もしかして!?
期待してはいたが、こんなに唐突だとは思わずに内心大慌てだ。
しかしどうしていいかわからず、結局うろたえているのが一目瞭然。
相変わらず端整な夏の顔が胸の動悸に拍車を掛け、パニックを呼ぶ。

”えーい!こんなことくらい・・平気なんだからっ!”

ほのかは目蓋をぎゅっと下ろした。両手は膝の上でかたく握っている。
本人は気付いていないのだが、緊張で小刻みに体が震えてもいた。
夏はふぅと小さく溜息を漏らした。わかってはいたがやるせない。
変わらずにいて欲しいと望んだのは自分だが、実は最近厳しくなってきた。
中身はともかく、ほのかだって成長する。可愛いだけでない部分も増えた。
無自覚のまま誘惑されて久しい。キスくらいしてやればいいとも思う。
だが少しずつ様子を見つつ距離を縮めると、無意識にほのかは逃げるのだ。
こんなに緊張していられると居た堪れなくなって結局・・手が出ない。
この頃は昼寝もしなくなってきたので、こっそりとという真似も出来ずだ。

ほのかはじっと待っていたが、一向に変化が起こらない。
なのでそうっと目を開けると、夏はさっきより遠くなっていた。

「なっち・・してくれるんじゃなかったの?」
「もう少し・・なぁ、そんなに怖いか?」
「怖くなんかないよ。言ってるじゃないか。」
「口ではな。・・わからないのか?震えてること。」
「え?そんなことないもん。平気だし・・」
「そりゃ簡単だけどな。怖がってようがオレからなら。」
「わかった。ならほのかからする!それならいい!?」
「・・無理するな。やり方わからないんじゃなかったか・・?」
「わかんなくてもする!じっとしててよ、なっち。」
「・・・・・」

夏は考えているようだった。だがしばらくして黙ったまま目を閉じた。
ほのかの胸がキリキリと痛む。自分で言い出しておいてなんだこの動揺は!
いざとなったら震えているということを自覚した。伸ばした手を見たのだ。
夏の顔に触れるのは諦めた。震えているのが伝わればきっとダメ出しされる。
じっとしている夏は彫像のようだ。綺麗だな・・とやはり見惚れてしまう。
自分は夏にどんな風に見られているかとふいに心配になった。
夏の方が余程綺麗で、自分はどちらかというと・・そうではないと知っている。
急にそのことが心配になった。目を閉じてしまった顔を自分では見られない。

”う・・もしかしてほのかも見られるよね?なんか・・すごく・・いやかも”
”なっちはほのかのどこがいいんだろう・・もしかしてそれで今まで・・”

してくれなかったのは自分に魅力がないせいではないのか、そう思った。
途端にほのかの期待や何かがしぼんでゆく。キスしたくなかったから・・
そう考えた方が自然な気がして、気付かないうちに涙が零れていた。

夏は案の定躊躇しているとわかって静かに目を開けた。すると泣き顔だ。
まだ触れてもいないのに、悲しそうな顔は夏の胸を抉る。思っていたこと、
それは・・ほのかが怖がるのが他ならぬ自分だから、ということだ。
自分の本性を知っている。だからこそほのかには相応しくないのではないか?

”オレでいいのかどうか・・そうだそれで迷ってたんだな、ずっと・・”

”なっちが心配しちゃう・・またキス・・してくれないよ、きっと・・”

震えは治まっていたが、ぼろぼろと落ちる雫が”無理”だと告げる。
ほのかは情けなさでいっぱいだった。確かに夏の言うとおりかもしれない。
自分はこんなに頼りない子供なのだ。だからしてもらえなくて当然だと。
そう思っていたとき、温かい感触に唇が触れ、そして全身が泡立った。

”・・・・・あれ?・・いま・・!”

まだ頭ではよく理解できていないほのかだが、次の瞬間抱きしめられていた。
緩やかな動作だったが、抱きしめられてまた震えてしまうが離されない。
今度こそ確実に唇が触れたとわかったとき知らずほのかは目を閉じていた。
初めての感覚と温かい温もり。少し痛いくらいの夏の腕を感じる。

ぼやけた視界だったが、目を開けたとき見えた夏の顔はいつもと違った。
至近距離で見詰められてほのかはまたもや動揺してしまうが抵抗できず、
丁度当たる夏の胸の辺りのシャツを握り締めるくらいで精一杯だった。

「・・・もっと早くしとけばよかったな。」

ほのかの耳に唐突に聞えた夏の声。意味が飲み込めずに見詰め返す。
するとまた抱き寄せられて、今度はほのかも小さく悲鳴を上げて抵抗した。
ところが夏は離すどころかさっきよりも抱きしめてくるので驚いた。

「なっち!も、いい。もうこれ以上は・・無理。離して!」
「なんか余計なことばっかり考えて身を引きそうになってた。」
「・・え!?やっやだ!ほのかのこと手放す気だったの!?」
「そうかもしれん。だがそれはやめだ。離したくない。」
「そうだよ!やっと・・やっとなのに。離しちゃダメ。」
「さっき離せと言ったぞ?」
「そうじゃなくって!」

必死になって訴えるほのかが可愛くて夏はもう一度顔を近づけた。
だがまさかの抵抗だ。ほのかはイヤだと顔を背け、ショックを受けた。

「なんだよ、散々しろって迫っていたくせして!」
「もういい。イヤ!心臓がもたないもん・・!?」
「なんだそんな理由か・・驚かせやがって。」
「なんだじゃないよ、ほのかもういっぱいだってば。」
「オレは全然足りてないんだ。」
「今日はもうお終いなの!また今度。」
「・・ヒドイヤツだな・・オマエ・・」


ようやくの春はまだ本番前といったところ・・・








この次はちょいとシリアス。未来版に続きますv