Prime of love  


違和感がする。服のボタンがずれていたり、間違い電話、
道の途中でよく似た人に声掛けてしまったようなそんな。

意外に冷静な自分をほのかは意識した。しかし体は動かない。
不安と期待とでごちゃまぜの感情に途惑っているのだ。
そして抗えない力で押さえつけられているせいでもあった。

違和感はある。些細なことで冷静な判断を乱されたばかりか、
何時に無く真剣な眼差しに揺さぶられ呆気なく陥落した自分に。

想いを確かめて口付けを交わすようになってまだ間もない。
想う相手に求められることが互いにとって嬉しくないはずはない。
ただ、その想いに任せて簡単に何もかもを手に入れることを拒んだ。
幼さの残る器は確かに日々女らしさを増していってはいるものの
確かめ合う程に臆病になり、歯止めが掛かる。そんな日常だった。

ついさっきまでは。夏は自分の熱くなった体とほのかの緊張で
冷たい肌との差に違和感を覚え、冷静になるとストッパーが下りた。
流されて乱した着衣から己の浅ましい欲望が覗いて見えていた。
ほのかの鎖骨下に鮮やかに浮かんでいる紅は自ら落とした証だった。

一方ほのかにとってはいきなり押し倒され、あっという間の出来事。
意識して誘惑したわけではなく、会話をしていただけなのにと思える。
しかし押し倒され、圧しかかる大きな体と手、そして唇は烈しく熱かった。
結ばれていたスカーフが解けて襟元を広げられた後、痛さに目を閉じた。
何をされたかわからなかった。熱い針に刺されたような感触だけだ。
夏がそうしたことはわかっている。違和感はそのとき襲ってきた。

ようやく自分が何をされそうになっているかがわかったからだ。
呆然としているほのかを見下ろした夏の目には鮮やかな烙印。
自分が初めて落とした生々しい印は、その先の悦楽を垣間見せた。
ところが、先を急ごうとする体を制したのは同じ自分だった。
夏が故障したロボットのように停止してしまったことにほのかが気付いた。

「なっち・・?だいじょうぶ・・?!」

ほのかの声は掠れて小さかった。はっとして繋ぎとめていた体を浮かせた。
解放されてもほのかはじっと固まったままで、夏を気遣う視線を投げていた。
ほのかから飛びのくように離れた夏は、そのまま背中を向けてしまった。
起き上がり、その背中に触れようとしてほのかは手を引っ込めた。

「なっち・・ねぇ、なんでそっち向いちゃったの?」

触れる代わりに声を振り絞って訊いた。少し声が震えている。
息を整えようと深く吸って吐いた。そして意を決したように再び声を掛けた。

「なっちぃ・・すき。」

唐突な告白に夏の大きな背がびくりと跳ねた。
それでも振り向いてくれないことに少々落胆しながらほのかは続ける。

「なっちぃ・・こっち向いて。だ・・抱きしめて?」

思い切って告げた言葉だったが、夏は黙ったまま反応を返してくれず、
ほのかの目に込み上げるものがあった。それでも諦めずに今度こそと手を伸ばした。
今まで夏に触れることを躊躇したことなどなかった、そう不思議に感じながら。
ぎこちなく、震えてもいたが夏の背に自分の指が届くと、ほっとして吐息が出た。
すると、徐に夏が振り向いた。泣き出しそうに見えてほのかは胸が詰まった。

「・・・抱きしめて・・いいのか?」
「うん!急に離すから・・寂しい。」
「どうなるとこだったか・・わからなかったのか?」
「ううん、わかった。だから寂しいんだと思う・・」
「抱いてほしかったって言うのかよ・・」
「そう・・だと思う。」
「できない。・・まだ。」
「そうか・・けどまだってことは、希望はあるね?」
「アホゥ・・」
「だってなっちは・・ほのかのだもん。そうでしょ。」
「なら、好きにしろ。生かすも殺すもおまえ次第だ。」
「じゃあえっちして、っていうのは無理なの?」
「ダメだ。まだ・・待てと言ってんだろうが。」
「さっき危なかったくせに・・!」
「それは・・・・ほんとにアイツに好きだと言われたのか?」
「うん、ほのかのことダイスキだって言われたよ。」
「・・・正直達人クラスだからな、アイツに勝てるかどうかはわからん。」
「ほのかが奪われちゃったら、タイヘンって思って焦った?」
「奪うのはオレだ。達人だろうが関係ない。そこは譲れん。」
「そうかぁ・・びっくりした。急に・・どうしたのかなって・・」
「すまん。かっとなって・・抑えられなかった。」
「だから慰めて。ほのかちょびっと・・おっかなかったんだぞ。」
「思い切り吸ったしな。悪い・・その跡、隠してくれ。」
「え・・あ、ほんとだ。どうして隠すの?」
「・・・また押し倒されないようにだ。」
「これ見るとだめなの?どうして?ほのかが脱ぐのとどっちがだめ?」
「脱がれるよりマズイ。それは。」
「わかんない。なんでか教えてよ。」
「うっせぇ・・噛むぞ!」
「どこを?!」
「とにかく・・仕舞って・・制服直してくれ、頼む。」
「なぁんだ・・お終いなの?」
「悪かったなっ!」
「なっちが知らない人みたいだった。」
「・・・そんなに怖かったか・?」
「ううん。だいじょうぶだよ。」
「無理しなくていい。」
「怖くてもいいのに。」
「・・・・」
「この跡、大事にとっとくね。」
「そんなの消えるぞ。そのうち」
「そうなの?つまんないね、それは。」
「消えていいんだよ、繰り返し付けられるから。」
「なるほど!なっち、いつかいっぱい付けてね?」
「そんな明るく・・おまえやっぱりよくわかってないだろ!?」
「わかってるもん。なっち、ご遠慮なく。ほのかもなっちのだから。」
「・・・・・・・・・ったく・・・」

いつもより乱暴に夏の腕がほのかの肩を引き寄せた。
さっきよりは多少加減したが、悲鳴が上がる。それでも覚えていた
違和感はなくなり、ほのかは緊張していないことを夏は確かめていた。
ツンと押された唇に両頬がゆるんだ。ほのかの表情が幸せの形に変わる。
ほのかが目を閉じるのを待って、それから夏もゆっくりと目蓋を下ろす。
重ねて、わずかずつ丁寧になぞっていく。吐息と共に空いた隙間に
忍び込む舌をほのかが迎える。何度目か忘れたが随分慣れたなと思う。
二人で互いをじっくりと味わった後、離れるときも穏やかだった。

「はぁ・・」
「・・慣れたな。」
「ううん。どきどきはひどくなってるよ?」
「また・・そういう確かめたくなるようなことを言うな。」
「あ、そうか!確かめる?いいよ、触っても。」
「・・いい。」
「今迷ったでしょ!」
「う・煩い!」
「やせ我慢。」
「してねぇ。」
「すきだよ。」
「・・・も一回。耳元で。」
「ぷぷ・・なっちって・・いじめられたい人だったりして。」
「リベンジがあることを忘れるな。」
「楽しみ過ぎるよ。だから待ちきれなくなるんじゃないかあ!」
「ひょっとして・・オレは自らハードル上げてるってわけか。」

くすくすと体を捩って笑い出したほのかの耳たぶを夏が噛んだ。
「いたぁい!」少しも痛そうに無い声でほのかは夏の首にしがみつき、
ぱくりと夏の耳にお返しをすると、「だいすき」と甘い声で囁いた。

「もう一回?」
「いや、いい。」
「なぁんだ・・」
「こっちの番だろ?」

二人だけの時間が密やかに流れる。もう間違っていないと互いに感じた。








バレンタイン用のはずだったけどバレンタイン関係ねえ!
ってことで、また書き直しますが、これはこれでアップ。
実はたまにはフライングしてもらいたいほのかです。(笑)