「Please help me!」 


ついうっかりしちまうことがある。
傍に居るほのかに無意識に触れてしまう。
気付かれない場合が多いが、最近は変化があった。
びくっとリアクションが返るときが増えたのだ。
怖がってるってほどじゃない、向こうも無意識だろう。
まるっきり警戒心のなかったコイツには快挙だと思う。
しかしそうなると嬉しい反面、厳しいような状況になってきた。
コイツの前ではよく素が出ちまうことが多いから。


大きな眼でオレをじっと見られるのは結構ツライ。
ほとんど何にも考えてないときだ、無防備さに眩暈がする。
ひょいとオレの腕に凭れるのは癖になってるんだが、
この頃育ってきた胸の辺りが触れると流石に動揺しちまう。
色んな方法で思考を中断することがかなり上達しちまった。
振り向き際にくすぐる髪も、小さな指先がかすめるときも
思わず引き寄せてしまいそうになる、ヤバイことに。
何度か危なかったこともある、そのたびにヒヤヒヤする。


近寄るなとか言っても今更無駄だとわかっている。
ほとんど無意識なときにやられてるから伝えようもない。
なるべく”かわいい”とは思わないようにしてる。
バカみたいにそんなことばかり思うオレは相当ヤバイ。
困ったもんだと思っていたら隣で溜息を吐くのに気付いた。


「オマエ最近どうしたんだ?」
「へ?・・何がだい?!」
「何って・・溜息吐いたり、ぼーっとしたり・・」
「そ、そお?悩めるお年頃なもんだからさー!へへ・・」
「悩みだ・・?何悩んでんだよ、言えないことか?」
「う、ウン・・その女の子のモンダイなのだよ。」
「ふぅん・・たいしたことねぇんならさっさと解決しろ。」
「そんなに変?もしかしてうっとうしい・・?!」
「・・調子狂うっつうか・・らしくねぇから。」
「そうなんだよねぇ・・実はほのかもそう思うんだよ。」
「なんだそりゃ?」
「なんなんだろうねぇ、まったく・・そだ、オヤツにしようよ!」
「もうそんな時間か?まだ冷えてねぇかもしんないぞ?」
「ちょっと様子見てくる!待っててよ、なっつん。」
「あぁ・・いいけど・・」


なんだろうな、アレって。ごまかしてるつもりらしいが。
元気がないのはどうにも気になるし、どうしてやればいいのか悩む。
オヤツでも食って元気が出ればいいと思う。単純なヤツだしな。
そう考えていたら二人分のプリンを嬉しそうに運んできた。
ほおばる顔はいつもどおりのリラックスしきった顔でほっとした。
美味そうな顔を見るとオレもついつられて笑ってしまう。

「ま、食ってその顔してるんなら大丈夫みたいだな・・」
「え!?そ、そうだよ!心配性だねぇ、なっつんてば。」

頬についたカラメルソースをうっかりまた指で拭ってしまった。
小さく悲鳴を上げて飛び上がるほのかに”しまった”と思った。

「・・んだよ、そんな驚くか?!」
「ごご、ゴメン!ちょっと最近おっかしいんだよね、ははは・・!」

悪かったなと、謝るのもなんだか妙かなと思い留まるが、
せっかくリラックスしていたのに申し訳ないような気になった。

「もしかして今オレが触ったからか?」
「え?ち、違うよ!なんでそんな・・」
「オマエ慣れない嘘とか吐くなよ、バレバレだ・・」
「ホントだってば!ほっぺにカラメルでも付いてたんでしょ?ありがと!」

一生懸命に言うほのかになんと言っていいやらと頭を抱えていると
気を遣ったのか、いつもみたくオレの腕にしがみついてきた。

「やだなぁ、なっつんてば気のせいだってー!」
「・・・へぇ・・そうか?」
「え・・あ!」

やわらかな身体の心地良い重みにくらっとする。
良く知ったこの重みをオレのものだと主張するように腕が取り囲む。
”ダメだ、やめとけ!”と頭では阻止しようとしてはいるのに。

「わーっ!!なっつんすとっぷ!助けてっ!」
「・・なんだよ、まだなんもしてねぇぞ?」
「なな何する気さ!?ちょっと待ってよ、驚いたし!」
「驚き過ぎだ。」
「そ・そうだけど、ダメなんだよ、ほのか最近おかしいんだよっ!」
「おかしい?」
「ウン・・なんかものすごく・・そのどきどきしたり・・して・・」
「ふーん・・・」
「あのね、なんか暢気そうだけどこっちは切実に困ってるんだよっ!?」
「どう困ってんだ?」
「どうって・・落ち着かないっていうか?なっつんが近付いたくらいで変だけどさぁ?」
「悪かったな、オレごときで。」
「何拗ねたみたいに・・そういうことでなくってぇ・・」
「いつだってオレにしがみついたりしてるくせに。」
「そ、そうなんだよ!おっかしいよね!?もうなんだろね、これ。」
「噛み付かれたことだってあるぞ、オマエに。」
「あー・・そういえば・・」
「さっぱりわからないのか?」
「んと・・・なっつんなんでだかわかる?」
「まぁな。」
「えっそうなのっ!?・・教えてよ。」
「自分で気づけ。」
「む・なんだい、ケチンボだなぁ!」
「やれやれ、まだまだ・・だな。」
「何が!?」
「教えてやるかよ、ばーか!」
「なんだとー!?なんて感じ悪いんだ!」

からかうというより、オレの真意を悟られたくなくてそう言った。
少し元気を取り戻したらしいほのかを今すぐ離してやるべきだと思う。
そうすればこれ以上しんどい思いをしなくて済むのに、腕は言うことを利かない。
抱きしめたい衝動を抑えきれずに引き寄せた身体が緊張して強張った。
驚いて両手でオレから逃れようとするほのかの華奢な腕とか弱い抵抗。
ダメだと制する頭を無視して余計に力を込めようとする腕に泣きそうな声が響く。

「・・なっつん・・!ちょっ・・お願い!離して?!」

そうだ、離してやらないとダメだとほのかの怯えた顔が歯止めを利かせた。
”ごめんな”と頬を一瞬だけ唇で掠めると、身体の硬さと裏腹に柔らかだった。
戸惑いで目線が泳いでいた。オレの目を見れないというように・・
心を落ち着けてゆっくりと名残りを惜しむようにほのかから離れた。
一気に染まった赤い頬を押えて、ほのかが解放されたことに気付いてはっとする。
ようやく目線が定まって、オレをおずおずと見上げた目が問い掛けていた。

「何・・?・・なんで?」

自分でも考えてしたことでなくて、どう説明していいのかわからない。
しかしなんとかして気持ちを落ち着けてやらなければと内心焦った。

「ちょっと・・その・・悪い。」

うまく言えずにどうにも締まらない台詞になった。

「いきなり悪かった。もうしねぇから安心しろ。」

こんな言葉で納得してくれるかどうか疑わしかったが、ほのかは黙って聞いていた。
その目は大きく澄んでいて、さっきのような怯えが消えているように思えた。
”綺麗な目だな”といつも思う、真直ぐに見られて射抜かれるようでいて心地良い。
満足に落ち着けてやれたわけでもないのに普段を取り戻してくれたほのかに手を伸ばし、
いつもより優しく髪を撫でた。”ごめんな”と”ありがとう”の入り混じった想いで。
ほのかはそうすると微笑んだ。オレの大切な笑顔がまた胸を甘く刺す。

「なるだけ気を付ける。けど、無意識に触れたときはカンベンな?」
「・・・ウン・・ごめんね?ほのかね、嫌なんじゃないんだ・・・」
「わぁったよ。」

なるだけ普通に言えただろうか?オレは少々煩い内心と闘っていたんだが。
ほのかから警戒心が消えて、ほっとしたような安堵感が伝わってきた。

「あのさ・・なっつんて・・なんか、”お兄ちゃん”みたい。」
「・・・あんまうれしくねーなぁ・・・」
「ちょっと違うかな?・・あれ?でもどきどきは・・止まらないなぁ?」
「あんま考えるな。オマエが困ることならしねぇよ。」
「・・・ありがとう、なっつん。・・なんかすごく・・優しいねぇ。」
「何言ってんだ。」

”優しいのはオマエだろうが”と思ったが、口に出すことが出来なかった。
頼りない”お兄ちゃん”だ。というか、こんな危険な兄はいねぇよと思った。
ほのかはもうオレを警戒しないだろうか?またいつものように”妹”みたいに?
それはそれで嬉しくないでもないが、やはり今では不満が勝ってしまう。
いまでもこの腕はオマエを傍へと引き寄せたがっているんだぞ?
”努力する”けど、いつか”助けてくれ”と悲鳴を上げるのはオレかもしれない。
オマエの笑顔が曇らないように、泣かせてしまわないようにと心の中で繰り返す。
”まだだめだ”とそして”いつかきっと”と。







「Don't touch me!」の夏くんサイドのお話でした。
そちらも併せて読んでいただけると幸いです。
この後のお話はまだ未定ですが、もしかしたら続くかも・・
その場合は注意書きを付けますね。どうぞよろしくですv