「A pleasant evening」 


例によってほのかが言い出したのは「コンサート連れてって!」
ライヴとかではなく、音楽教師の課題とやらでクラシックのだ。
近所だし、そんなに夜遅くないとかなんとか既に行く気満々だ。
「友達と行けよ。何でオレが連れてかなきゃならないんだよ?!」
取り合えず反抗してはみたが、「だって夜だよ、危ないじゃないか。」
つまり保護者代わりってわけだな、まぁいつもそんなものだが。
結局はほのかに押し切られて出かける羽目に陥るのが情けないとこだ。
「オレの自由がおまえに奪われていってる・・」
ついぼやいてみたが「楽しみを増やしてあげてるんだじょ!」と切り捨てられた。
時々ぶん殴りたくなるのを堪えて、頬を抓る程度で我慢してやった。

「なっつん、早く早く!」
「急くなよ、慣れない靴で足痛いとか言ってたくせに。」
「もう大分慣れたから大丈夫だよ。」
「調子に乗ったらこけるぞ!?」
「んじゃ、なっつんに掴まるよ。」
「・・・しょうがねぇなぁ・・」
ホールでコートを脱ぐまでほのかがそんな格好だとは気付いていなかった。
クロークから戻るなり「おめかししたんだじょ!どお!?」と短いスカートの端を摘んで言った。
「・・・寒そうだな?」
「中は寒くないもん。なんだよ、それが感想かい?!情けない・・」
「情けないとは何だ。どう言えってんだよ!」
「えぇ〜!?こういうときは褒めるのが紳士の常識じゃんか。」
「知るか、そんなの!」
まぁ多少はその・・いつもと違って見えて新鮮だと思わなくも無かったが。
だが歯の浮くような台詞はコイツ相手にはどうにも言い辛かった。
躊躇しているとほのかに声を掛ける者が居て、どうやら学校の教師らしい。
「白浜さん?!まぁ、綺麗にしちゃって見違えたわ!」
「わー!藤崎センセー♪ありがとーです。先生も気合入ってるね〜!!」
「ありがとvところでステキなエスコート役のこちらは?」
「友達で相棒のなっつん!」
「なんつう紹介だよ、それ・・;」
開演に助けられてその場はすぐに逃れたが、どうも誤解されたような気がする。
「おまえ、ちゃんと説明しとけよ?オレはたんなる引率者だってこと。」
「へ?何で!?」
ほのかはきょとんとした顔をしていつものようにオレに腕を絡めながら言った。
「おい、そうくっつくなよ。だから誤解されんだ・・」
「だってこけたらだめって心配するじゃん。で、何を誤解されるの?」
「・・・イヤ・・考えすぎか・・?」
「変ななっつん。始まるよっ!」

そう拙いものでもない演奏が終わって帰る間際にまたさっきの教師に出くわした。
「白浜さんをちゃんと送り届けてね。お役目ご苦労様!」と声が掛かる。
その言葉にどうやら妙な誤解はされてなさそうでほっとする。
オレは何を心配してたんだろうなと思うと可笑しくなった。
上機嫌なほのかはやっぱりオレの横に張り付いていたが、放っておくことにした。
実は普段見えない背中やら腕やらがやけに白いなとかが気になってつい見てしまったり
見慣れない靴のせいで細い足首が頼りないなと感じてしまったりと少しオレはおかしい。
おまけにふわふわと揺れるほのかの短い服の裾がどうにも落ち着かない気分にさせた。
「足大丈夫か?」とついじっと見ていたことを誤魔化すように尋ねた。
「うん。あ、そうだ。ほのか忘れ物なの。これからなっつん家行こう。」
「は!?そんなもん明日にしろよ!」
「だって宿題だもん。それと晩御飯今日はなっつん家で食べていい?」
「そういうこと今頃言うか!?なんでオレん家なんだよ!?」
「お母さんお友達とご飯で居ないんだった。お父さんが出張中だから。」
「飯って・・何もねぇし。・・どっかで喰ってくか?」
「なっつん家がいい。ほのか何か作ってあげる。」
「・・はぁ・・なんでこうなるんだ・・」
「ごめんよ。でもほのかはいっぱい一緒に居られてらっきーだじょ♪」
いつも言ってることなのに、何故だか頬が熱くなった。やっぱおかしいな、オレ。
って、そこで気付いた。妙に可愛いと感じる今日のコイツを連れて帰る!?
どうってことない、いつものことだってのに・・・やけに動悸が・・!?
「どうしたの?お腹空いた?ほのかもぺこぺこ!そだスパゲッティ作ろうか!?」
「・・おまえは湯でも沸かせ。オレが作る方が早い。でもって喰ったら即帰れ。」
「えぇ〜・・宿題は!?」
「この上それも手伝わせるつもりだったのかよ!?そんなもん帰ってしろ。」
「いいじゃん。まだそんなに遅くないし、明日はお休みだし。」
その必殺・・じゃねぇや、嬉しそうな笑顔止めろってんだよ、つい絆される。
「見てやるから宿題は明日だ。わかったな!?」
「了解しました!なっつん殿。」
中身はいつものコイツなんだから、オレも冷静になりゃあどうってことねぇ。
そう言い聞かせてほのかを腕にくっつけたまま帰ることになった。
「なっつんが一緒だとあったかいから冬は最高だね!?」
「・・・夏もなんとかで最高とか言ってたぞ・・?」
「あ、そうか。そうだった、夏はね、大好きな季節だしね!」
「キライな季節なんてないんだろ、実は。」
「んー・・そうだねぇ・・なっつんが一緒だとどれもいい感じv」
「何だよ、それおだててるつもりか?!」
「違うよー?あっもしかして嬉しかったの!?」
「!?・・・ちげーよ・・」


結局随分遅くに送って行った。「また明日ね!」とほのかがいつもみたいに手を振る。
随分長いこと一緒に居たはずなのに、その言葉にどことなくほっとしていた。
面倒ばっかり押し付けるくせに、不思議なヤツだといつも思う。
居ないと清々しそうなもんなのに、笑顔がぽんと思い浮かんできたり。
今日のほのかだって別にどうってことないいつものアイツで。
けど帰り道に浮かんでくるのは、その日の見慣れない服を着たほのかだった。
振り向いたときの笑顔も何処と無く違う気がした、何故だかわからないが。
項の白さも首の細さもほんの少し色を載せた唇もどこか何かを誘うようで・・
きっと明日は全く普段のままで子供みたいな無邪気な顔してやって来るだろう。
そしてそのことにオレは安心するんだろうか?
ウチを出る前、ほのかが思い出したようにオレに問いかけた。
「そうだ!せっかくおしゃれしたのになっつんに何にも褒めてもらってないよ!?」
「何を褒めろってんだよ、服かよ?!」
「なんでもいいんだよ、ほのかを嬉しがらせてよぅ!」
「学校の教師が褒めてただろ?」
「あのねぇ、なっつんのために頑張ったんだから、なっつんが褒めなくちゃ意味ないよ。」
「オレのため?」
ほのかは「んもぅ・」と呟きながら大げさにこっくりと首を傾けた。
「えっと・・その・・たまにはいいんじゃないか?・・そういうのも・・」
「・・似合うってこと?」
「いつもよりちょっと・・」
「何?」
「う・や、だから・・」
ほのかが首を横に傾げて眉を少し下げてオレを見つめた、とても印象的だった。
普段そんなことしたっけな?と自問してみるくらい、そのちょっとした仕草が・・可愛くて・・
「なっつん、もういいよ。でもたまにはおしゃれしてもいいんだよね?ほのか。」
「あ、ああ。たまにならな。でないと・・」
「でないと?」
「なんか、落ち着かねぇよ。」
「ん?ん!?・・よくわかんない・・」
「ほんのちょっと大人しいカンジがすんだよ、つまり。」
「そお?ふーん。元気な方が好き?」
「えっ・・そ、その・・別にどっちでも・・」
「どっちもってことはぁ・・今日みたいなのも好きってこと?」
「う・・わ、悪くない。」
苦し紛れに言った答えにほのかは意外にあっさりと喜んだ。
「そうか!よかった。うん、ありがとうなっつん!」
照れたように頬をすこぅしだけ染めて、ほのかがオレの腕にまた擦り寄ってきた。
「な、なんだよ!?」柔らかい腕と髪と頬にどんと胸が音を立てた気がする。
「嬉しいからプレゼントあげるね?」
ほのかがよいしょと背伸びをして、オレの頬にちょんと唇を押し付けた。
不甲斐ないというかなんというか・・オレは固まってぼけっとほのかを見つめた。
「なっつんがちょびっとでも可愛いって思ってくれたら大成功なのだ!だからご褒美。」
「ふ・・ん・・偉そうだな。」
やっとの思いでそう言った。『可愛い』なんてこと特にいつも思ってないけど・・
”帰しちまうのが惜しい”かもなんてことをはっきり思ったのは初めてかもしれない。
しかしその思いがあまりに気恥ずかしくてオレは顔に出ていないかと不安になった。
「か、帰るぞ。もう遅いんだからな!」とほのかに見られないように先に玄関へ向かう。
「待ってよー!コート着るからー!!」と後ろで慌てた声が聞こえる。
どうすればこの落ち着かない気持を抑えることができるだろう?
その晩は何か思いがけないものを手に入れたようなそんな気のする夜だった。






なっつんの「お持ち帰り」を書いてみたんですけどいつものことだな、これ。(笑)
可愛い子の世話を焼くのは楽しいでしょうが、気疲れもあるでしょうなぁ。
まだなんだか変だな〜!?くらいの夏ほのがそれっぽいと思いますですね。(^^)