「赤いハナのトナカイ」 


ほのかはその日、自分よりも背の高いモミの木を見上げ、
谷本家の居間で鼻歌混じりにツリーの飾りつけをしていた。
色んなクリスマスソングを次々に歌ってご機嫌だった。
そしてそんなほのかのところへ良い香りが漂ってきた。

「あ〜っイイ匂い!なっち、今日のオヤツなあに!?」
「焼きたてだ。休憩しろ。」
「わーっVvフォンダンショコラだーっ!!」

フォークを入れると中からトロリと溶けた温かいチョコ。
バニラアイスが添えられ、温かさと冷たさ、バニラとチョコの
絶妙の差がバランス良く舌を刺激し、ほのかの頬を弛ませた。
その様子を満足そうに見つめた後、夏はツリーを見上げて言った。

「もうツリーの飾りつけは終わったのか?早かったな。」
「ウン。あっそうだ!今年はほのかトナカイになるよ!」
「ハ・・?トナカイ!?」
「会長さんに言ったら着ぐるみを貸してくれるって。」
「色々突っ込みたいが・・まずは何故トナカイなんだ?」
「可愛いでしょ?ほのかね、『赤鼻のトナカイ』が大好きなのだ。」
「・・・だからってトナカイになりたいってのがわからん。」
「そお?なっちがサンタさんで、ほのかがトナカイなの。」
「まさかプレゼントを配り歩くとか言うんじゃねぇんだろうな?!」
「あっそれもいいね!?」
「カンベンしろよ・・;」
「まぁそれは今度にする!」
「そうしろ。」

すっかりその気になっているほのかを見つめて夏は肩を竦めた。
ほのかは毎年何かしら思いついては夏に提案し、実行してきた。
既に逆らおうなどという気持ちは残っていない。夏は達観している。
色仕掛けと称する過去の方向違いの作戦よりは遥かに評価できた。
中学時代のほのかはずっとお色気路線から離れられず、夏を困らせた。
当然そんな作戦は成功することはなかった。しかし今となっては・・
はっきりと危険である。なので着ぐるみへの転向を無碍にもできなかった。

「・・着ぐるみって全身なのか?」
「内緒。クリスマスのお楽しみだよ!?」
「ふ〜ん・・」

ところがその年のほのかは学校の体育の授業で脚を捻挫してしまい、
予定していた計画のほとんどが頓挫する羽目になり、べそをかいた。
あんまり意気消沈するので夏は仕方なくイブの夕刻に迎えに行った。

「夏くん、ごめんなさいね!色々と・・」
「いえ、それより本当にいいんですか?」
「ええ、今年はお父さんと私は久しぶりに二人で食事の予定なの。」
「それは素適ですね。」
「ほのかが今年も夏くんとこに行くっていうからいじけちゃってねぇ・・」
「っ・・申し訳ありません。」
「大丈夫よ、私も独身の頃みたいに甘えてお父さんのご機嫌取っておくから。」
「宜しくお伝えください。少し遅くなるかもしれませんがちゃんと送ります。」
「大丈夫よ、ゆっくりで。」「ほのか、あんまり困らせないのよ!」
「わかってるもん。お母さんもう出掛ける用意しなよ!」
「ハイハイ・・行ってらっしゃい。」

追い払うほのかに普段の元気が足りない。今回の落ち込みは深そうだった。

「じゃあ行くぞ。ホラ、」
「ウン・・って、抱っこ?杖があるから自分で歩けるよ。」
「この方が早いだろ。」
「えへ・・じゃあお願いしちゃおうっと。」

夏はほのかを抱き上げると杖も忘れず、すたすたと歩き出した。
片手で器用にドアなどを開閉し、ほのかを車の後部座席に座らせた。
夏は大学に入ってすぐに免許を取り、個人の車を購入していた。
会社用は黒くていかめしい車だが、それは意外なほど小型の外国車だ。
色は赤と黒で見た目もおしゃれで可愛らしく、ほのかはひと目で気に入った。
どうやらそのほのかに合わせて見繕ったらしい。座り心地も抜群だった。
そしてまるで長年勤めたドライバーのごとく、夏の運転はとても滑らかだ。
それも今時珍しいマニュアル車なのだが、いとも簡単そうに運転する。
なんでも出来るイメージが以前からあったが、ほのかはその認識を上書きした。

”なっちってなんでも出来ちゃうんだよねぇ・・・それもささーっと・・”

ほのかの胸の内は多少の羨望が混じっていて、自分との差をつい感じてしまう。
昔はそれほど気にしていなかったが、成長するにつれてその落差が気になる。
料理は店が持てそうなくらいになったし、その他の家事もなんなくこなすようになった。
勉強は端から比較できない高レベルだったが、大学に入るとあっという間に
学位は取る、資格も増える、オマケに会社も経営するようになる、などなど・・
夏はとんでもなく”できる”男を更新していって、呆れるほどだった。

それに引き換え・・・・ほのかは何一つ勝る要素を見つけられない。
唯一絶対の自信を持っていたオセロでさえ、勝率を下げていっている。
期待していたほどの美女になれそうもなく、胸の発達も予想を下回っている。
高校生になっても背は相変わらず低くて童顔に至ってはどうしようもない。
化粧なぞヘタにすると滑稽なのでしない。なので余計に周囲との差を感じた。

ほのかはほう・・と長い溜息が出た。

まさかそんなことが理由で落ち込んでいるとは知らず、夏は家に着くなり

「どうした?まだトナカイに未練があるのか?」と、的外れな質問をした。
しかしほのかも説明などしてもしようがないと答えを合わせる。

「だって着ぐるみ、着たかったんだもん。」
「来年があるだろ。っていうかそんな理由でそれほど落胆するってどうなんだ。」
「トナカイになってなっちの役に立ちたかったの。」
「役に?・・トナカイで!?」
「歌にあるでしょ、『赤鼻のトナカイ』って。あんな風にさ。」
「オレの役に立ちたいって、急にどうして・・」
「いつも感謝してるって伝えたくて。」
「家の飾りつけを頑張っただけじゃダメなのか?」
「こんなの・・なっち喜んでる?」
「一人のとき気恥ずかしいものはあるが・・別に悪くない。」
「お料理もなっちに作ってもらったし、何にも欲しいものないって言うし・・」
「料理は慣れたからどうってことない。欲しいものはホントにないんだ。」
「・・・ほのかってさ・・・役立たずかな?」
「なんでそうなる!?」
「迷惑掛けてばっかりのおばかでオチビなガキだもんね。」
「おいおい・・マジでおかしいぞ、オマエ。」
「ごめんよ、愛想尽きた・・?」
「・・いつになくいじけてるヤツにプレゼントしてやる。」
「え?今!?ご飯の後じゃないの?」

ほのかが驚いた顔を見せると、夏は近くのサイドボードから何か持ってきた。
袋を開けて中身を取り出し、取り出したものをほのかの頭の上に被せた。
それは柔らかな素材で作られたシカの角らしきものが付いたカチューシャだ。
そしてその片方の角には赤い花が一輪飾ってあった。

「・・可愛い。」ほのかは紅潮した頬をしてそれだけ呟いた。
「これでトナカイになった。そんでオマエに仕事をやる。いいな?」
「う・ウン!なぁに?何をさせてくれるの!?」
「笑え。そんでいつも通り・・いや今日はもっとオレにワガママ言え。」
「・・・・・・」

ほのかは眼の前で自分にそう命令した夏を見つめた。
自分は座っているので見上げる夏は少し自分に屈んで顔を覗きこんでいる。
その顔は至極真面目で、からかっているのではないと語っていた。
うっかり目の奥が熱くなったが、ほのかはしばらく見つめ合った後、
夏に向かって笑顔を見せた。作り笑いではなく幸せそうな笑顔だった。

「じゃあ・・なっち、ほのかにキスして。」

少し目を丸くした夏だが、すぐにその命令を実行に移した。
屈んでいた顔が近付き、ほのかの座っているソファの肩に両手が置かれた。
ほのかは目蓋を下ろした。優しい感触が唇を覆い、次に強く押し付けられる。
しばらくして唇が遠ざかるとほのかはゆっくりと目を開けた。

「次は?」
「次はね・・抱っこして連れてって。お料理食べる。」
「了解。」

再び抱き上げられたとき、ほのかは夏の頬に唇を押し当てた。
そして首に腕を巻きつけてしがみつくと、耳元に小さな声で訊いた。

「ほのか・・なっちのために・・できること・・あるよね?」
「ああ。オレの傍にいること。これはオマエにしかできないからな。」
「ウン・・ウン!」
「暗い夜道もオマエがいれば・・ってそんな歌じゃなかったか?」
「そうだよ。今宵こそはと喜びました!って。」
「今晩限りじゃないから、そこんとこは違うな。」

ほのかの目には光るものが今にも溢れそうで夏は眩しそうな顔をした。
赤い花を付けたトナカイにもう一度丁寧なキスをして零れた涙も拭った。

「なっち、デザートはなぁに?」
「ケーキもあるが・・リクエストがあるなら作ってやる。」
「じゃあ一緒に作る。フォンダンショコラがいい。」
「またかよ?好きだな、あれが。材料はOKだが。」
「冷たいアイスも付けてね。あったかいチョコと混ぜると最高なの。」
「この間作ったときのがまだ少し冷凍してあるからすぐに出来るぞ。」
「さすがはなっち。用意がいいね!」
「困ったときに役に立つからな。例えばトナカイがへそ曲げたときとか。」
「サンタさんお仕事できなくなる!?」
「そりゃもう。だからいつもご機嫌取ってないとなぁ・・!」
「ほのかのこと好きでいてくれたらいつでもご機嫌だよ!?」
「なんだ、簡単だな。」
「ふへへ・・なっち今日気持ち悪いくらい甘いね?チョコみたい。」
「気持ち悪かったら、もうあんまり落ち込むな。」
「わかった。ねぇ、このお花買ったの?」
「ああ。玄関にオマエが置いたウインターローズは切ったらイカンだろ?」
「当たり前だよ!あれちょん切るつもりだったのっ!?」
「いやだからそれはマズイかと思って近所の花屋で買ったんだ。」
「残りは?これスプレーマムでしょ?花は一枝でもいくつも咲いてたはずだよ。」
「ああ、花瓶に挿してあるが・・」
「どこの部屋?」
「えっ・・いやそれは・・その・・・」

ほのかに白状させられた場所は夏の寝室のベッドの脇だった。
その理由はほのかが帰った後寂しくないようにということだ。
夏は正直かなり気まずかったが、ほのかは大いに喜んだ。

「ほのかこの花好きなの。嬉しい!」
「なんかオマエっぽいかと思って。」
「ウン、丈夫で長持ちするよ。ずっと愛でるように!」
「花を?それともオマエのことを言ってるのか?」
「両方に決まってるじゃないか!?」

ほのかはすっかり元気になってぴかぴかの笑顔で答え、夏も思わず微笑んだ。







クリスマスSSです。眠くて誤字の数々が!(修正と一部改稿しました)すみません;
いじけむしのほのかですが、実は父親似なところを書きたかったのでありますv
とりあえず数年後の夏ほので・・・・・メリークリスマス!!☆☆☆