「ペットじゃない」 


「なんかアレだな〜!」
「アレってなんだ?」
「子犬とか猫の子みてぇ。」
「・・まぁ・・だな。」

新白のアジトでそんなことをぽつりと呟いたのは南條キサラ。
しばらくぶりの会合の後、皆は近況報告などの雑談をしていた。
その呟きを耳にしたのは、キサラの横に居た宇喜田孝造だ。
喉が渇いたと聞いて見繕ってきた飲み物を手にキサラの元へ戻った。
すると独りでぼんやりとある方を見ていた彼女がそう呟いたのだ。

彼女の視線の先には会員ではないと言いつつ参加している谷本夏と
その傍に学校帰りらしい制服姿の小さな女の子がまとわりついている。
白浜兼一の三つばかり下の妹だ。ほのかは準会員扱いの特別待遇だ。
何故なら会員外を主張する谷本を参加させるための要員であるからだ。
会長の新島は早くからその効用を知って利用してきたという裏もある。

高校生男子と中学生女子という組み合わせのため、一見すると引率者と妹。
しかしこの二人をよく知っている者たちの目からすると・・・

「谷本ってさぁ・・あの子の飼い主って感じだよな。」
「そっそれは・・ちょっとヤバイんじゃねぇか?キサラ。」
「さっき猫の子みてえだってのに頷いたじゃねーかよ!」
「そっそうだが、”飼い主”ってのは・・なんかマズイ響きがするぞ・・?」
「見たまんまだ。別に谷本が変態野郎だとは言ってない。」
「おっおい!キサラ、聞こえちまうぞ!?」
「ちっ・・内緒話してたみてぇに言うなよ・・」

しかし当人たちには聞こえなかったらしく宇喜田はほっと胸を撫で下ろした。
彼は個人的にキサラに逆らえない。弱味を握られているというのではなく、
単に思うままわがままで気まぐれな、(彼女自身が愛する猫に似ている)
キサラが彼にとって特別な人だから。要するに惚れているわけだ。
内緒話だとかそんなつもりはなかったが、彼女の呟きを拾ったのが自分一人で
その単語は彼女に近しい存在だと思わせる。少なくとも宇喜田にはそう感じられた。

”内緒話か・・可愛いこと言うな。そんなこと思いもよらなかったぜ・・”

そんな気恥ずかしい想いに少しも気付いていなさそうなキサラをちらと横目で窺った。
キサラはもうその話題に拘っておらず、宇喜田の手から飲み物を取って口にしていた。
いつも通りのつっけんどんな、それでいてどこか甘えてくれているような様子に微笑んだ。
それ以上の会話はなかった。宇喜田は口下手でキサラもまた無口な質だった。
大柄な宇喜田が少々頬を弛ませつつ、キサラの横に佇んでいるのはよくある光景だった。
二人の話のネタにされていた谷本とほのかだが、ほのかはこの二人を眺めつつ相棒に囁いた。


「ねぇねぇ、なっちー!あの二人さ、仲いいよね?!」
「あの二人って宇喜田と南條のこと言ってんのか。・・そうか?」
「ニブイのうちみは〜!この頃ウッキーの片思いじゃなくなってきてるんだじょ!」
「・・なんでそんなことがわかるんだよ。」
「女のカンさ。キサラちゃんは前よりウッキーに気を許していってるっぽいのだ!」
「はぁ・・女のカンって・・一応女だけどなぁ・・」
「またバカにして!ウッキーは頑張ってるじゃないか!?ちょびっと見習いたまえ。」
「オレに何を学習しろってんだ?」
「もっとほのかを喜ばせようと努力するとか!」
「何様だ・・マッタク・・!」
「いたたっ?!人の顔をひっぱらないでって言ってるでしょおが!」
「わけわからんこと言ってるとオヤツ抜くぞコラ。」
「ちょっ・・ヒキョウデスゾ!?ちみこそ何様だね、その態度!」

ほのかの少々生意気な言葉にも意外に真面目に対応している谷本である。
傍から見ると微笑ましいじゃれあいに見えるため、皆は彼らを少し遠巻きにしている。
彼らは”入っていけない雰囲気がある”とか、”見てる方が面白い”だとか思われていた。
そしてまたそのときもじゃれあいが高じてほのかが谷本に怒って噛み付いていた。
当然それを咎める谷本。見慣れた掛け合いに”またやってるよ”といった視線が投げられていた。


「・・確かにあんな場面見てると・・キサラのこと否定できないよな。」

今度の呟きは宇喜田だった。何気なくほのかたちを見ていて思ったまま口に出したようだ。
他のことに気を向けていたキサラだったが、宇喜田の呟きをちゃんと拾っていた。

「なんだよ、オマエだって思うんだろ、やっぱり。」
「えっ?あ、ああ。思う。兄妹っていうよりは・・」
「ペットと飼い主だろ?!」
「う、口にするのはちょっとな;」
「変なヤツ。誰に遠慮してんだ?私しか聞いてないじゃないか。」
「!?・・お・おう・・そう・・だな。」

キサラが言った素直な質問は深い意味があった訳ではないが宇喜田は顔が熱くなるのを感じた。
それを見てキサラは眉間に皺を寄せ、「何赤くなってんだよ!?」と驚きの声を出した。

「いや、すまん。気にするな!」と宇喜田は言い訳もせずにそのまま口ごもった。
「なんなんだよ!?私だけって・・・それしか・・・・言ってない・・だろうが。」

宇喜田の赤面した理由がわからずに自ら口にした文句だったが、後半キサラまでもが口ごもる。
なんとなく察したのだ。言葉の端っこに”自分たちだけ”というニュアンスがあったことを。
意識して言ったわけではないし、気を引こうとしたのでももちろんない。普通気にしないことだ。
自分でも気付かないほど些細なことで宇喜田が喜んだ、という事実も彼女にはこそばゆかった。

「・・ばっかじゃねぇの・・・」

心底馬鹿にしたような口調でキサラは吐き出した。小さな囁きだが宇喜田には聞こえた。
けれど、口調とは裏腹に彼女のフンと反らした横顔が見間違いかと思ったが赤い気がした。

”あれ・・?気がついたのか・・?!やべぇ・・めちゃめちゃ可愛い。”

惚れた欲目だともわかっているのだが、彼はまたキサラへの想いを新たにしてしまった。
素直だと彼は思う。態度は乱暴でもそれが却って彼女のシャイな性格を際立たせるのだ。

”ばかだけど、お前が好きなんだ”

ここでそう言うことができたら・・・宇喜田は行動に移せない自分が情けなかった。
しかし言ったらキサラはきっと恥ずかしがって怒るんだろうと簡単に予想がつく。
誰もいない二人きりの場所でもう一度こんな場面が巡ってくるだろうかと悩みはしたが、
大事なことだから簡単に言えないのだと誤魔化してキサラの横で黙ったままでいた。


「惜しいなぁ・・告白しちゃえば良かったのに・・ウッキーってば。」
「は、何を言ってんだ?余計なおせっかいはやめろよ!?」
「なっちー!タイミングって大事なんだじょ!お芝居とかやってるならわかるでしょ!?」
「だから何の話だよ。またあいつ等のこと見てたのか?帰るぞ、もう。」
「帰ったらハーゲンダッツもオマケしてよ。」
「はあ!?ダメだ。腹壊す。」
「壊さないじょ!暑いんだもん、今日〜!」
「じゃあ作ってやったのはもう食うな。」
「えっ!?なっち今日手作りなの!?わーいv食べる食べる!アイスは今度でいいよ!」
「・・・ったくいつまでもこんなとこでうだうだしてる必要ないだろうが・・・」
「なっちはもっと他の皆と交流した方がいいよ。ほのかばっかり構ってないでさ。」
「オマエがおせっかいしたりするのを見張ってないといけねーんっだよ、オレは。」
「人のせいにして・・・ちみは人見知りじゃのう。」
「なんだと〜!?」

結局二人で仲の良いところを見せびらかしたまま途中で退場するのが谷本とほのかの常である。
二人が帰宅するのを見ながら、宇喜田が呟くのではなく今度は意識的にキサラに声を掛けた。

「やっぱペットと飼い主ってのは言いすぎだと思うぜ、キサラ。」
「ああ?・・アイツラのことまだ見てたのかよ・・アホらしい。」
「谷本がほのかちゃんのこと可愛いって目で見てるからそう感じるんだろ。」
「・・・・そりゃ飼い主は自分とこの子が可愛いもんだ。」
「じゃなくて・・どう言やいんだろな・・素直なんだよ、二人でいるときにアイツ。」
「何が言いたいんだ?」
「ペットじゃないよ、女の子だって思うから可愛いんだぜ、やっぱ。」
「・・知った風に言うねぇ・・」
「俺もおんなじように可愛いって思う子がいるからな。」

宇喜田はいつもなら照れるような台詞を真面目な顔でそう囁いた。
キサラはそんな彼に思わず目を丸くし、馬鹿にするのも忘れ呆然と視線を送った。
宇喜田は言ったすぐ後に頭を掻いてははっと誤魔化すように笑った。
視線を反らされてもキサラはまだぼうっと宇喜田の方を見つめていた。
それに気付いた宇喜田はさっきのキサラのように驚いて言葉を失った。
見つめ合ったまま動かない二人。実はそのとき周囲の連中は気を利かせて誰も居ない。
しかし今はそんなことを二人共に気付いてはいなかった。どうしたことか見つめ合ったままだ。
やがて宇喜田がおそるおそる先に口火を切った。

「キサラ・・?あの・・すまん。俺は別にその・・」
「誰のことを言ったんだよ。」
「へっ!?えっとそれは・・・言わないとダメか・・?!」
「てめぇが言わないなら、勝手に決め付けてもいいのか?」
「勝手にって・・俺の好きな奴のこと知ってるのか?」
「知ってるよ。違うと言わせたいのかよ!」
「い・いや、そうだ。お前の思ってる奴で間違ってない。」
「フン・・っ」

キサラは顔を真っ赤にして腕を組み、ふんぞり返るように宇喜田から目を反らした。
しかしはっきりと告げない宇喜田に文句を言うでもなく、どこか安心したように見えた。

「キサラ、ほんとに・・可愛いな。」

ついうっかり。ぽろりと零れて落ちた言葉だった。落とした宇喜田自身がみるみる青ざめた。
「やかましい!」と蹴りが入った。キサラの脚ははっきり言って凶器である、宇喜田は沈んだ。
蹴られて痛かったせいだが、本音に対してストレートな返事と取れなくも無いその反応に
彼はうずくまって耐えた。蹴られた痛みと同時に受け留めた幸福に。
彼らも既にじゃれあって仲の良い二人に違いはなく、次に会ったほのかを感心させるに違いない。







初めて書きました!うききさ!ウキキサ!宇喜田×キサラですよ!(しつこい)
今回夏ほのが当て馬です。(^^)いやあ・・難しかったけど楽しかったvV
ウキキサも好物なのです。けどこんなにらぶらぶにしちゃってどうだろう?!
夏ほのとは違う甘さが出せたらいいなと思います。ってことはまだチャレンジする気だ私!