Kiss me on the moon 〜お月様が見てる〜 


「満月には魔力をチャージしに外へ行かないとダメなの。」

魔女のホノカがそう言うので、彼女の弟子であるナツも同行することにした。
大きな黄色い月が眩しく夜空を照らして、星さえも霞んでしまっている。
ホノカは箒にひょいと飛び乗り、さっさと空へ舞い上がろうとした。
単独では飛ぶことの出来ないナツは慌ててホノカの服を掴んで引き止めた。

「待て!オレも行くと言っただろ!?」
「あ、そうだった。じゃあ猫になってもらわないと。」
「・・・どうしてもか?」
「重いもん。だけど今日は満月だから、空の上で魔力が増幅したらいけるかも。」
「空中で人間に戻ったりしたら、落っこちたりしないか?」
「ウン。戻った時にいつものマントにも浮遊の魔法をかけてあげるよ。」
「良し。じゃあ猫んなってやる。」
「ホノカはそっちの方が可愛いって言ってるのになぁ・・」

ぶつぶつ言いながら、ホノカは魔法でナツの身体を金の目をした黒猫に変えた。
人間のときは体格の良いナツだが、不思議と猫の姿のときはしなやかで身軽だ。
箒の柄に音もなく飛び乗ると、既に跨っているホノカのお腹の辺りに納まった。

「さ、いっくよ〜!」

飛行の魔法はホノカの大得意の一つ。高い所が好きなせいでそうなったのだろう。
そしてナツはホノカと知り合ってから猫の姿で空を飛ぶことを覚え、実は病みつき。
何かにつけて空の旅へと連れて行ってもらい、今ではすっかり慣れたものなのだ。

そして満月のその夜も、空高く上ると月は呆れる程の大きさで二人に迫った。
かなりの高度でホノカは突然ぴたりと停止すると、片足を上げて横すわりになった。
月の光を真正面から浴びるためらしい。驚いたナツだったが、バランスは崩さない。

「うーん・・・いい感じ。月光浴はきくね〜!」
「おい、いつオレを元に戻してくれるんだよ?」
「もうちょっと待ってよ。せっかちだなぁ・・」
「オマエ猫のオレの方がいいからって・・」
「そんな心配しなくてもあとちょっとだよ。」

のんびりしたムードでホノカは両の目を閉じ、鼻歌まで唄い始めた。
ナツはそんな呑気そうな様子を見て、黒くてわかりにくいが顔を顰めた。
それでも邪魔をしないように黙ったまま、ホノカをじっと見つめていた。
しばらくの間二人は口を閉ざしていたが、突然ぱかりとホノカが目を見開いた。

「・・そろそろいけそうだよ、ナッツン。」
「やれやれ、夜が明けるんじゃねぇかと思ったぜ。」
「あのね、そんなに待たせてないよ?ホントにせっかちだなぁ!」

呆れたようにぼやくのを綺麗に無視したナツは、無言でホノカに顔を向けた。
催促されてほんの少し眉を顰めたものの、すぐに気を取り直してホノカは微笑む。
そして上を向いて待っている猫のナツの口元に唇を寄せると、キスをした。
ぼわんとやはりどこか間抜けな音と共にナツの姿は元通りに人間の姿を現した。
それと同時にホノカが呪文を唱えると、自由落下寸前にふわりと身体は宙に浮く。

「どお?いい感じに浮いたでしょ?ホノカってばやっぱ天才。」
「足元無いのってのは頼りないもんだな。まぁ思ったよりはいいぜ。」
「当たり前だよ、魔法の加減は腕の一つさ。ホノカが偉いんだからね。」
「フン、まぁそれなりに腕はいいと認めてやるよ。」
「ちみね・・弟子とは思えない態度だよね、いつもいつも・・」

そうは言うものの、ホノカもそれほどは気にしていないようで、すぐに笑顔になる。
また月に向かって身体を投げ出すようにして、両手を挙げて万歳の格好をした。

「両手離しても大丈夫なんだな?」
「ウン、この箒いい子でしょ!?とってもお利口なの。」
「利口って・・」
「ものすごく気持ちを察してくれるの。中々こんなに気の利く子ってないんだよ!」
「へー、箒にも色々あるんだな。」

ナツは感心したように箒の柄をつと撫でると、何故だか箒がぶるっと震えた。
驚いて手を引っ込めると、「コラ、そんなヤラシイことしちゃダメ!」とホノカに窘められた。
「ヤラシイって・・撫でただけだぞ!」
「この子シャイなんだからね。良し良し・・だいじょうぶ?」
「箒に性格とかあるのか。」
「当たり前じゃん。それにこの子ナッツンが好きみたいだからさ。」
「好きって・・箒だろ?」
「バカにしないの!箒がかわいそうじゃないか。」
「そ、そりゃ悪かったな。」

ナツは途惑ったが、それ以上はややこしそうなので追求しないことにした。
それよりもと、月光を浴びながら澄ました顔をしている横顔の方に目をやった。

「・・・なぁ、今キスしたらオレは猫になるのか?」
「ほへ?・・ウウン、それは魔法を解除するときだけだけど・・」
「そうか。」

ナツは箒の柄に横すわりしているほのかの横のちょんと触れる位置に手を置いた。
不思議そうに手元を見たホノカは目の前にナツの顔が近づいたのでのんびりと尋ねた。

「なんでキスするの?」
「したいから。」
「だから、なんで?」
「・・・嫌なのかよ?」
「キスしたって魔力は上がらないよ?時々勘違いする人がいるんだけど。」
「オマエの魔力を手に入れようって輩にキスされたことがあるのか?!」
「あるよ。でも皆ホノカより弱いからぽいっと放り投げてあげたけどね。」

ナツはほっとしたように軽く息を吐いた。まだ不思議そうにホノカが続ける。
「そういえば、好きだからしたいって人もいたなぁ?ナッツンもそうなの?」
「なっ!?誰だよ、そいつとキスしたのか?」
「ウウン。ヤダって言ったの。その人おじさんだったしさ。」
「若かったら良かったってのか!?」
「うーん・・やっぱり嫌かな・・?」
「オマエってさ、誰かを好きになったことあるのか?」
「あるよ、大抵の人が大好きさ。」
「・・そうじゃなくて・・男だよ。」
「お兄ちゃんとか?」
「ちっ・・要するに無いんだな。」
「なんかバカにされたような気がする・・あっお兄ちゃんがミウのこと好きみたいな?」
「そうそう、多分そういうのだ。」
「あーいうのは・・ないと思うよ。」
「じゃあやっぱ正解じゃねーか。」
「ナッツンは誰かそういう人がいるの?」
「いなかった。別にいらないとも思ってたんだが・・」
「あぁ、欲しくなったんだね。」
「・・・・まぁな。」
「ふーん、そうかぁ。」
「オマエがオレに興味ないってこともよくわかった。」
「どうしてそんなにがっかりしてるの?もしかして・・」
「言ってること、わかったのか?」
「魔法では無理だよ?たまに理想の人を探してとか言う人あるんだよねー!」
「いや、そうじゃなくて・・」
「なんだい?相談してみてごらんよ、ナッツンのためだ。」

「んー・・とりあえず、目を閉じてくれ。」
「??・・・こう?」

素直にホノカが目蓋を下ろすと、優しい感触が唇を覆った。
思わず目を開けると、ナツの青い瞳が飛び込んで、ホノカはそれに気を取られた。
触れていただけの唇が押し付けられたので、驚いて身体を後ろに反らした。
すると、ナツの片手が頬へ伸びてきて逃がさないように顔に大きな手が添えられる。
一度離れた唇が再び近づくと、さっき気を取られた瞳の目蓋がゆっくり下りる。
それに釣られてホノカは開けていた自分の目蓋ももう一度下ろしてしまう。
後はしばらくの間、重ねて、覆われて、要するにナツにされるがままになっていた。
ぬる、と湿った感触で我に返ったホノカはナツをとんと胸の辺りに手を置いて離した。
するとナツの身体がすとんと落下した。ナツは慌てて箒を掴んでぶら下がった。

「わっごめん!びっくりしちゃって。ナッツンだいじょぶ?!」

ホノカが呪文を唱えるとナツはまた身体を浮き上がらせることが出来てほっとした。

「ちょっと・・いきなりやりすぎた。悪い・・」

ホノカの目線まで上がってきたナツは決まり悪そうに眼を反らしつつ謝った。
しかし別段怒った風でもなく、ホノカはさっきより更に不思議そうに彼に尋ねた。

「今のってなあに?キスしたいんじゃなかったっけ?」

「何って・・あーいうのも・・あるんだよ。ってか途中だったんだが・・」
「えっあれもキス!?知らなかった。最後のはなんだったの?なめくじみたいな!」
「ぅ・・それはその・・結構傷つくな・・」
「なんか頭が真っ白になって魔法が一瞬途絶えちゃった。こんなことって初めてだよ!」
「すまん・・その・・なんか止まらなくなってだな・・;」
「ナッツンも真っ白になっちゃった?おんなじだねー!」

屈託無く微笑むホノカを見て、ナツはほっとしたが落胆も感じていた。
少々手順を間違っているということに実はナツも経験が無いせいでわかっていない。
なんとなく、失敗だったかなぁと落ち込んでいると、ホノカが嬉しそうに囁いた。

「なんだかどきどきしてきちゃった。不思議だね、魔法みたい!」
「オレは魔法なんか使えないぞ。弟子といっても雑用係りだしな。」
「そうなの?そうだよね。キスは大抵魔法を解くときに使うんだけどね?」
「なんでそう決まってんだ?」
「さあ?・・ホノカにキスしたのはなんでだったの?」
「したかったから。あーオマエわかんないのか、どういやいいんだ!?」
「ナッツン好きな人が欲しかったんじゃなかった?」
「違う。オマエさぁ、なんでそこんとこをみごとに外すんだよ!?」
「そんなにバカにしないでよ。えっと・・じゃあ・・うーんとぉ・・?」
「・・オレのこと放り投げなかったのは(落とされかけたが)なんでだ?」
「そういえばそうだね。嫌じゃなかったからだよ。」
「そっか。じゃあオレのこと少しは好きなんだよな?」
「ウン、好きだよ。猫のときと随分違うなって思ったけど。」
「猫のオレじゃなくて、こっちのオレを好きになれよ。」
「・・あ!わかった。お兄ちゃんがミウのこと好きのと同じってことだ!?」
「そうそう、やっとわかったか。」
「ホノカってばいつのまに・・じゃあさ、ナッツンも好きになってくれない?」
「・・・まだなんか勘違いしてないか・・?」
「そう?おかしい!?」
「いやそれでいいけど・・最初からオレがオマエを好きだとどうしてわかんないんだ?」
「そうなの!?知らなかった!そんなこと言ってくれたことないじゃないか。」
「・・・そう・・だったか?」
「ウン。それでホノカとキスしたかったのか!わかったぞ!!正解?!」
「う・うん・・まぁいいか。」
「いいじゃないか。ホノカえーと・・”シツレン”しなかったんだよね。」
「ホントにオレのこと好きなのか?どうもイマイチ信じられねぇなぁ・・?」
「だって、魔法を忘れちゃうくらいだもん。きっと好きだよ、初めてのことばっかり!」
「ふ・ふーん・・そっか・・」

ホノカは照れたように微笑むと、その頬は赤く染まっているように見えた。
ナツはその笑顔が月明かりに浮かぶ様を我知らず見とれてしまっていた。
胸の奥が締め付けられるようで、ナツもまた”初めて”の体験に驚きを隠せない。

「・・なぁ、次はおっことさないでくれよ?」
「ん?でもさっきも思わずだったから・・じゃあさ、抱っこしてよ、落ちても一緒。」
「・・・さすがにここから落ちたらやばくないか?」
「大丈夫、ホノカのことは箒がいるし、箒だってナツが好きだから助けてくれるよ。」
「へぇ、大したもんだな。箒、落とさないでくれるか?」

箒の柄にそっと触れると、ふるっとまた身を震わせたので、ナツは嬉しくなった。
ナツはホノカを抱きかかえて箒の上に座った。月が輝きを増したようで眩しい。

「ねぇ、なんで好きだとキスしたくなるの?」
「・・・そのうちわかるんじゃねぇ・・?」
「なんだ、ナッツンも知らないのか。」

ナツの腕の中でホノカがくすくすと笑った。くすぐったいが悪くないとナツは思う。
ふわふわと月が見ている前で二人はもう一度キスしてみることにして、目を閉じた。
今度は落ちなかったのだが、箒はいつまでしてるんだろうとやきもきしたりしていた。
けれど次第に浮かれた気分になって、とうとう二人を乗せたままふよふよと空を舞った。
ナツとホノカはそんなことに気付かないまま、空の散歩、いや空中デートを楽しんだ。


月光が魔力を満たすように、何故だか満たされていくものがあると二人は同時に感じていた。








単にいちゃいちゃしてるだけなんですけどぉ〜;番外編ってことで!(強引)