「大人への階段」6 



ほのかが迷っているのはすぐにわかった。
嬉しくないわけはなかった。ほのかの求めるものが。
かといって、じゃあオレに任せろと簡単に言えない。
失うものがオレとほのかではあまりにも違いすぎる。
ほのかの未来にはまだ選択の余地があるのだから。

これがほのか以外の女ならどうでもいいことに過ぎない。
傷つこうが、自分の選んだことだと言い捨てることもできる。
しかしオレはほのかに色んなものを教わり、与えられてきた。
そして今でも身に余るほどの幸福を与え続けてくれている。
少しでも傷つけずに大切にしていたい。だが・・それは驕りなのかもしれない。
傷つけたくないというのは、ほのかが去っていくことに対するオレのおそれだ。
それは欲しかったものを手放したくないとだだを捏ねる子供みたいなものだ。
やはり真実を告げなくてはならない。たとえほのかが去っていったとしても。


綺麗ごとを言ってオマエを待つだとか格好付けてすまないと。
違うんだと。オマエをほんとうは縛り付けていたいんだ、ずっと。
その心だけでなく、器である身体までもすべてを欲しいと望んでいる。
そうなのだ、髪の毛一本すらも他の誰にも渡したくないくらいに。

けれど、いくらオレが愛しいからといってそれで許されるわけじゃない。
オマエが望むように愛してやれなくてもいいかと、確かめなければ。
おそらくオマエは簡単にいいよ、とうなずくんだ。それが怖かったんだと。
こんな臆病な弱いオレだと知っても・・・ゆるしてくれ・・


もしオマエがオレから離れて行っても、言わなければ。
ほのかの未来はほのかのものだ。オレ一人で決めてしまえたりしないのだ。



いつになく元気のない横顔に見えた。だからそれは悪い予感に思えた。
オレに愛想尽かして去っていくところなんか、想像したくもないものを。
振り向いたほのかはオレが見ていたことに気付いていなかったらしく少し驚いていた。

「わっ、なんで気付かなかったんだろ!?いつから居たの?」
「あぁ、ついさっきだ。・・今日は寒いな。雪でも降りそうだ。」
「そうなの、ほのかもそう思ったよ。ねぇ、当たったらごほうびね?」
「何が欲しいんだ?」
「んー・・降ったら考える。」
「降らなかったら?」
「そうだねぇ・・はずれだと悔しいから・・何か作ってもらおうっと。」
「なんだそれ。」
「ほのかって欲張りだから。」
「ま、遠慮するよりいいな。」
「そうだね、遠慮はいらないよね。」
「ああ、オレとオマエの間は特にな。」
「なっちってさ、どんどん優しくなっちゃって困っちゃう。」
「そういうオマエだって、結構オレのこと甘やかしてるぜ?」
「ほほう、そうかね。」
「そうさ。」

ほのかはふふんと偉そうに胸を反らした。そして嬉しそうに微笑む。
この幸福と愛しさを忘れない。もしも失うことがあっても忘れることはないだろう。

「・・雪が降るかどうかの賭けはいつまでなんだ?」
「そうだねぇ、今晩中に降ったらってのでどう?!」
「・・・・・なら今晩オレと一緒に結果を見るか?」
「え・・?」
「オマエに話したいこともあるしな。」
「話って何?今聞いちゃいけないこと?」
「今、聞きたいか?」
「私、私もね、お願いがあるの。」
「今、言うか?」
「言っていいなら。」
「聞かせてくれ。」

ほのかは呼吸を深くして息を整えた。
オレもその勇気に応えようと拳を握った。

「ほのか、今夜帰らない。もう迷ってないよ。」

「・・・わかった。じゃあ次はオレの番だな。」
「オセロみたいにひっくり返さないでよ!?今日はなっちだって・・」
「どっち向けても駒は一つだ。オレもオマエと一緒にいたい。」
「・・・ほのかも・・だよ・・?」
「今夜帰らないと言ったのはただ一緒にいたかっただけか?」
「・・・ちが・」
「オレもそうだ。オレはオマエが望むまで待つつもりだった。」
「だけどほのかが迷ってたから・・」
「辛い思いをさせた。オレが迷ってたんだ、嫌われたくなくてな。」
「なっちが?ほのかキライになんて・・」
「知ってる。だから待ってる振りして格好付けてたんだ。」
「!?」
「大人ぶって・・済まない。オレはオマエを傷つけるのが怖かった。」
「・・・」
「ホントはな、ずっとオマエのこと好きだから・・身体ごと欲しかった。」
「・・・」
「あっさりと受け入れてもらうのはあんまりな気がしてたんだよ。」
「・・・」
「大切だと思うばかりで、どう愛していいのかわからなかったんだ。」
「わかんないから、こわかったの?」
「ああ、かっこわるいだろ。」
「ほのかもそうだよ。わかんなくて、こわかった。」
「オマエはこわくて当たり前だ。取り戻すことができないからな。」
「なっちだって同じじゃないの?」
「同じじゃねぇよ。オレは・・オレがいいことばっかだ。」
「ほのかだって悪いことないよ!?」
「ずっと今の無邪気なままのオマエでもいて欲しかった。欲張りだろ?」
「そんなに・・変わるかな・・ほのかきっと変わらないよ!」
「もし今のまま好きだと思えなくなってもいいんだ。オレにウソを吐くなよ?」
「ウソなんか吐かないよ。」
「お願いだ。それだけは約束してくれ。」
「約束するよ、ほのかはウソ吐かない。」
「ありがとう・・かっこつけるのは止めた。オレもオマエにもうウソは吐かない。」
「ウソ吐いてた?」
「ホントの事言えなかったから、同じだ。」
「ほのかのこと欲しいんだね?」
「ああ、欲しい。その上ずっと離したくない。」
「ずっと?」
「一生。」
「あのさ、なっちがほのかのホントにがっかりすることだってあるんじゃない?」
「え、そりゃないな。」
「なんでさ!?ほのかだってなっちに嫌われるのがイヤだったんだよ!」
「そうなのか?」
「当たり前じゃない。ほのかも可愛いと思われたかった・・今もだだけど。」
「オマエは可愛いぞ?なんも悩むことない。」
「だーかーら、それが思い込みだったらどうすんの!?」
「・・・まさか。オレオマエにイヤなとこなんかないぞ!?」
「ふあー!・・あのね、その方が現実を知ったときがっかり度が大きいよ?」
「がっかり・・ね?」
「他の女の子のことも良く知らないし、あ、こっちのが良かったと気付いたらどうすんの?」
「他?他は・・女という区分なだけだから・・これからも興味ないだろうな。」
「ほのかは違うんだね?」
「オマエはたった一人だ。失うのも傷つけるのもこわい。」
「なっちってば・・・ほのか嬉しくってめまいがするよ・・」
「嬉しいのか??オレにとってはそうだ。他なんかどうでもいい。」
「えーと、ごめんね。ごちゃごちゃ聞いて。もういいよ!」
「いいって、何に対して?」
「もうなんでもいいの!ほのかはね、なっちの特別でいたいの、これからも!」
「だからそれは・・もうなってるだろ。けど・・」
「こわがらないでいいの。ほのかがすきな人はアナタなの!!」
「・・・うん?」
「わっかんないひとだね!?愛してて、これからも。身体なんかすきにすればいい!」
「あっアホっ!何言ってんだ、大事だろ!?投げやりなこと言うなよ!」
「投げやりじゃない、なっちだけ。すきにしていいのは・・この世でアナタだけなの。」
「・・・そんなあっさりと・・やっぱわかって・・」
「あっさりじゃないってばあ!わかってよう〜!もう〜〜!!」
「わっ泣くな!スマン・・どうすりゃいいんだ!?」
「知らないよ、そんなこと。なっちのばかあ〜!!」
「だっ・・そっ・・いやだから・・その・・いいんだな!?」
「ぐす・・だからそう言ってるでしょお!?キライ、もう。」
「キ・・・!!」
「そんなことでショックを受けないで!本気じゃないったら。すきだよう!!!」


結論は・・認めたくないが、オレはみっともない。格好悪い、アホだ。
幸せすぎて頭がイカレたのかもしれない。ほのかが泣き止むまで随分掛かった。
騒がしい胸と鳴り止まない頭の中で鳴り響く音。これはどうやら祝福の鐘らしい。
抱きしめて、ゴメンとキスを繰り返し、ようやくほのかが落ち着いた頃、

「・・なっち、今晩一緒にいたいって言ったよね?」
「ああ、言った。それにオマエも言った・・よな?」
「帰らないからね?!ちゃんとわかってる!?」
「ああ、だからずっとこうしてていいんだな?」
「そうだよ、キスだけじゃ帰らないからね!?」
「・・オマエよくそういうこと・・勇気あるなぁ・・」
「意気地なし。ちょっとは強気になってごらんよ。」
「・・怯えさせたくねぇんだよ、脅していいのか?」
「試しに脅してみれば?」
「・・今夜は眠れないと思うぞ。」
「・・えっと・・なんか・・こわいかも・・」
「不安だ・・やっぱ不安になってきた。」
「あのさ、だからずっと手を握っていてね?ねっ!?」
「・・わかった。」

オレの腕の中でほっとするほのかも、怯えるほのかも、甘えるほのかも・・
全部オレのものだ。オレは最強になれると思った。間違いなく無敵に。
ただし、ほのかをのぞいてだ。この世でただ一人、オレにとっての最強。
これからも努力しよう。そしてもっともっと強くなろう。
この最強で最高の女の心に負けないように。