「大人への階段」5 



不思議なものだけど、体と心とはやっぱり連動してるんだ。
昔はちっとも感じなかったことを”こうゆうこと!?”かと実感したり、
あまり歓迎したくない”嫉妬”とかの感情も覚えるようになった。
どちらかというと男女のことに関してはオクテだった私の場合、
情報すら興味なくて横を向いていたせいで無知もいいとこだった。
よく怒られる内容についても少しもピンときてはいなかった。

「ひっつくな」「薄着でウロウロすんな」「スカートが短い」
などの警告も、警告とは受け取っていない。ほとんどを聞き流していた。
うっすらと”はぁ・・そうなのかな?”といった程度の理解度だ。
そもそも相手が異性だということに気付くのもかなり遅かったみたいで
実は”好き”だと自覚したのも好きになってから随分経った後だった。

元々優しい人だと思ってたけど、別に自分が特別にされてると知らなかった。
本人も自覚がなかったらしく、もしかすると今も信じていないかもしれない。
褒め言葉をそもそも素直に受け止められないらしい、悲しいほどに。
ややこしいし、面倒だし、”なんて子だろうね、マッタク!”と思いつつ、
生来の良いところを見つけては、”なんとかしなくては!”と使命に燃えた。
傍に居るのはそんな使命感が先にあったので、中々気付きにくかったのだ。
よくどこかへ出かけてしまうのも気がかりだった。その期間はまちまちだった。
怪我をして帰ったりすることも多くて、心配は回数ごとに増すばかりだった。

それでも”オマエに黙ってどこへもいかない”と言ってくれた。
そのとき私はそれが一番気がかりだったことを確信した。
私はもう彼から目も心も離すことができなくなっていたのだ。
距離を置こうとしてはいた。だけど少しずつ見せてくれる本音。
彼は寂しかったんだと思う。たった一人の家族をも失い独りでいることが。
私にだけは、警戒心を越えて示してくれた。ほんとうの姿を。
嬉しかった。心を護る堅い殻、それを壊して私に手を伸ばしてくれたのだ。

いつのまにか使命感よりも一緒にいる安らぎの方が大切になっていた。
波長も合ったのかもしれない。ただ傍にいるだけでほっとするから。
あまりに居心地がいいもので、つい何もかも甘えるようになってしまった。
そしてそれに慣れきっていたから、自分自身が変わってきてたいたことに・・
言い訳にすぎないけど、見てみない振りも知らずしていたかもしれない。
このまま甘えていられるなら、それはそれで幸せだなんて。わがままなことに。
だけどそれももうなんだか酷いことをしているような気持ちがしてきた。
私のことをどこか抑えるように見つめる視線、遠慮するような仕草。
優しく触れる手も、どうしてかぎこちない。嫌われているとは思えないのに。

思い返すと、私ってあっけらかんと馬鹿なことを言ってた。

「なっつん、ほのかお泊りするー!一緒に寝ようよ!」
「遠慮しないでいいのに。ちゅーしてあげようか!?」
「ねぇねぇ、卒業したらすぐお嫁にくるよっ!」
「ぎゅーって抱っこしてよ。ね、お願い!」

さすがに私もこの頃は・・・大分遠慮できるようになったんだ。
昔は真っ赤になって怒ってたのに、今はそれがなくなったから。
あきらめたみたいに笑ったり、真面目な顔で「だめ」とだけ言ったり。
「へぇ・・いいのか?」って言うのは余裕のあるときだ。あまりないけど。
どきどきすることが増えた。掴まれた手首なんかがあんまり・・強くて。
一緒にいて怖いなんて思ったことなかったのに、足の竦むときもあった。
私のあからさまな態度できっと傷ついただろう。それを思うと悲しい。
泣いて謝ったこともあるけど、逆にそれもよくなかったみたいだった。

「オマエが泣く方がよっぽど困るから。な?」
「そうなの・・?」
「オレが困って見えてもオマエは何も気にするな。」
「だって・・」
「オマエが悲しい顔すると・・痛いんだよ・・」
「辛いの?」
「あぁ。」
「ごめんね?」
「あやまらなくていい。」
「すき」
「!・・ウン・・」
「すき。すき。すき。す・・」
「こぉら、殺す気か!?」

笑って私を抱きしめてくれた。嬉しさと切なさでどうにかなりそうだった。
疑いようもないほど愛してくれてた。きっと私がそう気付く前からずっと。
私はそれを感じるたびに切なくなった。私だってそうだとわかって泣けた。
なんだってしてあげたい。そう思うのに・・何故前に進めないんだろう、
よくそんなことを考えるようになった。不満も怖れもないのなら何故!?
きっと越えてしまえば、どうってことない。そんな風にも思う。
なのにいざそれを伝えようとすると・・できない。何と言っていいのか。
他の女に目をやったりしないと信じていても、すぐに不安になるくせに。
寂しくて眠れない夜があるくせに。抱きしめられて眠りたいと願いながら。
顔を見ると、それだけで幸せだから、欲張りだと思うからかもしれない。
だけど、それだけじゃない。

「お母さん、またなっちに余計なこと言った!?」
「何なの藪から棒に。そんなことしてませんよ。」
「告白されたことだけ!?」
「あら、他にやましいことでもあるの?!」
「ないよ!ほのかなっちだけだもん。」
「ならいいじゃない。”すぐお断りしたみたいよ”って言っただけよ?」
「んもう・・それだけでも心配するんだから、なっちは・・」
「はいはい、わかったわよ。」
「・・なっちもお母さんも・・ズルイ。なんなの、ほのかってそんな子供?」
「そんなこと思ってないわ。きっと彼だって。」
「じゃあどうしてなんでも打ち明けてくれないのかな・・」
「秘密にしてるわけじゃないと思うわよ、わかるでしょ?」
「・・・私って・・なんて・・自分がヤダ・・キライ!!」
「馬鹿ねぇ・・そらそら泣かないの。」

お母さんに八つ当たりしたりして、私はどんどん嫌な子になってく。
自分から言うのがこわくて、相手から求めてくれるのを待ってるなんて。
ズルイのは私なの。嫌われたくない。そうなの、怖いのはそこなんだ。
私が他の女の子より色々足りないこともわかってる。美人でもない。
お母さんに似ればと思っていたけど、少しも理想には近づいていかない。
馬鹿だよね、ズルイよね、実際よりよく見せたいんだよ、結局。
今のままの私がいいと思ってくれてる人なのに。知ってるくせして!
こんな馬鹿な自分を知られたくない。いつまでも無邪気で可愛いと思われたい。
いやらしいことなんか知らないって顔していたい。興味ないままでいたかった。

私はいつもがっかりする。自分の努力の足りなさに。
なっちがどうしてそこまで想ってくれるのかわからない。
そりゃ私にしかできないことがあるんだろうけど・・・
それは本当に私だけにしかできないことだろうかと不安になる。
幸せになるんだ、二人で!そう単純に考えていた幼い私。
その幼い頃の私に負けているような気がするのだ。気持ちの上で。
もっと強い心が欲しい。どんな私でも見ていいよと開き直りたい。
なんてなんて・・ちっぽけなんだろ。愛想尽きて当然じゃない?
だけど離れたくないの。なっちでなけりゃ・・ダメだもの。
愛して欲しい人は・・・アナタだけなんだから。


ついこの間「今晩泊まっていっていい?」と聞いてしまった。
卑怯にも試すような私のことを、彼はお見通しみたいだった。
「無理すんな。」と微笑んで、私をやんわりと窘めた。
「迷うくらいなら止めとけ。」と言われ、ぐさりと胸が痛かった。

すきなだけでは・・黙っていてもじっとしていてもいけないんじゃない?
私は彼の優しさに甘えていてばかりでいいの?!そう自分に訊いてみた。

”愛してほしいの”と、そのまんま伝えてみる?
迷いなんかないとはどうしても言えないけれど、それでも。
私がもし男なら、きっと強引にでも奪ってた、アナタのことを。
なんでって・・きかないで。愛してるの、どうしようもないほど。
アナタの迷いはもしかしたら私とおんなじなんじゃないかと思う。
だから一緒に・・・お願い一緒に。願いを叶えようよ。

私は明日を見たいのです、アナタと二人で。
一歩踏み出す勇気をください。手を繋いで。
曝け出す強さをください。きっと持っているはず。
二人の中に、もうたくさん育ててきたはずだから。