「大人への階段」4 



ほのかにはいつでもオレの隣で笑っていて欲しい。
そうはっきりと自覚してから、もう既に数年が経過している。
思えば長い付き合いになる。まだ子供だったオレとほのかが
出会ってからもしばらくの間、少し毛色の変わった関係が続いた。
オレの知ってる女とは違うということはすぐにわかっていた。
”変なガキ”それが第一印象だった。不思議と心に残って。

妹を彷彿としたのは最初だけで、似ても似つかないとすぐに理解した。
どちらかというと正反対で、ずうずうしい、煩い、とてつもないお節介ときた。
遠慮勝ちで大人しい妹との違いは意外なほど、好ましく感じられた。
何が好ましいかというと、まずオレに媚がないというのは大きかった。
一見押し付けがましい行動の裏で、想いはまっすぐで真摯だったことも。
オレは構われることが嫌いじゃないんだと思うようになったのも
ほのかのこれでもかという位のお節介に付き合っているうちにわかった。
一人が当たり前で、それが一番気楽だと思っていたから不思議なほどに
ほのかと過ごす時間の楽しさと離れた後の寂しさが自分を途惑わせた。

どういうつもりなんだろうとか、疑うことはすぐにあきらめた。
次々と展開する手品師のカード捌きに翻弄されるようなオレ。
いつしか期待することも覚えた。何をしてオレを楽しませるのかと。
可愛らしい外見と裏腹な言動にも心惹かれた。どこか大人びていて。
人の本質を見抜いていそうな視線にいつもさらされている気がした。
オレのうそやごまかしが一切通じないんじゃないかとさえ思えた。
一目置いて見るようになった。オセロの腕前に感服させられるように。
そう、オレは負けると思ってはいなかった。こんなガキに負ける訳がないと
オセロだけでなく、総てにおいて馬鹿にしていたのだ。始めのうちは。
ところが、駒が黒が白に変えられる様はそのまんまオレの心の様子だった。
ことごとく覆され、降伏させられる。悔しいというより感動させられた。
”こんなヤツがいるのか””なんてヤツだ”と驚嘆の連続だった。

そんな尊敬の念を抱く一方で危ういほどに無防備で幼い面にも驚く。
中学くらいまでは色気の欠片もない子供だった。あっけらかんとして。
ほのかが女の子だということは知っていたが、忘れるほどに幼かった。
護ってやらないと、そんな気持ちが自然と湧いた。真っ白なほのかを。
兄や両親の立場とは違うのに、オレはいつのまにか保護者面をしていた。
甘えることに抵抗のないほのかを自らも甘やかしだしたのもオレだった。
そして素直に感謝し、大げさに礼を言われることに快感を覚えていった。
このときにはすっかりほのかに骨抜き状態だったのだ、恐ろしいことに。
それでもまだオレだけのだなんて思ってはいなかった。いや気付かなかった。
いつかオレから離れて、他の男のものになるかもしれないと気付いたのは
ほのかが高校に上がった頃だ。少し・・いや随分大人になったように感じた。
目線は変わりなかったが、どこかが違う。どんどんと女らしくなっていった。
オレの勘違いでないとわかったのは、よく告白されるようになったのだ。
幸い本人はさっぱり付き合うとかに興味がなく、全部即座に断っていた。

暢気そうに見えて母親も心配し始めていた。オレにも釘が刺された。
”ほのかをよろしくね”と言われてはっとした。オレも対象外じゃないのだ。
驚いた。オレ自身がほのかの”悪い虫”になる可能性にやっと気付いたのだ。
考えてみれば年頃の娘が一人暮らしのオレの家に入り浸るようにしている。
心配しない方がおかしいだろう。それまでは少しも疑われてはいなかったが。
どうするべきか悩んだ。しかしその頃はほのかを遠ざけるつもりは毛頭なく、
このままオレの傍に置いておくのがマズイとわかっていてそうしなかった。
一個の人間として愛しすぎていた。女だからどうこうというより先に。
しかし、自覚が一度されると次から次へと連鎖反応のように呼び起こされた。
女としてだって、ほのかを他の誰かに・・なんて考えるのも嫌だったのだ。

「なっつん、彼女欲しい?」
「オマエ彼氏欲しいのか?」
「こっちが聞いてるのに。ほのかは欲しくない。」
「女なんか面倒だと言ってるだろ。」
「でも普通は彼女欲しいって思うんでしょ?!それとも男が好きなの?」
「うるせぇな、男はもちろんだが女もいらん。」
「なっつんって変わってるね。」
「オマエに言われたかねぇ。」
「ほのかは変わってないもん。」
「ほう、そうか。」
「変だと思ってるの?」
「まぁ・・少しな。」
「どの辺が?」
「色々・・」

そんな会話をよくした。年頃になってもあまり変わりないほのか。
安堵もしたが、オレの抱いている気持ちを悟られるのも怖かった。
まだ無自覚なら、そのままでいて欲しいとオレは卑怯にもそう思った。
他の女なんかに見向きできないほど、ほのかだけに夢中だった。
気付いて欲しいが、気付いて欲しくない。そんなことで日々悩んでいた。
ほのかも少しずつオレに対しての欲求が違ってきたようにも感じた。
やたらとオレの周囲の女を警戒し始めたからだ。嫉妬めいた言動が増えた。
複雑な気持ちだった。嬉しいのだが、どこまでオレを想ってくれているのかと
それを確かめるにはあまりに無防備なほのかの笑顔の前に、オレは無力だった。


「オマエ学校でまた告白されたって?」
「お母さんから聞いたの?まぁね。」
「付き合わないのか?」
「ウン、だって知らない人だったし?」
「ふーん・・」
「なんで?付き合って欲しいの!?」
「嫌なら付き合ったりするなよ。」
「当たり前じゃん。付き合いたいって思わないからないよ。」
「ふぅ・・・」
「なんなのそのため息!?」
「や、別に。」

つい心配で母親から聞いた話を蒸し返してほのかを怒らせた。
母親にやきもちを妬いて妙なことを言っていたが、それはともかく・・
心配は深刻になっていった。いつだってほのかを誰かが見ている。
嫉妬に駆られていたのはオレの方で、ほのかのそれより深刻だった。
自覚するのはほのかより早かったが、オレも相当子供だったのだ。
想いを伝えるのにかなりの時間を要した。ほのかだったから許された。
他の女なら愛想尽かされていたかもしれない。情けないほど臆病だった。
失うことを怖れすぎたのだ。失ってしまえば正気ではいられない。
ほのかが応えてくれることだけを信じたかった。甘えていたんだ。
幸運にも想いは通じて、ほのかは今も隣に居てくれる。
たまに妬いてくれたり、わがままも言って甘えてもくれる。
幸せ過ぎて頭がおかしくなりそうなほど、オレは満ち足りている。
愛しさをうまく現せなくて悩んでしまうあたりは変わっていないのだが。
ついつい抱きしめる腕に力がこもるので、それも困ることも変わらない。


「なんか・・この頃我慢してない?」
「・・別に?」
「気のせいかな〜?」
「気にするな。」
「あ、やっぱりしてるんだね!?」
「どうしたんだよ。」
「ほのかの考えすぎなのかなぁ・・?」
「何考えてんだ?」
「・・・内緒だよ、恥ずかしいから。」
「恥ずかしいこと考えてるのか。」
「えっ!?いやいや・・それって誘導尋問だよー!?」
「オマエが言ったこと繰り返しただけじゃねーか。」
「うー・・あのね・・やっぱり言えない。」
「気になる言い方だな。」
「好きすぎる悩みなのさ。」
「ふーん・・同じか?違いそうだけどな。」
「なぁに?なっちも好きすぎて困っちゃうの?」
「まぁそんなとこだ。」
「ふぅん・・ね、今晩泊まってってもいい?」
「・・・・久しぶりだな、その台詞。」
「そうだね。最近言ってなかった。」
「昔みたいに遊びたいのか?」
「ウン、遊びたい。けど・・」
「けど?」
「なっちは昔すごく嫌がってたよね?」
「そうだな。」
「今は?もしかして喜んでる?」
「そう・・かな・・」
「どっちなの、それって。」
「わかってて聞いたのかって思ったんだよ。」
「ウン・・困るかなぁって・・思いながら聞いた。」
「困るのはオマエだろ。オレは困らない。」
「えっ・・!?」
「迷うくらいなら止めとけ。」
「・・だって・・」
「無理すんな。」
「・・・・」

困るとすれば、オマエがオレを気遣うようになったことだ。
オレがほのかに対して抑えてる部分に気付いてしまったのだ。
しかしオレにはオマエは迷ってるように見える。だからまだいい。
抑えきれない衝動をいつかオマエも感じるようになるのなら、
待っていたい。いつまでだっていい。好きなだけ与え合えるまで。
ごめんな、隠し切れなくて。気遣ってくれて嬉しいんだ。
誘惑はいつでも歓迎してる。苦しくても辛くても耐えられる。だから・・
迷いなく手を差し伸べてくれる日を待たせて欲しい。