「大人への階段」3 



私の大好きな人はわりと綺麗な顔をしていてたまに嫉妬する。
なんて整った顔なんだ!と心の中でこっそり腹を立ててたりする。
声も素敵。優しくって深くって。ないものねだりみたいになるけど、
私の持ってないものばかり持ってる。背の高さも、頭の出来なんかも。
悲しいことに女の子にすごくもてる。それについては自覚があるらしく
”女は面倒くさい”とかなんとか贅沢なことをたまにぼやいてる。

だけど女嫌いなのに、ほのかだけは例外らしかった。
”面倒”かけたとしても許されているのだ。私のことだけは。
始めは妹さんが居たせいでなのかなと思っていた。
だけど妹さんは彼にとって今も大切な存在だとわかると、
私と混同してるようには思えなかった。なのでほっとした。
そして長いこと私は不思議な”特別”扱いだったのだ。
特別だと言っても、男女の違いはちっとも関係なかった。
何故って一緒にいても少しも”男の人”とは意識しないでいられた。
お兄ちゃんとは違うけれど、安心感が強くて傍にいるのが心地いい。
私はそれが嬉しかった。なんだか二人はそんなこと超えてるんだと思えて。
周囲の女の子たちと男の子に求める期待が違うことを感じていた。
そしてそんなところも、彼と私は同じような気がして妙に安心していたのだ。

いつの間にそんな関係が変わっていったんだろう?
確かに彼には何も求めていなかったはずなのに。
彼だって私にそんな目を向けてはいなかったと思う。
周囲からも多分そのまんまに映っていたんじゃないかな。
お母さんも心配しないし、お父さんさえ昔はそうだった。

私が高校へ進学してしばらく経った頃だっただろうか
初めて少し変化が起きた。彼がどこかよそよそしくなった。
少し背が伸びて、体型が変わってきたのもその頃だ。
といっても相変わらずチビが少しマシになった程度で、
私が期待するほどに女らしくもなっていない。胸もそうだ・・
対する彼はというと、もう充分だろうに背も伸びるし、
一層かっこよくなったようで、自分との落差に落胆した。

「もう身長いらないでしょ!?ちょっとほのかに分けてよ!」
「オマエだって伸びただろ!?無茶を言うなよ。」

よくそんな理不尽な八つ当たりをしていたっけな。
悔しくて、もどかしくて、早く大人になりたくって。
そうなのだ、彼も含めて周囲はどんどん大人っぽくなっていって。
あまり変わりない自分が歯がゆかったのだ。一人で焦っていた。

「いいじゃねぇか、早く老けるより。」
「そういうんじゃないよ!んもう〜!?」

なだめてくれる彼をわかっちゃいないと責め立てた。
私ってとんだわがまま女だったな、と今思うと青くなる。
呆れてもいただろうに、彼は私の機嫌を取ってくれてた。
当時よそよそしいと感じたのも、実は照れていたらしい。
私が思うよりずっと”女らしく”なってきたと感じていたそうだ。
そうとは知らないから、他所に好きな人でもできたんじゃないかとか
馬鹿なことを疑ったりもした。そんなこと気にするようになっていた。
中学までは思いもよらなかったのに、私は変わっていたんだ。
独占欲を彼に対してはっきりと抱くようになっていた。
そんな変化が嫌で、自分のことも嫌いになりそうだった。

「なっつん、彼女欲しい?」
「オマエ彼氏欲しいのか?」
「こっちが聞いてるのに。ほのかは欲しくない。」
「女なんか面倒だと言ってるだろ。」
「でも普通は彼女欲しいって思うんでしょ?!それとも男が好きなの?」
「うるせぇな、男はもちろんだが女もいらん。」
「なっつんって変わってるね。」
「オマエに言われたかねぇ。」
「ほのかは変わってないもん。」
「ほう、そうか。」
「変だと思ってるの?」
「まぁ・・少しな。」
「どの辺が?」
「色々・・」

そんな会話をよくした。彼はほんとに誰とも付き合ってなかった。
友達ができて、お兄ちゃんたち仲間ができてもその点は変わらない。
女の子にあまりアンテナが向かってない。だから安心もしていた。
なっつんは変わり者だから、ほのかが見ていてあげなくちゃと思った。
つまらない女に騙されないように、見張っててあげるべきだなんて。
えらそうだね・・今から思うと冷や汗ものだ。私って無自覚だったな。
私はこのときもう彼のことを好きだったんだ。気づいてなかった。
そしてそんな私に気づいていただろうに、彼は知らない振りしてた。
私はお子様だったから、そうと指摘されたら怒って否定したかもしれない。

「オマエ学校でまた告白されたって?」
「お母さんから聞いたの?まぁね。」
「付き合わないのか?」
「ウン、だって知らない人だったし?」
「ふーん・・」
「なんで?付き合って欲しいの!?」
「嫌なら付き合ったりするなよ。」
「当たり前じゃん。付き合いたいって思わないからないよ。」
「ふぅ・・・」
「なんなのそのため息!?」
「や、別に。」

そういえばその頃ってお母さんと妙に仲が良くなっていたな。
”年上好き”なんじゃないだろうね!?なんて言って怒られた。
私ってわがままで嫉妬深くて、なんだか・・すごくヤな子だね!?
嫌われなかったのが不思議に思えてきた。なんだかがっくり・・


「・・なにシケた面してんだ?」
「・・ちょっと反省してたんだよ・・」
「反省?」
「私って結構嫉妬深くてわがままだよねぇ!?」
「さぁ・・他を知らないからなんとも・・」
「あっそうか!ほのかってラッキーだったんだねっ!?」
「っていうか、オマエがものわかり良すぎたら気持ち悪い・・」
「どういう意味!?わがままな子が好きってことかい?」
「そうじゃねぇけど・・しょうもないことで悩むな、じゃまくせえ。」
「なんだね!?ちょっと人が殊勝な気持ちになってたってのにさ。」
「似合わないことすんなって言ってんだ。」
「んもう〜!?・ってあれ・・?ほのかってあんまり成長・・してない?」
「?」
「おかしいな、かなり大人になったと思ってたんだけどなぁ!?」
「ぷっ・・」
「ちょっ!?まさかほとんど成長してない・・?」
「んなことない。アホなこと言ってねぇで、オヤツ食え。」
「・・・美味しそう!!どうしたの、これ。」
「どうってオマエが食いたいって言ってたから買ってきたんだぞ!」
「ありがとう。・・あれだよ、なっちが甘やかすのがいけないんじゃないかな・・」
「なんだと?!」
「なんでもない。一緒に食べよっ!?お茶淹れてくる!」
「はりきって茶器を壊すなよ。」
「最近は壊さないさぁっ!」

「やれやれ・・確かに変わらないな、こういうとこは。」

悩むのは止めにして彼とお茶を飲んで美味しいケーキを食べた。
ご機嫌になっている私を見つめて、彼がのんびりと嬉しそうに呟いた。

「・・変わらなくていいぞ?うまそうに食べるとこは特に。」
「えっ、それってなっちの好きでいてくれるところ?!」
「まぁな。」
「ふーん・・そうかぁ。ねぇ、他には?なんかない!?」
「そうだな・・単純なとことか、なんでも好き勝手言うとことか・・」
「・・え・・?好きなとこを・・聞いたんだけど?」
「チビなとことかアホな顔とか、そうだ、ぶさいくな驚き顔なんかも・・」
「あのさ・・悪口に聞こえるっていうか・・ほのかのこと好きすぎじゃない?」
「そうだな、全く。」
「ちょっと・・ナニそれ!?」
「ああ、怒りっぽいとこもわりと気に入ってる。」
「いっそのこと”べた惚れだ”って言いなさい!」
「だから言ってるじゃねーか。」
「・・むむー・・・なんで悔しいんだろう!?」
「負けず嫌いだからだろ、そこもいい。」
「もう!なっちなんてさっ!!大好きだよ、ばか!」

私が悔し紛れに舌を出して言った台詞に、彼はそれはそれは嬉しそうに笑う。
なんなの、その余裕。変わったよね、ホントに。”好き”を隠さなくなった。
私は昔から愛されていて、気づいてなかったけれどそれがわかるようになった。
やっぱり成長してるんだと思う。そう思っていいよね、お互いにね?
これからも嫉妬したりわがまま言うかもだけど、許してね。幾つになっても。
だけど忘れない、アナタが好きなこと。疑わない、愛されていること。
温かい湯気に包まれて、二人は今も傍にいる。この幸運と幸福を・・
大人になっても年を取っても味わっていたいの、ありがとうと一緒に。