「大人への階段」2 



子供だと思い込んでいた。オレもまたそうだったのに。
自分のこともわかっていなかった。どんなに子供だったかと。
少しずつ薄皮を剥ぐ様に、世界は輪郭を新たに露にしていった。
オレは不幸を嘆き、無いもの強請りばかりのガキ臭い子供だった。
愛する妹だけでなく、オレは色んなものに支えられてきた。
運など無いと思っていたが、それが幸いだったことにも気付いた。
無いからこそ、運は自ら掴み取らねばと自然に思えたからだ。
目の前に転がり込んできた幸せを見逃さずに手を伸ばした。
もし意地を張ったままそれに見てみぬ振りをしていたら・・・
オレは一生不幸のまま、子供のままで何も掴めはしなかっただろう。

ほのかと出逢えたことがどんな運命の采配だったにせよ、
その手を掴んだことは正解だった。間違わなくて良かったと心から思う。
どんなことがあっても手放さないと誓える。他の人間と替えようがない。
ごく自然に愛することができた。ほのかでなければできなかった。
あまりにも優しく包まれていたから、気付くのはずいぶん遅かった。
あまりに大切と思うあまり、何をどうすべきか想像すらしなかった。
気付いたときにはもうほのかはオレに向かって手を差し伸べていて、
ああ、良かったなんて呑気に感じるばかりで呆然としていたのだ。

引き寄せられ、無意識に触れていた唇もそうだ。間抜けな事この上ない。
驚くほのかよりもっと自分が驚いていて、恥かしいことに気遣われもした。

「・・だいじょうぶ?なっち、しっかり!」
「あ・・あぁ・・えっと・・その、スマン・・」

ほのかはたまに笑い話にするが、当人にとっては痛い想いばかりで・・
慌てて謝ったオレを叱ってくれたのもほのかだった。泣き笑いながら。

「謝ってどうすんのさ!?ほのかのこと好きなんじゃないの?!」
「すっ・そんなんじゃねぇ・・!」
「じゃあなんでこんなことすんの!?」
「あんまり可愛いから・・思わず・・」
「なにそれ!?勢い?成り行き?」
「ちがっ・・オレはオマエが・・」
「答えによっては許さないよ〜!?」
「なんでこんなに気が変になるくらい・・可愛いんだとか思ってて・・」
「もしかしてキスしたことも・・気付いてなかったの?」
「なんかその・・想像と違うな、と気付いて・・」
「そりゃあ驚くよね?現実だよ、わかった!?」
「だからスマンって!」
「もう〜〜!あやまんなくていいの!!」

ほのかは泣きながらオレにしがみついて、嬉しそうに笑った。
素直に好きだと言えばいいのに、なんだよう〜!?と怒った。
好きだけど、そんな簡単なことじゃないと、オレは必死に訴えた。

「ほのかだって大好きだよ。知らないとは言わせないよ!?」と睨んだ。
その拗ねた表情がまた可愛くて、眩暈を感じつつ抱きしめ、抱き合って。
恥かしさで思い出すと死にたくなる。アイツはたまにそれでからかうんだ。
予想外と予定外にオレたちはここまでやってきた、恋に途惑いながら。
それでも幸せなことに違いはない。ほのかが笑えばそれでオレは救われる。
甘えてくれて、怒ってくれて、オレを愛してくれる、真っ直ぐに素直に。
オレが不器用な分、余計な気苦労もあるみたいだが、それも笑って許して。

「好きだよ、大好き。」

繰り返し囁いてくれる。特別だと示してくれる。不満など微塵も感じない。
そんなほのかに、オレはつい寄りかかってしまっているのかもしれない。
切なそうな顔をこの頃見つけるんだ。その度に居た堪れなくなる。
できることならなんでもしてやりたいのに、ほのかの望みがわからない。
キスを強請ってくれば、いくらでもしてやるけどそうじゃないんだろう?
もどかしくて抱き寄せる体はそれだけで喜んで安心を伝えてくる。
鈍いオレを許してくれ。オマエはオレを甘やかし過ぎだ。
目を閉じたオマエの撫でてやる前髪の下で長い睫が揺れて心を惑わせる。

あまり綺麗になってほしくない。なのにどんどん綺麗になってくんだな。
どうすれば追いつけるだろう、想いばかりが溢れて空回ってるみたいだ。
大人の男になるにはどうすればいい?オマエに少しの不安も抱かせないように。
言葉ではきっと足りない。かといって体にも負担になることをしたくない。
何をしてやれるだろう、オレはそんなことばかり考えるようになった。
握りしめる手の温もりが愛しさを募らせる。いつだって愛してる。

「なぁに?」
「ん?別に・・」
「なによう?!」
「何って見てただけだ。」
「さては見惚れていたのだね?」
「まぁな。」
「う、時々素でそういうことを・・」
「何のことだ?」
「なっちって天然だよね、意外に。」
「意味がわからん。」
「わかんなくていいの、まったくもう・・」
「怒るなよ、何かしたか?」
「ほのかちゃんを誘惑したさ!」
「効き目があったのか。」
「え!?わざと見てたの!?」
「いや、見惚れてただけだ。」
「もう〜!?にくたらしいなっ!!」
「だからなんで怒るんだよ!?」

オレが何をしたって喜んでくれるから、どうしようもない。
嬉しがらせるのがホント得意なんだからな、呆れるくらい。
誘惑なら、常にされてる。当人はわかってないんだろうな。
ほんの少し睫が震えただけでも、オレはお手上げなんだぞ。
オマエの大勝利だ。負けたくないってのに・・・まったく。
それでもいつまでもそうしてオレを惑わせていて欲しいなんて・・
そんなことも思ってるのは確かではある。


「なぁ・・」
「なんだよう?」
「キスしたくねぇ?」
「したくない、って言ったら?」
「・・・ふーん・・」
「しないの?」
「したくないんだろ?」
「したくないって言ってないよ。」
「したい、じゃないならしない。」
「なっちがしたい!って言って。」
「したい。でもそんなのいつでもそうだから。」
「えーっ?・・ほのかもそうなんだけど・・?」
「なるほど、そういうことか。」
「そういうこと。」


キスをしてじゃれあって、それはそれでいいけどな。
物足らないと思ってくれないかな?とか・・も思う。
満足そうに微笑まれると、これ以上は強請れない。
意気地がないということだろうか?そうとも言えるな。
怖いんだ。オレは・・結構・・貪欲だから。
まだ知られたくない。虐めたいとかそういう・・後ろ暗い部分は。

好きでいてくれ、ずっと。
オマエがいないと生きていけない。
ずるくてイヤらしい、こんなオレとでも
・・そう言える勇気が今はまだ・・

格好付けてなんかいるうちは、まだまだオレはお子様だ。
みっともなく縋る勇気が欲しい。それでも愛しているんだと。

澄んだ瞳がいつでもオレを誘ってる。そして試してる。
負けちゃいけない、うかうかしてもいられない。だから、
想いだけに縛られないよう、オレは自分を奮い立たせる。
焦るな、目を反らすな、相手を見て、静かにリミッターを外せと。
闘いに似た、逃げることなどできない場所。ここに立てていることが幸福だ。
心の底から愛しいと言える女と未来へ進んでいくんだ。手を離さずに。

隣にはオレにもたれかかって目を閉じるほのか。
安らかな息と穏やかに伝わる温もりが嬉しい。
一緒にいたい、これからもずっと。