「大人への階段」1 



子供時代は終わりを告げたらしい。私と彼の間では。
周囲から見れば、表面的にはあまり変わらないかもしれない。
相変わらず彼は私の世話をしているように見えるだろう。
間違ってはいない。私が世話してきたと思っていたこともあるけれど
実際は彼が私のわがままに付き合ってくれていたのは事実だから。
それでも私はずっと彼にとって必要な存在だと思っていた。
そしてそれだけは思い込みではなかったのだ。

初めての口付けは突然で唐突に感じられた。
緊張など欠片もなかった。もちろん嫌でもない。
彼の方も思わずしてしまったみたいな感じだった。
私以上に驚いて、慌てていたから私が困ったほどだ。
元から彼に対して”男の人”という意識は薄かった私と、
いつも私に合わせようと気を遣っていた彼との不思議な交差。
呆然と見詰め合った口付けの後を思い出すと今では懐かしい。
今では肩の力も抜けてきて、日常の雰囲気で交し合える。
そして段々と物足りなくなってきたのは・・私だった。


「・・何難しい顔して考えてるんだ?珍しいな。」
「えー?珍しくないよ、女には悩みが多いんだから。」
「女って・・」
「ちょっと、どうしてそこで笑うかな!?」
「や、笑ってなんか・・」
「笑ったじゃん!」

どうもこの人は保護者的立場が長かったせいか、子供扱いする傾向にある。
可愛いと思ってくれるのは嬉しいけど、それとはちょっと違ってるようだ。
少しバカにしたようなニュアンスが感じられるんだよね・・失礼な。
最近はわりと男の子にだってもてるんだよ、ほのかってば。
!?そうだ、やきもち妬いてもらうという手があったよね!?

「ねぇねぇ、ほのかねぇ・・」
「そうだ、これいるか?」
「・・可愛いストラップだね?」
「オマエが好きそうだと思って。」
「誰にもらったの?」
「さぁ・・忘れた。」
「また女だね!?こういうの断りなよ!?」
「物に罪ないだろ?押し付けてくんだよ。」
「そういうことじゃなくって!」

まったく・・昔からそうなんだけど、この人ってやたらにもてるんだよ!
ちょびっと顔がいいとかお金持ちだとか、もてる要素はあるにはあるけど、
中味は困ったお兄ちゃんなんだよ!?わがままだし口悪いし、素直じゃないし。
表向きいい子なフリしてたときから、周囲の皆からきゃーきゃー言われてさ・・
って、なんで私がやきもち妬かないといけないの!? やんなっちゃう!!

女心に関しては、彼は相当に鈍いということがわかってきた。
元々女性に関心が薄いというか・・生い立ちのせいか嫌っていたらしい。
私のことを好きになったのだって、自分でも予想外だったそうだ。
けれど嬉しかった。私も好きになっていたから。お互いにいつのまにか。
ちょっと人とは違うのかもしれないけれど、そんなことは構わない。
私たちは私たちらしく、一歩ずつ成長していけたらいいと思う。

「こういうのはもらわない方がいいんだな?」
「・・いいよ、もう。確かに物に罪はないし。」
「最近はオマエにって持ってくる奴もいるんだが・・」
「それはね、私を”彼女”って思ってないからだよ。」
「そうなのか?」
「或いはわかっててわざとする人もあるかもね〜?!」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
「女だもん。」
「へぇ・・?」

この顔はさっぱりわからないと思ってる。意外なほど純な部分だ。
ほのかの前では素でいてくれるって、そこのところは嬉しいけど、
あんまりにもわかってないときは、ちょっとがくっとなったりもする。
仕方ない。今から女に興味とか持ってもらったら困ってしまう。
急に女に目覚めちゃってこんなガキっぽいの嫌だとか思ったらどうしよう!?
なんてことを想像して急に怖くなってしまうからだ。・・バカだと思うけど。
そんなときはつい不安になって彼の腕にしがみついてしまったりする。

「どうした?」
「・・なんでもない。」
「オマエが嫌ならもうもらわねぇよ。」
「そうじゃないよ。怒ってもいないし・・」
「じゃあなんで・・」
「ねぇ・・キスして。」
「・・・」

ふんわりといつものキス。優しさが今は胸を痛くする。
寂しい。好きになればなるほど欲張りになってこんな想いを抱く。
いじけたり、拗ねたり、一層子供みたいに思えて辛いっていうのに。
私、アナタの特別だよね?!今は・・今だけじゃないといいんだけど。
いつもより長く丁寧に重ねてくれた唇が重い心を軽くしてくれた。

「ありがと。」

私が笑ってお礼を言うと、目蓋や頬にもおまけをくれた。
くすぐったくて笑うと、アナタはほっとした顔になる。愛しい・・とても。
贅沢だね、ほのかは。こんなに愛されてるって思うのに足りないなんて。
柔らかくて気持ちいい唇の感触。熱い吐息で溶けてしまいそう。
幸せで・・こうしていられればそれでいい。そう思う私もいるんだ。
こんな素直な私を愛していて欲しい。アナタの嫌いな女になりたくない。
ずうっと無邪気でいることは難しい。どんどん普通の女になってくみたい。
嫌わないで?ちっとも可愛くない私には気付かないでいて。お願い・・
祈りを込めてアナタの胸に顔を埋めた。ここを私だけの場所にしていたい。

「ほのか?」
「ん?なぁに?」
「・・・や、その・・顔みたかっただけだ。」
「いつものほのかだよ?可愛い?!」
「ぷっ・・そうみたいだな。」
「可愛いって言ってよ。」
「カンベンしろよ。思ってるから。」
「ふーん・・ならヨシ。」

おかしさを堪えた笑顔。安心してね、私はアナタが好きだから。
たとえアナタが私を見なくなっても、それは変わらないよ。
傷つきやすいアナタがもう深く傷つかないように、それだけは誓うよ。
ずっと好きだよ。出逢ったときから。そしてこれからもずっと。

「なっち、すきだよ!」
「!?・・あぁ・・」
「なっちは?」

彼はものすごく照れ屋サンなので、いつも口には出さない。
だからその代わり、抱きしめてくれる。キスしてくれる。
微笑んで、私を見つめてくれる。まっすぐに、ひたすらに。

「合格。」
「そりゃ良かった。」

嬉しそうな顔に私もあったかくなる。胸が熱く蕩けるように。
好きでいるってなんてステキなことだろうって思う。

「なんでこんなに好きなんだろ!?ねぇ?」
「・・知らん・・」と言った彼はまた顔を前へと反らしてしまった。
彼が照れて顔を背けたまま、私を握る手を強めた。私も握り返した。
不思議だ。恋って形も何もないのに。確かに思えるのは気持ちだけ。

大人になるのはしんどいこともあるかもだけど・・
それは裏返せば嬉しさも深いってことなのかな?
もっと見えない部分も知りたい気持ちが募ってきている私。
私がアナタに恋するように、アナタにも恋して欲しいんだ。
手を握り合ったまま肩にもたれて目を閉じた。触れていると安心する。
触れ合いたいのは自然なことだと思えて、手の温もりが嬉しかった。







少し大人バージョンで書いてみます。
ほのか女子大生くらいの設定です。(夏くん21〜24歳頃)