「俺のだし!」 


残してあったのではなく、食い忘れの分だった。
夏の家に着くと、ほのかは一目散に台所へ向い、
手を洗え!と夏に怒鳴られ途中洗面所を経由して
いそいそと冷蔵庫の扉へ生乾きの手を伸ばした。
呆れたような表情で後からそこへやって来た夏は

「あったよーっ!コレ狙っていたのだ〜vv」

と、戦利品を奪取したかのように勝ち誇るほのかを見て溜息。

「それは俺んだ・・もうどうでもいいか・・;」

妙に占有権に拘る夏をスルーしたほのかはアイスキャンデーを
振りかざしつつ、「早く食べよ!」と夏を居間へ誘った。
ぺりぺりと外袋が破られると中からひんやりとした棒付きアイス。
しばしうっとりと眺めながら、夢見るような目付きで言う。

「おう・・美しいね!ハー○ンダッツのチョコバーは芸術品だよ。」
「毎回見惚れてねぇでとっとと食わないと溶けるぞ。」
「わかってるよ。ささ、夏さんここへお座りなさい!」
「・・・・・ハイハイ・・」

ほのかは大きな谷本家のソファの定位置からぽんぽんと場所を示す。
夏にすぐ隣に座れということだ。仕方なく約束してしまったことだと
わくわく顔でお預け状態なほのかの直ぐ横へと腰を下ろした。

”嬉しそうにまぁ・・犬っぽいな、こういうとこは”

などとしれっとした顔で思うが、ほのかはそれどころではない。
「いただきまーす!」と宣言すると、あ〜んと大口を開けアイスを一口。
大口のわりには小さな欠片がほのかの咥内へと移動して感嘆の声が上がった。
「うま〜い!」と弛む頬を押さえつつ、夏へとアイスを差し向けた。
夏はそんなほのかを何故か睨むように見ながら、一口齧って飲み込んだ。
「もっと味わいなよ、もったいない。」
「のんびりしてたらえらいことになるだろうが・・」
「ちみね、美味しいものはゆっくり味わうってことを知らないと・・」

何やら説教でも始めそうな勢いを案じて夏がもう一口齧るとほのかは慌てた。

「あっ!あっ!待って待って、次はほのかの番なんだから!」
「順番だなんてきいてねぇし。とっとと食えよ、いらつく。」
「情緒のない人だねぇ!・・やれやれ・・う・うんま〜〜い!!」
「チョコがどうしてそういうとこに付くのかいつも不思議だぜ。」

何故か口の端を汚して、しかしそれを全く気にせずほのかは味わっている。
幸せそうな間の抜けた顔を、なんだかんだ言いつつ反らさずに夏は見続けていた。
ご機嫌のほのかを見守ることに満足している自分を夏は気に留めてはいない。
これが外ならばもっと落ち着かない。至福に蕩けるほのかを人目に晒すのは
かなり宜しくない状況だ。従って今は誰の目もないために夏は落ち着いていた。

料理に関しても当初の目的はほのかの壊滅的な料理を食わされるのを忌避する為
だったのだが、今ではそれよりもほのかの美味しそうに味わう様子を見ることや
賞賛の言葉や眼差しを浴びることの方に比重が傾いてしまっているのも事実だ。
そんなほのかに関してはかなりの盲目度で可愛がっている夏のことを
理解して微笑ましく見守っている者たちも実のところ少なくはなかった。

悪友の新島もからかいにならないので深くは突っ込まないようにしている。
無自覚に惚気が返ってくることもあるからだ。呆れて二の句が継げなくなる。
以前そんな目に遭ってからというもの、あまりからかわなくなったのだ。
しかしほのかの兄や連合の面々に多少の愚痴は漏らしていた。

「谷本もなぁ・・ああ見えて天然だからな。ほのかとお似合いだぜ。」
「可愛いって俺らが彼女を誉めると怒るんだよね、彼!ふふふ・・・」
「そうなのか・・そういえばこないだもそんなことあったなぁ!」
「すぐ妹にあれさせるな、これもやめさせろ!って言うけどあれもさ」
「そうそう、どっちかっていうと自慢だよな。俺は面倒見てるぜって」

などと噂されていることも夏は知らない。

そんな夏はほのかの頬に付いたチョコを平然と指で拭うと、
自分の口へと運ぶ。ほのかも照れたりはしない。慣れているのだ。

「ったく・・溶けてきてるぞ、急げよ。」
「もうちょびっとになってしまった・・寂しい!」
「また買ってくればいいだろ、そんなことでしょげるな。」
「でもなっちはチョコのはあまり好きじゃないんでなかった?」
「別に食うし。無くなったんなら補充しておくから。」
「なっちって・・・優しいなぁ!お母さんみたいv」
「なんでそうなる!?」
「だってうちのお母さんより優しいし、よく気が付くし。」
「誉めてるつもりかよ、それ・・」
「ウン、なっちはハーゲン○ッツのチョコバー並みに美味しいヤツさ!」
「ちっとも誉めてねぇ!怒るぞ!」
「えっなんで!めいっぱい誉めたのに!?」
「食ったら手を拭け、いや洗って来い。」
「そんなに汚してないよ!」
「それで汚してないとか言うか・・」

言いつつ夏はほのかの食べ終わった後の手を掴んで引き寄せた。
そしてほのかの小さな指の特に汚れた一本を徐に口に含んだ。

「んぐゃあっ!くすぐったい!!」
「甘ぇ・・」
「ちょ・・いやしんぼさんみたいだよ、やめなさい!」
「べたべたじゃねーか。洗って来い。」
「洗うよ、洗うから舐めないでぇ・・」

ほのかはくすぐったいせいで体をフルフルと小動物のように震わせた。
その様子に悪戯心が刺激された夏は今度はわざとらしく別の指を舐めた。
途端に悲鳴。ほのかはじたばたと暴れて手を振りほどこうとするが
夏はほとんど力を入れてもいないのに平然とほのかの手を固定している。

「いっ意地悪!やめて。くすぐったいってば、なっちぃ〜!」
「元々俺のだし、このチョコ。」
「そっそんなの・・もう食べちゃったからお終いだよ!」
「おまえのが多く食べただろ。」
「ケチなことお言いでないよ!」
「指・・おまえ耳もだがここも弱いなぁ?」
「ぬぬ・・なっちがいじめっこモードだ。マズイじょ・・」
「いじめたくなるような顔するからだ。」
「けしからんね!なっち・・?なに・・するの?」
「さーて・・何して欲しい?」
「遠慮・・するよ!なっちヤダもしや・・!?」

ほのかの嫌な予感は的中した。身構えたが何の予防にもならずほのかは

「きゃああああああっ!やめやめやめっ・・・たすけっぎゃはははははっ」

大声で悲鳴を上げる。脇腹も彼女の弱点だということは学習済みらしく
夏はほのかの抵抗を無視してくすぐり攻撃を開始したのだ。それも容赦なく。

「面白いからこれ・・たまにはいいだろ?」
「おっおもひろ・・くない!止め・あっああっははははは・・・・ひえーっ!」

ソファの端へと逃れようとするほのかは夏に押し倒されてあえなく撃沈。
相当の喚き声を発散した後、解放さえた体は起き上がれずに突っ伏したまま。
そんなほのかとは正反対に横に腰掛けた状態に戻っている夏は涼しげな表情だ。

「・・すっきりしたぜ。ほのか、さっさと手を洗って来いよ?」
「・・・ち・・ちみは・・たまに・・悪魔だよ!このひとでなし」
「失敬なことが聞えたけど気のせいかな。あ、足りなかったのか?」
「足りてる!充分です、おでーかんさまお許しくだせえっ!!」

ほのかはがばっと勢い良く起き上がったが、目にはまだ涙が滲んでいる。
「なっちのいじわるっこー!」と叫びつつ、居間から走って出て行った。
ほんの少し可哀想かなと思う夏だったが口の端に浮かぶ笑顔はまだ意地悪い。
一緒にいるとどうにも気分が舞い上がるときがあることだけは分かっている。
それがほのかと居るときだけだということもだ。しかし理由には辿り着かない。
寧ろ明確な理由に至りたくないという想いが彼のどこかで蓋をしているのだ。
夏は単純に「からかうのが面白い」とだけほのかを虐める理由に据えていた。

「・・・こんなことできるのも今のうちだろうけどなぁ・・」

独り事を呟きながら、夏はもうすぐ季節も変わり、アイスの代わりに
あたたかいタイヤキなどにモノが移行するんだろうなとぼんやり予想した。
風邪も引かないやつだが、薄着はもう少し改めさせるべきだよな、などの
過保護的な展望も思い浮かべつつ、ほのかが戻ってくるのを心待ちにする。
待っている時間も穏やかな気持ちでいられる。これもほのかの効用だった。

「洗ってきたよ〜!」
「ちゃんと洗ったか見せてみろ。」
「どーぞ!せっけんで洗ったよ!」
「どれどれ・・よし、合格。」
「今度はなっちが手に持てばどうだい?」
「イヤだね。」
「面倒なの?」
「・・おまえを虐める口実が減る。」
「正直に言えばいいってもんじゃないでしょーっ!?」
「・・怒るなよ。チョコの買って来てやるから。」
「ふっふっふっ・・ほのかの反撃、受けてみたくないかい?」
「俺に?生憎だが返り討ちにされるだけだぜ。」
「どっか弱点が見つかるまで責めるってのは?」
「無謀な計画だ。俺が阻止しないとでも思うのかよ。」
「そこはほのかちゃんも作戦を考えたんだじょ・・」
「へぇ・・じゃあやってみるか?」
「そんな余裕の顔も今の内だじょ〜!えいっ・・!!」
「!?!」

ほのかがすばやく夏の後ろに回ったかと思うと抱きついた。そして
夏の着ていた服を思い切り捲り上げた・・・のだが・・・・
あっさり腕を掴まれ、ほのかはずるずると夏の前まで引き上げられた。
小柄とはいえ少女を一人持ち上げて平然とする様子は多少異様ではあった。
ぶら下がったようなほのかは口惜しそうな表情で夏を睨んでいる。

「しまったぁ・・やっぱり先にかじりつけばよかったじょ。」
「ほう・・背中からなら首元とか、急所だものな。」
「でもなっちって硬そうでさぁ・・イマイチだよ。」
「何が?」
「あんまり美味しそうじゃない。」
「そうだな、おまえはあっちこっち美味そうだが。」
「・・・なんかやらしくない?その言い方。」
「そうか?安心しろ。おまえみたいなガキ襲ったりしねぇから。」
「さっき思い切り襲ったじゃないかーっ!?」
「そういう意味じゃねぇし・・」

わたわたと手足を振り回すほのかを膝の上に落とすと夏は繁々と見た。

「何見てんのさ、人の顔をじろじろと。」
「いや・・何故かおまえって・・虐めたくなるんだよな?」
「はは〜ん、わかったじょ!ちみ、さてはほのかに惚れたのだな!?」
「ははははは・・・面白いね、ほのかちゃん!」
「いかん、ほのかまたなっちの意地悪すいっちを・・」
「よっぽど俺に虐められたいんだね、ほのかちゃんて」
「きぼちわる・・ぺっぺっ・・王子モードのなっちなんてこうしてやる!」

結局ほのかは齧りつき体勢に入り、多少の戦果は上げた。
そのせいでお仕置きと称してほのかにも『お返し』が入った。
甘く噛んでみたほのかの首筋が予想外に美味くて癖になりそうだったことを
疚しさと同時に夏はこっそり胸に仕舞った。自覚まで長くはなさそうだった。







ほのぼのだったのに・・一気にやらしくなりました。(あれ〜?!)