「俺のだろ?」 


夏の親友を自称する男がぼんやりと遠い目をして言った。

「・・『ずっとお友達』ってさぁ・・惨い言葉だよね?」

兼一もまともな応対を期待してはいないようだった。
独り事のようにそう呟くと膝をぽんと叩いて立ち上がった。
誰に言われたかなんてことは明白だ。彼はわりとしつこい男で
”一途だと言って!”と文句が出るであろうがそこは置いて
想い人から言われたからこそ、ずしんと心に重く圧し掛かるのだ。

兼一は笑って去った。彼によく似た妹を夏は思い浮かべる。

『なっちー!ほのかはいつだってなっちの友達だからね!』

勝手に寂しいと決めつけ、自分には友達が必要だと豪語して
そこら辺は兄の兼一と同じで、人のことは言えまいと思える。

”・・友達ねぇ・・・”

時を共に過ごせば過ごすほど、わからなくなる境界線。
ほのかは・・兼一を仮に友と呼ぶならば同じ存在だろうか。
答えは常に否だ。夏のことを翻弄する唯一の存在、ほのか。

疑うのは望んでいるからかもしれない。『ずっと』など在り得ない。
だがその甘い戯言を信じてみたいとでも自分は思っているのかと
誰にでもなく問うてみる。なら友達でいたいのかと言われれば

”・・ちがうよなぁ・・?”

馬鹿馬鹿しくも深遠な疑念を振り払い、夏も帰途へ着こうとした。
だが今日はほのかは学校の行事の買出しとやらで家には来ない。
なのに自由であるはずの夏の足取りは軽くはならず、帰宅を渋る。
自分の知らない同じ年頃の輩に混じってほのかは笑っているだろう。
それが普通で本来の姿だ。男の一人暮らしに押しかける方がおかしい。
なのに夏の心は晴れず、用も無い街中へと知らず足を向けてしまった。
普段は寄り道などせず真直ぐに帰宅する。何故ならそれは・・・

『なっちー!おかえりいいっ!!』

例えほのかが後からやってきたとしても必ず『お帰りなさい』と言う。
私がいるから、寂しくないよ!そう顔や体全体から飽きず放ちながら。
まるで待っているのは自分だ。たまに会えない日が続いたときも

『すーぐどっか行っちゃうんだから。会いたかったんだからね!』

甘えるようなその言い草を心待ちにしている、そんな自分がいる。
どうすれば叶うのだろう、『ずっと』そうしていて欲しいのならば。
友達というものがそういうものだとしてもきっと別れはやってくる。
時は止まってはいない。ほのかもいつか制服を脱ぎ、一人の女になって
夏の元を離れるのは自然の理だ。誰もそれを止めることなど出来ない。

ぶらつく商店街にはほのかと同じ学校の制服がちらほらと見えた。
学校祭みたいなのが近いんだったなと、ほのかからの情報を思い出した。
こんなところでばったり会っては気不味いかもしれないと夏は考えた。
帰宅してせっかくの自由を有意義に使おうと気の抜けた己に言い聞かす。
そうして足を踏み出したとき、夏の目に飛び込んできたのは

横断歩道で立ち往生している犬を助けようと駆け寄るほのかだった。

「あの・・馬鹿!」

距離にすればとんでもない速度であったが、夏は間に合った。
びっくりして歩道にへたり込むほのかの腕の中で仔犬が震えていた。
怒鳴りつけてやろうと思ったところへ犬の飼い主らしい少女がやって来た。

「ありがとうございますっ!」

「あっよかったね!わんちゃん。ほら、もう離れたらダメだよ!」

ほのかは飼い主に仔犬を返すとにっこりと微笑んだ。
その笑顔に怒りで一杯だった夏の頭は一気に冷えた。

「・・おまえ、買物は終わったのか?」
「あ、うん。今からなっちんとこに行こうと思ってたのだよ。」
「俺がいなかったら・・おまえ、無茶するなって言ってただろうが!!」
「気がついたらなっちがわんことほのかごと抱っこしててびっくりだよ。」
「びっくりしたのはこっちだ!・・ったく・・おまえは心臓に悪ぃ・・」
「なっち、ありがとう!」
「・・・・・・あぁ。」

ゆっくりと夏は自宅へと歩き出した。ほのかもその直ぐ隣を付いて来る。
足取りは重くない。ほのかはその隣ではしゃいだように軽やかだった。

「はーっ・・やっぱりなっちといると落ち着くじょ。」
「あぁそう・・」
「なっちはそんなことない?」
「ねぇな。」
「即答かい!」
「おまえ見てるとハラハラする。」
「なら尚更一緒に居たくないかい?」
「・・・友達だから、か?」
「ん?友達でもなんだっていいけど」
「なんだっていいのかよ!?」
「要するになっちならいいわけさ。」
「・・・はぁ・・そうかよ。」
「大好きだからかな!?」
「・・俺は・・」

好きだろうか?ほのかがこの世からいなくなったら、そう思うと
さっきのように体が凍る。大切だと思う。かけがえがないとも。
だがそれもどこか違う。何か足りない。求めているのはなんなのだ。
気付くと足を止めてほのかを見ていた。ほのかも不思議そうに立っていた。

「なんで急に黙るのさ、好きって言ってごらんよ、さあさあ!」
「うるせぇ!なんでそんなこと言わなきゃなんねぇんだよ!?」
「ケチ。たまには遠慮しなくていいのに・・」
「誰が遠慮してんだ、ああ!?」
「絶対好きだと思うんだけどなぁ〜!」
「めでたいヤツだな、おまえって。」
「まぁいいけど。片思い上等だよ!」
「・・・・おま・・・友達、なんだろ?」
「うん?そりゃ今はね?だって今カノジョだとなっちロリコンさんじゃない?」
「ロリ・・おまえ新島か誰か知らんが友達は選べよ。」
「そんなの誰だって知ってるさ。ほのかをそれほど馬鹿にするでないよ。」
「おまえいくつだっけか?そりゃおまえではなぁ・・そう言われるか。」
「なんなんだね、何気に傷つくね、改めて言われると。」
「とにかく呼名はなんでもいいから、なっち、ずっと仲良くしてよーね!」
「ずっと・・・っていつまでなんだ?」
「そりゃずっとって言ったらずっとさ。」
「そんなこと可能なわけねぇだろうが。」
「えらく突っかかるね?わかんないじゃないか、決め付けたらいかんよ。」
「俺はおまえを友達だなんて思ったことないぞ・・」
「んなにっ!?ひっどいなぁ・・!っていうかマジでなっちロリさんなの?」
「誰がだ。」
「予約なの?いいよ、なっち。大きくなったらなっちのってことで一つヨロシク。」
「そんなことは言って・・・”なくもない・・か・・?!”」
「言っとくけど浮気はダメだから!ほのかそこんところは心狭いからね。」
「ちょっと待て。ずっと友達でいよう!ってのは脈がないっつう・・意味」
「そうなの?そんなの知らなかった。」
「それ・・今度おまえの兄キに言ってやれ。」
「お兄ちゃんに!?・・うん、いいけど・・?」

「なんかもう馬鹿馬鹿しいっつうか・・どうでもよくなったぜ。」
「ふんふん・・何か悩み事だったのかい?お兄さん。」
「ああ、けどもういい。ぐだぐだと悪かったな。」
「いいよいいよ、ほのかに何でも相談すればいいのだよ。」

ほのかは満足そうに歩き出す。夏も体が軽くなったように感じた。
のんびりとした歩調に合わせ、ほのかは一歩一歩踏みしめるように歩く。
やがて鼻歌が聞えてきた。心地良い。夕焼けもほのかの笑顔も何もかも。
夏はポケットに入れていた片方の手をほのかに向けて解放する。
それを見たほのかはすぐに承知して腕にするりと細い腕を絡めた。

「今日はいいんだ。なっちご機嫌だね!」
「・・たまにはサービスだ。」
「素直じゃないのう!けど嬉しいからいいや。」

腕を組んで二人は同時に歩き出した。長く伸びた影法師が付いてくる。
楽しそうな様子は夕陽に照らされてどちらもきらきらと輝いていた。

「ね、なっち。」
「なんだ?」
「なんでもないー!」
「んだよ、そりゃ」
「へへへ・・」
「気持ちわりぃな」
「帰ったらアイス食べよ?」
「・・まだ残ってたか?」
「一つだけ残ってたはずさ」
「あれは俺んだ。おまえは前に食っただろ。」
「いいじゃん、一緒に齧ろうよ。」
「俺んだってのに・・買ってくか?」
「ええ〜!一つを齧るのがしたいんだよう!」
「なんでそんな真似・・どこの馬鹿っぷるだ」
「バカっぷるしたいんだい!なっちしてして!しようってばあ!」
「うるせぇなもう・・わかったよ、食えばいいんだろ。」
「やったあ!うへへへ・・」
「擦り寄るな、猫かおまえは」
「大好きなっちvごろごろにゃー!」
「やっぱおまえにはやらん。」
「ええっ!なんでっ!?」

友達かと問われれば違う。では何かと尋ねられても答えようがない。
妹でも友達でも猫でもなんでもない。ただ一つだけ言えるのは

”俺のこの隣は・・・ほのか以外考えられない”ということ

いつか明確な呼名が見つかるまでは友達でもなんでも構わない。
それまではせいぜい・・ほのかの笑顔を護ることに専念しよう。
夏が出した結論はかなり甘ったるい側面をしていたが彼は気付かない。
無意識の独占欲を満たされて安堵しているのだと理解する手前だった。

「なっちのものはほのかのもの。ほのかのものはほのかのだよ。」
「どっかで訊いたような・・・変な理屈くっつけてんじゃねぇ!」

じゃれ合って今日も夏はほのかのおかげで何もかもが温かくなった。







ほのぼの夏ほの。基本だよね。