オーダー・ストップ 


 姿見の前でくるんとまわるのはすでに五回目だった。
その様子を見守る夏の顔にはいい加減にしろよ的雰囲気が
漂っているが、実際はかけ離れた内容を思い浮かべていた。

 ”やっぱこれは人前には出せねえな!”
 ”一々客をチェックしなきゃなんねーし”
 ”第一俺だけ見れりゃそんでいんじゃね?”

 執事かはたまたギャルソンかといった格好をして佇む夏に
振り向いたイギリス風のメイドコスをしたほのかが笑いかけ、
いつもより多少丁寧な物腰でもってメイド風を装いつつ言った。

 「御用はございますか?ご主人様!おやつお持ちしましょうか!」
 「・・腹が空いたのか?待て、俺がなんかこしらえてくるから。」
 「え〜・・ちみは芝居をやっとるヒトではないのかね、不合格。」
 「うっせえな、俺んちだここは。芝居なんざしてどうするんだ。」
 「ごっこ遊びというものを知らないのかね。まあいいや・・そだっ」

 ほのかはパフェなら材料もあるし簡単だと名案を口にするが早いか
即刻取り掛かるべく台所へメイドにあるまじき駆け足で急ごうとした。

 「待て、ほのか。そんなもん俺がするからお前はここで待ってろ!」
 「パフェくらいほのかでも作れるさ!心配しなくても大丈夫だよ?」
 「いいから。服汚したくないだろ?・・わりかし似合ってるし・・」

 夏が珍しく言いよどみつつだがほのかを誉めたので目を丸くする。
そして照れたように笑うと「似合う?ホント!?」と問い質した。
ドレスは長めの本格派だ。その裾を持ち上げて我が身を見ながら。

 「まぁな。だから他所でバイトなんかすんな。俺んちでそうしてろ。」
 「じゃなっちの専用メイドね。なんでもお申し付けくださいなのだ。」

 元はといえば出先のカフェの店員の制服が可愛いと感激したほのかが
バイトしたいと言い出したのが始まりだ。夏は難色を示し討議の結果が
いつもの谷本邸で夏の用意した衣装によるバイト紛いのコスプレである。
そもそもほのかがバイトの面接に受かる確率はかなり低い。それに加えて
その制服はかなりのミニだった。煩く要求するのでミニのも用意するあたり
夏も相当甘いのだが、谷本家の当主はなんでもありの王子様なのだった。
 そしてそれらのメイド衣装はバイト先とは比べ物にならない本格仕様で
夏は長袖で長い丈の本格派を推した。その為似合うと言わざるを得なかった
のであるが、それは単純に好みというのも含まれたが露出が少ないせいだ。
誉められればほのかもすっかりその気になってこっちの衣装に決定した。
本人もまた似合うと認め、嬉しくなって鏡の前で何度も回ったわけである。

 「俺の言うこときくと言ったな。ならここでおとなしくしてろ。」

 ブーイングをスルーした夏はあっという間にパフェを二人前持って戻った。
簡単とはいえ、見た目も中々本格的に設えてあり、店のものとも遜色ない。
出来栄えに見惚れながらほのかはテーブルに夏と座り、それを口に運んだ。

 「はい、あ〜ん!ご主人様、次はアイス?それとも桃ですか?」
 「自分で食うからもういい。・・食べ辛えんだよ。」
 「そんなこといわないで、ご主人様!食べてよう!」

 結局どこまでもほのかに甘い夏は渋々と見せかけた無意識の芝居で
ほのかの運ぶ銀のスプーンを口に含む。それを可愛いと思われているとは
知らない夏だが、満足そうなほのかを見ながら内心ご満悦なのだった。


 「ねえねえ、じゃなかった。ご主人様次は何しましょうか?」
 「別に・・食ったばっかだから休憩しとけ。お茶はあとで淹れる。」
 「なっちがメイドさんみたい・・ほのかちっとも働いてないじょ。」
 「何がしたいんだか言ってみろ、俺が許せる範囲で働かせてやる。」
 「・・なっちがしたいことをお手伝いするの間違いじゃないかい?」
 「俺は別に何もない。」
 「そんなのつまんない。なんかしたいことつくって!」
 「・・つってもなあ・・」

 ほのかを満足させようと夏は思案した。でなければこの遊びが終われない。
もう少し出来上がったカップルなら大人な要求もできたが二人はそうでない。
今のところ夏が好き好んでやっているほのかの下僕というのが現実に近かった。
無自覚なほのかと無意識の夏。そういうカップルと傍では見られているのだった。

 「肩もんであげましょうか、ご主人様。」
 「いい、それより膝を貸せよ、ほのか。」

 あちこち掃除されると物を壊される。体を触られるのも妙な気持ちになる。
台所は危険なのでなるだけ行かせたくない。ということで夏は考えたのだ。
長椅子に座ったほのかの膝に頭を乗せて、いわゆる膝枕で休むということを。
この申し出は早速受け入れられた。メイドは夏に嬉々として膝を貸した上に
子守唄まで歌った。おかげで眠れなかったがそのことを夏はとがめなかった。

 「なっちがお昼寝って珍しいね。ふふ〜v」
 「お前が寝るのが定番だからな。涎落とすなよ?」
 「ほのか寝ないもん。ご主人様を見守るのが使命さ。」
 「どうだかなあ・・」

 張り切っていたほのかの努力は・・一応努力は認められた。しかしながら
ほのかはじっとしていると眠くなるという癖があり、夏の予想通り舟を漕いだ。
そのまま膝を預けていたらほのかの脚は痺れて大変なことになるだろうから
夏は意識して頭を少し浮かせていたのだが、眠ったと見てそうっと起き上がる。
寝付いてしまえばほのかは少々のことでは目覚めない。抱き上げて立場を替えた。

 ”やれやれ・・たいしたメイドだぜ・・”

 すやすやと寝息を立てるほのかの髪を優しく梳きながら夏は微笑んだ。
 
 ”俺専用だってんだから・・いいよな?”

 ひと時の独占を夏は楽しんでいた。一緒にいる時間は結構あるのだし、
その間も独占していると言えないこともなかった。しかしそれとは別で
無防備そのもののほのかに何の隠し事もなく接することのできる時間なのだ。
自宅であろうと人前では100%自分をさらけ出せない夏にとって貴重な時、
誰に見られることも気にせずにほのかだけを見つめていられるのだから。

 ”早く兄離れして俺だけ見てりゃあいいのに”

 などという門外不出の本音も心に呟いたりできるのもこんなときだった。
普段は夏からほのかに触れることはほとんどないが、それも特別なことだ。
弄ぶ髪は夏の指に心地よく絡んで寝顔はいつまで見ていても飽きなかった。

 鼻歌はほのかの専売特許ではない。実はこのときたまに夏も歌う。
ほのかの耳にも届くかどうかという幽かで囁き声のようなその歌を
ほのかはいつか知る日がくるのだろうか。それは夏にもわからない。

 夏だけのほのかに注文することは元気でいること、笑っていること。
それ以上の望みはない。あとはほのかの好きなことに付き合ってやるだけ。
ほのかが目覚めたらお茶でも淹れて・・と夏は先の予定を立てたりもした。


 ”なっちい!なんでなっちとほのかひっくりかえってるの!?”

 立場が入れ替わっていることをきっとそんな風に驚くだろうと思う。

 ”魔法だ!ミラクルだー!あんびりーばぼおだじょ!”

 想像してくすりと笑いが漏れた。メイドは慌てて飛び起きて俺にそんな
少しも奇跡とは思えないことを大げさに喜んで見せると夏は確信している。

 「むにゃ・・なっちぃ・・ぱふぇ・・もうたべれない・・じょ〜!」

 寝返りを打ちつつほのかが呟いた寝言に夏は吹き出しそうになったが堪えた。
夢の中でオーダーストップをかけたほのかは夏の膝で気持ちよさげに笑っていた。








とあるイラストからこんなのを書いてみましたw(^^)