ONLY ONE GIRL  


「ほのかちゃん・・そんなに見られると恥ずかしいですわ。」
「これ・・そんな・に・うらやま・・しい?」

そこは知る人もほとんどない秘湯、梁山泊の裏庭温泉。
遊びにちょくちょく来ているほのかとしぐれ、美羽が入浴中だ。
常に覗こうとする男を含め、その日男性陣は出払っていた。
おかげで女三人たちは安心してのんびりと入浴を堪能できた。

しぐれと美羽の二人はほのかより年上ではあるが、それにしても
現実離れした抜群のプロポーションでもう一人のほのかを圧倒していた。
それでついじっと見つめてしまい、冒頭の台詞とあいなったのだ。

ほのかも数年前に比べれば真っ当な成長を遂げ、胸部も然りだ。
ところが自らの手で触ってみると、それは頼りない感触この上ない。
逆に美羽としぐれの立派なバストは(当然腰やらその他も立派だが)
実に弾力良く、触り心地がまるきり違う。ほのかは眉を顰めた。

「運動もしてるし牛乳だって飲んでるけど・・どうすればこうなるの?」
「そんなに気にしなくても・・ほのかちゃんだって育ってますのに。」
「そう・そう・・やわ・・らかそーで・・いい感じ・・」
「やわやわすぎなんだもん。もっとばいーんとなりたいんだけど・・」
「そのうちなりますわ、焦らなくても若いんですし。」
「大きいと・・けっこう・・ジャマ・・だぞ?」
「・・一度くらいは言ってみたい台詞だ・・・」

風呂上りの女たちは三人共ほんのり色付いて実に艶かしい。
出掛けている男達も離れた空の下で歯噛みしていそうである。

「けれどほのかちゃんも女らしい体つきになってきましたわね。」
「うん・・若くて・・ぴちぴち・だ・・」
「ありがと・・嬉しいよ・・うん、現実は潔く受け入れないと。」
「・・谷本さん別に不満など持たれてないでしょう?」
「えっいやっ!なっちなんて関係ないさ。うんうん、個人的なことだよ。」
「むしろ・・危険そう・・なら・・助けに・・いく・ぞ・・」
「あ、まったくそんな危険ない。しぐれ、心配いらないよ〜!」

ほのかは苦笑しながらひらひらと手を振って否定した。
二人が話題に引っ張り出したのはほのかの彼氏の話である。
(但しまだなりたてでちゅー程度の関係だったりする)

人並みよりかなり幼いほのかである。お付き合い認定だけでも快挙なのだ。
出会ったのはほのかが13歳頃であったが、当時はもちろんそんなではない。
彼である谷本夏自身がそういう付き合いを求めていなかったということと、
時代から忘れ去られた感のほのかが一緒に居ても、誰もそうとは思わなかった。
実際当の本人たちも”ともだち”のような”兄妹”のような曖昧な関係だった。

「触っても大きくならないんだよね。ウソだよ。」
「う〜ん・・そうですね。関係なさそうですわ。」
「まっさーじ・とか?して・・んの?ほのか・・」
「色々やってみるけど一向に効果感じないんだ。」
「がんばってるんですのね。なんて健気なんでしょう!」
「あー、それにほのかもっと可愛くなりたいっ!」
「ふっ・・それは・・むずかし・・そう。」
「しぐれっ!?ヒドイじょ、正直すぎ!」
「元・・から・・可愛い・・から。」
「可愛さなら誰にも負けていませんわよ。」
「またまた・・ほのかの周りの人ってほのかに甘いなぁって思うよ。」

真面目な顔の美女二人にほのかは照れ笑いした。本気で言ってくれているからだ。
しかしそれをすんなり本気にするほどは自惚れていない。甘いというならもう一人、
夏のことを思い浮かべてしまう。彼もどうも目がおかしいのかと思える処がある。
しぐれや美羽に見劣りしないほど、彼は整った容貌をしている。ところが、そういう
恵まれた人達に共通した感覚なのか、彼らはほのかを『可愛い』と絶賛してくれる。
少々バカにしているのだろうか?と疑ったこともあるが、どうもそうではないらしい。
普段甘い台詞は口にしない夏なのに「一体どこが不満なのかわからん。」と首を振る。
呆れるほど素でそう言うのだから、きっと感覚が他とは違うのだと解釈する外なかった。

お土産に美羽手製の豪華な折り詰めの菓子をもらってほのかは梁山泊を後にした。
和菓子職人のような出来栄えのそれらをつまづいて落とさないよう気遣って歩いた。
今日は珍しく着物姿だ。お祭りではないが美羽が着なくなった柄のものを譲り受けた。
本人の大切なものであろうに「もう私では派手になってしまいましたから」と言って
形見でもある着物をほのかに気前良く差し出した。将来彼女はほのかの義理の姉となる。
だからほのかに貰ってもらうことは、他人に譲るわけではないし、嬉しいとのことだった。
慣れないが、ほのかも女の子だ。綺麗な着物は見ているだけでも嬉しい。着せてもらうと
意外と似合うようで、お世辞を差し引いてもしぐれとほのかの賞賛は少し自信になった。
いつもと違う自分をこれから見せに行くと思うと、ほのかは期待感で胸がドキドキした。

”えへへ・・なっち何て言ってくれるかなぁ!?”などと想像すると顔も綻んでしまう。
ところがウキウキした気分を疎外する事態が向こうからやってきた。ナンパである。
見た目の幼さを補って大人っぽい雰囲気がそうさせたのか、通りで呼び止められてしまった。
待ち合わせまであと少しというところなのにとほのかは持っていた重箱の包みを握り締めた。

「通して!お茶なんかいらないから。」
「まぁまぁ、そんなに警戒しないでもダイジョウブだよ、俺こう見えて真面目だし。」

”うう・・なっちにメールしたいけど・・携帯、洋服のポケットに入れたままだ〜!”

着替えは荷物になるから一まとめにしてしまっている。足元も走るのが難しい草履だ。
ナンパは夏と一緒なら在り得ないが、たまに一人だと最近は必ずと言っていい程ある。
せっかく綺麗にしたのに最初に見てもらえなかった悔しさも込めて相手を睨みつけてみた。
けれど相手は意にも介さず、欲しくもない誉め言葉が並べられてほのかはげんなりした。

”こんな人に誉められたってちっとも嬉しくないよ。ってゆーか聞きたくない!”

ほのかがどんなに困っていても、こういうときは意外に誰も助けてはくれないものだ。
夏が待ち合わせに遅れた自分にイラついて帰ってしまったら・・と不運な予想が浮かぶ。
待っていてくれてもきっとその場所を移動したりはしないはずだとほのかは焦り始めた。
適当にあしらっても無視しても相手はしつこく話しかけて離れようとせず、弱り果てていると

「どこかお稽古か何か行ってたの?そうでしょ!?」
「あっ何すんの!?返して!」
「重そうだから持ってあげるよ。ね、ちゃんと送って行くしさ・・」

ほのかが抱えていた重箱の包みをナンパ男が取り上げたとき、後ろに背の高い男が現われた。

「あっなっちー!よか・・」
「そんな格好してるからすぐにわからなかったぞ。おい、あんた。」
「えっえっ・・あっ!はい。すんません!失礼しました〜!?」

夏は軽く睨んだだけなのだが、情けなくナンパ男は去っていった。

「遅れるなら連絡しろ。・・ってもしかすると忘れたのか?」
「う・・持ってるけど・・この中。」
「何かしら抜けてるからな、おまえは。」
「・・・なっちのばか。・・返してよ、それ。」
「なんだこれ?」
「あっ揺すっちゃダメ!」

夏が男から取り戻した包みを揺すろうとしたのに慌てたほのかは飛び上がった。
そのとき草履の鼻緒が切れた。よろけて夏に支えられたが、ほのかはなんだか悲しくなり
急にくしゃっと顔をゆがめて涙ぐむ。夏は少し思案した後、荷物とほのかを抱えあげた。
器用にほのかの足をすくい、走り出す。乱暴ではなかったが、いつかの光景に似ていた。

「ほのかってさ、よくなっちに連れ去られてない?!」
「面倒に巻き込まれやすいというかな・・・はぁ・・」

結局夏の家まで連れられていつものソファに腰を落ち着けると、夏が深い溜息を吐いた。

「遅くなってごめんよ。けどあの人が悪いんだからね!」
「そのことはもういい。これ、何か大事なものなのか?」
「あ、これ梁山泊からもらってきたの。美羽のお手製。」
「食い物かよ・・なんだ。」
「バチが当たるよ!?すっごく美味しいんだから。」
「オレが作ったのよりか?」
「へ?何対抗してんの!?どっちも美味しいよ!?」

着物のことも説明したが、夏は少しも嬉しそうな顔を見せないのでほのかはがっかりした。

「ほのか着物は似合わない?なっちは好きじゃない、とか?」
「え?いや似合ってる・・」
「じゃあ何が気に入らないのさ、その顔。」
「オレのはともかく・・物でも食い物でも人からもらうなよ。」
「えっ!そこ!?そんなとこに引っ掛かってたのっ?!」
「・・それとオレのいないとこで綺麗な格好もするな。」
「もしかしてほのかがほかの人に誉められるのが嫌なの?!なっちぃ・・」

夏はぶすっとしたまま返事はないがおそらく肯定している。今度はほのかが溜息を吐く。

「なっちってほのバカだねぇ・・だから魔法が解けたらどうしようかと思うんだよ。」
「なんだそれは。」
「なっちはほのかのこと”世界一可愛い”とか思ってるでしょう!?」
「それがどうした?」
「う・・これだもん。ほのかもっと努力しないとダメだ。」
「?わかるように言え。」
「なっちがまともな感覚に戻ったとき捨てられないようにと思って努力してるのさ。」
「オレはまともだ。失礼なヤツだな!」
「ありがと。嬉しい。いいの、個人的な問題。ほのかもっと可愛くなるからね!」
「これ以上って・・欲張りだな。」
「そうなの。けどね、それだけなっちが好きってことなのだ。」
「・・もっと好きになるってんなら・・とめはしねぇけど・・」
「うん!そうだよ。ほのかのことももーっと好きになってほしいもん。」
「・・・ところでそれなんだが・・」
「うん?着物?!綺麗でしょ?!結構似合ってると思うんだ!」
「ああ。・・・それって一人で着れるのか?」
「なっなっちっ!?何考えてんのっ!」
「イヤ別に全部脱がそうとは思ってないぞ!?ただ触ったら着崩れるかなと・・」
「!?!?もおおおっ!!」

ほのかは真っ赤になって重箱の蓋で夏の頭を叩こうとしたがすっとかわされた。
その手を掴んで下ろさせると、眼の前の瞳を覗きこむようにして夏は囁いた。

「世界一ってのは本気だ。魔法とかじゃない。おまえはもう少し現実を自覚しろ。」
「・・そりゃあほのかだって・・・なっちのこと世界一だと思ってますよーっだ!」

ほのかの方は照れてしまって視線が泳いだが、夏は真直ぐ見詰めたまま反らさない。
その視線に降参してほのかは顔をおずおずと近づけるとゆっくりと目蓋を下ろした。
世界一甘い恋人の、まだ慣れていない世界一甘いキスを受け入れるためだ。
再び目を見開いた世界には、一番に思ってくれる男が幸せそうに微笑んでいた。
悩みは尽きず残っていても、たいしたことではないとほのかも同じように微笑んだ。







これでもまだちゅーどまりの頃です。夏さんが開き直りすぎ。
なんか・・もうしわけないです。甘すぎました。(++)