「お菓子をちょうだい」 


ハロウィンってお菓子をおねだりする日でしょ、と
どや顔でほのかが俺に手を差し出した。例の台詞は

「とりっくおあとりぃーと」

完全なる日本語でどこの国でも通用しないものだった。
今年は仮装しないことになって心底ほっとしていたが
(各々の学校における文化祭の準備で忙しいのだ)
きっと日々の忙しさで疲れも溜まっているのだろう
ほのかの顔には寝不足を絵に描いたように隈もある。

俺は溜息交じりに部活で配られた菓子を思い出し、
投げ出した鞄の中からそれを見つけてほのかに差し出した。
すると可愛らしい包みに喜ぶかと思いきや怪訝な顔をする。
俺も部活に限らず多忙を極めていて疲れを隠し切れておらず
あまりにも手抜きと憤慨されることになったかと身構えた。
ところがほのかの反応はまたしても予想を裏切った。

「これ手作りじゃないか。誰にもらったの?」
「誰って・・部員だ、演劇部のお前の知らん奴。」

ほのかの顔が益々剣呑になった。多少ぶっきら棒ではあった。
だがおかしいことも疚しいことも何もなく、事実を述べたのだ。

「そりゃ知らないよ、なっちそんなこと言わないもん。」と呟く。

ほのかは差し出した菓子包みを手で押し戻すように俺に返した。
眉を寄せたのはその反抗期の娘のような態度のせいだった。

「なら食うな、お前じゃなく俺がもらったものなんだしな。」と返す。

不穏な空気が張り付いた。お互いに刺々しい雰囲気を纏ったまま
ぷいと顔を背けた。そのときは二人共に譲る余裕がなく意地を張る。
沈黙が流れる。かなりの間黙り込んで貴重な時間を浪費していった。

「隈なぞ作って不細工面で黙ってんならとっとと帰って寝ろ。」

冷静になればより大人気ないのは俺の方だったと思ったのだが
言われて傷ついた表情を浮かべたほのかは黙ったまま立ち上がると
帰るよ・・と力なく囁いて居間をゆっくりと出て行った。
後に残ったのはなんとも言いようの無い気まずさだった。

去年のこの季節は仮装させられて馬鹿馬鹿しい祭事に付き合った。
ほのかは酒入りのチョコに酔っ払ったりしたが無邪気にはしゃいで
可愛かった。年月が否応なしに子供を変えていくのは仕方のないこと。
こんな親でもない俺が娘に反抗されたみたいに落ち込むのはおかしい。
かといってせいせいしたと紛らわす自分もガキくさくて嫌気がした。

翌日も相変わらず、いや一層忙しくなった。学祭は近付いている。
部員達に懸念されつつ稽古や舞台準備にといつも通り打ち込んだ・・はずだ。
うっかりミスをして気遣われたのが我慢ならず、むしゃくしゃして帰宅した。
わかっていたがほのかの来訪はなく、たどり着いた家は真っ暗で人気はない。
本来の姿だと何故か重く感じられる門を開いた。天気も悪く風も出ていた。
強い疲労感に体も重い。今日はこのまま自室へ引き上げ寝ようかと考えていた。
その途中、居間のドアが少し開いていた。照明は点いていないが違和感を覚え
そっとドアをくぐり抜けた。すると静かな室内から微かな寝息が耳に入ってくる。
奥に進むとソファの上で猫のように丸くなって眠っているほのかを見つけた。
おそらく日が落ちる前にやって来て、待つうちに眠ってしまったのだろう。
風邪を引いてないかと気になった。もう結構遅い時間で起こして送るしかない。
ほのかはぐっすり寝入っていて可哀想に思えたが、その肩を揺すろうとして
屈み込んだときに手元から転げ落ちたらしい小さな包みを見つけ、持ち上げた。
手にすると甘い香り。どうやらほのかの手製らしい。仲直りのつもりだろうか。
昨日のことを思い出してみた。俺はふと思う、ほのかはもしかすると・・・

「・・ん・・なっちぃ・?・・お帰り」
「・・ただ今。お前寒くなかったか?」

目が覚めたほのかは目を擦り擦り、まだ寝惚けたような状態だった。
しかしやがて辺りが暗いこと、眼の前で俺の持っているものなどに気付いた。

「えっ!?それ!どうしてっ!?ってなんで真っ暗なのっ!??」
「落ち着け。俺は今帰ったところだ。遅くなってすまん。待たせた。」
「・・う・ううん。ほのか寝ちゃったから電気・・電気点けないと。」
「そうだな」

言われて直ぐに照明のスイッチへ向った俺の背にほのかが勢い声を掛けた。

「昨日はごめんね!なっち、それ食べて。」
「あぁ、さんきゅ。お前が作ったんだろ。」
「うん・・あのさ、昨日のお菓子の方が美味しいかもしれないけど・・・」
「あれは食わなかった。鞄に戻してたんでクラスのヤツにやっちまった。」
「えっ・・?!」

ほのかがとても意外そうに目を丸くするのが不思議だった。
食う気になれなかったのだ。それでそうしたまでのことだ。

「どうして?せっかくなっちに作ってくれたんでしょう?その・・誰かに」
「俺にってんじゃない。部活の皆に配ったやつだ。誰だったか覚えてねぇ」

俺の返答にほのかは大口を開けて呆れた風だった。一体何を思ったのだろう、
なんとなく気になって俺は尋ねてみた。本当にわけがわからなかったので。

「・・・なっちのこと好きな女の子が作ったんだと思ったんだよ・・」
「はぁ・・?」

ほのかは視線を泳がせて決まり悪そうにする。まだ理由を飲み込めない。

「なっちはそういうこと言わないから・・あのそれ、彼女・・じゃないんだね?」
「・・・部員だと言ったろ?俺は誰とも付き合ったりしてないが・・何故そんな」
「だっだったらいいんだよ!も、いい。わかった。ほのかの勘違いっ!!」
「何を間違ったんだ。」
「うう・・恥ずかしいから言わない。」
「?・・俺も昨日は口が過ぎた。悪かったな。」

言いたくなさそうだと察して話を切った。そして手の中の包みを解く。

「腹減ってるからこれ、食うぞ?」
「あっうん。いいよっ!どうぞ。」

見栄えは思っていたより随分ましで、コイツも成長したなとしばし感慨に耽る。
口に放り込むと僅かに苦味があったが甘すぎず結構美味かった。

「・・・どう?」
「上出来。」
「やった!ほのかってばやればできる子だね!」
「お前もこんなの作るようになったか・・って、まさかお前・・」
「なぁに?」
「・・・好きな男でもできたのか・・?!」
「はい!?え、え〜・・・っとそ、それは」
「学校のヤツか?いつからだ!」
「あれ・・?なんでなっちがお父さん化してるの?!」
「ぐ・・そうだったな、俺には・・関係・・」
「関係ないの?」

俺の言葉尻を掴まえてほのかが質問した。いつにない真剣な顔つきで。
どこか縋るような目付きに胸が不意に打つ。ほのか相手に何を焦っている?
しかし今の今、成長を感じて複雑に思っていたところだ。ほのかの変化を
受け入れる以外に俺が示す行動はない。ないはずなのに何かが引っ掛かる。

「関係なくは・・ない。お前が・・心配だからな。」
「お兄ちゃんかお父さんだね、まるで。」
「・・・・友達だとしてもだ。」

いつもはほのかから『友達』と言っていたがこのとき俺は初めてそう言った。
言った後に違う気がして、後悔のようなもやもやした気持ちが襲ってきた。
ほのかは俯いて元気がなかった。泣き出しそうにも見えて何かを駆り立てる。

「・・ほのか・・友達だと思ってたけど・・今は・・なっちのこと・・」

やがて小さな震える声が届いたとき、俺の全身が大きく波打った。
衝撃でひっくり返りそうだ。重い打撃。脳震盪を起こしそうなクラスの・・

「ちょっと待て!取り消す、さっきのを。」

ほのかが驚いて顔を上げ、俺を見る。目が合うと俺の中に確信が生まれた。
やっと訳を飲み込めた。ほのかが昨日怒った理由、作ってきた菓子の意味。
違和感の正体もそこにあった。日頃ニブイとほのかのことを評価していたが
愚の骨頂だ。俺の方がずっと鈍くて馬鹿で・・なんと恵まれた男であったかと。

「・・お前の作ったのしか食わない。これからずっと。」
「ずっと!?ずっとって・・・ずっと・・?」
「お前が望む限りずっとだ。期限は・・無い」

ほのかの顔が見ているうちに赤くなる。笑った顔を想像すると堪らずに

「笑えよ。俺は、俺も今は友達でも親でも兄でもないってわかった、ついさっきな。」

残っていた菓子の最後の一つを噛み砕いて飲み込んだ。熱い頬はうつったらしい。
誤魔化せたとは思わないが、ほのかが期待通り笑顔になったのを見てすっとした。

「嬉しい。ダメだったらほのかが食べようと思ってたんだ。」
「失敗作でも他の誰にも食わせるなよ、俺は心が狭いんだ。」
「うんっ!了解っ!」

俺に両手を広げて飛び込んでくるほのかを受け止めて抱き締めると甘い香り。

「Trick or treet?」と耳元に囁いてみる。「え、もう無いよ?また作・・」

甘い香りの大元に齧りつく。いや齧りつきたかったのだが口付けにとどめた。
お菓子じゃないと反論するが、それより数倍甘いと感じたのだからしょうがない。
そう言ってやるとまた笑う。俺がほのかを独り占めしたい理由がそこにあった。
成長するのを待ち続けていたらしい俺は、疲労感が消えていくのも感じていた。







ハロウィン現代版ですv・・・遅刻したけれど;