「オオカミさんいらっしゃい」 


ほのかはいつも通りリラックスして雑誌を眺めていた。
”あ、これ可愛い!欲しいな〜・・けどこの前買ったばっかだし・・”
気に入った服を着たモデルを見つけ、服に注目した後、
”なんでモデルさんって皆こんなに脚細いかなぁ!?いいな〜・・・”
などとコンプレックスを刺激される部分に不平を思い描く。
そんな折、居間の扉が開いた。その家の主人が帰宅したのだ。
見ていた雑誌をポイと投げ捨て、ほのかはお出迎えに駆け寄った。

「おかえりなっ・・」

飛びつこうと思っていたほのかは挨拶と一緒にそれを阻止された。
先回りするかのように小柄なほのかの体は絡め取られてしまったのだ。
おまけにいきなり唇までも奪われ、身動きできずにほのかは呻いた。
抗議を聞き入れたのかどうか、しばらくすると体と唇は解放された。

「なっ・・なんなの!?いきなりっ・・」
「うっせぇな・・悪いってのかよ?」
「なんかあったの?おかえりくらい言わせてよ。」
「あぁ、今帰った。良い子にしてたか?」
「ええ〜!?オオカミさんに言われたくないよ。」
「狼ならとっくに食われてるっての。」
「食べたじゃないか!お口・・」
「フン・・美味かったけどな。」

ほのかは家主である夏に呆れた顔を向けたが無視されてしまった。
どうにも慣れないというか掴めない。ほのかは少し眉間に皺を寄せた。
夏は時々オオカミになる。それも大抵びっくりするほど突然にだ。
慌てて抵抗してしまうが、どうやら夏はそう仕向けているようなのだ。
というのも一度抵抗しないでいるとたしなめられてそうとわかった。

「・・おい、このまま食われていいのか?」
「・・だって・・力が抜けちゃって・・動けないもん。」
「しょうがねぇな・・このくらいで。この前も腰抜かすしな・・」
「誰のせいなのさっ!?」

夏は結局襲い掛かるものの、途中で必ず自ら引いてしまう。
どんどん抵抗しろ。でないと危ないぞ。などと警告までしてくれる。
ほのかにはその真意を測りかねた。えっちがしたいのとは違うらしい。
そもそもほのかが迫った場合でも、絶対20歳までしないと言い張る。
ところが夏に許している口付けや抱擁だけはエスカレートしていって
抵抗どころか、なんだか虐められているような気さえ漂ってきた。

”ほのか・・もてあそばれてる・・・ぽくない!?”

途中で投げ出された体が熱くて困る。寂しいような切なさも感じる。
かといって一線を越していいとまではほのかの口から言えずにいる。
もどかしいと夏は思わないのだろうかと疑問すら抱いているほのかだった。
一度思い切って「いいよ」と告げてみたが、叶えられはしなかった。
それ以来ほのかはどこか物足りない気持ちと格闘する羽目に陥った。
不意を突いて夏が自分を襲う。これはどこか不自然なのではなかろうか?
こういったことは両者の合意というものが肝心なのでは!?と思うのだ。
しかし突き詰めて考えてみると自分が怖いと思う部分も確かにある。
20歳の誕生日が近付くにつれ、約束通り待っているべきかと迷う。
突然の抱擁やキスに翻弄されつつも、決して夏はほのかを無視していない。
心の中が見えているのかと思うほど、ほのかのほんの僅かな抵抗から
すっと身を離す。そのことにほっとしていることが情けなく感じられた。


お茶を飲んで仕事の疲れが快復したのか、夏は帰宅時より元気に見えた。
お土産というのも変な話だが、夏はほのかに色んなスイーツを持って帰る。
そのお蔭ですっかりほのかも気分を良くしているのだから他愛ない。
この頃は夏にそうやって甘やかされているとわかるようにはなっていた。

「これ美味しい!やだまた太っちゃう。」
「太っていい。抱いたら折れそうだからな。」
「そうやってなっちがほのかを甘やかすからちょびっと太ったんだよ!?」
「どの辺が?」
「失礼だよね、昔から。む・胸はちょっとしか成長してないけどさ・・!」
「成長してるじゃねぇか。抱く度に確認してるから。」
「んなっ!?・・もおお・・・やらしいんだからぁ!」
「いやらしいことはしてない。オマエこそ失礼だぞ。」
「・・・なっちはしたくないの?いやらしいこと・・」
「楽しみにしてるが?」
「・・あ・・そう・・」
「お預け状態にも楽しみはあるしな。」
「どんな?!」
「色々。オマエの成長度合いを確かめるとかな。」
「時々オオカミさんになるのって・・確認のためなの?」
「・・・いや、それは・・結果確認にもなってるが・・」
「びっくりしちゃうんだよ!?いつも突然なんだもん。」
「そんなに驚くようじゃまだまだだな・・」
「え、わかんないとダメなの?!」
「いいや、今のオマエも可愛い。だから問題ない。」
「・・オオカミだけじゃなくてたまに素でそういうこと言うから・・」
「なんなんだよ?文句があるのか!?」
「べーだ!教えないよっ!」
「ふ〜ん・・ほのか、キスしようか?」
「えっ!?さっき・・したじゃない!」
「またしたくなった。」
「えっ!えっ!?えと・・いい・・けど・・」
「心配するな。キスだけだ。」
「その心配ならしてないよ。」
「へぇ?」
「だってほのかがいいって言ってもしないじゃない。」
「まぁ決めたことだからな。けど・・わからんぞ?!」
「・・・・そうなの?」
「狼も腹が減るから。」
「ほのかのこと食べたい?オオカミさん。」
「実は常にそうしたいな。」
「いつも!?」
「危険だな、毎日。」
「ウン・・どきどきしちゃう。」
「危ない赤頭巾だ。それじゃあ期待してるみたいだぞ。」
「なっちだって楽しみにしてるんでしょ!?一緒だよ。」
「オマエ・・ホントたまに凶悪な誘惑するからなぁ・・」
「誘惑・・してる?」
「ものすごい威力でな。」
「そうなんだ!へへ・・嬉しい。悔しいばっかりじゃイヤだもん。」
「悔しいって何が?」
「・・なっちに甘やかされてばっかりでしょ?だから・・・」
「オマエだってオレを甘やかしてる。それも一緒だ。」
「ほのかがいつなっちを甘やかしたの?!」
「だから常にだ。お互い様ってとこだな。」
「・・・そう・・そうかあ!?」
「悔しいのも怖いのもオマエの想いは全部オレと重なってるんだ。」
「なっち、反則!」
「反則!?」
「ほのか感動して泣きそう!ダメダメ、もうこれ以上・・」
「泣きそうって・・もう泣いてるじゃねぇかよ。」
「・・ウン・・だから慰めて。キスもして。」


甘くて蕩けそうな時間。掠れる声と息に酔ってほのかは眩暈がした。

「・・・さっき言いかけてたろ?これ以上なんだって?虐めるなってか?」
「ちがうよ・・これ以上好きにさせないでって・・でも・・もういいや。」
「やっぱりオレと同じこと考えてる。気が合うな。」

ほのかが夏に悔しさと恥ずかしさと嬉しさの混じった口付けを返すと
夏が幸せに包まれた微笑を浮かべた。それでまたほのかは胸が苦しくなる。

「オオカミさん、たまには困ってください。ほのか困ってるんだから。」
「無茶言うな。今でも充分困ってるんだ。危険をちゃんと察知しろよ。」
「危険だってわかってるよ!わかってるから困るんじゃない!」
「・・なるほど。それもそうだな。」

夏とほのかはお互いの顔を見合わせるとどちらともなく笑い出した。
「オオカミがその気になるまでキスしちゃお!」とほのかが言い出し、
「今日も試されてるぜ」と夏が溜息を漏らす。二人は抱き合ったまま笑い転げた。








未来版は甘すぎて顎が外れそうです・・・(^^;