「美味しいレシピ」 


「ほわ〜!好い匂いなのだ!大成功だね!?」
頬を緩ませ感動の声を上げるほのかの横でオレは脱力していた。
料理に興味なぞ皆無だったというのに人生何が起きるやらだ。
「美味しく食べるのが食事の基本なのだよ!」という持論の元、
度々ウチの台所を好き勝手にして『ご馳走』なるシロモノを作る。
気になって作業過程を覗いたのが運のツキってやつだった。
オレは青ざめて直ちに作業を中断させ、その後屈辱的な立場に追い込まれた。
とどのつまりほのかの助手のようなものに成り下がってしまったのだ。
偉そうな指示に従ううちに、オレは覚えたくもないことを色々と覚えてしまった。
多少のことはさせている。しかしこいつの手つきの怪しさといったら・・・
「貸せ!オレがやる。」そう言わずにいられなくなって墓穴を掘ったのだ。
とにかくアバウト過ぎる!任せていたら何が起こるか予想するのも怖ろしい。
オレは今では賄いのバイトすら出来そうで、自分の器用さが恨めしい。

「ちょっ・待てっ、それ何入れる気だっ!!」
「へ?なんか甘みが足らないかと思って・・」
「チョコレートの入ったシチューがどこにあんだよ!?」
「なんでも挑戦してみないと新しい料理は生まれないんだじょ。」
「自分が美味しいシチューを作ってやるっつったんだろうがっ!」
「チョコレートシチューって美味しそうな響きじゃん?」
「新しい味になら自宅で挑戦してからにしろよ!」
「どうしてそう前向きじゃないのかねぇ・・カレーにチョコ入れることもあるじゃん。」
「シチューじゃなくていいのかっ・・て言ってるそばから今度は何入れる気だーっ!!」

・・・万事こんな調子だからオレは完成を見るころには脱力して当然だと思う。
「あったかいうちに食べよ!なっつん。シチューよそうね?」
「・・おまえ、時間はまだいいのか?」
「うん。今日はなっつんちで食べるって言ってきたよ。」
「またかよ・・・なんか週一ペースになってねぇか・・?」
「毎日来てあげたいけど、ほのかも結構忙しいのだ。ごめんね?」
「どんどん忙しくしろ。せめて月一くらいにしてくれ。」
「そんなの少なすぎだよ。水臭いねぇ、いつまでたっても。」
「水臭くて結構。そうだ、おまえんちに呼ぶのももうやめてくれ。」
「お母さんもなっつん心配してるからそんなこと言ったら怒られちゃうよ!」
「・・・マジで勘弁してくれよ・・」
「ぷぷ、そういやウチでのなっつんて気持悪いくらいお行儀良いよね!?」
「うっせー!人の話を聞けって!」
「初めは気持悪かったけどね、面白いからそれはそれでいいよ。」
「ちっとも面白くないぞ、オレは。」
「そんなことより、テーブルに運ぶよー!なっつんお茶よろしくー!!」
「・・水でいいだろ?お茶はデザートんときだ。」
「あ、そうだった!冷やしてあるんだったね!?わーいv楽しみだーっ♪」
「・・しまった・・・忘れてんなら帰りに持たせりゃよかった・・!」

調子が狂う・・狂いっぱなしだ。どうしてこんな奴に妹の面影など見たんだろう。
オレはどうかしてたに違いない。こいつはオレの妹には断じて似てない。
逆らえない自分がわからない。何度放り出してやろうと思ったかしれないのに・・

「う〜ん・・vv美味しい〜!完璧だね!?」
「助手が良いからだぞ、わかってっか?」
「助手なんだ!?うん、そうだけどさ、ほのかだってサラダ上手になったでしょ?!」
「・・・まぁ、食えるようになったな。って、いばるなよサラダぐらいで。」
「お味噌汁もちゃんと作れるようになったじゃん。もっと認めてよ!」
「こんだけ色々とやって上達しない方が問題だろ!?」
「ほのかの隠れた努力に気付いてくれないのかい〜?!」
「隠してたのかよ・・?知ってるさ。」
確かに初めに比べたらほのかの指の傷も減ったし、台所の惨状もましになったしな。
って、いかんいかん!初めが在り得なかっただけで普通になってきたってことだ。
「どしたの?頭抱えて。」
「何でもねぇ・・ちょっと頭冷やしたいだけだ。」
「じゃあ、デザート食べちゃおうか!?」

デザートのトライフルは冷やして中々の味になっていた。
ほのかがいつものように幸せそうな笑顔と賛辞を惜しみなくオレに示す。
それを見て、追い出せなくなった理由の一つに思い当たった。
誰かのために作ったり、作ってもらったりすることは思っていたより・・いい気分だったりする。
食うことは面倒事としか思ってはいなかった。ましてや作ったりすることなんかは。

「おまえ・・美味そうに食うよな。」
「ん?なっつん美味しくないの!?」
「美味いに決まってんだろ。オレが作ってんだ。もう腹いっぱいだから残りはやる。」
「なぬっ!?さてはほのかを太らせて食べるつもりかい・・!?」
「阿呆か・・おまえなんて食うとこねーじゃん。」
「ちみね、何気に失礼なこと言うの得意だよね!」
「食ってほしかったらも少し成長しないとな、チビ。」
「ぐむー・・可愛い顔して憎たらしいことを!いまに見ておれ、ほのかだってムチプリになるじょ!」
「・・可愛いは余計だ。おまえがでかくなんのって想像つかん。無理だろ?」
「ちっちっ・・あまりの美女ぶりになっつんものっくだうんだよ、むふふ・・」
「ありえねー!笑わせるなよおまえ。」
「そんなのわかんないじゃんか!失礼にも程があるじょーっ!!」

ついつい笑わされたり、和まされたりしながらの食事、これも知らなかった。
普通の家族はいつもこんな風だっていうなら、おめでたい奴が多いのも頷ける。
こんなのが『美味しい食事』ってやつなんだろうか。だとしたらほのかの思う壺だ。
それなのに一人のときとは確かに違うものを感じて、オレはどこかで喜んでいる。
なんとなくほのかの食べるのを見ていたらほのかがふと不思議そうに見つめていた。
「なんだよ?」
「ううん、なんかほのかの顔見ながら食べるようになったよね、なっつん。」
「・・そうか?・・おまえしかいねーから、しょうがないだろ。」
「初めの頃はね、なっつんは俯いて食べてたよ。黙々とさ。」
「・・・」
「だからさ、嬉しいな。へへ・・美味しいでしょ?誰かと一緒だと。」
「・・・おまえはオレと二人より家族と一緒の方が楽しいだろ?」
「え?・・なっつんと食べるのもすごく楽しいよ!なんで?」
「いや・・なんでもねぇ・・」
なんて質問をしたんだろうとオレは自分で言っておいて動揺した。
まるで・・・いつもほのかと食事をする者を羨むかのような・・・
目を反らしてしまって余計に勘ぐられそうで何やってるんだと思う。
「なっつん、ハイ。あーんして?」
「あ?おまえ、何やってんだよ・・!?」
オレが気まずい思いを噛み潰しているとき掛けられた声についほのかの方を向いた。
するとほのかが自分のスプーンにすくったトライフルの一口をオレに差し出していた。
「だから、あーんして?ホントはもっと食べたかったんでしょー!?」
「なんでそうなるんだ!?いらねーよ!」
「まぁまぁ、ちょびっと足らなかったということにしたげるから一口どうぞ?」
「どういう理屈なんだ・・?」
もしかしたら気まずい思いをしたオレを気遣ったのだろうかとふと思った。
にこにこと笑顔を浮かべてオレを見るほのかを見て、なんとなくそう感じる。
そんなことをするのは不本意だったが、オレは目の前のそれを口に含んだ。
「美味しい?」とほのかはオレに尋ねる。
「だから決まってるっつったろ?オレが作ったんだからな。」
「そうだよ、美味しいよね!それでいいのだよ、なっつん。」
まるでよく出来たと芸を褒められているような気がしてオレは苦笑を漏らした。
「なんだよ、それ。」
「なっつんがなんか難しいこと考えてるみたいだったからさ。」
「別になんも・・・」
「美味しいって思えればおっけーさ。ちゃんといつも味わってる?」
「・・・味・・なんて・・」
「なっつんが美味しいって思ってくれるならほのか何度でも一緒に作るよ!」
「・・・おまえ・・」
「えへへ・・」
ほのかは少し照れたように頬を染めると、オレの咥えたスプーンでもう一口すくって食べようとした。
「あ、ちょっと待て!」
「ほえ?」
オレが急に声を上げたので驚いてはいたが、ほのかの口は既にぱくりとスプーンを咥えていた。
「おいひい!・・何?なっつん。」
「・・・いや、その・・それオレが・・」
「え、やっぱもっと食べたかったの?!しょうがないなぁ・・ハイ、あーん・・」
「違う!オレさっきそのスプーンで食ったろ!?」
「うん。だから何・・?あっ・・もしかして・・」
「今頃気付いたのかよ・・?」
「あはは・・まぁいいじゃん!なっつんだってほのかの顔とか直接舐めたりするのに今更さぁ・・!」
「えっ?!オレがいつそんなこと・・!」
「ご飯とかデザート作ってるとき時々。覚えてないの?!」
「!!・・あ、あれは・・その・・・手が塞がってるときに・・気になって;」
「変なの?いいよ、なんでかほっぺとかについちゃうんだもんね、ほのか。」
「いや、・・・その・・」
思い出したら顔に火が点いた。そういえばほのかの頬を舐めてしまったことがある・・!
こいつはよく顔にクリームとか引っ付けるからそれが気になって・・
無意識にやってたんだろうか、と思うとオレは自分がとても信じられない。
妹にもそれはさすがにしたことがない・・いや相手はこいつだ、猫のコにするようなもんだろ!?
オレは明らかに動揺している自分を誤魔化そうと必死で言い訳を考えていた。しかしほのかは暢気なもので
「うーん・・やっぱ最高に美味しかったよ!ごちそー様!!」
ちっとも気にした様子もなく(それはそれで良かったのだが)何か割り切れない思いがオレを包む。
「うー、満腹だと目蓋が重くなるのは何故かにゃ〜・・」
「あ・コラ!寝るなよ!もう遅いから帰らないとダメだろ!?」
「食後は休憩取るもんなんだじょー!」
「どんどん遅くなるっつーの!怒られるぞ?」
「だいじょうぶさ・・」
眠そうにソファに横になるほのかに慌てて首根っこをつまみ上げて起こす。
「わぁ!猫のコみたいにつままないでよぅ!!」
「うっさい!おまえなんて似たようなもんだ!寝るなって言ってるだろ!帰るぞ?!」
「ケチぃ・・眠いじょ〜!なっつん抱っこかおんぶして帰って!」
「甘えるな、いくつのガキだよ!?」
「食べるとこもないチビだから!ねv」
「!?・・・おっまえってやつは〜・・・!!」
「わー、暴力反対!やだね、お兄さん。ムキにならずに寛大に・・!」
オレはムキになんかなってねぇ。少しほっとして、少し物足らないっつう妙な気分なだけだ。
「上着と荷物何処だ?・・ああそこか。」オレはほのかを乱暴に担ぎ上げて玄関へ向かう。
「わーい!ホントに抱っこして帰ってくれんの!?」
「んなわけねーだろ!玄関までだ。もう目ぇ覚めてるじゃねーか。それともガツンと一発起こしてやろうか?」
「うわわ・痛いのは勘弁してくり。でもさぁ〜、おんぶはぁ・・?だめ?」
こつんとおでこ同士ぶつけてやった。そんなに強くではなくほんの少しだ。
「・・おまえ一度でもそうしたら、次もねだるつもりだろ!?だ〜めだ!」
「ちぇ・・なっつんも学習したね。仕方ない、今日のところは許してあげるよ。」
「オレが許されるのかよっ!?」
「そうだよーだ!」
もやもやした気持はほのかの無邪気さに救われた。これもこいつが憎めない理由の一つだ。
時折オレは勘違いしそうになるみたいだから、気をつけねぇと・・こいつは赤の他人だ。
オレに食事が美味いとか、どうでもいいことばかり押し付けるかなり迷惑な他人なんだ。
そうだ、オレのものじゃないんだ。妹でも・・・なんでもねぇんだからな。
ほのかが腕に寄りかかって笑いながら帰るいつもの路を少しいつもよりゆっくりと歩くのは・・
「美味しい時間」をくれたご褒美みたいなもんで、この時を惜しんでいるわけじゃない、と思う。







夏くんって悩み多きお年頃なんですよ・・!ってな話。(ということにしといてください)
無意識のらぶらぶ&いちゃいちゃを目指して書いてみましたがどんなもんですか?
やっぱり夏くんがシリアスにもってくので、私自身も書いててほのかに救われました。
なんつうか、イイ子だよやっぱほのかって!出来上がったらほの夏風味でしたv(^^)