お昼寝 



 ”なっつん・・・もしかして寝てる?!”
 ほのかは驚いた。そして事実を確かめようと近づいていった。
 いつものように遊びに来た夏の家の居間のソファで主がうたた寝している。
 オセロで一勝負した後、手を洗いに行って戻ると居間は静かになっていた。
 そうっと覗き込むとやはり夏は微かな寝息を立てている。
 ”わぁ・・カワイイ寝顔!””ウソみたい”
 普段と打って変わった無防備な姿に自然に微笑んでしまう。
 自分に気を許してもらっているようでほのかは嬉しかった。
 起こさないように気配りしつつ傍へ膝をつき、改めてその寝顔を見た。
 端整な顔には険しさの欠片も無く、長い睫に見惚れて溜息をついた。
 ”やっぱりなっつんてキレイだなぁ・・!”
 夏は男なのだがそのきめ細かな肌や通った鼻梁などを眺めて少々複雑な思いを抱く。
 ”もしかして私の知ってる人で一番キレイかも・・・?!”
 少なからず敗北感を抱きながらもほのかは飽きずに夏を観察し続けた。
 そうこうしているうちにほのかは両の瞼が重くなって来るのを感じた。
 ”なんか・・・私も眠たくなってきちゃった・・”
 ”このソファおっきいから大丈夫だよね・・?”
 夜更かししたせいかなと昨夜を思い出しながらひとつ欠伸をすると
 ほのかは夏の横向きに寝そべった傍らにこそりと小柄な身体を横たえた。
 夏が起きなかったことに満足し、猫がするように顔をこすりつけて目を閉じる。
 ”わぁ・・あったかいな・・なっつん、おやすみ〜・・”
 ほのかは寝つきよく忽ち眠りに滑り落ちていった。
 夏は夢を見ているようで、ほのかを何気なく抱き寄せたのだが
 くすぐったそうにしながらもほのかは目を覚まさなかった。
 
 
 ”楓、寒くないか?”
 ”ううん、お兄ちゃん。平気よ!”
 夢だなと夏は判じた。たまに見る妹の夢だ。
 雪降る庭をもう先に亡くした妹の楓が遊んでいる光景に幼い自分もいた。
 ”見て見て、お兄ちゃん。楓、雪ウサギを作ったのよ!”
 妹は無邪気に笑いながら夏に可愛らしい雪の塊を差し出す。
 ”へえ、うまく作ったな。楓”
 夏は微笑みながら差し出された雪のうさぎを手に捕った。
 ”お兄ちゃんが抱いてくれたら本物になるのよ。”
 妹がそう言ったとたん、手の中のうさぎが跳ね出して慌てて胸に抱き寄せた。
 ”うさぎさん、お兄ちゃんのこと大好きみたいね!”
 にこにこと微笑んでいる妹とは対照的に夏は温かい重みを感じて途惑った。
 夢の中なのに妙にリアルな触感がして、おかしいと思うと同時に目を覚ました。
 まだ覚めきらない夏の視界にぼんやりと浮かぶ柔らかそうな髪。
 規則正しい寝息を立てて眠る少女を自分が抱いて寝ているという状況に気付く。
 ”!?! ”
 内心かなりの狼狽だったのだが夏は声も立てず、身体を硬直させるに留まった。
 ”なんでこいつが?!””で、どうして俺はこんな・・・???”
 陥った状況に混乱しつつ、安らかな眠りを妨げることを躊躇して固まったままになる。
 少し落ち着いてくると色んなことに気が取られ、夏はさらに困惑した。
 柔らかい髪とそこから来る甘い香り、胸に縋るように添えられた手、無防備な表情。
 ほんの少し開いた唇のっふくらとした膨らみ、そこから漏れるあえかな息、
 自身の脚に絡みそうなほどに密着している白い素足。
 少女の身体から温かさと柔らかさと感じる全てが伝わってくる。
 ”お、落ち着け。何考えてる?!”夏は焦りと動悸を感じ始めた。
 しかし夏の動揺は次の瞬間かき消された。
 「ん・・・なっつん・・・」
 ほのかの寝言だった。
 心臓が止まるかと思うほど驚いた夏はつい腕に力を込めてしまった。
 その拍子にほのかはぼんやりと目を覚まし、夏を見上げた。
 「あれ・・なっつん、起きたの?」
 目を擦り、夏に問い掛けるほのかの顔が近くて焦り、言葉がうまく出てこない。
 瞬いた大きな目を見開くと不思議そうに再び夏の名を呼んだ。
 ほのかに回していた腕を離し、大げさに夏が飛びのいたせいでほのかはつんのめった。
 「うわっ、びっくりした!」
 「お、驚いたのはこっちだ!」
 ようやく咳き込むように夏は声を荒げ、少女の振る舞いに抗議しようとした。
 「驚くって何に?」
 そのまるきり警戒心のない声音にがっくりとしながらも 
 「何にじゃない!なんでおまえこんな・・・」
 状況説明をしようとして顔を赤くしている夏にほのかはにっこりと微笑んだ。
 「なっつんがカワイイ顔して寝てるのを見てたらほのかも眠たくなったの。」
 「カワ・・?!」
 夏の様子がおかしく思えてほのかはご機嫌な笑顔を浮かべてさらに言った。
 「なっつんがぎゅうって抱っこしてくれたからソファから落ちなくてすんだじょ。」
 「ありがと、なっつん。」
 「あ、あれは・・・おまえじゃなくてうさぎが・・・」             
 「うさぎ?」
 「いや、それは・・・ともかく・・」
 「いいじゃない、別に。ほのかと一緒にお昼寝したって。」
 「昼寝?!」
 「そう。いけないことじゃないでしょ?」
 「そう・・・だが・・待て、そうじゃなく・・」
 「一緒にお昼寝しよーよ、なっつん。」
 「するかっ!!」
 夏の怒るのを不思議そうに眺めながらほのかは平然としたものだ。
 「どうして?このソファ大きいし、なっつんはあったかくて気持ちいいし。」
 頭を抱えてしまった夏に「どうしたの」と声を掛けるが応えはない。
 「なっつんてばぁ!」ゆさゆさと肩を揺さぶられ、夏はようやく重い頭を上げた。
 「とにかく、俺はもううたた寝なんぞしないからおまえもここで寝るな!」
 「えぇ〜?!なっつんてば私を枕扱いしておいて!」
 「!だ、だからそれは違うと言ってるだろ!」
 「うさぎのクッションかと思った?そんなの持ってるの?!」
 「持ってるわけねぇ!!」
 夏が恥ずかしがっているのをなだめるようとしてほのかは続けた。
 「いいよ、なっつん。ほのかを枕代わりに抱っこしても。」
 「な・何言って・・っておい、こらっ!」
 ほのかが突然抱きついてきたのに驚いた夏は身を引こうとして失敗に終わった。
 ソファの上、夏の上にほのかが猫のように丸まって座り込んでいた。
 「おまっ・・どけ!何してる?!」
 「んー・ほのかまだ眠いじょ。なっつん。もうちょびっと寝かせて!」
 「馬鹿言うな!!帰って寝ろよ、俺をなんだと・・」
 「うん、抱き枕にはちょっと大きいけど、あったかい。」
 「うわっ!こら、擦り寄るな!!」
 「おやすみなさーい!」
 ほのかは全く気にしない様子で目を閉じてしまった。
 夏は退かないほのかを膝に乗せたまま途方に暮れた。
 ”こいつは・・・悪魔か・・・!?”
 すやすやと寝息を立て始めたほのかに諦めて大人しくする夏。
 目を閉じてみたが、落ち着いて眠れたりしない。
 何故俺の家で俺が眠れず、こいつが昼寝しているのかと思う。
 ”楓、こいつをうさぎに戻してくれないか・・・?”
 そんなことを思いながら夏は盛大な溜息を吐くのだった。