「お大事に!」 


「インフルエンザが流行ってるんだじょ!」
「来るなりうがいしてたの、そのせいか・・」
「学級閉鎖とか出てるんだよ、ちょびっと期待。」
「不謹慎な。まぁおまえはそういうの無縁そうだな。」
寒い季節になっても相変わらずの勢いでほのかは訪ねて来る。
元気な奴だ。お子様なイメージはこのせいもあるかもしれない。
駆けて来たせいで赤い頬をしたほのかは余計に幼く見えた。
「なっつんも気をつけるんだよ!ん?なんか顔赤くない!?」
「はぁ?気のせいだろ。オレは風邪なんぞ引いたりしねぇよ。」
「最近のインフルエンザは風邪と違って強力なんだじょ!」
「だったらおまえの方が用心しろよ。さっさと家に帰ってじっとしてろ。」
オレが追い返そうとするとほのかはひょいと背伸びしてオレの額に手を伸ばす。
「なっつん。ちょっと熱あるんじゃない!?」
そういえば今日は少しだるかった気もしたが、たいしたことはない。
「オレはどうもしねぇし、それならマジでおまえは帰った方がいいだろ。」
「そうはいかないよ。よっし、ほのか看病するからなっつんはすぐに寝るのだ。」
「・・・あ?」
「ベッドへゴーなのだ。パジャマに着替えて。ほのかお粥とか作るね。」
「そんなもん作らなくていい。余計気になって眠れねぇだろ、それ。」
「水分補給のお水とかポカリだ。それから〜、毛布とか出さなきゃ!」
「先走るな。オレは別になんともねぇんだから!」
「さっき触ったら熱かったよ。病人は黙って寝る準備するのだ。」
「おまえが外から来たんで手が冷たかったんだろ!?大げさにするなよ。」
「氷のうとか氷枕ってどこにあるのかな・・?」
「そんなもんいらんっ!って、聞けよ、コラ。」
にわか看護婦はオレの言葉に耳も貸さず、背中をぐいぐいと押してきた。
「ハイハイ。たいしたことないうちに休んでおくのが得策だからね。」
「まだオレはすることがあるんだよ!それに寝られるかよ、こんな早い時間に。」
「用事なら明日するの。ご飯はほのかが用意してあげる。眠れなくてもお布団に入って体を休めるんだってば。」
ほのかはすっかりオレの看病という使命に燃えて、全く譲るつもりはないようだった。
寝たふりでもすりゃあ帰るかと思い直し、諦めとともに軽く溜息を吐いた。
「汗かいたときのタオルがここだよ。それから飲み物。体温計。それと・・」
「もういい、充分だって。こんな重病人扱いする必要どこにあるんだよ・・」
「なっつんは一人暮らしだから心配じゃないか。なんならほのか泊まってってあげようか?」
「冗談じゃねぇっ!!絶対にするなよ!?」
「もし重くなるようならそんときはお泊りしてあげる。だから安心してね、なっつん。」
「そんな心配一切してねぇ。小さい子供かよ、オレは。」
こんな時間にパジャマに着替えさせられ、オレは何故こんな事態に巻き込まれてんだろう?
ほのかはとにかく頑固な奴だから、観念してしまったといった感じなんだが、疲れる・・
「オレが寝たらさっさと帰れよ!いいか、絶対に暗くなる前に帰るんだ。約束しろ。」
「わかったじょ。だからほら横になって。電気消すよ。」
「・・・ならおまえはもう部屋から出てけよ。」
「なんでさ、眠れるまで居てあげるよ。」
「おまえみたいにやかましいのが横に居たら眠れねぇ。」
「やだねぇ、ちゃんと黙って居てあげるよ。子守唄でも歌って欲しかったの?」
「・・・マジでオレは誰かが居ると寝付けねぇから、出てってくれ。」
「しょうがないなぁ、わかったよ。それじゃ晩御飯のお粥作ってくるから、ちゃんと寝てるんだよ?」
「お粥って・・腹はどうもないってのに・・いやもう好きにしていいからさっさとして帰れ。」
なんとかほのかを早く帰らせようと思うのだが、どうにも上手くいってる気がしない。
世話焼きなのは知ってたが、これほどとは・・病人になぞ絶対ならんぞとオレは内心誓った。
しばらくするとそうっとドアを開ける気配がした。一応寝たふりをしてみる。
どうやらお粥のようなものを作って運んできたんだろう、匂いが鼻に届いた。
「なっつん・・・寝ましたか〜?」ほのかは小さな声で呼びかけてきた。
枕元にトレイを置く音がして、ほのかの気配がオレのすぐ傍まで来るのを感じた。
オレの額の髪がそっと退けられ、小さな指先が優しく撫でるように触れた。
ちょっと不思議な感覚だ。オレは妹を看病したことはあるが逆はなかったなと思い出した。
幼い頃の既視感と立場の差との違和感で妙な気分にさせられる。だが不愉快でもなかった。
「よしよし。」ほのかは小さく呟くとまたそうっと部屋を出て行ったようだった。
ほっとすると同時に部屋の温度が下がったような気がして僅かながらもの悲しさを感じた。
「やっと帰ってくれたか・・」額に載せられたタオルを退けながらオレは起き上がった。
明かりを点けるとベッドの周辺には色んなものがひしめいていて、オレの部屋は病室と化していた。
この甘やかしにすら思える特別待遇に、胸の奥が温かくなるのを苦笑しつつ噛みしめた。


翌朝、登校すると兼一の奴が「大丈夫!?」と心配そうに声を掛けてきた。
「何言ってんだ?オレは別になんともないぞ。」
「そうなの?!母さんから電話もらってさ。ほのかが今朝方熱出したらしくて。」
「へっ!?」
「谷本君も寝込んでるらしいからって言われてさ。」
「あいつ・・・」
「そんでね、ほのかから『看病に行けなくなってごめん』って伝えて欲しいって。」
「あの馬鹿・・・」
「それで代わりに僕にお見舞い行けって言伝だったんだけど・・元気そうだね?」
「ああオレは心配ない。・・悪い・・昨日の様子で気付けなかった。」
「えっ!?いやいやあいつの学校でも流行ってるらしいから。君が謝ることないよ!」
あの馬鹿がオレに触れた手は温かかった。どうして気付いてやれなかったんだろう。
熱で苦しむあいつの顔を思い浮かべ、世話を焼かれて喜んでいた自分が情けなくなって歯噛みした。


「もう熱は下がったみたいだけど、お見舞いはダメよ!すっかり治るまで。」
「えぇ〜!?お兄ちゃんじゃあ頼りないよ。心配で寝てらんないよ、お母さん。」
「もう、この子ったら。却って心配させてしまうでしょ!?なっつんさんに。」
「うううう・・・たいしたことないのに、ほのかは〜・・」
「あら、玄関チャイム鳴ったかしら?とにかくまだ大人しくしてなさい。わかった!?」
「ふあ〜い・・・」「あ〜・・なっつんちゃんと休んでるかなぁ?」
インフルエンザではないらしく、熱はあっという間に下がった。だけど外出禁止、当たり前か・・
気になるのは意地っ張りななっつんのことばかりで、苦しんでたりしたらどうしようって。
すっかり温くなったおでこに貼られた解熱シートをひっぺがしてゴミ箱へと放り投げる。
ぼんやりしているとお母さんがぱたぱたとこちらへ向かってくる足音が聞えてきた。
「やばい、寝ておかないと。」慌てて布団にもぐりこみ、大人しくしている格好をした。
「ほのか、お見舞いに来てくださったわよ!」
「ほへ?誰?・・・なっつん!!」



「うはあああ・・おいしい〜vvv」
「おまえなぁ・・まぁ・・たいしたことなくて良かったが。」
「このアイスってば何処の!?目茶目茶おいしぃよお!コレ食べたら風邪なんて一発で治るって!」
「・・ったく。心配させんなよ。」
「ほのかだって心配してたんだよ!?よかったね、なっつんもたいしたことなくて。」
「オレは元からどうってことないって言っただろ!?それをおまえが・・」
「ほのかあのときはなんともなかったし、熱かったよ、なっつんのおでこ。」
「オレは多少のことではびくともしねぇからウザイ心配とかするな!わかったか!?」
「う、ウザイ!?・・んもう〜、素直じゃないよね。昨日は素直で可愛かったのに・・」
「可愛いだ!?ふざけんな、てめー!」
「大人しく寝てるなっつんが可愛かったんだもん。イイ子だな〜vって思ってさぁ。」
「ぶっとばされてぇのか・・?」
「まぁまぁ、落ち着いて。おまじないで「ちゅっv」ってしたのが効いたんだよきっと!」
「はぁっ!?いつしたんだよ、そんなこと。オレは気付かな・・・」
「そりゃ気付かないよ。寝てたから。帰る間際におでこにしたのさ〜!」
「ほんとか〜?」
「ほんとだよ。不満ならもう一回しようか?」
「いらん。何がおまじないだ、くだらねぇ。」
「でも効果あったみたいじゃないか。」
「オレは元からなんともないって言ってんだろ!」
「いやいやいや、ほのかの癒しパワーのおかげなのさ。」
「ほのかちゃん、デコピンしてやろうか?きっと治るよ。」
「うわっキショッ!!やめてよ、その人前モード。気持ちわる〜!!」
「うっとうしいこと言ってやがるからお返しだ、バカ。」
「ホントに意地が悪いというか、素直じゃないというか・・やれやれ・・」
「・・・マジでむかついてきた。」
「とにかくほのかは安心したし、おいしぃアイスは食べられたし。風邪万歳だね。」
「調子のいい奴。すぐに熱出したり、やっぱお子様だな。」
「なっつんも安心したからってそんな言いたい放題・・ごめんよ、心配かけて。」
「なっ!何言ってんだ。オレは別に心配とか・・」
「ものすごく心配そうな顔してたよ、今日部屋に入ってくるとき。」
「うっうるせー!見間違いだ、んなの。」
「ちっちっちっ・・ほのかちゃんの目は誤魔化せないじょ〜!」
「やな奴だな、おまえって・・」
「へへ・・なっつんはイイ奴だねv大好きだじょ!」
「!?・・・でもっておまえは・・・ヒキョーモノだぜ・・」
「なんでさ??」
「じゃあな。オレは帰るけどちゃんと休んでろよ!それと2、3日は来るな。命令だ。」
「えっもう大丈夫だってば。遊びに行くよ、明日も。」
「ダメだ。大人しくしてろ。言うこときけたらまたアイス買ってやる。」
「むー!子供じゃないんだから、ほのかそんなのきかないよっ。」
「ちょっとはオレを安心させろって。」
「なっつんが『おまじない』してくれたら・・譲歩して1日だけお休みしてあげる。」
「おまじない?・・・て・・」
「ん。して!でないとヤダ。明日も行く!!」
「おまえ・・・どこが子供じゃないんだよ、それ。」
「いいから。おまじないして〜!」
「ちっ・・・しょうがねぇな・・」


「・・どうもお邪魔しました。」
「あら、もう帰るの?お見舞いどうもありがとう、とても喜んでたでしょう?あの子。」
「ええ、思ったより元気そうで安心しました。ほのかちゃん、お大事に。」
「ありがとう。なっつ・・谷本君も気を付けてね。流行ってるみたいだから。」
「ありがとうございます。失礼します。」


「ほのかー、あら、大人しくしてえらいわね。お皿とか下げとくわね。」
「・・・うん・・・」
「どうしたの、お布団被って・・まさかまた熱が・・?!」
「ううん、だいじょーぶ・・・なんでもない・・・」
「そお?じゃあ少しお休みなさい。」
「うん・・・そうする・・」

”なっつんのばか〜!ホントに熱上がったらどうするんだよ〜!”
”まだ顔熱いよぅ・・・もうもうもう〜!!!ばかばかばか・・”

”反則だよ、フェイクだよ〜!おでこだけじゃなくて唇まで・・・;”
”何が『ちょっとかすっただけ』だよ!!んもう・・・アイツたまに女の敵だー!”
”ぜったい仕返ししてやるー!くやしいいいいっ!!!!”



ほのかのぽかんとした顔が目に浮かび、ついつい口角が弛んだ。
”人を心配させたりからかったりした罰だ。・・・あんなのキスの範疇に入らないよな?”
ちょっとばかりやり過ぎたかなと思いながらも、帰る路の足取りは向かう時と違い軽かった。
明日は大人しくしているだろうかと見上げた空には一番星が光っていた。







どうしよう・・・『やり逃げ』のなっつん書いちゃったよ・・(ごめんなさい!)
いやその、心配させられたんで、ちょっと報復してみたっていうか?!私ならそうするっていうか・・
・・・・・どうもすいませんでしたぁっ!!!(スライディング土下座)
ほのかの『仕返し』が怖いというか、楽しみな管理人です。まだ何も考えてないけど。(^^)