「オバケだよ!」 


”そろそろだな・・”

夏は書斎に籠もって仕事をしていたが、時計を確認しキリを着けた。
データ保存後電源を落とす。そして書斎の扉を開け、長い廊下へ出た。
見慣れた廊下を階下へ降りるべく歩いていると、突然照明が消えた。
一瞬停電を疑ったが、長い谷本家の廊下の前方部分だけが消えている。
すぐに照明の落ちた理由を察して、何事もなかったように歩き始めた。
階下へ降りるまでに曲がり角がある。そこら辺だろうと夏は見当付けた。

それなりに工夫しているつもりなんだろうから付き合ってやるべきか?
夏の脳裏に毎年の様々な思い出が過ぎった。この時期の定番である。
行事そのものに何の思い入れもないが、夏は毎年関わらずにいられない。
あんなことやこんなこと・・付き合いがいいと自らも認めるところだった。
そんな感慨に耽っているとも知らず、長い廊下の角の隅に蹲る塊がある。
黒い雪だるまのようにも見えるが、よく見ればそれはフード付きコートだ。
長いコートを被って丸く蹲っているのでだるまのようになっているのである。
そのだるまの中身は浅はかにも、前方廊下の照明を落としたことも手伝って
自分の姿は見咎めにくいだろうと考え、こっそりとほくそえんでいた。
しかし実はこの家の主である夏には、暗がりでも遠目でもその姿に気付いていた。
勝手知ったる自分の家でもあるし、照明を落としても視界がゼロまではいかない。
真昼間で窓があるのだ。ご丁寧にカーテンを下ろしてあるところは感心したが
丸わかりだ。視力が悪い者でも数メートル近づけば気付くに違いなかった。

”隠れてるつもりなんだろうなぁ・・”

夏は少々そのだるまの中身に同情した。5歳くらいの子供ならいざ知らず
この歳になってもあれで通じると信じ込んでいるあたりが哀れさを誘う。
しかしそんな哀れで幼いコートだるまの中身は彼の大事な人物だったので・・
やれやれと思いつつも、そ知らぬ顔でその人物の待ち構える角まで歩を進めた。

黒いゆきだるまはこのときだとばかりに夏に向かって両手を広げ声をあげた。

「ばあ〜!オバケだじょお〜〜〜〜っ!!」

本人は凄んでいるつもりのようだ。いつもの高い声を低く押し殺しての迷演技。
しかし勢いよく立ち上がったとき、だるま、もとい自称オバケはコートのすそを踏んだ。
つんのめってころびそうになった。夏はそれらをしっかり見ていたのでひょいと掬い上げ、
そのまま肩へと担ぎ上げた。まるで落ちていたゴミを何気なく拾ったような様子で。

「ちょっ・・あれっ!?オバケ!オバケだよ、なっちぃ!!」
「・・そうか。こけなくてよかったな。」
「あ・ウン。ありがと!って、チガウよ〜!」

オバケと名乗った人物は憤慨したような勢いで違うと突っ込んだがスルーされ、
肩に担がれたまま階段を降りていき、階下に着くとようやく下ろされた。

「オレのコートをまた・・部屋に入ったらダメだと言っただろうが。」
「だっ・・だってぇ・・このコートが丁度いいと思ったんだもんっ!」

オバケは悪びれずに口を尖らせ、夏の方に非があるとばかりに眉を吊り上げた。
どんなに怒ったところで、オバケに迫力などなく夏も全く意に介してはいなかった。

「とりあえず脱げ。踏んだらまたこける。」
「ヤっ!今日はほのかオバケなんだから!」
「・・前みたいに下に包帯だけってことないな?」
「え?ヤラシイのう!期待したね!?残念ながら・・・って聞いてる!?」

前年度、裸に包帯といういでたちで夏に脱がせて驚かせようとした前科がオバケにはあった。
しかし担ぎ上げたときの感じで今年はちゃんと服を着ていると夏はわかっていた。
それでも用心して質問をし、その上で自分のフード付きのコートを解き始めたのだ。
慌てて阻止するが間に合わず、器用な夏の手によってオバケは一皮むけてしまった。

「やだーっ!返せーっ!!」
「これはオレのだ。」
「今はオバケのなのに!」
「こけるからダメだ。オヤツ用意してあるから来い。」
「なんとオバケを餌付けするつもりなのかね、ちみ!」
「食ったらとっとと帰れ。今日は仕事がまだ全部片付いてない。」
「パーティも行かないっていうし・・ツマンナイよう〜!?」
「こうしてオマエにだけは付き合ってやってるだろ!」
「それじゃあほのかがワガママいってるみたいじゃんか!」
「・・・違うというつもりか?」

コートを抱えて歩き出した横をオバケはぴょこぴょこと跳ねながらついていく。
どうやらまだ怒っているようなのだが、ご主人にまとわりついている子犬のようだ。

「今年はお菓子じゃなくてイタズラの年なんだよ!だからさぁ・・!」
「そんなルールどうせオマエが作ったんだろ。知るか。」
「うえええん!なっちのケチー!おばかー!オバケに呪われるじょ〜!?」
「好きにしろよ。」
「じゃあ呪ってやる!ほのか今晩なっちの夢に出張するんだから覚悟してね!」
「そうかそうか。待っててやるから出て来いよ。」
「く〜っ・・・オバケ怖くないのぉ・・?」
「オバケでもオマエでも構わんぞ、怖くねぇから。」
「ぶーっ!」
「あ、ブタだったのか?」
「チガウよっ!失礼な!」
「そうだよな、ブタに失礼だ。こんなガリガリ・・」
「せっセクハラだっ!この筋肉ゴリラっ!」
「あんだと!?」
「ねぇねぇどうしてわかったの?ちっとも驚かなかったよね!?」
「カーテンはよく考えたな。けど照明はあそこだけだとたいした差はないぞ?」
「あっそうか・・初めからわかってたのだね・・・;」
「お化けになってオレを驚かせて菓子をもらうつもりだったんだろ?あとは菓子食え。」
「チガウもん。脅かしてイタズラして降参してもらうはずだったんだい!」
「降参?あ〜・・参った参った!・・こんでいいか?」
「余計に腹が立ったよ!」

ほのかは涙目で夏を睨みつけたが、これまたスルーされた。
しかし用意されていたお菓子の並んだテーブルを見るとぱっと顔を明るくした。

「ふわわ〜っ!?スゴイじょ〜っ!・・」
「どうだ、結構自信作だぞ。」
「なっち・・なっちって・・凝り性だよねぇ・・!?」

かぼちゃのランタンにパンプキンパイは定番にしてもその他のお菓子も可愛い上に美味しかった。
すっかりご機嫌になったオバケのほのかは、そんな設定も忘れてしまって蕩けそうな笑顔である。

「おいしい・・・!なっちは天才だ。ほのかの天才”ぱてぃしえ”でもって”きゅいじーぬ”だよ!」
「オマエの発音ってフランス語に失礼だな・・」
「通じてるんならいいじゃん。なっちー!ごちそうさまっ!」
「ああ。うまかったんならよかった。さてと・・」
「ねぇ、今日ほんとに泊まっていっちゃダメなの?!」
「言っただろ!?仕事なんだよ。それに・・泊まりはダメに決まってる。」
「くすん;せっかく今晩はちゃんすなのに・・!」
「チャンスってなんの?!」
「お母さんもお父さんもいないし・・ねぇほのか一人だと危ないと思わない?」
「オレんとこに泊まるのに危険は欠片もないってのか・?」
「なっちがいれば強盗だってやっつけちゃうし、オバケも怖くないじゃんか!」
「・・・オマエ・・・お化けが怖いって・・本気で言ってたのかよ!?」
「それにさあっお兄ちゃんもいないんだよ!ねぇねぇ・・ほのか心細いじょ!」
「はぁ・・けどオレも今晩は構ってやれないし・・」

夏は当然泊めるつもりはなかったが、ほのかが本気で心細い顔をするので心配になった。
確かにこんな子供みたいに頼りないヤツがたった一人で留守番とは・・親も気掛かりだろう。
しかし、中学を卒業してほのかは今や高校生だ。以前のように預かるのはいくらなんでも・・
過去に数度、やむにやまれず泊めた経歴がある夏だが、モチロン別部屋で子供のお守りレベルだ。
その当時とは状況が少々違っているため、ハードルが高くなっている。つまり・・交際中なので。

思案していると、ほのかの携帯が鳴った。はっと嫌な予感を夏は覚える。既視感ともいう。
案の定だった。ほのかの母親から今晩のことを頼むという電話だった。夏は一応辞退を願ってみる。

『ほんとに申し訳ないんだけれど、心配だからお願いできないかしら・・』
「しっ・・しかし・・」
「責任取れだなんて言わないわよ!他ならぬ夏くんだもの。」
「そっ・・何もしませんよ!責任取るようなことだけはっ・・!?」
「ええvわかってるわ!それにもしものことがあっても・・逃げないでしょ?!」
「逃げません・・けどっ!何もしません!!誓いますっ!」
「ああ良かった!預かってくれるのね!?お仕事もあるのにごめんなさい。お土産買ってくるわね!」
「いえ・・お気遣いなく・・」

ほのかの母親は夏にとって怖ろしい人物だ。お化けなどより数倍である。
長い付き合いで夏のことも二人の付き合いの程度も何もかもお見通しだ。
付き合っているといってもまだ夏がほのかに手を出していない、いや出せないことすらも。
わかっていて頼むのだ。口では間違いが起こっても責任を取れとは言わないと言うがこれは脅し。
夏がそんなことができないとわかっての念押しに過ぎない。破ればもうほのかとの付き合いは・・
望めないだろう。それくらいはしそうだと夏は思っている。責任云々は外面だけのことなのだ。
ほのかと親の我々の信頼を裏切ってこれから先彼氏だなどと笑わせんなよ!という脅しに他ならない。

そんな母親の天使のような微笑と口調が地獄への案内のように思えて背筋の寒い夏だった。
その横ではほのかが無邪気に「わーいおかーさんダイスキ!なっち愛してるよーっ!」と騒いでいた。

「おい・・ほのか。言っておくけどな・・・」
「なんですか!?だーりんv」
「それやめろ!(怒)・・眼の前で服脱いだり、ベッドに進入してきたら許さんぞ!」
「え〜・・・っ!?」
「でもって風呂入ってるときに来るなよ!絶対に一緒になんか入らんからな!?」
「ど〜して〜え?!」
「いいから約束しろ。でないと・・朝御飯抜きだぞ!」
「ちぇっ!わかったよ。約束してあげるさ!」
「やけに素直だな・・何もたくらんでないだろうな?」
「ないよ!ご飯抜いたらお腹すくもん。」
「よしよし。素直でイイ子だなっ!」
「ふふ〜ん!そうでしょ!?」


ほのかは約束を守った。抗議があったが、真面目にそれを守ったとほのかは言い張ったのだ。
ただ・・守ったのは”ほのか”であって・・・それ以外は守る必要ないという理屈の元でだ。
夕食後入浴の際に夏は途中襲撃にあった。ベッドにも襲来ありだ。即ちことごとく襲われた。
当然夏は怒ってほのかに文句を言った。約束はどうなったのだと。すると・・・

「ほのかじゃないもん!」
「は?なに言ってんだ?」
「なっちを襲ったのはほのかじゃありません。」
「じゃあここにいるのはどこの誰だってんだよ?!」
「へへへ〜!・・オバケだよ!」
「・・・・・・・あぁあっ!?」
「お〜ば〜け〜!な〜の〜だじょおお〜〜〜〜〜っ!?」

夏は降参した。今度は「参った参った・・」などという口先だけではなく真剣に。

「カンベンしろよ・・・ほのか・・・オバケなんぞ嫌いになるぞ。」
「じゃあほのかに戻る。スキでいてくれないとダメぇ!」
「あ〜の〜な〜あ!!・・・・・・・はぁ〜〜〜〜っ!」

可愛い顔に涙を浮かべて「嫌いにならないで!」とほのかに縋りつかれた夏は
結局一睡もできないままその夜を過ごした。オバケをやめたほのかを抱いたまま。
凶悪にもキスをねだるほのかにとうとう負けてキスはしたのだが・・・

”ひでぇ・・・こんなの・・・昔のがよっぽどマシじゃねぇかよ!?”

夏もこっそりと涙目だった。夜中にほのかが寝返りを打つ度に心臓がキリキリ痛む。
寝巻きを忘れたというほのかが夏のシャツ一枚で(下着なし)すり寄ってくるからだ。
寝言では甘ったるい声で夏の名を呼ぶ。休みない誘惑に負けて頬に唇で触れたりはしたが、
耐え抜いたのだ。えらいぞ、夏!しかし消耗した彼が朝ベッドから抜け出ようとしたとき

まさかのほのかの攻撃が最後に待ち構えていた。寝ぼけて眼の前で脱がれたのだ。
慌てた夏が意味不明の声とともにベッドから転げ落ちた振動でやっとほのかの目が覚めた。
すると何故かすっぱだかの自分に(かろうじてショーツは着用)驚いて泣き出した。

「う・うぇ〜〜〜ん!覚えてない!ほのか何にも覚えてないよう〜!!」

ベッドの下でこの声を聞いた夏が、しばらく立ち上がれなかったのは仕様のないことかもしれない。
その後一頻り泣いたほのかが夏を見つけて、「ねぇもういっかい!」と揺すっても起き上がれなかった。







哀れななっつん・・・ご愁傷様!って・・ダメですか?コレ;
ハロウィンの逆襲!ってのが副タイトルになりそうです。(^^)