『にんぎょひめ』W



「王がお戻りに!王のご帰還です!!」

満月の早朝、城は慌しく目覚めました。王様というのはこの国を治める人。
それなのに今まで一度も見なかったことに気がつくと、ほのかは不思議に思いました。
つい次々と見つかる好奇心を刺激する毎日に夢中になったり、なつに感謝したり、そして・・
知らないうちに好きになって、どうすればいいのかと悩んでいたためでした。
王様は留守にしていたようです。ダイスキななつのおとうさんなのですから気になります。

”そういえば、おかあさん・・お妃様も一緒なのかなぁ?”

そんな疑問を抱きながら、ほのかはさっと身支度をすると部屋を出ていきました。
そして城の玄関にある大広間にほのかが降りていくと、そこに一際目立つ大男を見つけました。

「あの人が王様!?おっきい・・なつとは似てないなぁ!?」

なつ王子と王様は難しい顔をして向き合い、家来たちは遠巻きに様子を見守っています。

「・・今度はどこをほっつき歩いてたんだよ、この不良オヤジ!」
「相変わらず生意気で口の悪い息子だな。どこでもいいだろが。」
「でも今回はちょうどいいときに帰ってきてくれた。話がある。」
「やれやれ・・こんなとこに立ちっぱなしで説教でも始める気か?酒を用意しろよ、切らした。」
「ちっ・・そんで帰ったとかじゃねぇだろうな。朝食の用意を急げ。それと王にはいつもの酒だ。」

なつが命令すると、すぐに城の者たちは慌てたようにばたばたと仕事へと散ってゆきました。
ふと階段の途中からじっと見ていたほのかに気付いたなつは、王様に振り返って少し何か呟きました。
なつに呼ばれてほのかが王様と王子の前にやってくると、本来ならば不躾にも王を見つめました。

「紹介したいって、このちびちゃいのか?・・少し妹に似てやがるな。」
「はじめまして、王様。ほのかだよ。お妃様は一緒じゃないの?」

王様は大きくて岩山のような体躯。なつと違って黒い髪に黒い眼、どこか熊のような感じです。
口髭を生やしているからかもしれません。そして二つの鋭い眼光でほのかを見下ろしていました。
ほのかが自己紹介をしましたが、王様はほのかを見つめ続け、質問にも答えようとはしません。
”聞いてはいけないこと聞いちゃったのかな・・?”と内心反省しつつ、ほのかも見つめ返します。
実のところ、王様はほのかが自分の眼光に少しも怯まない様子に少なからず驚いていたのです。

「目がなつに似てるね!?とっても優しそう!」

ほのかは大きな瞳で見つめ返した後、にっこりと微笑みました。すると王様はふっと口元を綻ばせ、

「このオレが”優しそう”だと!? たいしたもんだな、チビ!」
「チビじゃないよ、ほのかだよ。”たいした”?ってどういう意味なの、なっつん・・?」

ほのかがなつ王子に助けを求め、それに答える様子などに、王様は驚いたような顔をしました。

「ほう・・コイツは何もんだ、なつ、オマエが拾ってきたのか?!」
「・・海で見つけた。驚くなよ、ほのかは人魚なんだ。」
「!?・・話には聞くが実際に見たのは初めてだ。どうやって立ってるんだ?」
「魔法でもらった脚でだよ。でもこの魔法は今日までなの・・・」
「面白そうな話だ。飯を食いながら聞かせてもらおうか。」


朝食の用意が整うと、ほのかは王と王子の隣に席を設けてもらいました。
王様はとても変わった君主らしく、いつも諸国を漫遊しているのだと聞かされました。

「・・・要するに放浪癖があるんだ。国ほったらかして遊んでやがるんだよ。」
「オマエや城の有能な臣下に任せてやってんだ。ありがたく思え。」
「それよりオヤジ、とっとと話を進めるぞ。まずは婚約の話だが・・」
「あぁ!そういやそんなこと使者が来て言ってたな。オマエ結婚するのか?」
「あのなぁ、オヤジが許可したんだろ!?無責任にも程がある!」
「すりゃいいじゃねぇか、結婚してガキができりゃあ、オレは晴れて隠居の身だ。」
「・・とにかくその婚約を破棄してくれ。オレが結婚すんのはここにいる、ほのかだ。」
「なに!?オマエが人魚と!?そいつは・・けどどうやってガキをこさえるんだ!?」
「そ、そういうことは後でいいから。まずは隣の国との話をだな・・・」
「・・じょうちゃん、コイツと結婚するのか?魔法とやらで人間になるってのか?」
「なつとずっと一緒にいるって約束したの。それとほのかは人魚と人間が仲良くなれるようにしたい。」
「結婚して間を取り持つってのか?・・大層な決心だな?」
「今晩魔法使いがやってくる。ほのかと結婚するとソイツに言えばほのかは死なずに済む。まずはそこからだ。」
「じょうちゃん、海にそんな輩がいるとはまず信じないだろうが、知れば人間どもは戦いをふっ掛けるぜ?」
「えっ戦いって・・どうして?!」
「生き物には領界線ってのがある。異種族間は距離を置き、交わらないのが世の掟ってもんだ。」
「待ってくれ、話はまだそこまで・・」
「ボウズはちょっと待ってろ。このじょうちゃんと話てるんだ!」
「・・・・」
「人魚はずっと人に知られないようにしないといけないって・・そのせいなの?」
「賢いな。そうだ、だからオマエは決められた通り死ぬか人になっちまうかどっちかにするべきだ。」
「おい、オヤジ。ほのかはまだ世の中のこともわかってないんだから、いきなりそんなことを・・」
「なんもわかってねぇようなガキと結婚するってオマエが言い出したんだろうが!?黙ってろ!」
「!?・・そ、それはそうだが・・」
「ケンカしちゃだめだよ、仲良くしないと。王様、人魚は戦いなんてしたくないよ。」
「おう、そりゃ普通はな。だから?」
「だからね、一度には無理でも少しずつ仲良くなって、行ったり来たりできるようにならないかな?」
「新しい決まりを作るってんだな・・しかしな、世の中そう甘かないんだぜ?」
「難しいかもだけど・・ほのかここに来てみて・・わかったことがあるよ、王様。」
「何だ?言ってみろ。」
「人魚も人間も、形や住み方が違うだけ。一緒だってこと。」
「ほう・・!?」
「仲良くできないのは人魚とか人間だからって事じゃないと思う。」
「・・・・ふーん・・そうか。ほのか、だったな、おまえはバカじゃねぇ。嫁になるならなれ。」
「オヤジ!?」
「オマエは見かけに惑わされない奴だ。信用してやる。けど他の人魚全部を信用はしねぇ。」
「・・うん、一度に全部は無理だよね。ほのかとはおともだちになってくれるの?!」
「ああ、とりあえずオマエはな。そうだ、面倒くせぇことはなつに任せておまえは笑って親善に努めりゃいい。」
「おいっ!・・ほっといて勝手に話を進めるなよ!」
「オマエの話ならもういい。オマエもあれこれと考えてんならしたいようにすりゃあいいさ。」
「んなっ・・また丸投げして一人知らん顔してるつもりか!?」
「オレは国の基礎工事はしたぞ。後は任せたっつったじゃねーか。」
「勝手でわがままばっか・・・オレたちがどんだけ苦労してるか知らないだろう!?」
「知ってる。他所にいる方が国のことがよくわかったりすんだぞ、ボウズ?!」
「何を外交官か諜報員気取りしてんだ。あちこちの酒飲んで好き勝手したいだけのくせしやがって!」
「しかしオマエもちっとはしっかりしてきたな。女ができるとこうも変わるもんか?」
「かっ・・う・・まぁ・・多少は・・コイツの影響で・・・」
「くくく・・コイツ照れてやがる!ほのか、おまえのおかげだとよ!言うようになったな、なつ。」
「よかった。なつがお父さんと仲良しで。王様、名前なんていうの?王様じゃわかんない。」
「オレの名?・・オレは”そうげつ”だ。ほのか、宜しくな。」
「えーと、そうちゃん?げっちゃん?なんて呼べばいい!?」
「・・ぷっ!!オヤジ、あきらめろ。オレのことも好き勝手に呼び名付けやがったんだ、コイツ。」
「・・・・ふっ・・ふぁっはっはっ・・・いいぜ、オマエの好きに呼べ。」
「うん、ほのかそうちゃんもスキだ。とってもいい人だね。」
「もっとオレが若いときに来ればいいのによ。おまえみたいなのなら嫁にもらったかもしらんぞ。」
「おっオヤジ!?なに言い出すんだよ!?」
「そういえば、そうちゃん奥さんは!?お妃様いないの?」
「オレは実は独身だ。なつたちはガキんとき拾ってきたんだ。内緒だぞ?隠し子ってことになってるからな。」
「ほのかのおじいちゃんはね、おばあちゃん若いときに死んじゃったって・・寂しいよね・・」
「あっ!泣かせるなよ!?コイツ涙もろいっつうか・・;」
「オレはなんも言ってねぇぞ?おい、ほのか!おまえのじいちゃんはさびしかないぞ。」
「・・え?」
「子供がいんだろ!それにほのか、おめぇがいるんならそんな訳はないさ。」
「・・そうなら嬉しい、ほのかおじいちゃんたちもダイスキだからお嫁に来てもまた会いたい・・」
「そんで行ったり来たりできるようにしてぇのか。まぁがんばれよ。ちょっとくれぇは手伝ってやる。」
「ありがとう!がんばる。それとね、なつ魔法使いさんに伝えてもらうの、ほのかはなつのことダイスキで・・
「ここにいてもすごく楽しくて幸せだから心配しないでって。」
「そうだな、それはいい。忘れずに伝えろよ。」
「・・おいオヤジ、さっきからほのかとばっか話して・・それにくっつきすぎだ!ちょっと離れろよ!」
「はぁ?!オマエいっちょまえに妬いてやがるのか!」
「いい加減にしろよ、さっさと話は持ってっちまうし・・オレは無視かよ!?」
「ごめんね!なっつんおとうさんとお話したかったんだね!?」
「違う!!」
「はっはっはっ・・こんな笑ったのは久しぶりだぜ!」
「人をネタに笑うな。この不良オヤジが・・!!」
「あはは、なつとそうちゃんって似てるねぇ!やっぱり親子だね!?話し方もそっくり。」

すっかりほのかのことが気に入った王様はその日一日ほのかとお酒を飲みながら話をしました。
仲良く話す二人を横に、なつ王子はほのかを取られそうな気がするのか、終始浮かない顔でした。
しかしなつとそうげつ親子とほのかとの対話もあっという間に時が経ち、日が落ちる頃になりました。
さすがに緊張した面持ちになってきたほのかに気付くと、なつが優しく話し掛けました。

「そんなに心配するな。消えてなくなったりしないから、な?」
「だいじょうぶ、怖くないよ。なつがいるもん!」
「オヤジもいるみたいだが・・まぁ・・見かけどうり腕も立つからな。」
「どうしてそんなじゃまっけそうに言うの?いてくれたら心強いでしょ?」
「あー・・なんかあったときはな。しかし・・オヤジのこと怖がらない奴って初めて見たぜ。」
「怖い?どのへんが?優しい眼をしてるよ。」
「ふーん・・まぁ・・そういうとこもあるけど。そんなこと言われたのも初めてだな。」
「なっつんもおとうさんのことダイスキなんでしょっ!ねっ?!」
「・・オヤジがいなかったら・・オレたち兄妹は野たれ死んでたかもしれないからな。」
「よかったね、もしそんなだったらほのかも一生独身だったかもしれないよ!?」
「・・・やっぱりおまえは、あのとき海からオレを助けに来たのかもな・・・」
「・・出会えてよかったね!?」

ほのかが嬉しそうに、少し頬を染めて言うものですから、なつは引き寄せられました。
けれど、いつの間にか、当たりはすっかり暗くなり、夜の帳が降りてきていたのです。
海の方角から、風が吹いてきました。一陣の風は音もなく城の中へと入っていきます。
空には丸く欠けていない月が昇っていました。なつとほのかは誰かに呼ばれたように仰ぎ見ました。

「なっつん・・満月・・」
「そうだな、満月だ・・」

静かな夜でしたが、二人が空を見上げたとき、一瞬音が何もかも消えたように感じました。
波の音も、少し離れた場所にいるそうげつの気配も、そしてなつとほのかの息さえもが・・・
なつはほのかの肩を抱き寄せると、月の浮かぶ方向を凝視しました。何かを感じたからです。

何も無い空間がゆらりと揺れ、はっと二人は身構えます。
突然風が起こりました。ひゅっと音とともに渦を巻いて空気が舞ったのです。
次の瞬間、二人の目の前に細かい光の粒子を纏って一体の人物が現れました。

「・・今晩は。約束どおり、参りましたよ。」

現れたのは、予想に違わずほのかに脚を授けた魔法使い、”あきさめ”でした。
二人は緊張していましたが、それは今夜が新たな”始まり”になる、そんな予感がするからでした。







5話に続きます〜☆