『にんぎょひめ』U



「わーっコレ何々っ!?ねぇっ!これはっ!?」
「ちょ・・落ち着けよ。ったくもう・・」

なつ王子はほのかを連れ帰ってからというもの、その相手をするのに大変でした。
歩くことも覚束なかった一日目でしたが、好奇心の塊のようなほのかに質問攻めです。
ほのかは僅かな間になつ王子から色んなことを教わり、多くの知識も得て満足でした。
楽しそうなほのかの相手をしているうち、王子は今までに味わったことのない気持ちを覚えました。
病気がちだった妹も元気だったら色んなことを教えてやれたのにと、寂しくも思いましたが、
そんな沈みそうになる想いも、ほのかの生き生きとした姿で救われるような気もしました。
出会ってからほんの少ししか経たないのに、随分前から知っているように感じたりもします。
城の召使たちには「海から来た」とは言えないので、「遠くから勉強に来た」と告げました。
強引な説明ではあったのですが、なつ王子が今までになく楽しそうな様子だったということと、
亡くなった姫君に似たほのかに親しみを感じたこともあり、その説明のまま受け入れてくれました。

「舞踏会って何なに!?今晩あるのっ!?」
「大勢で着飾って踊るんだ。両隣の国からも客人が来る。」
「ふわあ!踊るの大好きっ!どうやって踊るの!?」
「・・大丈夫なのか?足は。」
「もうすっかり慣れたよ、大丈夫!教えて、なっつん!」

王子に教えてもらって、ほのかはすぐにワルツを覚えてしまいました。

「簡単じゃないか。楽しいよね!?踊るのって。」
「・・そんなこと思ったことなかったけどな。」
「どうして?ほのかは海でよく歌ったり踊ったりしてたよ。」
「おまえはどこでも楽しそうだな。」
「うん!ここもすごく楽しい!なっつんのおかげだね!?なっつんだいすきっ!」
「そっそう・・か。」

なつ王子は妹の他にはこんなにも真直ぐに好意を示されるのは初めてのことでした。
嘘も飾りもない、真摯な告白。彼はそれがこんなにも嬉しいものかと驚くほどでした。
ほのかにあれこれと”ボロ”が出ないように禁止事項を教え込み、舞踏会の日を迎えました。

「ほえ〜・・・人だらけだー!こんなに大勢初めて見た〜!」
「あまり離れるな。言ったことちゃんと覚えてるか!?」
「ウン、あまりしゃべらないように、でしょ。」
「特に故郷のことは言葉がよくわからないと首傾げてろ。」
「ふぅあーい。」

両隣の国の王子と王女がなつ王子の元へ挨拶にやってきて、ほのかは紹介されました。
西隣の国の「けんいち王子」は大人しそうな外見であるものの、芯の強そうな若者でした。
東隣の王女「みう王女」は今まで見たことないくらい綺麗で、ほのかは驚き感心しました。
思わず見惚れてしまい、なつ王子に突付かれたりしましたがにっこりと笑って挨拶しました。

「まだ言葉がよくわからないなんて不自由ですわね、ほのかちゃん仲良くしてくださいね?」

こくこくとほのかは肯きました。優しそうなお姫様に好感を持ったようです。
一緒にお菓子をいただきましょうなどと言われて、ほのかは王女と行ってしまいました。

「なつくん、そんなに心配しなくても、みうさんは優しい人だから大丈夫だよ。」
「・・でもまだあいつはここに慣れてない・・つってるだろうが、このボケ。」
「・・相変わらず人前と違うねー!?皆その顔にだまされてるんだから・・」
「フン、王子なんてやってたら大体そうなるんだよ。おまえみたいな脳天気以外はな。」
「まぁ僕は君の口の悪いのと、実は良いやつだってこと知ってるからね。それよりさ・・」
「・・なんだよ?」
「結婚するって本当なのかい!?それもみう王女と!」
「あーやっぱそれか・・親同士はそのつもりらしいな。」
「君は前に彼女のことは何とも思ってないって言ってたじゃないか!?」
「知らないうちに話が出来上がってたんだよ。」
「じゃあこれからなんとかしてくれ。知ってるだろ、僕はずっと彼女のことを・・」
「・・・おめーのためにじゃないが、オレも気が進まないからな。わかったよ。」
「よかった。なんとかしてくれるんだね!?」
「オレにばっか頼んでねえで、自分でなんとかすればいいじゃねーか!」
「う、うん・・それはそうだね。」
「まだ向こうは知らないんだろ?おまえの気持ちとか。」
「・・がんばるよ、今晩こそは。」
「じゃあ、そろそろほのかを引っぺがしに行くか。」
「・・・あのさ、彼女・・遠くからきた親戚の子ってホント?」
「血は繋がってないけどな。」
「ふぅん・・君がさ、あの子の隣で楽しそうなんでびっくりしたんだよ。」
「そっ・・別にオレは・・あいつ何も知らなくて手が掛かるんだよ・・」
「なるほど、きみって優しいから。あ、僕そんなこと気にしてる場合じゃないんだった。」
「いつも思うが・・おまえって悪気はないのかもしらんが・・・腹の立つヤツだな。」


けんいち王子となつ王子がそんな話をしている間、みう王女とほのかはというと、
お菓子などを一緒に食べたりしてすっかり打ち解け、仲良くなっていました。

「おいしいですわね。ほのかちゃんこれも食べる?」
「うん!おいしいねっ・・みう、ありがと!」
「まぁ、名前を覚えてくれたの?!ありがとうほのかちゃん!」
「みうはおねえちゃんたちに負けないくらい綺麗だし、優しいんだね。」
「ありがとう。お姉さま方がいらっしゃるのね。羨ましいわ、私ひとり娘ですから。」
「なつも妹さんがいたのに・・寂しいよね、かわいそう・・・」
「そういえば妹さんを亡くされてからいつも寂しそうでしたわ。」
「なつは優しいからおともだちになればいいと思うよ。」
「なつ王子とはそんなに親しくはないの。そうだわ、ほのかちゃんにお聞きしていいかしら?」
「ほのかに?・・わかるかな?!」
「実は先日・・私、お父様になつ王子のお嫁になるようにって言われましたの。」
「およめさん!?」
「でも先ほども言いましたが彼はいつも寂しそうで、それに近寄り難い感じがしていて・・」
「およめって・・結婚するってことだよね?」
「ごめんなさいね、突然こんなことほのかちゃんに。でも今日のなつ王子は違う印象でしたわ。」
「あっ・・あのっ・・とってもなつはやさしいよっ!!」
「うふふ、そうですわね。ほのかちゃんの隣にいた彼はとても優しそうで、驚きました。」
「す・・きになった・・?」
「ま!?ほのかちゃんもしかして?・・私今日のなつ王子でしたらキライではありませんわ。」
「およめさんに・・なるの!?」
「それは・・あっ、ちょっと待って。王子たちがいらっしゃいましたわ!」

「楽しそうな所をお邪魔してごめんなさい。僕・・みう王女にお話したいことがあるんです。」
「まぁなにかしら?ここではダメですの?」
「はい・・少しよろしければ・・」
「わかりましたわ。ほのかちゃん、また後でね?」
「う、うん。」

「どうした、何か元気ないな?ボロ出してないか冷や冷やしたぞ。」
「なっつん・・みう王女と結婚するの?」
「おまえたちもその話してたのか!?って、なんでおまえそんな顔してんだよ。」
「なんでだかびっくりして・・綺麗で優しくて、あんなお嫁さんならいいよねぇ・・」
「けんいちはそう思ってるらしいが、オレは生憎そうは思ったことないな。」
「えっ・・あんなに綺麗なのに!?なっつんってちょっと変!?」
「ほっとけ。結婚なんて、できればしたくないんだが・・」
「ねぇ、もうみうとキスした?」
「は!?なわけないだろう!?顔見知りってくらいなんだぞ。」
「・・なんでかなぁ?なんで元気がなくなるのかなあ・・」
「そういや・・満月までもうすぐだな。」
「あっ忘れてた!どうしよう・・!?」

ほのかはここへ来た目的をすっかり忘れていました。思い出すと胸が騒ぎ出しました。
もうすぐ満月の夜がやってきて、その夜までになつ王子の記憶を消さなければなりません。
彼はすっかりほのかのことを忘れて、みう王女と結婚するのだろうかとほのかは思います。
そう思うと、胸をぐさりと刺されたような気持ちがして、ほのかは苦しくなってしまいました。
でも目的を遂げないと、ほのかはその夜に露と消えてしまう運命です。正直怖いと思えます。
なのにどうしたことか、みうと結婚して幸せななつを想像してしまうとその方が辛いと感じるのでした。


けんいち王子とみう王女はしばらくして一緒に戻ってきました。
とても幸せそうな二人の様子に、なつ王子はうまくいったのだと理解しました。
つまりけんいち王子の想いは伝えられ、みう王女もそれを受け入れたのだと。
入れ替わりのようにしゅんと元気のなくなったほのかの元へ、みうがやってきました。

「ほのかちゃん、どうしたの?これから舞踏会の本番よ?そんな顔しないで!?」
「あ、今から踊るの?みうはなつと踊る?」
「ええ、決まりみたいなものなのよ。そうだわ、けんいち王子と踊りませんか?ほのかちゃん。」
「う、うん。ほのかでいやじゃなかったら、誰とでも踊るよ。」

音楽は美しい音色を響かせ、華やかな城内。いつものほのかなら浮かれていたことでしょう。
けれど慣れたはずの足が、まるで海から初めて上がったときのように重く感じられました。
なぜなら、すぐ近くでなつ王子とみう王女が踊っているのが嫌でも眼に入ってくるからです。
見ているだけでも癒されそうなお似合いの男女に見えます。それがこんなに重苦しく感じるとは。
そのときほのかと一緒に踊っていたけんいち王子は、心配そうに話掛けました。

「ほのかちゃん、元気を出して。きっと後でなつくんが踊ってくれるから。」
「え?・・あ・ごめんね?ほのかったら。」
「僕も昨日までだったらものすごく気になって踊るどころじゃなかったと思うよ。」
「どうして今日は平気なの?」
「みう王女がね、なつくんとは結婚しないって言ってくれたからさ。」
「えっ!?ホントに!?どうしてなの?」
「僕ね、みうさんに思い切って好きだと打ち明けたんだ。そしたらね・・」
「けんいちもみうが好きだったの!?」
「そうなんだ。ずっと前からね。で、みうさんも・・僕のこと気になってたんだって。」
「そうなの!?よかったねぇ!?」
「うん。だから僕とお付き合いできるように頼んでみるって。なんだか夢みたいだよ。」
「そうかぁ・・!なつはがっかりしないかな?」
「大丈夫だよ。元々結婚なんかしたくないって言ってたもの、彼。」
「したくないの?なんでだろ?」
「女の人のことが好きになれないみたいなこと言ってたな。」
「男の人が好きなの?」
「えっいやそれは・・違うと思うよ、ほのかちゃん。」
「けんいちはみうとキスした?」
「ええっ!?・・い、いやまっまだそんなこと!!」
「ここの人たちって好きになったらすぐにしないの?不思議。」
「君の故郷ではそうなの?・・ちょっとうらやましいなあ。」
「けんいち、がんばったんだね。ほのかもがんばってみる。」
「・・・きっとね、だいじょうぶだよ、ほのかちゃんなら。」
「けんいちもいい人だ。ありがとう、けんいち。」






ほのかのけんいち呼び捨てに違和感あるんですけど、なんかそれも面白いかな?
なんて書いてるうちに思ってしまいました。3話に続きます。