雲行きが怪しいなとおもえばいきなり雨が降り出した。
雨脚はどんどん強くなり急ぎ足で自宅へ向かった。
門の前で濡れ鼠を見つけた。あいつだ・・・
恨みがましい上目遣いの瞳でオレを見た。
怒っているのか口も利かずに俯いて様子がおかしい。
溜息を一つ吐いて玄関へと促し、タオルを取りに行く。

タオルで追いつかないほど濡れていたので風呂場へ行かせた。
新しいバスタオルの場所を教えてその場を去ろうとした。
黙ったままだったほのかがオレの服の裾を掴んでいた。
振り向くと少し悲しげで頼りない顔をしてオレを見ている。
頬を伝う雫は雨だけではないらしかった。
じっとオレを見つめて何かを求めるように掴む白い小さな手。
「とにかく温まって来い。何か飲むもの用意しといてやるから。」
「着替えは適当に着れそうなの持ってくるから。」
ほのかは首を左右に振るだけで何も言わない。
「何があったか知らんが、このままだと風邪引くぞ?」

「・・ずっと待ってたのに、遅いよ。」
「オレはなんの約束もした覚えないぞ。」
「・・逢いたかったんだよ・・」
いつもと違う思いつめた表情と目に途惑う。
オレを呼ぶ声までもがいつもと違う気がした。
濡れて重そうに見える睫が光っていた。
瞬きと共に弾けて落ちる様が目に映り見守った。
思わず抱きしめた身体はぞっとするほど冷たかった。


身体に負けず劣らず唇も濡れて冷たい。
それが火照ったオレのそれに心地良かった。
オレにしがみつく指の先まで冷えている。
熱を与えたくて抱いた腕に力が篭るのがわかる。
オレの胸にすすり泣く声が響いて我に返った。
そっと雨に濡れた髪を寄せて頬を指で拭った。

「おまえものすごく冷えてるぞ。」
「へいき・・」
「とにかく熱いシャワーでも浴びろ。」
「さっさとしないと服ひっぺがすぞ!」
「・・うん・・」

なんとか納得したようなので風呂場を後にした。
何がおまえから笑顔を奪ったんだ。
腹立たしくてやけに喉が渇いた。
台所から居間へとお茶を運ぶと
俄雨だと思った雨は本降りになっていた
戻ってきたほのかは幾分落ち着いたように見えた。

「なっつん・・ありがと・・さっき。」
「何のことだ?」
「抱きしめてくれたでしょ?」
「何かあったのか?」
「・・・なっつん、ほのかが逢いに来たら迷惑?」
「今更何言ってんだ?・・知り合った頃はそう言ってたが。」
「もうここへ来ちゃ行けないって言われたの・・」
「家族にか?」
「どうしてって聞いたら・・もう子供じゃないからって・・」
「・・・」
「なっつんが一人暮らしだって言ったら急にだめって。」
「そりゃそうだろ、普通。」
「なっつんは絶対ほのかに酷いことなんかしないって言ってもダメって!」
「・・・」
「ねぇ、なっつん、ほのかはなっつんと一緒に居たいよ!いいでしょ?!」
「・・親の言うことは聞いておけ、もうここへは出入り禁止だ。」
「!?なんでっ・・なんでなの?どうしていけないの?!」
「さっきオレがおまえを抱いてるとき何考えてたかわかるか?」
「・・・?」
「このまま邪魔な服とか剥がしてやろうかってな。」
「!!」
「そんで馬鹿なおまえを無理やり・・」
「やめて、なっつん!嘘でしょ!?」
「嘘じゃねぇ。おまえの方から家に入り込んでんだ、どうされたって文句あるか?!」
「・・・・」
ほのかの目にまた光るものが込み上げて頬を濡らす。
悔しそうな顔はオレの言葉を信じたからかもしれない。
そうさせたのはオレだというのに堪らないほど胸が痛んだ。
「おまえはもう子供じゃない。男の家に入り浸ってていいわけないだろ?」
「うっうっ・・・・なっつん・なら・・いいもん・・!」
「嘘言ってんのはおまえだ。意味わかってんのか?!」
「じゃあさっきみたく抱いて!服がジャマなら脱ぐ!」
「ばっ・・何言ってんだ。」
「脅かしたってダメなんだから!」
「ほのかはなっつんに逢えなくなるのだけは絶対イヤ!!」
何故こいつが辛そうなのを見るのがこんなに痛いんだろう?
それ以上見ていることに耐え切れなくなって腕を掴んだ。
簡単に倒れこんでくる身体をそのまま取り囲むと胸に顔を押し付けた。
泣き顔はもうたくさんだ。いつものコイツの笑顔が見たくて堪らない。
「わがままばっか言いやがって・・・ホントにオレのもんにしちまうぞ?」
苦しくて吐き出した言葉に抵抗していた身体がぴたりと止まる。
「・・・おまえのこと心配なんだよ、わかれよ・・」
「ほのかはなっつんのことが一番心配だよ・・」
「オレの何が心配だと?!」
「ほのかのこと心配ならこのまま離さないで。」
「なっつんが素直じゃないこと知ってるよ。だけどこれだけは言うこと聞かない。」
「・・・オレはおまえのこと泣かせたくないんだ・・」
「なっつんは心配し過ぎなの。泣いてもわめいてもなっつんのこと嫌いになったりしないから。」
「ほのか・・」
「だから、なっつんはほのかのこと離しちゃダメ。」
「それにちゃんと話せばお兄ちゃんもお母さんもきっとわかってくれるから大丈夫だよ。」
「そうじゃなくて、オレはおまえに酷いことするって言ってんだ・・」
「だから、ほのかはそんなの嫌だなんて言ってないでしょ?!もう〜!!」
ほのかがいきなり顔を勢いよく上げて唇をオレめがけて押し付けた。
勢いあまって歯のぶつかる音と血の味がした。
痛くて乱暴なキスに目が眩む。唇じゃなく胸が痛んだ。
オレは反対にどうしようもないほど優しいお返しをした。
ゆっくり離れた後ほのかの満足そうな顔に少し驚く。
甘い吐息と熱でもあるかのような目つきに心臓が跳ねた。
そんな顔するんだな おまえも。
「ほのかはなっつんじゃなきゃダメなの。なっつんは・・?」
「オレもおまえじゃないと・・・・ダメだ・・」
「やっと素直になった!!・・わかればヨロシイ!」
「おまえ、なぁ・・・!」
可笑しくて力が抜けて、笑った目尻がオレも熱い。
もうあきらめるしかない、逃げられない。
捕まっちまったよ、俄雨みたいなおまえに。
突然襲って人を惑わせて足止めさせて。
「なっつん・・・見て!!」
「え・・?」
窓の外に大きな虹がかかっていた。
雨はいつの間にかやんでいた。
「すごくキレイだね?!」
「ああ、・・・綺麗だな。」
外ではなくほのかの笑顔を見てそう呟いた。
虹よりもっと確かで煌いてる。
儚く消えたりしないでずっとこのままで
傍で見ていてもいいか・・?
何も言わないで見つめていたら
また微笑みがそれに答えるかのように浮かんだ。
釣られてオレも微笑んでいた。
「・・好きだ」
「・・好きだよ」
もう一度目を見合わせて二人で笑った。
かっこ悪いことに二人とも語尾が震えたから。
遠回りな告白をしてなんだか気恥ずかしい。
今更なような、新鮮なような、妙な嬉しさ。
お互いに感じているようでそれもこそばゆい。
もう雨はすっかり上がって空は明るい。
ほのかもいつの間にかいつも通りの笑顔で。
その当たり前が一番嬉しかった。




「なっつんの服、なっつんの匂いがする。」
「当たり前だろ。濡れた服乾燥機に入れたのか?」
「ううん、制服だから皺になったら困るしそのまんま。」
「その格好で家まで送れって!?」
「仕方ないじゃん、服びしょびしょだもん。」
「家、誰か居るよな・・?」
「うん、お母さんが。お父さんとお兄ちゃんはわかんないけど。」
「どうしたの?」
「おまえん家行って挨拶すんのとかが、その・・」
「なんで?!お兄ちゃんとはお友達でしょ?!」
「・・・・うー、まー、そうとも言うかもしれんが・・おまえのことだよ!」
「大丈夫だよ、なっつんなら。紹介するよ、大好きな人だって。」
「あ、でもお父さんが居たらちょっと危ないけど。」
「危ない?」
「殺されないでね、なっつん。」
「ころ・・おまえの父親って何者なんだよ?!」
「普通のサラリーマン。だけどちょっと猟銃とか持っててね・・」
「おまえと付き合ってるなんて言ったらヤバいか・・?」
「ふぁいとだ!なっつんv」
「ま、まぁ、別に嫁にもらいに行くってわけじゃねぇしな・・?」
「この際いっぺんに済ませといたら?!」
「何能天気なこと言ってんだよ。」
「いっそのこともうお嫁に来るよ?そんでもいいよ!」
「それはもうちょっと待て!」
「もうちょっとってどんくらい?」
「せ、せめて学校卒業してから・・って、おい!」
「ふーん・・・まぁいっか。」
「おまえもう少し真面目にしないと親だって怒るぞ。」
「そーだ、赤ちゃんができたとか言ったら許してもらえるんじゃない?!」
「ああっ!?ぶっ殺される!確実に!!」
「あははは!」
「あははじゃねーっ!!」

空に虹がかかったような笑顔が弾けた。








実はこの話、途中まで裏でした。(あははv)
でもなんか暗いし、どうにもつまんないなと思って書きなおしたら・・
まったく違う中身になってしまったのでタイトルも変えたのでした。
ちなみに初めのタイトルは「驟雨」にわか雨っすね。がらっと変ったんで
今回のタイトルに。暗い方はもしかしたら裏に置くかもです。