Next Time 


「ほしい、ほしい!」

一所懸命になって腕を伸ばすほのかを夏が抱えて
共に仰ぐ青空にはリボン付きのピンクの花束が舞う。

6月、梅雨の合間の日曜は天候に恵まれ晴れ渡った。
花嫁は文句なしに美しく、緊張でコチコチの花婿も幸福そうだ。
参列者として並んでいるのがなんとはなしに落ち着かなかった。
そう感じているのは夏だけで、ほのかはいつもと変わりないが。

これがもしほのかの兄のものならこうはいかないだろうと
ちらりと窺う夏は複雑な心境だ。一方ほのかはというと、

「綺麗だ〜・・・うっとりしちゃう。ほのかもお嫁に行きたい。」

そんなことをうわごとのように呟き目を星のように煌かせている。
周囲を見回すと歳若い女は皆似たり寄ったりな表情を浮かべていた。
そんな女心がどうにも理解できない夏はこっそりと溜息を落とした。
愈々、クライマックス然と女子の視線が集中したのは要するに

「ブーケトスッ!なっち、抱っこ!抱っこしてっ!?」

嫌な予感はしていたがこれか!と一人ごちる夏だがほのかに逆らえない。
必死の形相に押されて抱き上げると、もっと近付けと命令が飛んだ。
幸せを掴もうと女達は腕を伸ばした。ほのかもその中の一人なのだ。

”あれって・・次にどうとかって・・ほのかが取ってもなぁ・・?”

ほのかを抱きかかえながら夏は思う。まだ少し早いだろうと。
けれど取りこぼせばきっと今日一番がっかりするのはほのかだ。
そんな顔を見たくなくて花束を受け止めさせようと軌道を読む。
幸いいけそうな方角にそれは飛んでくる。ほのかは身を乗り出した。
そのまま何事もなければキャッチできるはずだった。のだが、

それは一人の男性が掴んでいた。周囲は一瞬呆然、である。

「てめっ・!なにしてんだよ!?」

直後に大きな声が響いた。掴んだのは宇喜田孝造。叫び声はキサラだ。
しかし宇喜田は何も言わず黙ったまま、花束をキサラに差し出した。

「欲しそうにしてただろ・・?」
「!?!!」

火を噴く勢いで真っ赤になったキサラに周囲もやっと反応し、
口笛を吹く者がいた。からかいの声も掛かる。照れる二人に
今日の主役の二人もにこやかに拍手なぞするので一気に和やかムードだ。
そんな一連のドラマを傍観していたほのかはその間一言も発していない。
抱き上げたままだった夏がはっと気付くとほのかは少し悲しそうだ。
しかし、ぴょんと飛び降りて振り向いたほのかはもういつも通りだった。

「ざんねん!けどいいもの見れたからラッキーだね!?」
「・・・あいつ等の時にでも奪ってやれ。」
「おう!なるほど。なっちって偶にいいこと言うね!?」

ほのかはにこりと笑顔を浮かべ、安堵が夏の頬も弛めてくれた。

「けどさぁ・・それだと次の次かどうだか・・いつになるかな!?」
「さぁなぁ・・次では早すぎるんじゃねぇかとは思ってたんだが。」
「むー・・なっちがゼンゼンその気じゃないなら先は長いじょっ!」
「・・!?ばっ・・なに・・・・」
「あはは!なっち顔紅いよ〜!?」

ほのかのがっかりした顔より笑った顔の方がいい、だからいいのだ。
そう納得しようとするが顔は勝手に弛んでしまう。夏は焦った。
常に貼り付けている仮面はほのかの前ではいつも透けて役に立たない。
さらりとほのかが示した未来を想像してしまったことが恥ずかしい。
けれどほのかが花束を持って自分の横にいる、それは想像しただけで
嬉しかったのだ。嬉しくて舞い上がった自分が恥ずかしくて埋まりたい。
不確定な未来。現実にするにはまだまだこれから段階を踏まねばならず、
無邪気に夢に手を伸ばす女と違って男には立場上重い責任が圧し掛かる。
しかし、それでも

「いつかなんてことは先走りっつうんだよ。」
「だって相手はいるじゃん。あと何が必要?」

不思議そうに夏を見上げるほのかの髪を夏はぐしゃぐしゃと撫でた。
文句はいくらでも。責任だろうが障害があったとしても問題ない。

「あっなっち、浮気だめだよ!ゼッタイ!!」
「こっちの台詞だっ!」

ぽろっと零れた本音に目を丸くされた、幸い帰り道で人目はない。
それでもつい周りを見回してしまう。ほのかがそんな夏の手を取った。
細い指があたたかく重なる。こんなささやかな嬉しさの積み重ねが
未来へと繋がるのかもしれない。自然と手を繋いで二人で歩き出す。


「ほのかは浮気しないけどさぁ・・?」
「けど、なんだ?」
「まだなっちの、ってわけじゃないよね。」
「それは・・そうだが。」
「いつしてくれる?」
「しろって何を!?」
「?結婚の前ってなんていうの?らぶらぶ?!」
「婚約・・恋人ってことか?」
「あっそうか、それそれ。それにして!」
「・・・なりたいか?ほんとに。」
「うん、なんで?なっちなりたくない?」

立ち止まってしまったため、ほのかが前のめる。繋いだ手を強く握る。
民家の垣根から甘い花の香りが漂っていた。少し曇った空、風はない。
昼下がり、人通りも無く余所行きのいつもより女っぽいほのか。
式のラストに全員に配られた一輪の薔薇を夏は眼の前に差し出した。

「まずはここからだろ、ほのか。」
「う、うん、あっはい!?」

おあつらえ向きに静かな通りの真ん中。意識するとやはり緊張もする。
ほのかは今日花嫁を見詰めていたときのような顔とは違っていて、
花束を浚われて少し寂しそうに見えたときのようだ。不安、かもしれない。


「すきだ。」

間が抜けた小さな呟き。滑ったかもしれない。だが真面目な告白だった。
笑うか泣くか、まさかの落胆か、様々な反応の可能性が夏の頭を駆け巡る。


「ほのかもすき。」

同じくらい小さな声が鳴った。ちりりと鈴が鳴ったように感じたのだ。
差し出されていた薔薇を手にしていたので、薔薇から聞えた気がした。
ほのかは自分の薔薇を取り出して、夏にも「もらって」と差し出した。

『ありがとう』

二人同時だった。重なった言葉に二人は顔を見合わせると、笑った。

「気が合うね!」
「はぁあ・・疲れた・・」
「え〜!?そうなの!?」

実際どっと汗が噴出していたのだが、夏は悟られたくなくて涼しい顔、
を作ったつもりだったのだが、ほのかは「暑そうだね」と指摘する。

「うるせぇ!本気でこういうこと言うのタイヘンなんだぞ!」
「うんうん。わかってるよ、ちみにしてはがんばったよね!」
「・・・労うな、むかつく。」
「とりあえずは、ここからだ。」
「行っとくけど今日みたいなお嫁さんがゴールじゃないからね。」
「!?」
「あれは一イベントなのだよ?でもね、女には一大イベントだから。」
「そうか、なるほど。そういうことか。」
「ほのかいい人見つけたよ!ヨロシクねv」
「長い付き合いになるから、宜しく頼む。」
「おっとこまえー!」
「えっどこがだ!?」

飛びついたほのかを支えながら首を傾げる。首元で嬉しい声が零れた。

「ブーケほしかったけど、もらったようなもんだ!やったあっ!」
「花なら人のおこぼれじゃなく俺から受け取れよ。」
「ああっウッキーかっこよかったね。そうかなっちにもらう方がいいかも。」
「あのジンクスって本当なんだかな?」
「そうだねぇ、そのうちわかるんじゃないかい。」
「それもそうだな。どっちでもいいが。」

「そうだよね、お相手の方が重要さ!」

雲の端から太陽が覗き、庭先や垣根の花に降り注ぐ。紫陽花も見つけた。
雨も光もどちらも必要だ。夏とほのかが互いを必要としているように。
いつかこんな季節に白いドレスのほのかの笑顔が見たいと夏は強く思った。







やまんばさんのステキ絵から妄想した突発です☆ありがとうございました!
なっちとほのかが一緒に参列する結婚式って新白の誰かか!?と悩みまして
兼ちゃんだとほのかは親族だから違うかなぁ・・とかで、ぼやかしました。
とにかく可愛いイラストなので皆さんご覧になるといいですよ〜!