「眠くてもうダメ」


「むぎゅう・・なっつん・・くるしー!」
「!?おっ・・わっ!!」
「ねぼけたのー?もお・・赤ちゃんみたいだねぇ!?」
「ちっ違う!何度言ったらわかるんだ、寝るなって!」
「なっつんが寝なけりゃいいじゃん。」
「オマエが引っ付いてると眠くなるんだよ!」
「むふふ、ほのかは催眠術がつかえるのさ。」
「マジで言ってんだぞ、ふざけるな!」
「真面目だよ?それになっつんに引っ付いてるとほのかも眠くなるんだもん。」
「ひっつかなきゃいいだろ!?」
「なんでさ?気持ちいいのに!」
「なっなんだと・・?オレはオマエの枕じゃねぇ・・」
「いやーいっそのこと家のベッドに常備したいくらいだよ。」
「あっ阿呆ーーー!!」

またやってしまった・・・どうしてほのかと寝てしまうんだ!
いや待て、こう言うと語弊がある。別に転寝してるだけだ!他意はない・・
頭いてぇ・・いつの間にか寝てしまうとか、在り得ない醜態だろう。
修行が足りないと言われても反論できそうもない。しっかりしろ、オレ。
しかしそのことよりも一番怖ろしいのは、オレが無意識にほのかにする行動だ。
今回も抱き寄せてしまったらしい。・・その・・コイツこそ枕みたいに・・やらかいし;
自己嫌悪で頭を抱えていると、ほのかがよしよしと宥めにくる。

「なっつん、お昼寝くらいいいじゃないか!ちょっとならリフレッシュになるんだよ?」
「オマエがひっついてなきゃな。頼むからやめてくれ・・!」
「そんなこと言うけどなっつんほのかのことぎゅうってするじゃない?」
「ぅ・・だからそういうの・・オマエも少しは困ったらどうなんだ!?」
「全然困らないよー!」
「・・・はぁ・・・・」

いつだって困ってるのはオレだ。もう何も考えずにいようか、その方が楽だ。
コイツは困ってないって言ってるんだし、オレだって別にコイツをどうこうしようとは・・
思ってな・・その・・お、落ち着け。在り得ない、在り得ないから!
どうしてあんな夢見るようになったんだ・・ヤバイと思うようになったのはそれからだ。
情けなくて涙も出ない。こんなガキに・・・どうしちまったんだよ、オレは?

「なっつん、なっつん!あのね、ほのか夢でもなっつんとお昼寝してたよ、こないだ。」
「・・・そうかよ・・・・」
「嬉しかったけど、むぎゅってされたとこで目が覚めちゃった。」
「・・・あ・・そ・・・」
「だからやっぱりホントのなっつんの方がいいよ。むぎゅってしてして!」
「嫌だ。甘えんな、ガキが!」
「お昼寝したときはしてくれるのに・・素直じゃないじょ!」
「ははは・・・・」

笑うしかなかった。乾いていてさっぱりな笑顔だったとは思うが。
ほのかは相変わらずオレにべったりともたれかかっていて、抵抗する気力もない。
ひっくり返して襲ってやろうか?・・絶対本気にしないとは思うが。
オレだって本気で襲う訳ではないから、そこのところはコイツでもわかるんだろう。
そうすると・・やはり結果的に困るのはオレだよなぁ?

「何考えてるの?眉間に皺が寄ってるじょ?」
「どうすりゃオマエを抱えて寝ないで済むかってことだよ。」
「もう無駄な抵抗は止めなさい。」
「なんで無駄なんだよ!?」
「ホントに嫌ならなっつんは寝たりしないのだ。でしょお!?」
「そういう問題じゃ・・・」
「ふへへ・・いいじゃん、ほのかは嬉しいし。」
「・・そのうち泣く羽目になんぞ、コラ。」
「ウン!?どして?」
「・・・オマエ『赤ずきん』って知ってるか?」
「知ってるとも。あっ、なっつんが『狼』ってことぉ!?ぷぷーっ・・ひゃはははは!」
「笑うな!オレのことバカにしまくってるな、オマエ!!」
「ありえなーい!ぷふっ・・あははははは・・」
「オマエ・・・マジむかつく・・・笑うなっ!」
「いいよーお!なっつんなら『狼』でも怖くないもんね!」
「どの口が言うんだ!このっ・・!」
「ひてててっ・・・ひゃははっ」

口の端を引っ張ってやったが、まだ笑ってやがる。・・変な顔だ!笑える。

「オマエなんてなぁ、一飲みなんだぞ、ぺろっと。」
「べろべろべーっだ。出来るもんならどーぞだよー!」
「どっからそんな自信出てくんだ?チビガキ。」
「なっつんだから〜!」
「オレだと襲わないってなんで決めつけんだよ!?」
「わかるもん。それになっつんだったらいいって言ったじょ。」
「あ?・・何が?」
「だから『狼』でも大丈夫だよ?」
「ばっ!?」

不覚にも顔が熱くなってほのかを咄嗟に離した。それを見てまた笑い出すほのか。
腹を抱えてだ。・・・怒るだろう、普通!?だから素直に行動に移した。
捕まえて、ひっくり返して、組み敷いてやったのだ、・・・が・・

「おやっ!?もしかして『狼』さん来たの?」
「食って欲しいみたいだからな?」
「イイケド・・でもどやって食べるの?」

ほのかはちっとも怖がらない。予想通りで涙が出そうになった。
半ばヤケになってしたとはいえ、これからどうしようかと思った。
夢の中なら、オマエは・・・ちょっと可哀想になってきて眉を顰めた。

「なっつんなっつん、眠いなら無理しないで一緒に寝ようよ!」
「眠くなんかねぇ。オマエも子供じゃないって言うならどこでも寝るな。」
「どうしてダメかなぁ?二人でのんびりお昼寝って嬉しくない?!」
「・・オレが寝ぼけてオマエに噛み付いたらどうすんだ?」
「狼さんって寝ぼけたときに出るの?じゃあ起こしてあげるから大丈夫さ!」
「起きても止まらなかったら・・?」
「あのさ、さっきもきいたけどどうやって食べるのさ?なっつん。」
「そうだな・・・」

悔し紛れにほのかの首筋に噛み付いてやった。もちろん軽くだ。
びくりと撥ねる小さな身体に”やっぱ夢とは違うな”と感じる。

「・・んだよ、オマエが聞いたんだぞ?」
「・・お、おっけー・・大丈夫。でもびっくりしたじょ・・」

ほのかが今までみたこともないような心細い顔をした。
オレも莫迦なことしてないで早く放してやればいいものを・・止められない。

「ホントに食っていいんだな?」
「え!?・・・なっつん?」

初めて見る怯えた表情にコイツでもこんな顔するんだなと感心するあたり不謹慎だろうか。

「・・んな訳ねぇだろ。ホラ起きろ!」
「・・へ・・?」

捕まえていた細い腕を引いて、起こしてやるとほのかがあからさまな溜息を吐いた。
やれやれとオレも内心溜息を吐きたい思いだった。やっと行動を抑制できたことに。

「ねぇ、なっつん・・ほのか一緒にお昼寝するのも抱っこしてもらうのも好き。」
「!・・なんだよその顔は・・・!?」

泣くようなことはしてないと思うのだが、泣きそうな顔のほのかがオレの袖を引く。

「どうしてもくっついて寝ちゃダメ・・?ねぇ!」
「泣き落としかよ!?」
「食べてもいいからさぁ!!」
「あーもー・・・わかった!泣くな!」
「ホント!?」
「食われてもいいとか言わないと約束しろ。それなら許す。」
「・・食べたいのとは違うんだね!?よくわかんないけどいいよ。」
「・・違う・・けど違わない・・・もうちょっと待ってろ。」
「ウン!じゃあ待ってる。」
「わからないまま頷くあたりがまだその・・・まぁいいか。」

「よかった!さ、寝よ寝よ・・」
「何!?まだ眠いのか!?」
「おやすみなさーい!」
「おいっオレは眠くないって言ってるだろ!って・・この・・」

さっきとは違う安心した表情になってほのかがオレの腕にしがみついている。
ほのかが言った通り『無駄な抵抗』に終わったオレは今度こそ溜息を吐いた。
開き直ってほのかを腕に抱き、眼を閉じてみた。軟らかい髪に頬を寄せる。
何もかもオレに投げ出すなんて、莫迦だとずっと思っていた。
そうじゃないんだな、きっとオマエは投げ出してるんじゃなく・・
素直になってほのかを見習い、何も考えずに寄り添ってみる。
さっきまでの行動はまんざら無駄には終わらなかったとオレは思いなおした。
ほのかの怯えた顔が見たいわけじゃないんだ。夢は夢、現実とは違う。
寄り添ってくれてありがとうなんて、柄にも無いことを考えて少し照れくさい。
けどほのかは眼を閉じて見ないでいてくれる。だからオレも素直になれた。

こんな風に素のままでいるのに慣れてなくて、そのことにも抵抗していたんだ。
心地良いと感じられるこのときをを忘れずにいようと思う。いつか離れるときが来ても。
もしかしたら本当にオマエがオレに食われたいと思う日が来ないとも限らないし?
・・なんてまた莫迦なことが浮かんだが打ち消して頭を空にするよう努力した。
オレも眠くなってきたから、成功だ。規則正しい呼吸と心音が一番催眠に効く。
抱きしめて眠ってほのかが目を覚ましたら、やっぱり寝ぼけたということにしよう・・・・