「猫じゃない」 


なっつんの肩は広くて、のっかるには最適だなぁとよく思う。
腕は太いので、掴って歩くと雪道なんかも転ばずに安心だ。
隠れるときは好都合で、背中に回りこむと向こうからは見えない。
なっつんはガードが甘いので、いつだってどこでだって飛びつく。
だけど一箇所だけ、死守してる場所があるんだと気付いた。だから、

「ねぇ、いいじゃん。抱っこしてよ!」とお願いしてみた。
「何が抱っこだ。いくつんなったんだ、ガキ!」
と言われてデコぴん一発。結構痛くてひりひりした。

よく悪さして見つかった場合なんかは、ひょいと首根っこを掴まれる。
あれ、困るんだよね。服の襟元とかがびろんと伸びちゃってさ・・
そんなとき大抵は背中からだ。前からもあるけど距離は空いてる。

要するにだよ、正面切って懐深く。そこは収まったことがない。
ほのかが抱きつくことは結構あるけど、すぐに両手で剥がされる。
お昼寝していつのまにか近くに寄ってたことはあるんだけど、
目が覚めたらすぐになっつんは慌てたみたいにびびっと距離を置く。
だけどそうされるとイヤがってるみたいで、離れた分だけ傷ついちゃう。

肩車してもらうこともある。なっつんは結構乱暴にほのかを扱う。
最初に会ったときからして、人を米俵のように担ぎ上げたんだから。
そんなに乱暴な扱いって初めてだったよ。女の子なのになってないったら。
なので雑な扱いしないで丁寧にしなさいって教えてあげたのに、なんと!

「そりゃ悪かったな。子犬か子猫くらいにしか思えないもんで。」

だって!!いやんなっちゃうよね。犬猫より扱い悪いよと怒ったさ。
ぶうぶう文句を付け足しても、なっつんは知らん顔。悔しかったじょ。
だけどそれって遠慮してないってことだと達人のおいちゃんたちが教えてくれた。
なるほどと思ったから、それからは文句はちょびっと控えめにしてあげた。
なっつんがそうしてくれるなら、ほのかだって好きなだけ甘えてやれって思ったし。
だから遠慮なく乗っかったり、引っ張ったり、噛み付いたりしたこともある。
なっつんは怒らない。口では怒ったように注意することはあっても。

つまり気をゆるしてくれてるし、なんでもさせてくれるのにどうしてそれだけ!?

「ねぇ、なんでだか理由だけでも教えてよ。」
「んなこと・・教わるまでもないだろうが。」
「意味わかんないし・・・」
「寧ろこっちが聞きたいぜ。男にそんなことねだるなんてな!?」
「男って・・なっつんのことお?」
「そこは聞かなかったことにしてやる。オマエも一応女だろ、そういうことは相手を見て・・」
「ちゃんと見て言ってるよ!?なっつんだからしてほしいって頼んでるのに。」
「何度も言わせるな。例えオレを男と思ってなくてもダメなものはダメなんだ!」

こんな調子で取り付く島もない。これは長期戦になると覚悟した。
いつかゼッタイに抱っこしてもらうんだからね。べーっだ!
背中に乗っかり、見えないことをいいことに思い切り舌を出した。
見えていないはずのなっつんが怖い顔でほのかを見たので驚いた。

「・・・降りろ。」
「なんで!?背中だからいいでしょ!?」
「いいから降りろ。」
「ほのか太ってないよ。重かった?」
「重いから言ってんじゃねぇ。」

あんまり睨むから悲しくなった。渋々降りたけどなっつんの脚を蹴飛ばした。
そしたらバチが当たったのか、痛かったのは自分の方で、なっつんは平気そう。
悔し紛れにあかんべして腕に噛み付いてやった。ざまーみろ!!なのだ。

「・・・・?」

不思議なことにそのときリアクションがまるでなかった。どうなってんの?
口を離して窺うように顔を上げると、なっつんがほのかを見下ろしていた。
なんていうんだろう、見たことない顔で。驚いて胸がどきんと鳴った。
今までは赦してくれてたのに、とうとう本気で怒ってしまったんだろうか。
聞き訳が無くて、駄々っ子みたいにしたから?みっともなかった・・かもしれない。
いつもと違うなっつんは、少し悲しいようにも見えたのでしゅんと気持ちが沈んだ。

「なっつん・・・怒ったの?ほのかのこと嫌いになった!?」

口にしたら、不安が広がった。困らせすぎてしまったのかもしれない。
なっつんに縋るようにして、「ごめんなさい!」と叫ぶように言った。
そしたら・・・

「ふみゃっ!?」

・・いきなり抱きしめられた。猫みたいな変な声が出てなんだか恥ずかしい。
それよりも思いがけない展開だったので、あわあわってなってしまった。
これは・・抱っこしてもらえた・・んだよね!?なんだけど・・なんだか・・・
思い描いていた幸せなイメージが湧いてこない。どっちかっていうと胸騒ぎがする。
おかしいな、望みが叶って嬉しいはずだよ。どうしてこんなに苦しいんだろう。
顔が熱く火照っているのがわかった。動悸がして、立っている足に力が入らない。
想像していたのはお母さんに抱かれるみたいな幸せなイメージだ。全然違うじゃないか!
いつも頼もしいと思っていた腕が体に巻きついて、びくともしないのがおっかない。
なっつんの胸はわずかな弾力しか持たない薄い体をぺしゃんこにしてしまいそうだった。

離して?と言おうとするんだけれど、うまく声が出ない。頭がくらくらしてきた。
なにがなんだかわからなくなって、なっつんにただしがみついてるみたいな格好だ。
長い時間に感じたけれど、出し抜けに体がふわっと軽くなった。離してくれたのだ。
嬉しいと感じた。ほっとすると力が抜けてよろけたのをなっつんは支えてくれて助かった。
気付いてなかったけど、涙が滲んでいたらしい。指先で拭う感触がしてまたびくっとなった。

「・・ちょっとはわかったか?」
「・・・うん・・なんだか・・全然違った・・」

空気の抜けたような頼りない声が出た。素直に思っていたことを呟くとなっつんは目を細めた。
さっきみたいに少し悲しいような表情で、それを見た瞬間、胸がずきんと痛みを感じた。
離されてもまだ頭はじんじん、胸はどきどきで、落ち着かないせいか顔が見れなかった。
悲しそうな顔を見たくなかったからかもしれない。俯いて「ごめんね。」とだけ言った。

「・・あれだな、”借りてきた猫・・ってか?そんなんなっちまったな。」

おそるおそる顔を上げた。なっつんの声は硬くて、とても後悔しているみたいだった。
なっつんは口元は笑ってるのに悲しそう。ほのかが困らせたんだと思うと辛かった。

「なっつん!ほのかは女じゃないから!」
「・・は!??」
「そうなのさ、猫だからいいんだよ!」

なっつんが驚いた顔してた。でもそれでいいんだ、成功だ。

「だからさ、いいの!ほのかのことなら抱っこしても。」
「・・・・いや、オマエがよくても・・」
「だからそんな顔しないでよう!ほのかが悪かったよ。ごめんってばあ!」

うまく伝えられなくてもどかしくて泣いてしまった。恥じの上塗りってヤツだよ。
えんえんと声を上げて泣いたもんだから、なっつんはきっと呆れたと思う。
それでも止まらないから仕方なく泣き続け、なっつんはおろおろしてたみたいだ。

「・・じゃあな、今だけ・・猫でいろ。」
「・っうっ・・う?・・うん・・」

よくわからないまま頷くと、なっつんがさっきと違って優しく抱っこしてくれた。
ああこれなら怖くない。思い描いたまんまの幸せな抱っこだ!そう感じて嬉しくなった。
よしよしと髪まで撫でてくれて、なっつんってば大サービスだよ、やればできるじゃないか。
それですっかり涙は止まった。こんなに幸せなら、ずっと猫でいたい。

「なっつん、ほのか猫になる。なっつんの猫。」
「バカ言ってんな。今だけだと言っただろ!?」
「抱っこしてもらえるもん!猫になるったらなる!」
「・・・オマエは猫じゃねぇ。」
「だからっ!」
「猫だったらとっくにしてやってた。わかんねぇヤツだな。」
「どうしてさぁ・・さっきできたじゃないか、怖くない抱っこ。」
「やっぱ怖かったのか。」

失敗した。痛い顔をされた。慌てて怖いのは間違いだと言ったけど遅かった。
「どっちみち猫だなんてオレが思えないんだ。」そう言って少し視線を落とした。
ほのかはきっとまた泣きそうな顔になったんだと思う。なっつんも慌てて付け足した。

「待て、泣くな。オマエがもっと大きくなったらしてやる!」
「大きくって?いつくらい?・・どうして今はダメなの?」
「・・怖くなくなるまではダメだ。」
「もう泣かないよ!それでも?」
「ああ、ダメだ。」

なんて頑固なんだろ。ほのかのわがままとなっつんの意固地、いい勝負だ。
むすっとした顔に溜息を一つ吐くと、なっつんはすっと真面目な顔になった。

「もうすこし時間くれ。オマエのことちゃんと受け止める覚悟ができるまで。」
「今は難しいってこと?」
「猫だとか今は思ってない。初めて出会った頃だろ、そんなこと言ったのは。」
「うん・・そうだけど。」
「オマエはオレのなんだと訊かれたら、はっきりとは言えない。」
「ほのかのこと?友達じゃないのかい?!」
「そう傷ついた顔すんなよ。オマエはちょっとその・・特殊なんだ。」
「でも仲良しでしょ?!でもって、もっと仲良くなりたい。」
「オマエ別に今の状態に不満ないんだろ?だからお互いちょっと早いってことだ。」
「早い?・・・初めにぎゅっとした・・あんなの?」
「ふーっ・・ようやくたどり着いてくれたか。そうだよ。」
「なっつん説明するのヘタなんだもん!」
「悪かったな!バカに説明すんのは骨が折れんだよ!」
「ちみね、人のことバカバカと言いすぎだよ。それに子供扱いもね!」
「とっとにかくオマエのこと・・・猫扱いはできないってのだけは・・」
「わかりたくない・・」
「猫のときより出世してんだぞ?」
「出世?猫よりえらいの?」
「一応女扱いしてるって・・ことで・・」
「ふ〜ん・・そりゃ男じゃないけどさ?」
「はぁ・・悔しかったらもうちょい育てよ。そっちの方。」
「そっちってどっち?きっとバカはなっつんだよ。どっちでもいいもん。」
「なんだと!?」
「大好きなのは変わんないしさ。抱っこしてもらうのあきらめないからね、ずっと!」

ほのかは宣言した。なっつんがどうのこうの言ってもどうでもいいよと。
猫じゃないなら、”ほのか”のままでいくよっ!ってこともね。開き直ったんだ。
それはそれでよかったみたい。なっつんがようやく笑顔になったんだから。

「そうだ!なっつん、いいこと思いついたよ!」
「はー・・参った・・なんだよ?またしょうもない・・」
「猫じゃなくて彼女になる!そしたら何してもらっても問題ないじゃないか!?」

とてもグッドなアイデアだと思った。なっつんはびっくりしたみたいだったけど。
なんだか聞き取れないことをごにょごにょ呟いてたから、はっきり言いなさいと注意した。

「・・そりゃあ・・・楽しみだなっ!」

って、怒鳴られた。だけどすごくなんだか・・照れてる!?みたいな・・・わーっ!
なぜだかほのかも釣られて恥ずかしい気がしてきた。顔がちょびっと熱くなってる。

「・・な、ナイスでしょ!?ほのかえらいんだから!」
「あー、えらいえらい。オマエの勝ち。」

うん、そうでしょ!?嬉しいからちょっとバカにされたみたいだけど勘弁してあげる。
きゅっと腕にしがみついたら、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられて、それは困ったけど。
そしてふっと思った。猫より出世って意味がよくわかんなかったけど、もしかして?

「もしかしてほのかって猫より可愛い!?」

図々しかったかな。だけどなっつんは黙ったままおでこにまたピンって・・・痛いってば。
違うって言わなかったよ。やだな、そうかあ・・もう!素直にそう言えばわかりやすいのに。
にやけていたら、ほっぺをつままれた。やっぱりそれほど女の子扱いとは思えないじょ・・?
まぁいいや。ほのかはそれなりに待遇は良くなってってるらしいしね。今を楽しむことにする。

ああ、なっつんも!今は今で大事にしたかったのかな、と思った。
おんなじだなと思うととても幸せな気持ちだった。抱っこされたみたいに。








その気もないのに人を誘惑するな、といいたいようです。夏さんたら伝え下手!