「寝顔にキス」 


はじめてこっそりしたのはいつだったか・・・
とにかくウチに入り浸るようになってしばらく経った頃だ。
どこででもすーぴーと気ままに寝るヤツで初めは驚いた。
人の家で、しかも一応女なのに。オレの家にはオレ一人だというのに。
注意はしたが呆れたことに躊躇も遠慮も欠片程にも学びはしなかった。
そのうちにとうとう放置するに至ったのは詮の無い結果だと思う。
とにかく薄着なヤツなので、ころころと転がられると眼のやり場に困ったり。
寝たら上から何かを掛けてやることになったのも仕方のないことだった。
色気の欠片も感じられない中坊であったにせよ、男とはまるで違う。
こんなガキに気を取られるなんて情けないとも感じはしたが
考えてみれば妹以外に自分のテリトリーを許したのは初めてだったのだ。
女の家族とかが居るとこんな風な苦労もあるのかなとも思った。
妹はまだ小さいうちに亡くしてしまったので全く知らない気遣いだった。


暇だった訳ではないが、しょっちゅうだったので寝顔を何度も見た。
ぼんやりと見ていると妹のことを思い出した。まだオレ自身も幼い頃。
妹にせがまれて「おやすみ」とキスをしたこともよくあった。
鼻先だったり、頬だったり、額だったり、軽い挨拶みたいなものだ。
楓は嬉しそうだった。オレのことを慕ってくれた可愛い妹。
今思えば兄妹でそんなことはしないのが普通だったかもしれない。
しかし誰に咎められるまでもなく、妹はオレにとって世界一大切な存在で。
触れることに躊躇などしなかった。小さなその手や柔らかい頬にも。


惜しげもなくあどけない顔で眠りこけているほのかも兼一の妹だ。
ほのかの慕いようを見ればあの兄だって満更じゃないはずだ。
心の底から寄せる信頼に満ちた眼を愛しく思わない兄なんているのだろうか。
ほのかのオレに対して寄せる想いもきっとそれに似ているに違いない。
などと・・・言い訳めいたことをつらつらと思い浮かべたのを覚えている。
つい出来心で初めてほのかの頬に唇を乗せてしまったときに。

初めてそうしてしまったときにはかなり動揺した。やかましく胸が鳴った。
コイツがこんなとこで寝てるから悪いんだと誤魔化すように思う頬は確実に熱かった。
気まずくてほのかが起きた後眼を合わせることができなかったりもした。
それを思うと、オレは図々しくなったと言えるだろう。開き直ったというべきか。
あれからちょいちょいそんな隠し事が増えたことはオレだけの秘密だった。
あのときまでは・・・

オレはほのかに抱く感情が妹に対するものとは違うことに薄々気付き始めていた。
それを悟られないように自分自身にも暗示を掛けた。愛しさは”妹”へのものだと。
兼一は自分以外のそういうことに妙に聡いところがあって軽く疑いをもたれていた。
そんな頃、ほのかが風邪を引いて寝込んだと聞いて自宅へ見舞いに行ったことがある。
二言三言話して寝てしまったほのかの額に”早く熱が下がるように”とキスをした。
まるで自然に。妹にするようなものなんだからと心のどこかでやましさを持っていながら。
しかしそこはいつものオレの家じゃなかった。うかつにも目撃されたのだ、兼一に。
妹を起さないよう本人も気を配って静かに入ってきて、そんな場面を見たらオレなら怒る。
大事な妹に何をしてるんだと問いただしても当然のことだと思う。オレは身構えた。
寝ている様子のほのかの顔をしばらく見た後、兼一は黙って部屋を出ようとした。
オレも一緒に部屋を後にした。そして無言のまま兼一は自室へとオレを促した。
覚悟を決めてどんな文句も受け入れるつもりのオレにアイツはいきなり微笑んだ。
面食らった。多少顔にも出たんだろう、兼一は苦笑しながら告げた。

「男としては気持ちわかるからオマケにしとくよ、夏くん。」
「なっ・・オマエ・・妹だろ!?そんなんで・・・」
「そりゃ他の男なら容赦しないけどさ。それより聞いておきたいんだけど。」
「何を?」
「キミはほのかのこと好きなんだよね?・・男として。」
「・・・・・・・・キライなわけ・・ねぇだろ・・!」
「素直じゃないなぁ・・まぁいいよ。大事な妹だもの、よろしく頼むよ。」
「なっ・・いいのかよ!?そんなあっさり・・」
「相当覚悟はしてたみたいだね。キミのさっきまでの真剣な顔、闘ってるとき以外では初めて見たかも。」
「やかましい・・・むかつく兄妹だぜ・・!」
「ホント、素直じゃないね!?」

兼一はまた笑いやがった。ほのかと同じような人を脱力させるのに有効な邪気のない笑顔で。

「・・・アイツに・・言うなよ?さっきのこと。」
「え?・・・そうだね。武士の情けだね。」
「偉そうなとこも似てて嫌になるな・・」

可笑しさを堪えもせずにいる兼一が憎らしかったが立場上そのときは我慢してやった。
いつまでも笑っていやがったから、軽いのを一発入れてはおいたが。・・・鳩尾に。


そんなことを思い出した。随分昔のことだ。その後ほのかが誤解してあれこれあったなとか・・
うっかりにやついていたらしい。眼を覚ましたほのかがオレを不審な目で見ていた。

「なっつん・・気持ちわるい・・」
「起きたのか・・うるせぇよ。」
「はーう・・・よく寝た。」
「どこででも寝るヤツだな、相変わらず。」
「自分ちだからいいじゃないか。なっつんも寝たら?」
「いらん。それより今のうちだからもう少し寝ててもいいぞ。」
「あっちも寝ちゃったんだ。」
「あぁ、ぐっすりと。」
「寝顔にキスしてこようかな?」
「起しちまうだろ、やめとけ。」
「なっつんはしたくせに。ズルイ!」
「オレはしたなんて言ってないだろ。」
「したに決まってるもの。ほのかにだってしょっちゅうしてたくせに!」
「おっオレならいいって言っただろ!?」
「悪いなんて言ってないよ。ワタシもしたいってこと。」
「後ですりゃいい。」
「なっつんはあんまり寝ないからできなくてツマンナイ。」
「オマエらが親子揃ってぐうすか寝すぎなんだよ。」
「朝は毎日してるけどね〜!」
「知ってるよ。」
「まー・・タヌキさんだねっ!」
「気付かないわけねぇだろ、あんなの・・」
「なんか悔しい!ほのかはまだたまに気付かないときあるもん。」
「だよな、オマエ全然起きないから不思議だったぜ。」
「それって昔のこと?やだぁ、思い出し笑いだったんだ!さっきの。」
「あれはもう時効だろ。」
「記録更新してるくせに。」
「悪いか。」
「こっそりってのがヤラシイよね。」
「子供にはオマエだってするじゃねーか。」
「子供はいいんだよ、ほのかお母さんなんだし。」
「だったらオレだってオヤジなんだからいいだろ!」
「・・・こっそりするのはほのかだけにして。」
「・・子供には堂々としていいってことか?」
「そう。ほのかにはヤラシクてもいいよ。」
「ふーん・・・じゃあキス以外もいいんだな。」
「それは・・・そのときの気分に寄るけど。」
「あっそ・・・けどまぁオレもそのときの気分次第だな。」
「うふふ・・あのさ、二人一緒に寝顔にキスしに行くってのはどう?!」
「フン・・・そうだな、けどその前に・・・」
「・・・ん・・」


「あ、泣いてる。」
「もう起きたか・・」
「なっつんのせいだ!」
「悪かったな。」
「一緒に行ってお父さんも謝って。」
「何を謝るんだよ。」
「お母さんとお父さんと揃ってキスして起すつもりだったんだよって。」
「・・・ハイハイ・・・」


遠い昔のことなのについこの間みたいに思い出せる。
触れるのに途惑った日々。思い出すのは危なっかしい新参者のせいかな。
怖いくらいに無防備な柔らかい皮膚にまごまごする毎日だから。
そして毎日のように寝顔に癒されて、触れてまた更に和まされる。
これはオレだけの特権だろ?だから懲りることなんて一生無いに違いない。










第二弾。実は「別れのキス」と繋がってたりします。