「願いごと」 


七夕をどうして女子供は喜ぶのかわからない。
いつもオレん家に入り浸っている奴も例外でなく。
嬉しそうに短冊に何お願いした?とか聞いてくる。
「そんなことはしねー。」
「えー?!どうして?ほのかが書いてあげようか?!」
短冊が無いからではないのだが、誤解したようだ。
「いらねぇって!オレはそんなことはどうでもいい。」
妹とそんな無邪気なことをしたことがあったかもしれない。
だがもう願うことなど何もない。叶うはずもない。
「うるせー。もう帰れ!」
不機嫌に言おうがいつもなら食い下がるそいつが大人しい。
「・・・じゃあね、ほのかが考えてあげるよ。」
「いらんって言ってんのがわかんねーのか?!」
「ごめん、ほのか用事が出来たからまた来るね!」
そいつはあっさりと手を振って家を出て行きやがった。
いつもなら遅くまで居座ってオレに送らせるのが日課なのに。
拍子抜けしたオレはなんとなくイラついた自分が滑稽に思えた。
なんでもいいから書いとけって言えばよかったかな・・・
そんなことを思うが馬鹿馬鹿しいと打ち消した。
その夜はどういうわけかなかなか寝付けなかった。
諦めて起き出すとつい習慣のようにトレーニングしてしまう。
一汗かいてシャワーを浴びるとテラスへ出てみた。
夜風が火照った身体に心地よかった。
よく晴れているのだろう、星がこんな都心とは思えぬほど出ていた。
瞬くものは遠い場所で砕け散った残骸の名残でしかない。
そんなものに何を願うというのだろう。
それでも妹の楓は嬉しそうに願っていたっけな。
オレの願いはいつも「楓が元気になりますように」だった。
言いようの無い虚しさがオレを襲う。
光りは妹とあいつの笑顔を思い出させて余計に辛かった。
笑顔は光りとともにあっという間に消え去った。


「なっつーん!」
「おまえ、それ・・!!」
「ほら、笹だじょ。ちゃんとお願いごと付きさ!」
ほのかが大きな七夕飾りの付いた笹を抱えてやって来て驚く。
「今晩はなっつん家で七夕祭りしよう!」
「七夕って明日じゃねーのか?」
「いいじゃん、早くたって。浴衣ある?」
「へっ?浴衣?」
「そう、ほのか夕方お母さんに着せてもらうからなっつんも着て欲しいじょ。」
「そんなもん、持ってねぇよ・・」
「やっぱしか。じゃあ仕方ないな・・お父さんの借りて・・」
「・・どうしてもかよ・・わかったよ、用意すりゃいんだろ?」
「やったー!ウチでも良かったんだけどなっつん嫌がるかもなぁと思ってさ。」
「そりゃどーも・・・」
「ところでなっつんて誕生日いつ?」
「唐突な奴だな!・・・知らん。」
「そうなの?夏って名だから夏かと思ったんだけど。」
「らしいが・・いんだよ、誕生日とかじゃまくせー、そんなもん。」
「ふーん・・でも不便だしさ、いっそ七夕にしちゃいなよ!」
「へ?!」
「うん、じゃあ決まり!お誕生日会と兼ねて七夕祭りだじょ!!」
「何ーっ!?勝手に決めんなよ!」
「ケーキもお母さん作るって言ったから持って来るね。」
「な・・なんでそうなる・・?」
「来年はウチにいらっしゃいって言ってたよ。」
「強引な・・・こいつの親だからか・・!?」
オレに笹を押し付けて、ほのかは準備が忙しいとぼやきつつまた帰っていった。
こんなの持って歩いてよく恥ずかしくなかったもんだと思う。
結構立派な笹で、庭に設えたが天辺の飾りが見えないほどでかい。
「浴衣・・・どうするかな・・?」
溜息交じりではあったが、久しぶりの笹の香は悪くはなかった。


不覚にも少し見惚れてしまった。
ほのかが短い髪を二つに纏めて花を付けていた。
浴衣姿は思っていたよりずっと・・大人びて見えた。
「ねぇ、似合う?可愛い?!」
褒めてくれと強請るほのか自身はいつもの通りだ。
「なっつん、もしかして見惚れてんの?」
「・・うるせー!見慣れない格好だからだよ!」
「なあんだ・・なっつんは似合ってるじゃん!男前だね!?」
「うるせぇ・・おまえも・・まぁそれなりだ。」
「褒めてくれてんの?!ありがとー!なっつんv」
二人だけなのに賑やかな庭なのは大きな笹飾りと
浴衣を着てぱたぱた動き回るこいつのせいか。
何故だか見上げる星空さえ昨日の空よりも明るいと感じた。

「なっつんの代わりにお願いも書いておいたじょ。」
「何書いたんだよ?」
「えっとね、あそこ!いっちばん上!!」
ほのかがオレの浴衣を引っ張って高い位置に揺れる短冊を指した。
「見えないじゃねーか。」
「あれ、見てないの?・・じゃあ、後でいいよ。」
「・・?変なこと書いてねーだろうな?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。」
「おまえは?何て書いたんだ?」
「ほのかはいっぱいあって困るんだよねー!」
「・・そうだろうな。」
「む、いまなんか失礼なこと考えなかった?!」
「いや、別に・・」
「まぁ、いいや。ほのかはもう一つお願い叶ったよ。」
「早いな。何だよ?」
「なっつんと一緒に七夕さましたいって。」
「・・・ふーん・・」
「あとはなっつんに叶えて欲しいから書かなかったんだ。」
「オレに?それじゃ言わないとわからないだろ。」
「えへへ・・内緒なの。叶ったら教えてあげるね。」
「なんだよ、それ。」

ほのかを送って行った帰り道、見上げる夜空はやはり明るかった。
ふと思い出して帰ってから天辺の短冊を探してみた。
願いごとはほのかの字で書いてあった。
「なっつんが幸せでありますように」
「来年の七夕も一緒に居られますように」
そして端っこに小さな字で書き加えてあったのは
「なっつんが大好きだって伝わりますように」

「・・・・ばーか・・・」
オレはほんの少し笑って顔を上げると、星空に向かって言ってやった。
「願いはオレがきいとくから、叶えなくていいぜ!」
あいつが笑ったように星が瞬いた。







なんと、七夕に間に合いましたよ!?快挙です!!
横でダンナは昼寝しててくれましたので。(笑)
ふーっ!くさくて甘い夏ほのだけど、七夕に祈りを込めて☆